
事業承継の手法の一つである事業譲渡は、譲渡企業側からすれば売りたい部門だけを譲渡することができ、また譲受企業側からすれば買いたい部門だけを買うことができるため、株式譲渡と比べると手続きは複雑ではありますが、多くのケースで利用されています。
事業譲渡は最終契約を締結した時点で完結しますが、実はここで終わりではありません。なぜなら譲渡企業も譲受企業も、この後に事業譲渡による税金の支払いが待っているからです。
ご存じのとおり消費税率は10%、そして法人税率は約40%もあるため、事業譲渡の影響は、両社の納税額に大きなインパクトを与えることは間違いありません。
そこで本記事では、事業譲渡にまつわる消費税や法人税などの税金の金額や、その計算方法についてじっくりと解説してみたいと思います。
事業譲渡とは

事業譲渡の税金のお話をする前に、事業譲渡のおさらいをしておきましょう。
事業承継のための事業譲渡とは
事業承継とは、オーナー経営者が築き上げてきた企業を、次の経営者にバトンタッチして企業の新陳代謝を測り、新たなイノベーションを起こすための経済活動のひとつです。
中小企業の事業承継では、会社を丸ごと次の経営者に譲渡してしまう方法と、事業の一部を切り取って譲渡する方法の2種類があります。
前者を株式譲渡といい、後者を事業譲渡といいます。
「事業を承継するのなら、丸ごと譲渡するのが普通なのでは?」と思われるかもしれませんが、譲渡側が事業の一部を残したい場合や、譲受側が必要な部分以外はいらないと考える場合もあるため、そのようなケースでは事業譲渡が用いられています。
特に、飲食店や美容院などの店舗型事業における事業承継では、事業譲渡が頻繁に用いられています。
事業譲渡と税金について
「事業譲渡の税金」と考えると難しく感じてしまうかもしれませんが、単純に譲渡企業から譲受企業に売買がおこなわれていると考えていただけば、理解しやすいと思います。
譲渡企業側の税金について
では、譲渡企業側からみた事業譲渡の税金について考えてみます。一例として、譲渡企業の帳簿価格が50円の事業部門をのれん代50円を加算して売却した場合を考えてみましょう。
仮に売却する事業部門のすべてが課税資産(注)だとすると、譲渡企業が売却代金として得るお金は、以下のようになります。
(注)購入時に消費税を支払う資産を課税資産といいます。詳しい内容は次章でご説明します。
- 事業譲渡により受け取る対価・・・(譲渡事業50円+のれん代50円)×1.1(消費税10%)=110円
ここで受け取った10%分の消費税にあたる10円が、決算時に納税する(事業譲渡に関する)消費税となります。
また、帳簿価格50円の事業部門をのれん代を加えて100円で売ったわけですから、譲渡益は50円です(消費税税抜経理方式の場合)。この譲渡益50円に対して、決算期に約40%の法人税率が課税されるわけです。
かなり乱暴な計算ではありますが、実際に納税額を計算してみると以下のようになります。
- 譲渡企業側の消費税・・・10円
- 譲渡企業側の法人税・・・50円×40%=20円
- 納税額の合計・・・30円
つまり、事業譲渡により110円を得ても、決算期には30円も支払わなければならないわけです。
譲受企業側の税金について
次に、譲受企業側からみた事業譲渡の税金について考えてみましょう。先ほどの譲渡企業の例と同じ条件で計算してみます。
- 事業譲渡により支払う対価・・・(譲渡事業50円+のれん代50円)×1.1(消費税10%)=110円
譲受企業側が決算時に支払う税金は、以下のようになります。
- 譲受企業側の消費税・・・▲10円(注)
(注)消費税の計算方法に関しては、次章で詳しくご説明します。
また、のれんの償却を10年とすると、1年あたりの減価償却費は5円となるため、
- 譲受企業側ののれんの償却による税効果・・・▲5円×40%(法人税率)=▲2円
となります。
つまり、譲受企業は事業譲渡時に消費税10円を支払うものの、その分だけ決算時に支払う消費税は10円減り、のれんの償却により減価償却費が増えるため全体の収益が減り、その結果法人税が2円ほど節税となるわけです。
事業譲渡における消費税とは

前章でお話ししたように、事業譲渡には消費税と法人税が密接に関係しています。先ほどの例をご覧いただけばおわかりの通り、たとえば譲渡企業側であれば、譲渡時に受け取った金額の最大3割近くを決算時には納税することになります。
事業譲渡の金額が大きくなればなるほど納税額も大きくなるため、決して無視できるものではありません。
そこでこの章では消費税に的を絞り、事業譲渡における消費税について解説していきます。
そもそも消費税の負担者は誰なのか?
そもそも消費税とは、誰が負担しているのでしょうか?企業はもちろん消費税を支払っていますが、私たちも毎日の生活の中で消費税を支払っています。
しかし、企業と私たちとでは消費税をめぐる役割が全くことなります。
企業は消費税の負担者ではない
私たちがA商店から100円の物品を購入すると、10%の消費税が加算されて110円を支払います。つまり消費税10%を負担しています。
いっぽうA商店は、この私たちから預かった消費税を決算期にまとめて納税しています。
このことからおわかりのように、消費税の負担者は末端の私たちであり、それをいったん私たちから預かり、そして最終的に国へ返す役割を果たしているのが企業なのです。
もう少し細かくお話しすると、企業は企業活動の中で多くの得意先へ物品やサービスを提供することによりその都度消費税を預かります。同時に商品の仕入れや外注先への支払いなどで消費税を支払います。
この預かった消費税の合計から支払った消費税の合計を差し引きした金額を、企業は納税しているわけです。
- 企業が支払う消費税額=(1年間で預かった消費税の合計額)ー(1年間で支払った消費税の合計額)
つまり、消費税率がどれだけ上がったとしても、企業の収益が直接的に影響を受けることはないのです(ただし消費税率の引き上げによる消費の冷え込みの影響は受けます)。
それでも消費税が企業のキャッシュフローに影響を与えてしまう理由
理論上消費税の支払いが企業の財務諸表に影響を与えることはありませんが、実際には多くの中小企業が消費税の支払いによりキャッシュフローを悪化させています。
なぜなら、自社商品を売り上げたときに預かった消費税が、日々の企業活動によるキャッシュフローに混じり込んでしまうからです。
お金に色はついていません。
預かった消費税だけを他のお金とは別にしておけばよいのですが、実際にそのようなことをしている企業はほとんどありません。消費税を預かってから決算までの間、消費税率の10%分だけ営業キャッシュフローが膨れ上がり、納税時に10%分が一気にしぼんでしまうわけです。
この預かった分の消費税をつい日々の運転資金に充ててしまうと、決算期の納税が大変なことになってしまいます。事業譲渡を行った場合、譲渡企業は多額の消費税を譲受企業から受け取ります。そのため、事業譲渡後は決算時の消費税の支払いを常に念頭に置き、綿密な納税計画を立てておかなければなりません。
消費税の課税・非課税・不課税取引
それではもう少しだけ、消費税について掘り下げて考えてみましょう。
消費税は、実はすべての取引に課税しているわけではありません。たとえば私たちが病院でお金を支払う場合、その値段に消費税は課税されていません。また自宅の家賃を支払う場合も同様です。しかし同じ家賃でも、事業者が事務所として借りた家賃に関しては、消費税が課税されています。
このように、消費税は多くの取引で課税されていますが、ごく一部課税されていないものがあります。
ちなみに消費税の課税要件は、以下の4つです。
- 国内取引であること
- 事業者が事業として行う取引であること
- 対価を得て行うものであること
- 資産の譲渡や貸付、役務の提供であること
この4点のすべてを満たさなければ、消費税は課税されません。
消費税の不課税取引について
消費税の課税の対象は、国内において事業者が事業として対価を得て行う資産の譲渡等と輸入取引です。これに当たらない取引には消費税はかかりません。これを一般的に不課税取引といいます。
たとえば家庭用の資産を友人に売買した場合(事業ではない)や、寄付(対価を得ていない)、海外旅行での消費(国内取引でない)などは不課税取引にあたります。
消費税の非課税取引について
国内において事業者が事業として対価を得て行う資産の譲渡等であっても、課税対象になじまないものや社会政策的配慮から消費税を課税しない取引があります。これを非課税取引といいます。
非課税取引とは、具体的には以下のものいいます。
消費税の性質になじまないもの
以下のものは消費税の性質になじまないため、消費税が課税されません。
- 土地の売買や貸し付け
- 有価証券などの売買
- 利子を対価とした貸付金や保険料を対価とした役務の提供
- 切手や商品券などの売買
- 国、地方公共団体の手数料
- 外国為替業務など
社会政策上の配慮から非課税となるもの
以下のものは、社会政策上の配慮から消費税が課税されません。
- 医療費(ただし美容整形などは課税)
- 助産費用
- 埋葬料など
- 障がい者用の物品の売買
- 老人ホームなどのサービス
- 学校の授業料など
- 学校の教科書(大学を除く)
- 住宅の家賃
このように、消費税はすべての資産の譲渡や役務の提供に課税されているわけではありません。たとえば事業譲渡の場合、土地の譲渡には課税されませんが、機械やのれん代の譲渡には課税されます。
消費税額は最終的に高額になることが多いため、どの資産の譲渡には消費税が課税され、との資産の譲渡には消費税が課税されないのかを事前にしっかりと把握しておかなければなりません。
事業譲渡における消費税の注意すべき点

ここまでは事業譲渡における消費税についてお話してきました。消費税は、基本的には預かった分から支払った分を差し引きするだけなので会計上企業収益に影響を与えることはありません。
しかし例外もあります。
消費税の計算方法について
実は、消費税には以下の2種類の計算方法があります。
- 本則課税
- 簡易課税
消費税の本則課税とは
消費税の本則課税とは、先ほどよりお話ししているように、1年間で預かった消費税の合計金額から1年間で支払った消費税の合計金額を差し引いて消費税額を算出する方法のことをいいます。
- 消費税の本則課税・・・(預かった消費税額の合計)ー(支払った消費税額の合計)=年間の消費税納税額
消費税の簡易課税とは
消費税の簡易課税とは、支払った消費税額を合計する代わりに、預かった消費税額の合計に一定の業種ごとに定められた割合(これを「みなし仕入率」といいます)をかけたものを引く計算方法のことをいいます。
- 消費税の簡易課税・・・(預かった消費税額の合計)-(預かった消費税額の合計×みなし仕入率)=年間の消費税納税額
なお、みなし仕入率は業種ごとに以下の6種類に定められています。
業種 | みなし仕入率 |
第一種事業(卸売業) | 90% |
第二種事業(小売業) | 80% |
第三種事業(製造業等) | 70% |
第四種事業(その他の事業) | 60% |
第五種事業(サービス業等) | 50% |
第六種事業(不動産業) | 40% |
ただし、この簡易課税制度を選択するためには、基準年度(2事業年度前)の課税売上高が5,000万円以下でなければなりません。これを満たさない場合、本則課税による納税となります。
消費税が益税??
簡易課税を選択した場合で、みなし仕入率よりも仕入率が低い(=利益率が高い)場合には、預かった消費税よりも実際に支払う消費税の方が少なくなります。
この場合差額の消費税は雑収入として益金に算入(=益税)されることになります。
では、本当にそんなことが起こるのかを実際に計算してみましょう。
年間売上が110円(税込)で年間経費が88円(税込)の卸売業を営んでいる会社が、消費税が簡易課税制度を選択している場合、納税する消費税は以下のように算出します。
- 預かった消費税額の合計・・・110÷110×10%=10円
- 預かった消費税額の合計×みなし仕入率・・・10円×90%(卸売業のみなし仕入率)=9円
- 簡易課制度を選択した場合の消費税額=10-10×90%=1円
しかし、この会社が本則課税を選択していた場合には、その納税額は以下のようになります。
- 預かった消費税額の合計・・・110÷110×10%=10円
- 支払った消費税額の合計・・・88円÷110×10%=8円
- 本則課税を選択した場合の消費税額=10円-8円=2円
つまり、簡易課税を選択したことにより消費税が半額となって得をしています。
このように、消費税を預かる事業者が簡易課税を選択した場合、最終的な納税額が本則課税とは大幅にことなる場合があります。
譲渡企業が簡易課税を選択していた場合
譲渡企業が簡易課税を選択していた場合、事業譲渡によって預かる消費税額が大幅に増えます。この事業譲渡によって預かる消費税分は簡易課税の第四種事業に該当し、みなし仕入税率は60%で計算します。
それ以外の消費税分に関しては、本来の事業に即したみなし仕入税率を適用して計算します。
譲受企業が簡易課税を選択していた場合
譲受企業は、事業譲渡により多額の消費税額を譲渡企業に支払います。もし譲受企業が本則課税を選択していれば、支払った消費税の額が増えるため、最終的に支払う消費税額は通常よりもかなり少なくなるか、場合によっては還付されることもあります。
しかし簡易課税制度を選択していた場合、支払った消費税の合計額は納税額の計算には一切影響しないため、消費税額が減ったり還付されたりすることはありません。
つまり、譲受企業が簡易課税を選択している場合、本来よりも多額の消費税を収めることになってしまいます。
ですから譲受企業が簡易課税を選択している場合には、事前に事業譲渡による消費税が本則課税と簡易課税でどれだけ違うのかをシミュレーションしておかなければなりません。
事業譲渡と法人税について

事業譲渡をおこなうと、消費税以外にも法人税に影響が及ぼされます。そこで、事業譲渡が譲渡企業と譲受企業の法人税額にどのような影響が及すのかを見てみましょう。
事業譲渡が譲渡企業の法人税に及ぼす影響について
譲渡企業が事業譲渡によって得る対価は、事業に関する資産や負債にのれん代を合計したものです。こののれん代が、事業譲渡における収益にあたります。ですからこの収益に対して、最大で約40%ほどの法人税が課税されます。
しかし、他の事業が赤字であった場合や、過去に損失があった場合(=青色繰越欠損金がある場合)には、それらと事業譲渡による収益が相殺されるため、必ずしも法人税額が発生するわけではありません。
事業譲渡が譲受企業の法人税に及ぼす影響について
譲受企業は譲渡企業の資産と負債に加え、のれん代を支払います。こののれん代は最大20年で減価償却するため、この減価償却費の分だけ、この先最大20年にわたり法人税の節税効果を発揮することができます。
ですから、事業譲渡によって譲受企業は最大でのれん代の40%ほどの法人税の節税効果を受けることになります。
最後に

事業譲渡をおこなうと、納税により譲渡企業や譲受企業のキャッシュフローがかなりの影響を受けます。
しかし消費税は採用している計算方式によって納税額がことなり、また法人税も基本的には収益に対して約4割ほどの税金が課税されるものの、事業が赤字である場合や繰越欠損金がある場合には納税額が0円になることさえあります。
そのため、事業承継をおこなう場合には事前に十分なタックスプランニングをおこなわなければなりません。
当社は、経営知識や実務経験が一定以上である認定経営革新等支援機関に認定されており、税理士や弁護士などの士業専門家と提携しつつ、事業承継をはじめさまざまな経営支援からM&Aまで、幅広い視野に立ち経営者のみなさんを万全の態勢でサポートしています。
「事業譲渡を検討してみたい」と思われた方はぜひ一度お気軽にご相談ください。