準備の全体像
- 自社の原価を把握する
- 荷主別の採算を出す
- 交渉の優先順位を決める
- 目標額と最低ラインを決める
- 根拠資料を作る
- 想定問答を準備する
- 社内の体制を整える
自社の原価を把握する
すべての出発点です。次を車両1台あたりで計算してください。
- 人件費(法定福利費を含む)
- 燃料費
- 車両費(減価償却またはリース料)
- 修繕費、タイヤ
- 保険料、税金
- 高速代
- 間接費(管理部門、施設)の配賦
荷主別の採算を出す
荷主ごとに、売上・原価・利益を出します。あわせてキロ単価と時間単価も計算してください。荷主別の採算管理、キロ単価・時間単価の考え方をご覧ください。
優先順位を決める
すべての荷主と同時に交渉するのは無理です。次の観点で順位をつけてください。
| 観点 | 優先度が高い |
|---|---|
| 採算 | 赤字または利益が薄い |
| 金額の影響 | 売上構成比が大きい |
| 据え置き期間 | 長年改定していない |
| 作業の増加 | 当初より作業が増えている |
| 関係性 | 話ができる担当者がいる |
最初の1社は、成功しやすい相手を選ぶのも一案です。実績ができると、社内の自信になります。
目標額と最低ラインを決める
- 目標額:必要単価から逆算した金額
- 最低ライン:これ以下なら取引を見直す水準
- 代替案:金額が無理な場合の条件変更
最低ラインを決めておかないと、その場の雰囲気で妥協してしまいます。目標利益から逆算した値決めをご覧ください。
根拠資料を作る
A4で1〜2枚にまとめます。次を入れてください。
- コストの推移:燃料、人件費、車両価格(グラフ)
- 前回改定からの期間
- その荷主の運行実績:便数、距離、拘束時間
- 荷待ち・附帯作業の実測(待機料・附帯作業料の収受)
- 必要な改定額と、その根拠
- 改定後の運行体制:継続できること
公表されている運賃の考え方も、客観的な根拠として使えます。「標準的な運賃」の使い方をご覧ください。
想定問答を準備する
言われることは、ほぼ決まっています。
| 想定される反応 | 準備しておく答え |
|---|---|
| 「他社はもっと安い」 | 安い理由(労務、安全)を問い、品質の違いを示す |
| 「うちも厳しい」 | 理解を示したうえで、続けられない水準であることを説明 |
| 「本社の決裁が必要」 | 本社に上げるための資料を提供する |
| 「今期は無理、来期に」 | 時期を明確にし、書面で確認する |
| 「全額は無理」 | 段階的な改定、または条件変更の代替案 |
| 「他社に切り替える」 | 引き継ぎの現実性(人員、車両、ノウハウ)を静かに示す |
運賃交渉の進め方と代替案、値上げを断られたときの判断をご覧ください。
社内の体制
- 誰が交渉するか:社長か、営業か、配車担当か
- 決裁の範囲:どこまでその場で決めてよいか
- ドライバーへの説明:交渉中であることを伝えるか
- 結果の共有:成功も失敗も社内で共有する
交渉を社長だけが担っている状態は、承継の障害でもあります。この機会に、担当者を同席させてください。管理職の育成をご覧ください。
タイミングを選ぶ
- 契約の更新時期
- 荷主の予算編成の時期(その前に)
- 担当者が代わった直後
- コストが明確に上昇した局面
- 法令対応が必要になったとき
荷主の予算が固まってからでは、その期は動きません。 予算編成の時期を確認しておいてください。
原価が出せていない段階の準備
原価の把握がすべての出発点だと書きました。ただ、集計ができていない状態で交渉の必要が出ることもあります。その場合の進め方を示しておきます。
全社の原価を組む必要はありません。対象の荷主の便に絞って、実測してください。その便に何時間かかり、何キロ走り、燃料をいくら使い、高速代がいくらで、乗務した人にいくら払っているか。数日分を拾えば形になります。
この方法は、むしろ説得力があります。会社全体の平均ではなく、相手の便そのものの数字だからです。「御社の便を実際に測りました」という説明は、相手にとっても受け止めやすいものです。
実測するときは、乗務する人に事前に伝えてください。何のために測るのかが分からないと、記録が雑になります。運賃の交渉に使うと伝えれば、協力が得られます。
そして、この一便分の作業を他の便にも広げていけば、そのまま原価管理の入口になります。交渉のための準備が、結果として管理の仕組みになります。
資料の一枚をどう書くか
A4で一枚から二枚にまとめると書きました。中身の並べ方で、通りやすさが変わります。
冒頭に置くのは、要点です。何を、いつから、いくら変えたいのか。これを最初の三行で書いてください。読む人は忙しく、最後まで読まない前提で作る必要があります。
次に、その根拠を置きます。費目の推移、前回の改定からの期間、その荷主の運行の実績。ここは数字が中心になりますが、細かくしすぎないでください。伝えたい点を三つに絞ります。
最後に、改定後にできることを書きます。運行体制の維持、人員の確保、繁忙期の対応。相手にとっての意味を、一行でも書いてください。
そして、社名の入った表紙は要りません。相手が社内で回すことを考えると、一枚で完結していて、誰が見ても分かる形が最も使いやすくなります。
想定問答は声に出して練習する
言われることはほぼ決まっていると書きました。ただ、答えを紙に書いただけでは、その場で出てきません。
準備として有効なのは、社内で相手役を立てて、実際に話してみることです。十五分で足ります。想定していた答えが、口に出すと長すぎる、あるいは詰まる。ここが事前に分かるだけで、当日の落ち着きが違います。
とくに練習しておきたいのは、「他社はもっと安い」と言われた場面です。ここで感情が出やすく、しかも答え方によっては話が終わります。「その水準で続けている会社がどうやっているか、こちらも知りたいところです」といった、対立にならない受け方を用意しておいてください。
もう一つは、その場で妥協を迫られた場面です。「今ここで決めてほしい」と言われたときに、持ち帰る一言を準備しておく。「社内で確認して、明日ご連絡します」と言えるかどうかで、結果が変わります。
練習に付き合った人は、当日も同席できます。相手役をやった人は、話の流れを分かっているからです。
優先順位の表を作る
優先順位をつける観点を挙げました。実務では、これを一枚の表にしておくと動きやすくなります。
行は荷主、列は観点です。売上の規模、利益の状況、前回の改定からの期間、作業の増加、担当者との関係。それぞれを三段階ほどで評価すれば足ります。厳密な点数は要りません。
表にすると、頭の中で考えていたときと順位が変わることがあります。「あそこは厳しい」と思っていた相手が、実は据え置きが長く、規模も大きい。感覚では後回しにしていた相手が、上位に来る。
そして、この表は一度作れば毎年使えます。数字を入れ替えるだけで、その年の順位が出ます。交渉を年に一度の定例にするなら、この表が起点になります。
あわせて、交渉した結果も同じ表に書き込んでください。いつ、いくら申し入れ、どう決着したか。次の年に、そこから始められます。
誰を同席させるか
社長だけが交渉を担っている状態は承継の障害でもあると書きました。同席の人選には、いくつかの考え方があります。
後継者がいるなら、同席させてください。交渉の場は、会社の取引がどういう関係の上に成り立っているかがいちばん見える場所です。資料を作る段階から関わってもらえば、なお良いでしょう。
配車の担当を連れて行く手もあります。運行の細かい話になったときに、その場で答えられます。相手にとっても、実務を知っている人がいるほうが話が早く進みます。
ただし、人数は多くしすぎないでください。二人までが適当です。三人以上で行くと、相手が身構えます。
そして、同席者の役割を先に決めてください。誰が主に話し、誰が記録を取るか。決めずに行くと、話が交錯します。記録係を置くだけで、後の確認が正確になります。
相手の予算の時期をどう知るか
荷主の予算が固まってからでは動かないと書きました。では、その時期をどう把握するか。
いちばん確実なのは、担当者に聞くことです。「来期のご予算はいつ頃決まりますか」という質問に、答えられない担当者はまずいません。値上げの話と切り離して、平時に聞いておいてください。
決算期から推測することもできます。多くの会社では、決算期の数か月前に翌期の計画を組みます。相手の決算期は、会社案内や登記から分かります。
そして、聞いた時期は取引先の一覧に書き込んでください。荷主ごとに時期が違うため、記憶では管理できません。一覧があれば、その月が近づいたときに動けます。
時期を外した場合も、申し入れ自体は無駄になりません。「次の予算に織り込んでいただきたい」という形で伝えておけば、検討の対象に入ります。何も言わなければ、検討すらされません。
最低ラインの決め方
最低ラインを決めておかないとその場の雰囲気で妥協すると書きました。ただ、この線をどう決めるかが難しいところです。
基準になるのは、その取引を続けた場合に会社としてどうなるかです。単に赤字かどうかではなく、その車両と人を他に回した場合と比べてどうか。代わりの仕事があるなら、線は高くなります。ないなら、変動費を上回るところまで下げる判断もあり得ます。
そして、線は金額だけで決めないでください。条件との組み合わせで考えます。金額が届かなくても、待機の改善や作業の削減が伴えば、実質の採算は変わります。金額の線と、条件込みの線の二つを持っておいてください。
決めた線は、交渉に行く前に社内で共有しておきます。その場で相談できない状況になったときに、判断の基準が要ります。
そして、線を下回る結論になった場合に何をするかも、先に決めておいてください。すぐ切るのか、記録を続けて再度申し入れるのか。ここが決まっていないと、断られた後に動けなくなります。
準備の負担を毎年下げる
ここまでの準備を毎回ゼロから行うと、負担が重く、間隔が空いてしまいます。二回目以降を軽くする工夫を入れてください。
資料は、様式を固定します。数字を入れ替えるだけで作れる形にしておけば、作成の時間が大幅に減ります。荷主ごとに一枚の様式を使い回してください。
想定問答も、実際に言われたことを追記していきます。準備した答えより、現実に返ってきた言葉のほうが役に立ちます。数年分たまると、ほとんどの場面に備えができます。
そして、交渉の記録を残してください。いつ、誰に、いくら申し入れ、どう返ってきたか。次の準備は、この記録を見るところから始まります。
この蓄積は、社長が代わっても引き継げます。交渉の力が個人ではなく会社に残るかどうかは、記録を残しているかで決まります。
ドライバーに何を伝えておくか
交渉中であることを伝えるかどうかを、社内体制の項目に挙げました。ここは判断が分かれる部分なので、考え方を整理します。
伝えるべき理由は明確です。ドライバーは荷主の現場に毎日行っています。会社が何もしていないと思われている状態は、意欲にも定着にも影響します。実際、条件が悪い仕事を続けさせられていると感じることが、離職の理由になります。
一方で、詳細まで伝えると、現場で不用意な発言につながることがあります。「うちの会社、値上げを申し入れるらしいですよ」と荷主の担当者に言われると、こちらの段取りが崩れます。
だから、伝える内容を絞ってください。条件の見直しを会社として進めていること、そのために待機や作業の記録を正確に付けてほしいこと。この二点で足ります。金額や時期は、決まってから共有します。
そして、結果は必ず伝えてください。通った場合も、通らなかった場合もです。伝えないままだと、次に記録を頼んでも協力が得られなくなります。
荷主別の採算を出すときの落とし穴
荷主ごとに売上・原価・利益を出すと書きました。ここで注意したいのは、共通の費用をどう扱うかで結論が変わることです。
間接費を売上の割合で割り振ると、規模の大きい荷主ほど重く見えます。逆に、運行の時間で割り振ると、時間のかかる仕事が重く出ます。どちらが正しいということではなく、何を見たいかで選ぶ話です。
交渉に使うなら、その運行に直接かかる費用を中心に据えてください。間接費の配賦の話を持ち込むと、相手にとっては自社と関係のない議論になります。
一方、社内で優先順位を決めるときは、間接費まで乗せた数字で見てください。会社として残るかどうかを判断する場面だからです。
つまり、同じ荷主について二通りの数字を持つことになります。混同しないよう、資料に用途を書いておいてください。どちらの数字を見て話しているかが分からなくなると、社内でも議論が噛み合いません。
まとめ
原価の把握 → 荷主別採算 → 優先順位 → 目標と最低ライン → 根拠資料 → 想定問答 → 社内体制。この順で準備してください。A4で1〜2枚の資料と、最低ラインの設定があれば、交渉は前に進みます。タイミングは荷主の予算編成の前を狙ってください。