なぜ原価が見えなくなるのか
多くの運送会社では、決算書の数字はわかっても「どの車両・どの荷主で利益が出ているか」がわかりません。理由は単純で、費用が会社全体でまとめて記録されているからです。
燃料費、修理費、タイヤ、保険、車検、減価償却、リース料、そして人件費。これらを車両ごとに割り当てていくと、同じように走っているつもりでも、車両ごとの収支がかなり違うことが見えてきます。
ステップ1:費用を固定費と変動費に分ける
車両1台にかかる費用を、走っても走らなくてもかかる固定費と、走った分だけかかる変動費に分けます。
- 固定費:減価償却費またはリース料、自動車税、保険料、車検・法定点検の按分
- 変動費:燃料費、タイヤ、修理費、高速代、フェリー代
厳密さより、まず全車両を同じルールで分けることが大切です。
ステップ2:人件費を乗せる
その車両に乗務する人の賃金と社会保険料を割り当てます。複数人が乗る場合は稼働時間で按分します。ここまでで「1台を1か月動かすのにいくらかかるか」が出ます。
ステップ3:稼働の実績を並べる
月の実働日数、総走行距離、実車距離、稼働時間。この4つを車両ごとに並べます。ここから次の指標が計算できます。
- 実働率:稼働できた日数の割合。低ければ車両が遊んでいる
- 実車率:荷物を積んで走った距離の割合。低ければ空車で走っている
ステップ4:単位あたりの原価を出す
1日あたり、1kmあたり、1時間あたりの原価を算出します。ここまで出せば「この仕事は1日いくら以上でなければ合わない」という判断基準が持てます。
基準を持っている会社は、交渉のテーブルで強い。これが原価計算の最大の効用です。
荷主別の採算を見る
次に、荷主ごとの売上と、その荷物を運ぶのにかかった原価を突き合わせます。取引額が大きい荷主が必ずしも利益に貢献しているとは限りません。待機が長い、附帯作業が多い、帰り荷がない。こうした条件が採算を削っています。
取引額と利益率の2軸で荷主を並べると、交渉の優先順位が見えてきます。
「標準的な運賃」との照らし合わせ
トラック運送事業については、国土交通大臣が告示した「標準的な運賃」があり、荷主との交渉における参考として活用されています。自社の原価と並べることで、現在の水準が客観的にどこにあるかを示せます。
ただし告示の運賃がそのまま適用されるわけではありません。制度の内容は改定されることがあるため、交渉に使う際は最新の内容をご確認ください。
交渉と経営判断への使い方
原価が見えると、次の3つができるようになります。
- 根拠のある値上げ交渉:どの費目がいくら上がったかを示せる
- 代替案の提示:単価だけでなく、待機時間の扱いや配送頻度の見直しを提案できる
- 撤退の判断:合わない取引を整理し、車両と人を採算の合う仕事に振り向けられる
承継・M&Aとの関係
原価管理と運賃改定は、今の利益を改善する打ち手であると同時に、将来の選択肢を広げる打ち手でもあります。買い手から見れば、値上げを実現できた会社は収益力の裏づけがある会社です。
何に使うかを決めてから始める
完璧な原価計算システムは必要ないと書きましたが、では何をもって十分とするか。判断の基準は、出した数字を何に使うかです。
用途が決まっていないまま集計を始めると、どこまで細かくすればよいか分からず、途中で止まります。逆に、用途がはっきりしていれば、必要な粒度も自然に決まります。
用途は、たいてい次のどれかです。運賃の交渉に使う、続けるかどうかの判断に使う、増車するかどうかの判断に使う、賃金を上げられるかの判断に使う。この四つで、ほとんどの場面が収まります。
交渉に使うなら、荷主別・便別に出す必要があります。増車の判断に使うなら、一台あたりで足ります。賃金の判断なら、人件費が上がったときに何がどう変わるかを見られる形にします。用途によって、並べ方が変わるのです。
だから、最初に「この数字で何を決めるのか」を一つ決めてください。決まっていれば、集計の途中で迷ったときに、そこまでやるべきかどうかを自分で判断できます。
出た数字が思っていたのと違うとき
初めて車両別の数字を出すと、たいてい予想と違う結果が出ます。ここでどう受け止めるかが、続くかどうかの分かれ目になります。
よくあるのは、稼ぎ頭だと思っていた車両の利益が薄いというケースです。走行距離が長く売上も大きいが、燃料と高速代がそれ以上に出ている。逆に、地味だと思っていた近距離の車両が安定して残していることもあります。
このとき、まず疑うのは配賦の仕方です。共通費の割り方が実態と合っていないと、数字が歪みます。ただ、二台三台と並べて比べれば、同じルールで割っている以上、相対的な差は信用できます。
そして、意外な結果が出たら、その車両の運行内容を見てください。荷待ちが長い、回送が多い、特定の荷主に偏っている。原因は、数字の外にあります。
納得できないからといって、数字を都合よく直さないでください。ルールを変えるなら、全車両に同じ変更を適用します。一台だけ扱いを変えると、比べられなくなります。
数字が出た後の最初の一手
原価が見えると三つのことができるようになると書きました。ただ、三つを同時に始めると、どれも中途半端になります。
最初に手をつけるべきは、たいてい交渉です。理由は、効果が早く、自社の努力だけで着手できるからです。撤退は相手のある話で、時間もかかります。増車は資金が要ります。
交渉の相手は、必要な水準との差が大きく、かつ取引の規模がそこそこある先から選んでください。差が大きくても取引が小さければ、効果が薄い。規模が大きくても差が小さければ、交渉の材料が弱くなります。
そして、一社目で得た反応を記録してください。どんな資料に反応があったか、どの説明が通らなかったか。二社目からは、この経験を踏まえて臨めます。
撤退の判断は、交渉を一巡させた後で構いません。交渉の結果として条件が変わる取引もあるため、先に切ると、残せたはずの取引を失います。
誰と共有する数字にするか
原価の数字を社長だけが持っている状態は、もったいない使い方です。共有の仕方によって、効果がまったく変わります。
まず、配車の担当者には必ず共有してください。一日あたりいくら以上でなければ合わないという基準を持っていれば、日々の判断が変わります。基準を知らされていない担当者は、目の前の依頼を断れません。
ドライバーへの共有は、伝え方に注意が要ります。「あなたの車は赤字だ」という伝え方は、意欲を削ぎます。そうではなく、燃費や荷待ちの記録が数字にどう効くかを示す形にしてください。自分の行動が結果に結びつくと分かれば、協力が得られます。
そして、後継者がいるなら、集計の作業そのものを任せてください。会社の構造がいちばん早く分かるのが、この作業です。決算書を読むより、はるかに実感が伴います。
共有する範囲が広がるほど、数字の精度も上がります。現場から「この費目は実態と違う」という指摘が出てくるからです。
一年続けると何が見えるか
一度出しただけでは、その月の姿しか分かりません。原価の数字が本当に効いてくるのは、並べて比べられるようになってからです。
季節の波が見えます。荷動きが落ちる月に、固定費がそのままかかっていることが数字で分かります。この波が分かれば、その時期に何を入れるかを考えられます。
費目の動きも見えます。修理費が特定の車両で膨らんでいる、燃料の単価が上がっている、高速代の比重が増している。単月では気づかない変化が、並べると分かります。
そして、打った手の結果が見えます。値上げが通った荷主の数字、荷待ちが減った便の数字。効果があったのかどうかを、印象ではなく数字で確認できます。
だから、最初の数か月は結果が出なくても続けてください。集計の作業自体は、二回目以降ずっと軽くなります。重いのは、ルールを決める最初の一回だけです。
会計事務所の数字との付き合い方
決算書の数字は分かっても車両ごとの姿が見えない、という話をしました。ここで、会計事務所に頼めば済むのではないかという疑問が出ます。
結論から言えば、部分的には頼めます。費目ごとの集計や、月次の残高までは、すでに事務所が持っています。ゼロから作る必要はありません。
ただ、車両への割り当てと、稼働の実績は、社内でしか出せません。どの車がどれだけ走ったか、誰が乗ったか、荷待ちがどれだけあったか。この情報は現場にあります。
だから、役割を分けるのが現実的です。費目の数字は事務所から受け取り、稼働の数字は社内で集め、突き合わせは自社で行う。この形なら、負担が偏りません。
頼むときは、何に使うのかを伝えてください。車両別に見たいと分かっていれば、記録の付け方から相談に乗ってもらえることがあります。伝えないまま出てきた資料は、たいてい税務のための形になっています。
原価と資金繰りは別の話
もう一つ、混同されやすい点を整理しておきます。原価の計算で利益が出ていても、手元の資金が回るとは限りません。
理由は二つあります。一つは、減価償却のように費用として計上されるが現金が出ていかないものがあること。もう一つは、リースや借入の返済のように、費用ではないが現金が出ていくものがあることです。
だから、車両ごとの採算を見るときは、原価で見た利益と、実際に残る現金の両方を意識してください。とくに、車両の入れ替えを考えるときに差が出ます。
実務的には、原価の表とは別に、その車両について月にいくら返済しているかを一列足しておくと分かりやすくなります。利益は出ているが返済がそれを上回っている、という車両が見えることがあります。
この視点は、増車を判断するときにも効きます。採算に乗る仕事があっても、返済が始まる時期と入金の時期がずれると、資金が先に足りなくなります。
止まる会社と続く会社の違い
原価計算に一度は取り組んだが、いつのまにかやめてしまった。この経験を持つ会社は少なくありません。止まる理由には、いくつかの型があります。
最も多いのは、社長が一人で全部やろうとした場合です。本業の合間に集計するため、忙しい月に飛びます。一度飛ぶと、翌月は二か月分になり、さらに重くなります。
次に多いのは、細かくしすぎた場合です。費目を分けすぎ、按分を丁寧にしすぎると、一回の作業が半日を超えます。この重さは、続きません。
そして、出した数字を何にも使わなかった場合です。作業だけが残り、成果が見えないと、優先順位が下がります。
続いている会社に共通するのは、逆のことをしている点です。担当を決めて社長は確認だけにする。粒度を粗いまま固定する。毎月、数字を見て一つだけ決める。この三つで、たいてい続きます。
もし過去に止まった経験があるなら、前回どこで止まったかを思い出してから再開してください。同じ設計で始めると、同じところで止まります。
承継の準備としての意味
買い手から見れば値上げを実現できた会社は収益力の裏づけがある、と書きました。もう一段補うと、原価の資料そのものが調査の場面で効きます。
買い手が最初に困るのは、その会社の利益がどこから出ているのかが分からないことです。決算書は全体の姿しか示しません。車両別・荷主別の資料があれば、そこが埋まります。
そして、資料があること自体が、管理の水準を示します。作れる会社は、日常の記録が取れている会社だからです。逆に、依頼しても出てこない会社は、他の説明も裏づけが弱いと見られます。
後継者に渡す場面でも同じです。どの取引で利益が出ているかを引き継げれば、後継者は最初の判断を自分でできます。引き継げなければ、しばらくは前任者に聞き続けることになります。
だから、承継を考える時期に入ったら、遅くともその時点から集計を始めてください。数か月分でも並べられれば、説明の材料になります。
まとめ
完璧な原価計算システムは必要ありません。まずは1台分、固定費と変動費を分けて、実働日数で割ってみる。そこから見えてくるものが、次の一手を決めてくれます。
どこから手を付けるべきか迷われている場合は、現状をお聞かせください。進め方をご提案します。