
中小企業の法人の事業承継において、現在最も多く用いられる手法が「株式譲渡」と「事業譲渡」です。「株式譲渡」は譲渡希望会社の株主が譲り受け希望会社に株式を売却するだけで完成するため、手順がシンプルで多くの中小企業で用いられています。
いっぽう「事業譲渡」は、譲渡側にとっては譲渡したい事業部門だけを譲渡でき、また譲り受け側にとっては、欲しい部門だけを切り取って譲り受けることができるため、両者のどちらにとっても都合がよく、こちらも株式譲渡と同様多くの中小企業で用いられています。
ただし「事業譲渡」は実際に土地や建物、棚卸資産や無形固定資産などを個別に移動させていくため、単に株式を売買するだけの「株式譲渡」とはことなり、譲渡側も譲り受け側も双方ともに課税関係が複雑になります。
そこで本記事では、事業承継で事業譲渡を選択した場合の課税関係について、譲渡側と譲り受け側の両者に課税される税目やその計算方法、納付の仕方について解説していきます。
事業譲渡における税金とは

事業譲渡は、売り手側の企業が所有する「事業」を買い手側の企業に対して売却することですが、この際に発生する税金は「消費税」と「法人税」の2種類です。
消費税
事業譲渡による事業承継には、消費税が発生します。事業譲渡においては、事業に必要な資産や負債、人材、ブランドといった会社の資産を個別に譲受希望会社へ売却していきます。この行為が消費税法上の課税売上に該当するため、これらの資産の譲渡に対して消費税が課税されるわけです。
ただし資産のすべての譲渡に対して消費税が課税されるわけではありません。土地や債権など、譲渡しても消費税の課税売上にはならないものもあります。この消費税の課税売上にならない資産のことを「非課税資産」といいます。
たとえば事業譲渡における「全資産額」が1億円で、「非課税資産」が2千万円の場合、「8千万円(1億円-2千万円)×10%=800万円」が消費税として課税されます。
この消費税は、最終的には事業を譲渡した側が申告して納付する必要があるため、資金繰りとして念頭に入れておく必要があります。
法人税
事業譲渡の際には、法人税も同様に発生します。売り手側の企業には、事業を売却した金額を受け取ることとなるため、事業譲渡における売却益は法人税の課税対象となります。
事業譲渡においては、譲渡対象の事業の「資産と負債の差額」を超えた売却金額が「事業譲渡における売却益」となります。
法人税には、地方法人税、事業税、法人住民税などがあり、これらの税金にすべての税率を合わせたものである「法定実行税率」は約30%となっています。
なお、「株式譲渡」においては、株主が個人の場合発生するのは法人税ではなく所得税です。株式売却によって獲得した利益は「譲渡所得」となり、所得税が課税されます。
譲渡された事業の課税資産と非課税資産とを分類

事業譲渡における消費税を計算するには、上述のように譲渡される事業資産を「課税資産」と「非課税資産」とに分類しなければなりません。
課税資産として分類される資産は?のれん代はどうしたよい?
事業譲渡で売却される資産のうち、以下のものは「課税資産」として分類されます。
- 有形固定資産(土地を除く)
- 無形固定資産
- 棚卸資産
- のれん代
有形固定資産
有形固定資産とは、譲渡される事業において用いられる「建物」「器具備品」「車両運搬具」「機械装置」「船舶」などです。なお、「土地」は有形固定資産ではありますが、土地の取引については非課税となります。
無形固定資産
無形固定資産とは、「特許権」や「商標権」「意匠権」といった知的財産や「漁業権」などの営業利権がこの無形固定資産に該当します。
棚卸資産
「棚卸資産」とは、企業が販売や加工をすることを目的に所有している資産のことを指します。例えば、販売予定のある「商品」や、商品を加工して作るための「原材料」がこの「棚卸資産」に当たります。「在庫」と表現されることもあります。
のれん代
「営業権」や「のれん代」も「課税資産」の一つです。「のれん代」とは、譲渡される事業の「利益を生み出す源泉」であり、例えば「独自のノウハウ」や「顧客」「取引相手」などのことを指します。
「のれん代」の算出には多くの計算方法がありますが、よく用いられるものとしては、「営業キャッシュフローの3~5年分の総和」を「のれん代」として計上する方法があります。
非課税資産に分類される資産は?
続いて、事業譲渡における消費税の「非課税資産」についてお話しします。非課税資産に分類されるのは次のような資産です。
- 土地
- 有価証券
- 債権
土地
上記の「課税資産」の部分でも触れましたが、「土地」有形固定資産でありながら、「非課税資産」として分類されます。
有価証券
有価証券とは、企業が保有する「株式」や「商品券」「小切手」「手形」などを指します。
債権
債権も非課税資産であり、消費税の対象とはなりません。なぜなら、売掛金のような債権が発生した時点で売上として計上されており、この時点で消費税が課税されているため、二重課税になることを防ぐためです。
事業譲渡の「のれん」と「営業権」の違い

事業譲渡で得られる対価は、たんに譲渡した資産と負債の差額ではありません。
たとえば譲渡した資産の合計が500、負債の合計が300である場合を考えてみましょう。もしあなたが譲渡側であったとしたら、この事業部門を売却する場合一体いくらで売りたいと思いますか?
買う側からすれば「500-300=200で購入したい!」と思うかもしれませんが、売る側からすれば、それでは何の魅力もありません。実際、現在も収益を上げているのであれば、その分も売却価格にいくらか上乗せしてもらえなければ、決して売る気にはならないでしょう。
このように、事業譲渡において譲渡する資産と負債の差額を超えたプレミアムな部分を総称し「のれん」といいます。
のれんを構成するのは、おもに事業独自のノウハウや伝統、商品のブランド力や顧客の販売網などです。
これに対して「営業権」とな何でしょうか?
M&Aで「営業権」が使われなくなった理由
昭和51年7月13日の最高裁判決によると、
『営業権とは、当該企業の長年にわたる伝統と社会的信用、立地条件、特殊の製造技術及び特殊の取引関係の存在並びにそれらの独占性等を総合した、他の企業を上回る企業収益を稼得することができる無形の財産的価値を有する事実関係である。』
と述べられています。つまり、無形の価値(ノウハウや伝統など)を独占して使用できるの総称を「営業権」と規定しているわけです。
以前は、会計用語としてもM&Aの現場においても、「のれん」にあたる言葉として「営業権」が使われていました。しかし法改正により現在では「営業権」という言葉は使われておりません。
一つ一つの無形の価値を積み上げて行った「営業権」に対し、「のれん」はおもにM&Aにおける資産と負債の差額を超えた部分の総称をいいます。もちろん「のれん」にも「営業権」と同様にノウハウやブランド、企業の伝統なども含まれますが、決してそれだけではありません。
たとえば「どうしてもその事業を譲って欲しい」と思う人と、「まあできれば譲って欲しいかな」と考えている程度人であれば、当然前者の方が高く買ってくれるでしょう。この「より高く売れる金額」も「のれん」には含まれます。しかしこの部分には、特別に絶対的な無形の価値があるわけではありません。
「営業権」の概念の中心には「(誰から見ても)普遍的・絶対的な価値」がありますが、「のれん」にはむしろ「相対的・暫定的な価値」が多分に含まれており、これがM&Aの現況と乖離してしまったため、「営業権」という言葉の使用をやめ、「のれん」という新しい言葉に置き換えらてたのです。
事業譲渡の際の消費税の計算方法と仕訳方法

それでは、具体的な消費税の計算方法と、仕訳方法についてみていきましょう。
事業譲渡の内容が以下のような場合、消費税はいくらになるでしょうか?
【売却金額:2億円】
建物:5,000万円
土地:1億円
のれん代:1,000万円
棚卸資産:,1,000万円
特許権:1,000万円
債権:2,000万円
まずは、上記の資産を「課税資産」と「非課税資産」に分類します。
課税資産の合計額は
建物5,000万円+のれん代1,000万円+棚卸資産1,000万円+特許権1,000万円=8,000万円
となります。
いっぽう非課税資産の合計額は
土地1億円+債権2,000万円=1億2,000万円
となります。
事業譲渡にかかる消費税は、課税資産に消費税率を掛けることで算出されるため、
8,000万円×10%=800万円
が、この事業譲渡における消費税となります。
事業譲渡側の仕訳
それでは、事業譲渡側の仕訳を見ていきましょう。
事業譲渡側の仕訳では、事業移転直前の帳簿価格に基づいて算出される「株主資本相当額」と「譲渡価格」との差額が、「移転損益」として計算されます。また、事業譲渡の際の支出は、その支出が発生した事業年度の費用として計上します。
譲渡資産の帳簿価格:500
譲渡負債の帳簿価格:200
譲渡価格:350
貸方 | 借方 | ||
譲渡負債 | 200 | 譲渡資産 | 500 |
現預金 | 350 | 事業譲渡益 | 50 |
事業譲受側の仕訳
続いて、事業を譲り受ける側の仕訳について解説します。
事業の譲受価格は、譲り受けた資産と負債を、譲り受けた時点での時価を基準に算出します。また、譲受価格と取得原価(譲り受けた事業の帳簿状の資産と負債の差分)の差額は「のれん代」として計上し、20年間毎期均等償却していきます。
譲受資産の帳簿価格:500
譲受負債の帳簿価格:200
譲受価格:350
貸方 | 借方 | ||
譲受資産 | 500 | 譲受負債 | 200 |
のれん | 50 | 現預金 | 350 |
事業譲渡の消費税は誰が納めるの?
事業を譲渡する側の企業は、引き渡し時に譲渡した側に対して課税資産に消費税率を掛け合わせた額を請求します。この事業譲受側から預かった消費税を、自社の決算時に消費税の申告書を作成して納付します。
つまり消費税は、「買い手」ではなく「売り手」の方が決算時に納付するわけです。
なお、会社分割を行って事業を譲渡した場合は、消費税は課税されません。なぜなら、事業譲渡は資産の売買のため、消費税の課税対象になりますが、会社分割は資産の譲渡に該当せず「組織再編行為」とされているためです。
事業譲渡の際の消費税に関する注意点

最後に、事業譲渡を行う場合の消費税について注意するべき点をみていきましょう。
のれん代が高いと消費税も高額に
事業譲渡の対象が強いブランド力を持っていたり、資産にのれんを多く計上たりしている場合、消費税も高額になる傾向にあります。そのため、事業譲渡を選択するよりも消費税の課税がされない会社分割を選択する方が税法上のメリットを得られるでしょう。
買い手側が簡易課税の場合は要注意!
消費税の計算方法は非常にシンプルで、まず売上に含まれる消費税を集計し、次に仕入れや外注費などの支払い時に支払った消費税を集計し、その差額を納税します。
つまり、預かった分から支払った分を差し引きし、差額を納めるわけです。
事業譲渡などの大きな買い物?をした場合、当然「買い手側」が支払う消費税額は莫大な金額になります。こうなると
預かった消費税の合計<支払った消費税の合計
となった場合には、その分の消費税の還付を受けられるわけです。しかしこの場合、買い手企業が消費税の簡易課税方式を選択していると、残念ながら還付を受けることができなくなります。
株式譲渡の消費税について

事業譲渡には消費税が課税されることはお話ししましたが、株式譲渡による事業承継には消費税は課税されるのでしょうか?
株式譲渡による事業承継には消費税は課税されない
株式譲渡による事業承継は、事業譲渡による事業承継とはちがい消費税が課税されることはありません。
消費税の課税対象とは
消費税は、どんなものに対しても課税されているわけではありません。消費税が課税対象としているのは以下の4つの取引です。
- 国内において行うもの(国内取引)であること
- 事業者が事業として行うものであること
- 対価を得て行うものであること
- 資産の譲渡、資産の貸付け、役務の提供であること
これら4つのすべてに該当する取引に対して、消費税が課税されます。
消費税には非課税・不課税取引がある
とはいっても、該当する取り引きのすべてに消費税が課税されるわけではありません。社会政策的配慮から課税することが適当でない取引(非課税取引)や、事業者が個人として行う取引や対価性のない取引(不課税取引)などには消費税は課税されません。
ちなみに、非課税取引には
- 医療費(国民健康保険の対象となる医療費)
- 訪問介護サービスなどの費用
- 住民票の発行などの行政サービス手数料
- 学校の授業料や入学金
- 教科書の購入費用
- 株の売買(ただし手数料は課税対象)
- 預金や貸付金の利子
- 切手や商品券の購入
- 土地の売買・貸付け
- 住宅の貸付け
などがあり、不課税取引には
- 給与・賃金の支払い
- 国外取引
- 個人事業主が使用する生活用品の購入
- 事業者でないもの(サラリーマンなど)の自家用車の売却
- 保険金
- 共済金
- 寄附金
- 損害賠償金
などがあります。
ご覧の通り、株式譲渡による事業承継は、消費税の非課税取引の中にある「株の売買」に該当するため、消費税が課税されないわけです。
最後に

事業譲渡による事業承継は、譲渡側にとっても譲受側にとっても大変使い勝手の良いスキームであるため、中小企業のM&Aの現場でも実際数多く採用されています。
しかし株式譲渡と比べるとその内容や手順が複雑であるばかりでなく、事業譲渡による事業承継には最終的に消費税が課税されるため、事前に入念なタックスプランニングが必要となります。
消費税には非課税・不課税取引があるため、税額を正確に把握するためには専門家によるアドバイスが不可欠です。
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