磨き上げとは何をすることか
数字を作り替えることではありません。決算書に含まれている「経営者固有の事情」を取り除いて、事業そのものの収益力を示す作業です。
買い手も買収監査で同じことをします。売り手が先にやっておくと、交渉の出発点が有利になり、監査での議論もスムーズになります。
調整項目1:役員報酬
最も金額が大きくなる項目です。オーナー経営者の報酬は、業績や節税の観点で決められていることが多く、同じ仕事を雇われた人がやった場合の水準とは異なります。
親族が役員に入っていて実務に関与していない場合、その報酬も調整の対象です。
ただし、経営者が現場で果たしている役割は正当に評価すべきです。社長が製造の中核も担っているなら、その分の人件費は必要経費として残ります。
調整項目2:保険料
経営者を被保険者とする生命保険は、事業の運営に必要な費用ではありません。保険料を除いたうえで、資産計上されている積立金は解約返戻金の額で評価します。
逆に、生産物賠償責任保険(PL保険)や火災保険は事業に必要なので調整しません。食品製造業では特に、PL保険は継続すべき費用です。生産物賠償責任保険の見直しをご覧ください。
調整項目3:私的な色彩の強い費用
- 経営者・親族が使用する車両の関連費用
- 事業との関連が薄い交際費
- 実質的に私用の携帯電話・通信費
- 事業に使っていない不動産の維持費
これらは調整の対象ですが、取引先との会食など、事業に必要な交際費は残します。食品業界では取引先との関係維持に一定の費用がかかることを、買い手も理解しています。
調整項目4:親族への地代・家賃
工場や倉庫が経営者個人の名義で、会社が賃借している場合、その賃料が相場と乖離していれば調整します。
相場より安ければ利益を押し下げる方向に、高ければ押し上げる方向に調整されます。譲渡後も賃貸を続けるなら、適正な賃料に直しておくことが望ましいです。工場不動産を分けて残すを参照してください。
調整項目5:一時的な損益
- 保険の解約返戻金
- 固定資産の売却損益
- 災害による損失
- 補助金収入
- 役員退職金の一括計上
- 特定年度に集中した修繕費
最後の項目は食品工場で判断が難しいところです。設備の修繕は毎年一定額かかるものと、数年に一度の大きなものがあります。3〜5期分を並べて、平準化した水準を示すのが実務的です。
貸借対照表の整理
損益だけでなく、資産・負債も実態に合わせます。
- 滞留在庫:動いていない原材料・製品・包材を洗い出して評価減する
- 回収できない売掛金:長期滞留分を整理する
- 使っていない設備:台帳から除却する
- 遊休資産:事業に使っていない不動産・車両を切り分ける
- 退職金の負担:規程上の必要額を把握する
- 個人名義の資産:会社が使っているものを整理する
包材は見落とされがちです。デザイン変更で使えなくなった包装資材が資産に残っているのは、食品工場でよくあることです。在庫の評価をご覧ください。
やってはいけないこと
磨き上げは実態を正しく示す作業であって、数字を良く見せる作業ではありません。次は避けてください。
- 必要な修繕を先送りして費用を減らす
- 期末に押し込み出荷をして売上を作る
- 費用の計上を翌期にずらす
- 実態のない在庫を残す
これらは買収監査で発見され、数字全体の信頼を失います。1つ疑わしい処理が見つかると、他もすべて疑われます。
いつからやるか
磨き上げそのものは数か月でできますが、3期分の推移として見せるには3年かかります。役員報酬を適正化する、私的費用を切り離す、といった実際の運用変更を伴う場合は特にそうです。
「譲ると決めてから」ではなく、選択肢の1つとして考え始めた時点で着手するのが理想です。売る前の1年でできる企業価値の上げ方もご覧ください。
※ 税務上の取扱いは個別の事情によって異なります。決算処理の変更を伴う場合は、必ず顧問税理士にご相談ください。