なぜ単純な相場がないのか
「売上の◯%」「利益の◯年分」という言い方を聞くことがありますが、食品製造業ではこれが当てはまりません。理由は3つあります。
1. 資産の持ち方が会社ごとに違う
工場の土地建物を会社で持っているか、経営者個人の名義か、賃借か。これだけで評価額は倍以上変わります。
2. 設備の状態が違う
同じ売上・同じ利益でも、設備が更新済みの工場と、5年以内に大規模な更新が必要な工場では評価が大きく異なります。
3. 買い手にとっての価値が違う
生産能力が欲しい買い手、販路が欲しい買い手、許可済みの施設が欲しい買い手。誰が買うかで価格が変わります。
それでも位置を把握する方法
次の3ステップで、おおよそのレンジは見えてきます。
ステップ1:時価純資産を出す
帳簿の純資産に、次の調整を加えます。
- 土地を時価に直す(路線価や近隣の取引事例を参考に)
- 建物・設備を実際の使用可能年数で見直す
- 滞留在庫・期限切れ在庫を減額する
- 保険積立金を解約返戻金の額に直す
- 退職金の将来負担を負債に加える
- 把握している未払い残業を負債に加える
これが下限の目安になります。
ステップ2:調整後の利益を出す
直近3期について、役員報酬・保険料・私的費用・一時的損益を調整した営業利益を計算します。決算書の磨き上げの手順どおりです。
ステップ3:組み合わせる
中小企業のM&Aでよく用いられるのは、時価純資産 + 調整後利益の数年分という考え方です。この「数年分」が何年になるかは、次で上下します。
- 利益が安定しているか
- 取引先が分散しているか
- 設備の更新負担が小さいか
- 人が残る見込みがあるか
- 許可・衛生管理の体制が整っているか
条件が良ければ長め、悪ければ短め、あるいは純資産のみ。この幅が「レンジ」の正体です。
食品製造業で評価が上振れしやすい条件
- 営業許可を得た施設が稼働しており、生産能力に余力がある
- 大手量販店・コンビニ等の口座を持っている
- 冷凍・チルドなど、参入障壁のある設備を持つ
- 自社ブランドがあり、粗利率が高い
- 取引先の工場監査を継続して通っている
- 技能が特定の1人に依存していない
下振れしやすい条件
- 1社への依存度が高い(特にPB・OEMのみ)
- 設備が老朽化し、数年以内に大きな更新が必要
- 排水処理の能力が生産量の上限を決めている
- 何年も価格を据え置いており、粗利が薄い
- 配合や工程の判断が特定の人にしかできない
- 株式が分散している、個人名義の資産が多い
下振れ要因のうち、株式と名義の整理は時間さえかければ確実に解消できます。分散した株式をまとめると個人名義の設備・車両・土地をどう整理するかをご覧ください。
「相場より高く」を狙うには
評価式の中で価格を上げるより、買い手にとっての価値が高い相手を見つけるほうが効果は大きくなります。
自社の工場を欲しがる理由が明確な買い手(生産能力が逼迫している同業、その地域に拠点が欲しい企業)であれば、評価額を上回る提示もありえます。買い手は食品工場の何を見ているかと買い手はどう探すのかを参照してください。
相場を知る目的
相場を知る目的は、高く売ることそのものではありません。提示された金額が妥当かどうかを自分で判断できるようにすることです。
この判断軸がないと、交渉の場で流されます。安く売ってしまう典型パターンもあわせてご覧ください。