事業譲渡で退職希望者がでた場合の扱いと、退職をめぐるトラブルを避ける方法について

事業譲渡は譲渡企業にとっても譲受企業にとっても大きなチャレンジですが、それにかかわる従業員にとっても人生の分岐点となる一大チャレンジです。

事業譲渡を決断した経営者にとって、「事業を譲渡する部門で働いている従業員をどうすればよいのか?」や「譲渡先での待遇はどうなるのか?」といった従業員の処遇をめぐる判断や従業員に対するケアは、譲渡先企業との交渉と同じように大切です。

なぜなら資産とともに移動していく従業員こそが、その部門の収益を上げるための大切な源泉だからです。

しかし、残念ながら事業譲渡にともない退職者が出てしまう場合があります。そして最悪の場合、事業承継そのものが破談になってしまう場合すらあります。

そこで本記事では、事業譲渡で退職者が出た場合にどのように扱えばよいのか、また退職者を出さず事業譲渡を無事乗り切るためにはどうすればよいのかについて解説していきたいと思います。

そもそも事業譲渡とは?

事業譲渡による退職についてお話をする前に、事業譲渡について簡単に整理しておきましょう。

事業譲渡とは

そもそも事業譲渡とは何でしょうか?

事業譲渡とは、企業が事業の一部を切り取って対価と引き換えに他の企業に譲渡する事業承継の手法の一つです。譲渡企業は事業がシンプルになるため経営資源を集中させやすくなり、いっぽう譲受企業は新たな事業部門が丸ごと譲渡されるため一気に経営規模を拡大することができます。

また、従業員は譲渡された事業部門とともに譲受先へ移動するため、慣れ親しんだ仕事を新しい環境でおこなうことができます。

この事業譲渡による事業承継は、飲食店や美容院などの店舗型経営の企業では頻繁に用いられており、例えば「〇〇エリアからは撤退するから、そのエリアにある店舗はすべて譲渡しよう」とか、「〇〇の事業部門は譲渡し、△△部門だけを残してそちらに経営を集中しよう」などの場合に、活用されています。

もしも事業譲渡がおこなわれなければ

それでは、もし事業譲渡がおこなわれなければ、いったいどうなるのでしょうか?

おそらく、閉鎖する部門の従業員をすべて別部門へ配置換えすることはコスト的に難しいでしょうから、閉鎖する部門で働いていた従業員のうちかなりの数をリストラせざるを得ません。

もちろんこれは従業員にとって大変なことですが、リストラする側の企業にとっても無傷で済ますことはできません。さまざまな噂や風評が会社の内外で飛び交い、残ってほしい従業員すら大量離脱してしまう恐れがあります。そうなれば、企業収益の長期的な低下は避けられません。

こういった事態を避け、譲渡企業も、そしてそこで働いていた従業員も仕事を無事継続していくためには、事業譲渡は大切な手段なのです。

事業譲渡で何が譲渡されるのか?

事業譲渡でどこまでの財産を譲渡するのかについては、事業譲渡契約書に個別に明記していきます。そのため、どのような資産を譲渡するかはケースバイケースとなりますが、一般的には以下のようなものを中心に譲渡していきます。

  • 設備や施設など
  • (一部の)権利
  • のれん
  • 従業員

設備や施設など

事業譲渡は、譲渡企業が現在営んでいる事業の一部を丸ごと切り取って譲受企業に譲渡します。そのため、その事業に必要な設備や店舗などの施設、機械などは基本的にすべて譲受企業に譲渡します。

(一部の)権利

事業譲渡は株式譲渡とことなり、譲渡前と譲渡後の会社の外形が変わることがありません。そのため、譲渡する事業に関する許認可や特許権などを譲受企業へ移転させることはできません。それらの許認可や権利は、譲渡後もそのまま元の会社に残ります。

しかし、フランチャイズの権利などのように比較的容易に移動できる権利については、譲渡企業から譲受企業へ譲渡します。

のれん

譲渡する事業のノウハウやブランド、顧客などを総称してのれんといいます。事業を譲渡した側は他の資産とのれん代の合計金額を事業譲渡の対価として受け取りますが、その代わりに会社法第21条の競業避止義務により、同じ市町村内及び隣接市町村内で同じ事業をすることが20年間禁止されます。

従業員

譲渡する事業に就業している従業員については、譲渡企業へ転籍することになります。なぜなら譲受企業側の立場からすると、従業員がいなければノウハウの承継が十分におこなわれず事業の運営が不安定になると考えるからです。

しかし、従業員は譲渡企業と雇用契約を締結しているのであって、譲受企業と締結しているわけではありません。そのため、従業員を転籍させるためには譲受企業は従業員との間で新たに雇用契約を結び直さなければなりません。

事業譲渡すると従業員はどうなるのか?

事業譲渡に関する基本事項のおさらいができたところで、本題である事業譲渡と従業員についてのお話しを進めていきたいと思います。

事業譲渡をおこなうと、その事業部門に所属している従業員は以下の3つのどれかを選択することになります。

  • 譲受企業へ転籍
  • 譲渡企業にとどまり配置換え
  • 事業譲渡にともない退職

譲受企業へ転籍

最初にご紹介するのが、譲受企業への転籍です。譲渡企業にとっても譲受企業にとっても、従業員が転籍してくれるのが最も望ましいのですが、辞令などによりこれを指示・強制することはできません。

従業員が譲受企業に転籍し、事業を譲渡した日から働いてもらうためには、譲渡企業と譲受企業の同意だけではなく、従業員本人の同意も必ず必要になります。

譲渡企業と譲受企業の間で従業員の労働契約を承継し、従業員もその旨に賛成していなければ、譲受企業と従業員との間で新たに雇用契約を結ぶことはできません。

転籍をスムーズにおこなうためには労働条件の調整が大切

転籍を無事に済ませ、事業譲渡後の事業を順調に進めていくためには、転籍した従業員の労働条件の調整をおこなわなければなりません。給料はもちろんのこと、有給休暇や労働時間なども含め、譲渡企業の条件と譲受企業の条件とを照らし合わせ、できるだけ従業員に不満の残らない形にすることが大切です。

退職金の規定について調整する

給与や賞与などのすり合わせだけでなく、退職金の積み立て方や規定についても譲渡企業と譲受企業の間で調整しておかなければなりません。

転籍して1ヶ月後に退職した場合でも、退職金を支払うのは譲受企業です。このような場合、譲渡企業の勤務年数をどのように考えて退職金の勤務年数とするのかなどを事前に決めておかなければなりません。

譲渡元で配置換え

次にご紹介するのが、事業譲渡する部門で働いていた従業員を転籍させず譲渡企業の別部門へ配置換えするケースです。優秀な社員であれば新たな才能を発揮し、業績の改善や新規部門の立ち上げなどが期待できる場合もあります。

ただし、配置換えができる従業員の数には限りがあります。一定人数以上が配置換えを望んだ場合には、賃金の大幅カットや会社都合による退職などの選択肢を選ばなければなりません。

事業譲渡日に退職

最後は、事業譲渡による転籍や配置換えを断り、従業員が退職をするケースです。このような事業譲渡による退職は、通常の退職とは扱いがことなるため注意しなければなりません。

事業譲渡による退職は会社都合による退職となる

事業譲渡部門で働いていた従業員が事業譲渡にともない退職を選んだ場合、形式上は従業員の自主退職であったとしても、退職以外に選択肢がないと認定された場合には実質的に会社都合による退職とみなされる可能性があります。

会社都合による退職とみなされた場合、対象となる従業員に対して解雇予告手当などを支給しなければなりません。こうなると、この手当を支払わなければならない譲渡企業にとって痛手となるため、事業譲渡前後に従業員が退職する場合には、それが自己都合であったとしても細心の注意を払わなければなりません。

譲渡先への転籍拒否を理由に従業員を解雇することはできるのか

譲渡企業にとっても譲受企業にとっても最も望ましいのは、譲渡事業部門に従事していた従業員が譲受企業へ転籍してくれることです。

しかし、必ずしも両者の思惑通りにことが運ぶわけではありません。転籍を拒否する従業員も当然でてくることが予想されます。

では、このような場合、転籍拒否を理由に従業員を解雇することはできるのでしょうか?

事業譲渡と労働契約承継法

企業再編にともなう労働契約に関する法律には、労働契約承継法があります。この労働契約承継法は、事業再編をスムーズにおこなうため、会社法の導入に伴い新たに制定されたものです。

この法律は、会社分割時に労働者の権利を守り、かつ会社分割をスムーズにおこなうために、会社法における会社分割に関しては、分割後も労働契約が引き継がれると定めています。そのため、分割後の会社と従業員の間で新たな雇用契約を結ぶ必要なく、従来の雇用契約を継続して従業員の人事を進めることができます。

しかし、事業譲渡についてはこの労働契約承継法の適用外となるため、事業譲渡によって従業員を転籍させる場合には、譲受企業と従業員との間で新たに雇用契約を結ばなければなりません。

事業譲渡により労働契約を承継することができる場合

前述のように事業譲渡は労働契約承継法の適用外のため、事業譲渡にともなう労働者契約をそのまま承継させることはできません。

しかし、譲渡企業と譲受企業の合意だけでなく、民法第 625 条により労働者本人の同意があった場合には、事業譲渡時に労働契約も承継することができるとされています。

またここでいう労働者とは、事業譲渡部門で働くすべての従業員が含まれており、正社員のみならずパートや嘱託社員も同じ扱いとなります。

事業譲渡により労働契約を承継することができない場合

従業員が転籍に同意しない場合には、従業員との雇用契約を譲受企業にそのまま譲渡することはできません。この場合、譲渡企業と従業員との間の雇用契約はそのまま継続していることになります。

このように、転籍は従業員本人の同意がなくては不可能です。ただし、譲受企業への出向については、会社の就業規則などで定められている場合には可能です。

従業員を転籍拒否を理由に解雇することはできない

労働契約承継法が適用される場合を除けば、事業譲渡にともなう転籍は従業員本人の合意がなければできません。労働契約は、従来通り譲渡企業と従業員との間で継続されています。
ですから転籍拒否を理由に従業員を解雇することはできません。

それでも解雇をおこなう場合には、事業の縮小や廃止などにともなう整理解雇扱いになります。ただし整理解雇をおこなうためには、以下の4点を譲渡企業側が満たさなければなりません。

  • 人員削減の必要が本当にあるのか
  • 解雇を回避するための努力をしたのか
  • 被解雇者の選定に合理性はあるのか
  • 解雇手続きに妥当性はあるのか

整理解雇が有効かどうかは、労働契約法にもとづき労働基準監督署で厳しくチェックされます。万が一譲渡企業がこれらを満たしていない場合には、解雇は無効となります。

転籍を拒否された場合におきやすいトラブルについて

従業員の転籍をすすめるためには、従業員の合意が必要です。それでは従業員が転籍に合意しなかった場合、どのようなトラブルが起きやすいのかをご紹介します。

トラブル1.従業員の転籍拒否が相次ぎ、事業譲渡そのものが破談

譲受企業にとって最も必要なのは譲渡企業が抱えているブランドやノウハウ・顧客であり、これらを実際に運用しているのは譲渡事業部門で働いている従業員です。

ですから、譲渡企業の従業員の転籍のない事業譲渡では、事業譲渡後のビジネスの成功率が大幅に落ち込むことは目に見えています。

事前に従業員と話し合う機会や時間を設けず、説明不足・理解不足のままで事業譲渡を進めてしまっては、従業員の転籍拒否が相次いでしまいます。

こうなってしまうと、最悪の場合事業譲渡そのものが不成立となってしまいます。

トラブル2.転籍後に新しい職場になじめない従業員が相次いで退職してしまう

譲渡企業から譲受企業への転籍が無事に済んでも、譲受企業側の受け入れ態勢が万全でなければ従業員がその力を存分に発揮することはできません。

せっかく無事に転籍が済んでも、新しい企業風土や環境になじめなければ従業員が相次いで退職してしまうため、最悪の場合事業譲渡後の経営計画を大幅に見直さなければならなくなります。

トラブル3.転籍や配置換えにともなう待遇が原因で退職

無事に転籍できた場合でも、また配置換えできた場合でも、その後の待遇に不満を感じる従業員が増えれば退職者もそれにともない増えていきます。そうなってしまうと、譲渡企業も譲受企業もどちらも事業譲渡前に思い描いていたシナジー効果を発揮することができなくなってしまいます。

このようなリスクを回避するためには、事業譲渡がおこなわれる前に従業員と何度も話し合い、お互いが納得できる待遇にしておかなければなりません。

事業譲渡にともなう従業員とのトラブルを避けるには

事業譲渡を成功させるためには、資産のとともに譲受会社へ移動する従業員との間のトラブルを避けるための努力が必要です。

しかし、譲渡企業も譲受企業も通常の業務を抱えており、並行して事業譲渡の準備や打ち合わせなどがおこなわれるため、経営者や経理、総務の担当者もそこまで手がなかなか回りません。

おまけに、ほとんどの中小企業にとって事業承継は初めてのことのため、何をどのタイミングでどれくらいやらなければならないのかをなかなか正確に把握することはできません。

しかし、従業員との対話をおろそかにしてしまっては、肝心の事業譲渡だけでなく、通常の業務にも差し障りが出てしまう可能性があります。

事業承継支援機関を上手に活用しよう!

事業譲渡をおこなう場合、その多くは事業承継の仲介会社などのサポートを受けながらクロージングへ向かって進んでいきます。事業承継の仲介会社は事業承継をはじめさまざまな企業経営のサポートを行っており、もちろん事業譲渡に関しての経験も豊富です。

そして、同時にどうすれば失敗するのかも熟知しています。

そのため、事業譲渡のために従業員との話し合いをどのように進めていけばよいのかアドバイスを受けたい方は、積極的に事業承継機関を活用することをおすすめします。

事業承継のアドバイザーはこれまでに何百、何千の事例を見ていますので、きっと事業譲渡を成功させるための最適なアドバイスを受けることができるでしょう。

最後に

事業譲渡による事業承継は、譲渡企業にとっても、譲受企業にとっても、そして転籍していく従業員にとっても大きく飛躍するチャンスです。

しかしお互いに十分な話し合いや事前の準備をおこなわなければ、不安や猜疑心ばかりが募り、最悪の場合事業譲渡そのものが破談となり、さらには業績悪化につながる可能性すら出てしまいます。

このようなリスクを避け、せっかくのチャンスをものにするためには、積極的に専門家の意見に耳を傾けることが大切です。

当社は、経営知識や実務経験が一定以上である認定経営革新等支援機関に認定されており、税理士や弁護士などの士業専門家と提携しつつ、事業承継をはじめさまざまな経営支援からM&Aまで、幅広い視野に立ち経営者のみなさんを万全の態勢でサポートしています。

「事業譲渡を検討してみたい」と思われた方はぜひ一度お気軽にご相談ください。


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