価格は「利益 × 倍率 + 資産」で決まる

中小企業のM&Aで実務上よく使われるのは、次の考え方です。

調整後の利益に一定の倍率を掛け、そこに純資産を加える——大まかにはこの形で価格の目安が作られます。厳密には評価方法が複数あり、案件によって使い分けられます。3つの評価方法の使い分けをご覧ください。

したがって、価格を上げる方向は2つしかありません。利益を増やすか、資産を整えるかです。

ステップ1:調整後の利益を出す

決算書の利益そのものではなく、買い手が経営したときに残る利益を算定します。

  • 経営者・親族の役員報酬を適正水準に置き換える
  • 経営者の生命保険料、私的な費用を除く
  • 一時的な損益を除く
  • 親族への地代・家賃を相場に調整する
  • 今後必要な設備投資を織り込む

この作業は自分でもできます。やってみると、決算書の印象とはかなり違う数字が出ることが多いはずです。決算書の磨き上げEBITDAで見る食品工場の評価を参照してください。

ステップ2:倍率がどう決まるかを知る

倍率は固定ではなく、次の要素で上下します。食品製造業では特に効くのがこの5つです。

  • 利益の安定性:季節変動が説明でき、複数年で安定しているか
  • 取引先の構成:1社依存が高いと下がる
  • 価格転嫁の実績:原材料高を転嫁できているか
  • 人の残りやすさ:属人化していないか
  • 許認可と衛生管理:記録が継続し、監査を通っているか

それぞれ利益の安定性をどう見せるか取引先構成が評価に与える影響人が残るかどうかは価格に影響するか品質・認証は価格に効くかで扱っています。

ステップ3:資産を評価する

食品工場は資産を持つ業種なので、ここも金額に効きます。

設備は「持っている」ことより「あと何年使えるか」で見られます。老朽化していると、逆に減額の要因になります。

ステップ4:借入と現預金を調整する

事業価値から借入を差し引き、現預金を加えて株式の価値を出します。これをネットデット調整と呼びます。

あわせて、季節性のある運転資本の水準も調整の対象になります。ネットデット調整運転資本の調整をご覧ください。

相場はあるのか

「食品製造業なら◯倍」という単純な相場はありません。業態、規模、収益性、設備の状態によってレンジが大きく変わります

ただし、自社がどのあたりに位置するかを把握する方法はあります。食品工場の売却相場はあるのかで整理しています。

売る前に価格を上げるには

短期間でできることと、時間がかかることがあります。

期間できること
数か月決算書の整理、滞留在庫の処分、遊休資産の売却、名義の整理
1年価格改定の実施、品目別採算の整備、不採算品目の見直し
3年取引先構成の改善、属人化の解消、衛生管理の記録の蓄積、設備の計画的更新

詳しくは売る前の1年でできる企業価値の上げ方にまとめました。

交渉で使える材料

価格は評価式だけで決まるわけではありません。買い手にとっての価値(シナジー)、他の候補の存在、譲渡の条件との交換。これらが交渉の材料になります。価格交渉で使える材料をご覧ください。

逆に、安く売ってしまう典型的なパターンもあります。安く売ってしまう典型パターンで確認してください。

最後は手取りで考える

譲渡価格がそのまま手元に残るわけではありません。税金、役員退職金との配分、少数株主への支払い。手取りベースで比べることが重要です。

売却後の手取り役員退職金と譲渡対価のバランスを参照してください。

まず何をするか

直近3期の決算書を並べ、役員報酬と保険料を調整した後の利益を出してみてください。それだけで、おおよその位置が見えてきます。

「売りたい」と思ったときの最初の一歩

「食品会社を売りたい」「食品メーカーを売りたい」と考え始めたとき、いきなり仲介会社に電話する必要はありません。先にやることがあります。

  1. いつまでに手を離したいかを決める
  2. 直近3期の決算書を手元に用意する
  3. 何を残したいか(従業員・屋号・工場)を書き出す
  4. そのうえで相談先を選ぶ

3番目が抜けたまま進むと、条件を比べる基準がありません。誰に相談すればよいかを参照してください。

「会社譲渡」という言い方

食品会社の会社譲渡、食品製造会社の会社譲渡、という言い方をされることがあります。多くの場合、株式譲渡のことを指しています。会社そのものが丸ごと移るので、許可も契約も従業員も原則そのまま引き継がれます。

事業の一部だけを移す事業譲渡とは別物です。食品加工事業の譲渡のように「この部門だけ」という話であれば、事業譲渡や会社分割を検討することになります。株式譲渡と事業譲渡の違いを参照してください。

従業員に知られずに進められるか

「食品会社を従業員に知られず売却したい」という相談は多く、実際そのように進めます。

  • 社名がわからない資料(ノンネーム)から打診を始める
  • 社名を明かす相手とは、必ず秘密保持契約を結ぶ
  • 資料は社外で準備し、社内に置かない
  • 面談は社外で行う

ただし、デューデリジェンスの段階では一部の役員に伝える必要が出ます。誰にいつ伝えるかを最初に決めておいてください。従業員にいつ伝えるか秘密保持の取り決めで扱っています。

※ 評価の方法や税務の取扱いは、案件や個別の事情によって異なります。実際の評価にあたっては、税理士等の専門家にご相談ください。