
事業承継問題を解決するためには多くの方法があるように思えますが、実際に後継者問題解決対策として取ることができる方法は、実は5つしかありません。すべての企業経営者が事業承継を行う場合は、必ずこの5つの選択肢中からどれか1つを選ぶことになります。
そこで本記事では、事業承継におけるこの5つの手法をご紹介し、それぞれのメリットとデメリットについて解説していきます。
事業承継の5つの手法

企業の後継者問題の解決策は、以下に挙げる5つの方法があります。
- 親族承継
- 親族外承継
- M&A
- 清算・廃業
- 株式上場
これら5つ以外の選択肢以外は、事業承継問題を解決する方法としては存在しません。ですから経営者は、必ずこれら5つのうちどれか一つを選択することになります。
ではこれら5つの手法とそれぞれのメリット・デメリットについて、じっくりと掘り下げて解説していきます。
事業承継の第1の手法 親族承継
2018年に日本政策金融公庫が発表したレポート(「親族外承継に取り組む中小企業の現状と課題」)によると、小規模事業者については64.9%(第1位)、中規模企業においても42.4%(第2位)が親族承継による事業承継を選択しています。
創業者(もしくは経営者)が長年大切にしてきた企業や事業を、ご子息やご子女などの親族へ適切なタイミングで承継してもらうのが最も安心する形であることから、おおくの企業でこの親族承継が選ばれています。
親族承継のメリット
では、親族承継にはどのようなメリットがあるのでしょうか?親族承継のメリットは以下の2点となります。
- オーナー家としての地位が継続できる
- 業務を円滑に承継できる
親族承継のメリット① オーナー家としての地位が継続できる
親族承継であればこれまで築き上げてきた企業ブランドやノウハウ、事業用資産や株式などが他人に渡ることがないため、事業承継後もオーナー家としての地位を継続し続けることができます。
親族承継のメリット② 業務を円滑に承継できる
経営者の努力や苦労を身近に見てきた親族であれば、業務はもちろんのこと企業風土など「何を経営者が承継して欲しいのか」をよく理解しています。そのため、スムーズな事業承継を行うことができます。
それ以外にも、早くから事業承継者としての教育を受けさせることもでき、また従業員や得意先、金融機関などからも承継者として受け入れられやすいため、承継後のトラブルについて心配する必要がありません。
親族承継のデメリット
それでは逆に、親族承継のデメリットにはどのようなものがあるのでしょうか?親族承継のデメリットは以下の4点となります。
- 個人保証を含め、後継者がリスクを引き継ぐ必要がある
- 少子化の影響もあり、承継する子息がいないという問題がある
- 低廉譲渡の際の課税
- 経営者としての能力に不安が残るケースも
親族承継のデメリット① 個人保証を含め、後継者がリスクを引き継ぐ必要がある
中小企業の経営者の多くは、企業の借入金に対して個人保証や担保として自宅の土地などを提供しています。借入金の返済が終わっていなければ、現経営者に代わり次の経営者がこのような個人保証や担保の提供を求められるため、事業承継にともないこういった経済的リスクを引き継がなければなりません。
親族承継のデメリット② 少子化の影響もあり、承継する子息がいないという問題がある
少子化が加速している現在、経営者夫婦が必ずしも子息・子女を持てるとは限りません。残念ながら子宝に恵まれないこともあるでしょうし、また子息・子女が事業承継を拒否する場合もあります。
このように現在の出生率(2019年で1.36)では、複数人の子息・子女の中から承継者として相応しい人物を選ぶことができないため、親族承継を承継方法として選択できない場合もあります。
親族承継のデメリット③ 低廉譲渡の際の課税
M&Aなど、完全に他人同士による企業間売買であれば、基本的にはその売価について税務署から指摘されることはありません。
しかし親族内での事業承継の場合、事業用資産や株式の売買について、税務署から「時価よりも低い値段で譲渡した」と指摘される場合があります。
この場合時価との差額について贈与税などが課税されることになります。
親族承継のデメリット④ 経営者としての能力に不安が残るケースも
経営者の親族であっても、残念ながら経営者の資質に欠ける場合もあります。すべての子息・子女や親戚が経営者として相応しいわけではありませんから、これはしかたありません。
このような状況下で、見切り発車で無理やり親族承継をしてしまっては、事業承継後の経営に不安が残ってしまいます。
事業承継の第2の手法 親族外承継
親族承継に次いで事業承継の手法として選択されているのがこの親族外承継です。おもに中規模以上の企業における事業承継において利用されています。
親族外承継のメリット
では、親族外承継にはどのようなメリットがあるのでしょうか?親族外承継のメリットは以下の2点となります。
- ノウハウも豊富なため、業務を円滑に承継することが可能
- 従業員の理解が得やすい
親族外承継のメリット① ノウハウも豊富なため、業務を円滑に承継することが可能
親族外承継の場合、社内の役員や従業員、もしくは社外から経験豊富な人物が事業承継者として選ばれます。そのため、会社の企業風土や業務に関する理解が深く、そのノウハウもすでに持ち合わせているため、承継後の事業を円滑に行うことができます。
親族外承継のメリット② 従業員の理解が得やすい
たとえば社内の役員や従業員が承継者となれば、その実力は他の従業員からも認められているはずです。そのため親族外承継であっても、他の従業員からの理解が得やすくなります。
親族外承継のデメリット
それでは逆に、親族外承継のデメリットにはどのようなものがあるのでしょうか?親族外承継のデメリットは以下の3点となります。
- 株式の買取資金が必要となる
- 低廉譲渡の際の課税
- 経営者としての能力に不安が残るケースも
親族外承継のデメリット① 株式の買取資金が必要となる
親族内承継であれば、相続などによる株式や事業用資産の譲渡も選択できますが、親族外であればこれらの資産は事業譲渡に伴い承継者に買い取ってもらわなければなりません。
優良企業であればあるほど株価の評価額は高くなるため、こういった資金を承継者が用意するのは至難の業です。
親族外承継のデメリット② 低廉譲渡の際の課税
親族外承継であっても、時価と比べて著しく低い価格で株式や事業用資産が事業承継者に譲渡された場合には、事業承継者に対して贈与税などが課税される場合があります。
親族外承継のデメリット③ 経営者としての能力に不安が残るケースも
社内の人間を事業承継者に登用しようと思っても、必ずしも次の経営者としての資質を備えた人間が見つかるとは限りません。
ただ「社内の人間だから」というだけで選んでしまっては、事業承継後の経営に不安が残ってしまいます。
事業承継の第3の手法 M&A
他の企業(もしくは個人)に、会社(もしくは事業の一部)を売却することをM&Aといいます。
M&Aのメリット
では、M&Aにはどのようなメリットがあるのでしょうか?M&Aのメリットは以下の4点となります。
- 創業者の利潤最大化
- 個人保証の解除
- 後継者問題の解決
- より強い事業基盤での成長が見込める
M&Aのメリット① 創業者の利潤最大化
会社や事業を譲渡することにより、創業者(もしくは経営者)はそれに相応しい対価を得ることができます。この対価を得ることにより、これまでの努力や苦労は報われ、またハッピーリタイアを迎えることができます。
M&Aのメリット② 個人保証の解除
M&Aによる事業承継の場合、基本的には会社の債務に関する現経営者の個人保証を解除し、事業を譲り受ける企業側がその保証を引き継ぐことになります。
そのため、個人保証や個人資産の担保の提供などから開放されることができます。
M&Aのメリット③ 後継者問題の解決
事業承継者として相応しい後継者を探すのに、頭を悩ます必要がなくなります。
M&Aのメリット④ より強い事業基盤での成長が見込める
一般的に譲渡する側より譲り受ける側の方が資本力が強いため、M&Aにより事業譲渡を行うとより強い事業基盤が出来上がるため、今後一層の成長を見込むことができます。
M&Aのデメリット
それでは逆に、M&Aのデメリットにはどのようなものがあるのでしょうか?M&Aのデメリットは以下の3点となります。
- 株主でなくなるため経営に参画できない
- 株式譲渡後も相応の引継期間が必要となるケースも
- 希望条件に合う企業に出会える保証がない
M&Aのデメリット① 株主でなくなるため経営に参画できない
M&Aにより会社を譲渡してしまうと、その会社がM&A後にどれだけ急成長したとしても経営に一切参画することはできなくなってしまいます。
M&Aのデメリット② 株式譲渡後も相応の引継期間が必要となるケースも
株式譲渡によりM&Aが終了しても、事業の引継ぎのために何年かの間は雇用される形で業務の補佐を行わなければならない場合があります。
M&Aのデメリット③ 希望条件に合う企業に出会える保証がない
どんなに優秀なM&Aの仲介機関に依頼しても、必ずしも希望条件を満たした企業に出会えるわけではありません。その場合、時間を十分にかけたにも関わらず、M&Aは不成立に終わってしまいます。
事業承継の第4の手法 清算・廃業
事業の清算・廃業とは、これまで継続してきた事業を廃止、会社をたたむことを指します。
清算・廃業のメリット
では、清算・廃業にはどのようなメリットがあるのでしょうか?清算・廃業のメリットは以下の2点となります。
- 創業者利潤の獲得
- 経営者引退の実現
清算・廃業のメリット① 創業者利潤の獲得
清算・廃業を選択した場合、借入金などの負債を返済した後の資産は株主に配当されます。そのため筆頭株主である創業者は、これまでの努力や苦労が報われ、老後のための資金を手にすることができます。
清算・廃業のメリット② 経営者引退の実現
清算・廃業を選択した場合、これまで背負ってきた経営者としての重責から解放され、引退することができます。
清算・廃業のデメリット
それでは逆に、清算・廃業のデメリットにはどのようなものがあるのでしょうか?清算・廃業のデメリットは以下の3点となります。
- 事業の中止による取引先への説明責任
- 全従業員の解雇および再就職先斡旋といった後ろ向きな対応が発生
- 借入を全額返済できない可能性大
清算・廃業のデメリット① 事業の中止による取引先への説明責任
これまで懇意にしてもらってきた取引先に対し、事業の中止や今後の引継ぎ等も含めた説明をし、理解を求めなければなりません。
清算・廃業のデメリット② 全従業員の解雇および再就職先斡旋といった後ろ向きな対応が発生
清算・廃業にともない全従業員は解雇されるため、これまで会社のために頑張ってくれた従業員やその家族を路頭に迷わせないために再就職先などを探し、斡旋しなければなりません。
清算・廃業のデメリット③ 借入を全額返済できない可能性大
会社を清算・廃業しても、借入金の全額を返済できない可能性があります。この場合、個人の財産を切り崩して借入金の返済に充てるしかありませんが、それでも不可能な場合には、最終的に会社も個人も破産することになってしまいます。
事業承継の第5の手法 株式上場
株式上場とは、自社の発行する株式を自由に譲渡できるように証券取引所で株式が売買されるすることをいいます。
株式上場のメリット
では、株式上場にはどのようなメリットがあるのでしょうか?株式上場のメリットは以下の3点となります。
- 経営と資本の分離が図れる
- 株式売却により現金化が可能となる
- 人材の採用や資金調達力向上が見込める
株式上場のメリット① 経営と資本の分離が図れる
株式を上場すると、多くの株主が株式を購入することにより資本の安定化が図られ、経営陣は経営に集中することができるようになります。
株式上場のメリット② 株式売却により現金化が可能となる
非上場企業の株式を現金化するのは極めて困難ですが、上場企業の株式であれば市場でいつでも売買することができるため、現金化したいときにはいつでも現金化することができます。
株式上場のメリット③ 人材の採用や資金力調達力向上が見込める
上場企業になると企業としての社会的信用が格段に上がるため、人材の採用が容易になり、かつ金融機関はもちろんのこと、市場なども含めた総合的・多角的な資金調達能力が向上します。
株式上場のデメリット
それでは逆に、株式上場のデメリットにはどのようなものがあるのでしょうか?株式上場のデメリットは以下の2点となります。
- 簡単には上場できない
- 上場審査までに数年単位の時間を要する
株式上場のデメリット① 簡単には上場できない
これは言うまでもない事ですが、企業を株式市場に上場させるためには並大抵の努力ではできません。また単に財務状況だけが良くても、上場出来るわけではありません。
ここではあえて詳しく説明することは避けますが、かなり難しいことであることは間違いありません。
株式上場のデメリット② 上場審査までに数年単位の時間を要する
株式上場にあたり、上場のための手続きや審査を主幹事証券会社のサポートなどを受けながら準備しなければなりません。そのためには数年単位で時間が必要となります。
事業譲渡の方法別解決スキーム

では最後に、これまでご紹介した事業譲渡の方法のうち株式上場を除く4つの方法について、それぞれを用いて事業譲渡を円滑に行うためのポイントや注意点などをまとめてみます。
親族承継による事業承継のポイント
親族承継において注意すべき点は以下の2点です。
- 資産の承継
- 経営計画の立案
資産の承継
事業承継前に事業用の資産とそうでないものに分け、適切な形で次の経営者にバトンタッチしなければなりません。
具体的には、現経営者所有の土地の上に会社の工場などが建っている場合、相続時に土地を他の相続人が相続してしまう可能性があります。こうなってしまうと土地を借り続けるにしても、また買い取るにしても、将来的に経営上不安定な要素を残してしまうことになってしまいます。
また株式も同様で、経営者以外に株式が分散所有されしまっていれば、持ち株比率によっては承継後の経営が不安定になってしまう可能性があります。
このように、承継後の経営が不安定にならないために、株式も含めた資産を適切な形で整理しておかなければなりません。
経営計画の立案
ほとんどの人にとって、事業承継ははじめての経験のはずです。事前に綿密な計画を立てておくのはもちろんですが、それでも予想外の事態が起こる可能性もあります。
このような事態を避けるために、事業承継の経験豊富な事業承継機関などに相談しながら経営計画を立案し、不測の事態も織り込んでおくことをおすすめします。
親族外承継による事業承継のポイント
親族外承継の場合、役員や従業員、その他社外から幅広く人材を探すことができます。しかしその分だけ、解決しなければいけない問題も山積します。
例えば
- 会社の株式の行方
- 会社の借入金の担保や保証金の問題
- 承継後の創業社長の収入について
- そもそも事業や会社を引き継いでくれる人がいるのだろうか?
などの問題点を全て、現経営者がクリアしていかなければなりません。
なお、親族外承継において注意すべき点は以下の3点です。
- 事業承継のための調査
- 事業承継計画書の作成
- 事業承継計画に基づく計画の実行
事業承継のための調査
経営者がこれまで行ってきた事業に対する想いや会社の現状、後継者(候補)のリストアップと経営としての適正などを総合的に判断していきます。
具体的には、
- 会社の状況
- 会社が行っている業界の現状分析と先行きについて
- 会社の経営資源や負債の現状分析
- 経営者個人の状況
- 後継者(候補)のリストアップと経営者としての適正について
などを行います。
事業承継計画書の作成
会社の現状分析が終ったら、事業承継に向けて具体的にいつ何を行うのか、アクションプランを作成していきます。
具体的には、
- 事業計画と資金計画の立案
- 自社株式の評価及び株価対策
- 事業承継者のための株式買取資金の計画
- 借入金に関する保証債務変更のための計画
- 事業承継のための節税計画
などを作成していきます。
事業承継計画書に基づく計画の実行
事業承継のための調査や計画書の作成が完了したら、最後はこの計画に基づき実行していきます。
具体的には、
- 現経営者から事業承継者への株式移転
- 事業承継者が株式を買い取るための資金調達
- 借入金の保証債務変更等も含めた金融機関への対応
などを中心に行います。
ご覧の通り、計画の立案や実行には専門的知識が必要なため、事業承継に経験豊富な支援機関に相談しながら進めていくことをおすすすめします。
M&Aによる事業承継のポイント
M&Aによる事業承継は、譲渡企業側にとっても譲受企業側にとってもメリットの高い手法です。しかし必ずしもお互いに希望条件に則した相手が見つかるとは限りません。
運が悪ければ時間と費用がかかるだけで、M&Aが不成立に終ってしまう可能性もあります。
1にも2にもM&Aを支援する機関しだい
M&Aを成立させるためには、1にも2にもM&Aを仲介する支援機関しだいです。M&Aの経験が豊富で、M&Aによる企業譲渡を待ち望んでいる顧客リストを数多く持っている支援機関を見つけることが大切です。
清算・廃業による事業承継のポイント
後継者を探さず、企業の清算や廃業を選ぶと、企業経営の苦しさや煩わしさからは開放されます。しかしただ清算や廃業を選んでしまっては、これまで苦労して培ってきたノウハウやブランド、育て上げてきた従業員などは無価値になってしまいます。
決算書には数値化できない無形資産が企業には必ずある
長い間経営されてきた企業には、長い間生き残ることができただけの何かが必ずあります。さまざまなノウハウや、高品質な商品に対するブランド力、そして質の高い仕事をすることができる従業員などがそうです。
これらは会社の決算書上に記載することはできませんが、この無形資産こそが企業収益の源泉です。しかし企業を清算・廃業してしまうと、これらの資産は日の目を浴びることなく消滅してしまいます。
清算・廃業を選択する前にM&Aを考えてみる
清算・廃業を選択した経営者も、清算・廃業をこれから実行しようと考えている経営者も、そのまえに一度立ち止まり、M&Aを考えてみるのはいかがでしょうか?
条件が合う相手が見つかれば、会社を譲渡することができます。従業員の雇用も守れますし、ご自身が育て上げた会社が更に飛躍するきっかけになるかもしれません。
もちろん譲渡による対価を得ることが出来るため、創業者利益を確保し、ハッピーリタイアを実現することができるかもしれません。
ただしM&Aを実現するためには、M&Aの経験が豊富で、M&Aによる企業譲渡を待ち望んでいる顧客リストを数多く持っている支援機関を見つけることが必須です。
最後に

事業承継はどの経営者もいつかは必ず考えなければならないことであり、誰にとっても頭を悩ます頭痛の種でもあります。
しかしその方法は5種類しかなく、基本的にはやるべきことも全て決まっているため必要以上に心配することはありません。
ただし誰にとっても事業承継ははじめてのため、準備不足や経験不足が原因で残念ながら失敗してしまうことも少なくありません。そのため、事業承継を進めるにあたっては、できるだけ事業譲渡の経験が豊富な支援機関に相談しながらすすめていくことをおすすめします。
当社は、経営知識や実務経験が一定以上である認定経営革新等支援機関に認定されており、事業承継はもちろんのこと、さまざまな経営支援からM&Aまで、幅広い視野に立って経営者のみなさんを万全の態勢でサポートしています。
「事業承継を検討してみたい」と思われた方はぜひ一度お気軽にご相談ください。