「赤字」の見極めは意外に難しい
単純に「その仕事の運賃 - その仕事の費用」で見ると、判断を誤ることがあります。
見かけの赤字
- 片道だけで見ている:往路が赤字でも、復路と合わせれば黒字
- 固定費を全額配賦している:やめても車両費と人件費は残ります
- 閑散期の仕事:空車で待つより収入がある
真の赤字
- 変動費(燃料、高速代、傭車費)すら回収できていない
- 組み合わせても採算に乗らない
- その仕事のために専用の車両・人員を抱えている
- 拘束時間が長く、他の仕事ができなくなっている
まず変動費を回収できているかを見てください。 ここが回収できていない仕事は、走るほど損をします。
二段階で見る
第1段階:運賃 - 変動費 = 限界利益
第2段階:限界利益 - その仕事に固有の固定費
限界利益がマイナスなら、即座に見直すべきです。
限界利益がプラスなら、固定費をどれだけカバーできているかで判断します。他に仕事がないなら、多少でも固定費を回収できるほうがよい場合があります。
時間で見る
運送業では、拘束時間が最も希少な資源です。
時間単価で並べると、「金額は大きいが時間もかかる仕事」と「金額は小さいが短時間で終わる仕事」の比較ができます。キロ単価・時間単価の考え方をご覧ください。
拘束時間の規制がある以上、時間あたりの収益が低い仕事は、他の仕事の機会を奪っています。
撤退の判断基準
次のすべてに当てはまるなら、撤退を検討してください。
- 限界利益がマイナス、または極端に薄い
- 組み合わせても改善しない
- 交渉しても改定に応じない(値上げを断られたときの判断)
- 作業や待機が減る見込みもない
- 撤退しても他の取引に波及しない
- 空いた車両・人員の使い道がある
6番目が最も重要です。使い道がないまま撤退すると、売上だけ減って固定費が残ります。
撤退前にやること
1. 交渉を尽くす
撤退は最後の手段です。運賃、待機料、作業範囲、便数、時刻。変えられる要素をすべて提案してから判断してください。
2. 代わりの仕事を探す
先に代替を確保してから撤退するのが理想です。直取引の開拓をご覧ください。
3. 波及を確認する
- 同じ荷主の他の路線に影響しないか
- その荷主が他の取引先を紹介してくれていないか
- 業界内での評判への影響
撤退の手順
- 契約の解約予告期間を確認する
- 撤退時期を決める(荷主が代替を手配できる期間を確保)
- 訪問して直接伝える(理由を説明)
- 引き継ぎに協力する
- 社内に説明し、車両・人員を再配置する
一方的な打ち切りは避けてください。 契約違反になるだけでなく、業界内での信用に関わります。
部分的な撤退
全面撤退でなく、一部の路線・便だけを返上する方法もあります。
- 最も採算の悪い便だけ返上する
- 台数を減らす
- 繁忙期のみ対応する
荷主にとっても全量を手配し直すより負担が小さく、受け入れられやすい提案です。
撤退後の車両と人員
- 他の荷主の増便に充てる
- 新規開拓の営業に使う
- スポットの仕事を受ける
- 車両を減らす(最低車両数と減車のリスクに注意)
- ドライバーの配置転換
ドライバーには事前に説明してください。担当していた仕事がなくなることは、不安につながります。
撤退が企業価値を上げる
不採算取引からの撤退は、M&Aでは前向きに評価されます。
- 採算を把握していることの証明
- 取引を選べる交渉力があることの証明
- 利益率の改善
売上が減っても利益が増えているなら、企業価値は上がります。「売上規模」ではなく「稼ぐ力」が評価されます。評価が上がる会社の条件、EBITDA倍率で見る運送会社の価値をご覧ください。
変動費をどこまで含めるか
まず変動費を回収できているかを見てくださいと書きました。ただ、何を変動費に入れるかで結論が変わるため、線引きを明確にしておきます。
迷いがないのは、燃料、高速代、フェリー代、傭車に出した費用です。走らなければ発生しません。
判断が要るのが人件費です。月給で払っている場合、その仕事をやめても賃金は残ります。この意味では固定費です。ただし、その仕事のために時間外が発生しているなら、その割増分は変動します。だから、割増分だけを変動費に入れるのが実務的です。
タイヤと修理費も、走行距離に応じて発生するため変動費に近い性質を持ちます。ただ、月ごとに大きく上下するため、年間の額を距離で割った単価を使うほうが安定します。
そして、線引きを決めたら全案件で同じにしてください。案件ごとに扱いを変えると、比べられなくなります。厳密さより、一貫していることのほうが判断に効きます。
撤退の期日をどう設計するか
荷主が代替を手配できる期間を確保すると書きました。この期間の決め方には、いくつかの考慮点があります。
まず、契約に定めがあるなら、それが下限です。予告の期間が決まっているなら、必ず守ってください。定めがない場合でも、相手が手配できる現実的な時間を見込む必要があります。
次に、こちらの都合です。空いた車両と人の行き先が決まっているかで、動ける時期が変わります。次の仕事の開始に合わせるのが理想です。
そして、荷主側の事情も見てください。相手の繁忙期に重ねると、迷惑の度合いが大きくなります。避けられるなら避けたほうが、関係が残ります。
期日を伝えるときは、幅を持たせないでください。「◯月末をもって」と明確にします。曖昧にすると、相手の手配が進まず、結局こちらが延ばすことになります。
逆に、相手から延長を求められた場合に応じるかどうかは、先に決めておいてください。一度延ばすと、次も延ばすことになりがちです。応じるなら、条件を付ける形にしてください。
部分的な撤退の切り出し方
一部の路線や便だけを返上する方法を挙げました。この提案は通りやすい一方で、伝え方に工夫が要ります。
まず、返上したい便を先に決めてください。最も採算の悪い便、拘束時間が長い便、乗務者から嫌われている便。数字と現場の両方から選びます。
伝えるときは、全体の取引を続けたいという意思を先に示してください。「この便だけ、当社では体制を維持できなくなりました。他の便は今後も対応させていただきます」。この形なら、相手も取引全体を見直す話にはしません。
そして、可能なら代替の道筋を示してください。同業で対応できそうな会社を知っているなら、紹介する。ここまでやると、関係が壊れません。
注意したいのは、採算の悪い便だけを返上すると、相手が全部を他社に移す判断をする場合があることです。相手にとっては、便ごとに会社を分けるほうが面倒だからです。この可能性は、先に想定しておいてください。
だから、部分的な返上は、全部を失っても構わない相手か、あるいは他の便に明確な価値がある場合に選んでください。
撤退を伝えた後に起きること
訪問して直接伝えると書きました。伝えた後に起きることも、想定しておいてください。
まず多いのが、条件の見直しを提案されることです。撤退の意思を示して初めて、相手が動くという場面は実際にあります。ここでどうするかを、伝えに行く前に決めておいてください。条件次第で残るのか、もう決めたことなのか。その場で迷うと、中途半端な結論になります。
残る判断をする場合は、口約束で撤回しないでください。条件を書面にして、開始の時期まで確定させてから撤回します。曖昧なまま残ると、同じ状態に戻ります。
次に起きるのが、現場での摩擦です。相手の現場担当が事情を知らないまま、通常どおりの依頼をしてくることがあります。誰にいつ伝わるかを、相手の担当者に確認しておいてください。
そして、引き継ぎの依頼が来ます。荷物の特性、現場の段取り、注意点。ここは協力してください。最後の対応が、業界内での評判を決めます。
撤退した後に空いた分を埋める
空いた車両と人員の使い道があるかが決め手だと書きました。ここが最も難しい部分です。
理想は、撤退を決める前に次の仕事を確保しておくことです。ただ、現実には、空きが見えていないと営業に動けないという事情もあります。
だから、段階を踏んでください。まず部分的に返上し、空いた分で新しい仕事を試す。うまく回るなら、次を返上する。一度に全部を切らなければ、収入が途切れません。
空いた期間が生じる場合は、その間に何をするかを決めておいてください。スポットで埋める、新規の開拓に回す、整備や教育に充てる。何も決めずにいると、ただ止まっている時間になります。
そして、乗務していた人の配置を先に決めてください。担当していた仕事がなくなることは、本人にとって不安です。次に何を担当するのかを、撤退を決めた時点で伝えてください。伝えないでいると、辞める理由になります。
時間で見るとはどういうことか
拘束時間が最も希少な資源だと書きました。この見方を、判断の場面でどう使うかを補います。
金額の大きい仕事は、それだけで良い仕事に見えます。しかし、その仕事に一日を使っているなら、その日は他の仕事ができません。比べるべきは、金額ではなく、同じ時間で他に何ができたかです。
実務的には、その仕事に使っている時間で、他の仕事をした場合にいくらになるかを置いてみてください。近距離を二本回せる時間を、一本の長距離に使っている。金額が同じなら、拘束時間の短いほうが有利です。
この比較には、実際に受けられる仕事があることが前提になります。他に何もないなら、時間が長くても受けるべきです。だから、時間で判断する前に、代わりの仕事があるかを確かめてください。
そして、時間の長い仕事は、労働時間の規制にも関わります。特定の便のために時間外が膨らんでいるなら、金額の問題を超えて、続けられるかどうかの問題になります。ここは採算とは別に確認してください。
やめられない理由を分解する
撤退の基準に当てはまっていても、実際には決断できないことがあります。理由を分けて見ると、対処できるものが混じっています。
最も多いのが、売上が減ることへの不安です。ただ、赤字の仕事をやめれば利益は増えます。数字で確かめてください。減るのは売上であって、利益ではありません。
次に多いのが、長年の関係です。先代からの取引、困ったときに助けてもらった経緯。これは軽視すべきではありませんが、その恩義が今の条件を正当化するかは別の話です。関係を保ちながら条件を変える道がないかを、先に探してください。
三つ目が、他に影響が及ぶことへの懸念です。同じ荷主の別の取引、業界内の評判。これは実際にある話なので、伝え方と手順で対処します。一方的に切らなければ、影響は限定的です。
四つ目が、空いた分をどうするか決まっていないことです。これは対処できます。順序を逆にして、代わりを見つけてから動けばよいのです。
分けてみると、本当に動けない理由は少ないことが分かります。多くは、順番と手順の問題です。
撤退の判断を記録に残す
不採算取引からの撤退はM&Aで前向きに評価されると書きました。ただ、評価されるのは結果だけではありません。
買い手が見るのは、判断の過程です。採算を把握し、交渉を試み、それでも改善しないから整理した。この流れが説明できると、経営として管理されている会社だと伝わります。
逆に、なんとなく取引が減っている会社は、評価が下がります。同じ売上減でも、選んで減らしたのか、失ったのかで意味がまったく違います。
だから、撤退を決めたときは、判断の根拠を残してください。その取引の採算、交渉の経過、撤退後の車両と人の行き先。一枚にまとめておけば足ります。
そして、撤退後にどう変わったかも記録してください。空いた車両で何を運ぶようになり、利益がどう動いたか。この前後の比較が、いちばん説得力のある資料になります。
閑散期の仕事をどう扱うか
空車で待つより収入があるという理由で、見かけの赤字に分類しました。ただ、この判断には期限を付けてください。
閑散期を埋めるために受けた仕事が、そのまま通年で続いていることがあります。忙しい時期にも同じ条件で走っていれば、その分だけ他の仕事の機会を失っています。
だから、受けるときに条件を分けてください。閑散期の水準と、通常期の水準。最初から分けておけば、時期が来たときに自然に話ができます。後から分けようとすると、値上げの交渉になります。
分けられない場合は、少なくとも自社の記録の上で区別してください。この便は閑散期対策として受けている、と書いておく。そうすれば、見直しのときに理由が思い出せます。
そして、閑散期そのものを減らす取り組みと切り離さないでください。安い仕事で埋め続けるより、谷を浅くするほうが本筋です。季節が逆になる荷物を探す、稼働の平準化を荷主に相談する。時間はかかりますが、こちらのほうが利益に効きます。
まとめ
まず限界利益(運賃 - 変動費)を見てください。マイナスなら走るほど損をします。撤退の判断では、空いた車両と人員の使い道があるかが決め手です。全面撤退でなく一部の便だけ返上する方法もあります。不採算取引からの撤退は、M&Aでは前向きに評価されます。