なぜ運送業で使われるのか
- 月ごとの労働時間の変動が大きく、給与額が安定しない
- ドライバーにとって、毎月の収入が読めるほうが安心できる
- 計算事務の負担を減らせる
目的自体は合理的です。問題は設計と運用にあります。
有効とされるための三つの条件
1. 明確に区分されていること
基本給と固定残業代が、金額として分けて示されている必要があります。
- ✕ 「月給30万円(残業代含む)」
- ◯ 「基本給24万円+固定残業手当6万円」
手当の名称も重要です。「営業手当」「乗務手当」といった名称で、実質的に残業代のつもりで払っている場合、割増賃金として認められない可能性があります。
2. 何時間分か明示されていること
「固定残業手当6万円(時間外◯時間分)」というように、対応する時間数を示す必要があります。
また、その金額が本当にその時間数に見合っているかも問われます。基本給から計算した割増賃金の単価×時間数と、実際の手当額が合っているかを確認してください。
3. 超過分を追加で支払っていること
これが最も重要かつ、最も守られていない条件です。
固定残業代は「これ以上働いても払わない」という取り決めではありません。定めた時間を超えたら、その分を別途支払う必要があります。
「30時間分入っているから、35時間働いても同じ」という運用は、それだけで制度全体が否定される可能性があります。
無効と判断されるとどうなるか
固定残業代が割増賃金の支払いとして認められない場合、次のことが起きます。
- その手当が基本給の一部として扱われる
- 結果として、割増賃金の計算の基礎となる単価が上がる
- その高い単価で、全時間外労働分の割増賃金を計算し直す
- すでに払った固定残業代は、割増賃金として控除されない
つまり、二重に負担が発生する形になります。人数が多いほど金額は膨らみます。未払残業代が価格に与える影響をご覧ください。
歩合給との組み合わせ
運送業では、歩合給と固定残業代を併用している会社があります。ここは特に慎重な設計が必要です。
- 歩合給にも割増賃金の計算が必要です(計算方法が固定給とは異なります)
- 歩合給部分と固定残業代の関係が不明確だと、争いになります
- 「歩合給に残業代が含まれている」という説明は、区分が明確でなければ通りません
社労士と設計してください。 自己流の組み合わせが最も危険です。歩合給の設計をご覧ください。
時間数をいくつに設定するか
「多めに設定しておけば安心」という考え方は成り立ちません。
- 時間外労働には上限規制があります。上限を超える時間数を前提とした設計は、それ自体が問題です
- 時間数が過大だと、長時間労働を前提とした制度と見られます
- 求人で「◯時間分の固定残業代」と書くと、応募者はその時間働くと理解します
実態に即した時間数を設定し、上限規制の範囲内に収めてください。時間外労働の上限規制への対応をご覧ください。
導入・変更するときの手順
- 現状の労働時間を集計する:実際に何時間残業しているか(労働時間の把握方法)
- 時間数と金額を設計する:社労士と
- 就業規則・賃金規程を改定する(就業規則の見直し)
- 雇用契約書・労働条件通知書に明記する
- 従業員に説明する:不利益変更になる場合は特に慎重に
- 給与明細で区分して表示する
- 超過分を毎月計算し、支払う
7番目を運用に組み込むことが、制度を守る要です。毎月の計算を仕組みにしてください。
不利益変更に注意
これまで基本給だった部分を固定残業代に振り替えると、実質的な賃金の引き下げになることがあります。労働者の個別同意や、十分な説明・経過措置が必要です。
一方的な変更は、後から無効とされる可能性があります。賃金制度改定の進め方と説明をご覧ください。
求人での書き方
求人では、次を明示してください。
- 基本給の額
- 固定残業手当の額
- それが何時間分か
- 超過分は別途支給すること
この4点が書かれていない求人は、求職者から不信を持たれます。逆に、明確に書いてある会社は誠実だと受け取られます。求人原稿の書き方をご覧ください。
M&Aでの確認事項
労務デューデリジェンスでは、次が見られます。
- 賃金規程に固定残業代の定めがあるか
- 時間数が明示されているか
- 給与明細で区分されているか
- 超過分が実際に支払われた実績があるか
- 設定時間数が労働時間の実態と合っているか
4番目に実績がないと、制度が形骸化していると判断されます。労務デューデリジェンスで見られる書類をご覧ください。
超過分の支払いを運用に組み込む
超過分を毎月計算して支払うことが制度を守る要だと書きました。ここを仕組みにする方法を示します。
まず、計算が自動で出る形にしてください。毎月、担当者が手で確認する運用だと、忙しい月に飛びます。勤怠の集計から、定めた時間を超えた分が自動的に算出される設定にしておいてください。
次に、超過がゼロだった月についても記録を残してください。計算した結果ゼロだったのか、計算していないのか。後から見て区別がつく形にしておく必要があります。
そして、給与明細に超過分の欄を常設してください。金額がゼロの月も欄が残っていれば、制度が運用されていることが本人にも伝わります。
あわせて、確認の担当を決めてください。計算した人とは別の人が、月に一度だけ結果を見る。これだけで、設定の誤りに気づけます。
そして、超過が常態化しているなら、設定した時間数が実態と合っていないということです。制度の見直しの合図として扱ってください。
時間数を決めるまでの手順
実態に即した時間数を設定すると書きました。決め方の手順を具体的にします。
まず、直近の数か月について、実際の時間外の分布を出してください。平均だけでなく、多い人と少ない人の幅を見ます。一つの数字で全員を賄おうとすると、どちらかに無理が出ます。
次に、職種や運行の種類で分けられないかを検討してください。長距離と地場では、時間の出方が違います。区分を分けたほうが、実態に近づきます。
そして、設定した時間数が上限の規制の範囲に収まっているかを確認してください。実態がそれを超えているなら、制度の設計ではなく、運行の組み方から見直す必要があります。
ここで大事なのは、時間数を実態より多く設定して安心しようとしないことです。多く設定すると、その時間まで働くことを前提とした制度と見られます。求人でもそう受け取られます。
そして、時間数は固定ではありません。運行の中身が変われば、実態も変わります。年に一度は見直してください。
手当の名称をどう扱うか
営業手当や乗務手当といった名称で実質的に残業代のつもりで払っている場合が問題になると書きました。この点を整理しておきます。
判断されるのは名称ではなく、その手当が何に対して支払われているかです。だから、残業代として扱いたいなら、そう分かる名称と、規程上の位置づけが必要になります。
逆に、残業代ではない手当もあります。運行の内容に応じて払う手当、資格に対する手当、家族の状況に応じた手当。これらは別の性質を持ちます。
ここで注意したいのが、残業代ではない手当のうち、割増賃金の計算の基礎に含めるべきものがあることです。何を含め、何を除くかは性質で判断されます。名称で決められるものではありません。
だから、手当の一覧を作って、それぞれが何に対する支払いかを整理してください。整理した結果を専門家に見てもらえば、扱いの誤りが見つかります。
そして、目的が曖昧な手当は、この機会に位置づけを決めてください。「昔から付いている」という手当が、計算を複雑にしています。
移行するときの進め方
不利益変更に当たる場合は特に慎重にと書きました。移行の進め方を具体的にします。
まず、現在の給与と、新しい制度での給与を、一人ずつ試算してください。同じ働き方をした場合にどうなるか。この計算をせずに進めると、想定外の人が出ます。
下がる人がいる場合、その理由を確認してください。制度の設計上そうなるのか、これまでの支給に誤りがあったのか。原因によって、対応が変わります。
経過措置を置くかどうかも検討してください。差額を一定期間補う、段階的に移行する。急な変化を避けることで、受け入れられやすくなります。
そして、同意の取り方について専門家に確認してください。書面をどう用意し、どのように説明するか。手続きの適正さが、後で問われます。
移行の時期は、繁忙期を避けてください。説明の時間が取れず、質問にも対応できない時期に始めると、不信だけが残ります。
明細で本人が確かめられるか
給与明細で区分して表示すると書きました。表示の仕方によって、伝わり方が変わります。
必要なのは、基本給、固定残業手当、そして超過分の三つが別の行に並んでいることです。合算されていると、本人は自分がいくらの残業代を受け取っているのか分かりません。
あわせて、その月の時間外の時間数も表示してください。時間と金額が並んでいれば、本人が計算を確かめられます。確かめられる状態そのものが、信頼につながります。
そして、固定残業手当が何時間分かを、明細か契約書のどちらかで常に確認できるようにしてください。入社時に説明しただけでは、数年経つと忘れられます。
問い合わせがあったときに、その場で説明できる担当を決めておいてください。「経理に聞いてください」で止まると、不信が残ります。
そして、質問が出ること自体は良い状態です。誰も何も聞かない会社は、理解されているのではなく、諦められていることがあります。
制度が形骸化していないか点検する
超過分の支払い実績がないと制度が形骸化していると判断されると書きました。自分で点検する方法を示します。
まず、直近一年について、超過分を支払った月と人数を数えてください。まったくないなら、二つの可能性があります。実際に超過していないか、計算していないかです。
次に、勤怠の記録と照らしてください。設定した時間数を超えている月があるのに支払いがないなら、計算が行われていません。
逆に、記録上は超えていないが実態としては働いている、という場合もあります。ここは記録の側の問題です。労働時間の把握から見直す必要があります。
そして、契約書と規程を確認してください。時間数が明示されているか、超過分を支払う旨が書かれているか。書かれていなければ、まずそこを直す必要があります。
点検は年に一度で足ります。ただし、人を採用したとき、賃金を改定したときには、そのつど確認してください。個別の契約でずれが生じやすい場面です。
採用の場面で効いてくる
求人で明示すべき四点を挙げました。この書き方が、採用の結果にも影響します。
求職者は、複数の求人を並べて見ています。金額だけが大きく書かれ、内訳が示されていない求人は、経験のある人ほど警戒します。実際に働き始めてから話が違う、という経験をしている人が多いためです。
逆に、基本給と固定残業手当が分かれ、時間数と超過分の扱いまで書かれていれば、そのまま信頼の材料になります。金額が他社より低くても、内容が明確な会社を選ぶ人がいます。
そして、面接の場で説明できることも重要です。書いてある内容について質問されたときに、担当者が答えられなければ、書いてあること自体が疑われます。
入社後の説明も忘れないでください。契約書に書いてあるだけでは、読まれないことがあります。最初の給与の明細を見ながら、一度説明する機会を設けてください。
そして、書いた条件は守ってください。求人と実際が違うと分かった時点で、その人は辞めます。採用にかけた費用も無駄になります。
まとめ
固定残業代が有効とされるには、金額の明確な区分、対応時間数の明示、そして超過分の追加支払いが必要です。三つ目が守られていない会社が最も多く、無効と判断されれば二重の負担が生じます。歩合給との併用は特に設計が難しいため、社労士と進めてください。
※ 本記事は一般的な考え方を整理したものです。労働時間・賃金に関する具体的な取扱いは、法令の改正や個別の労働条件、実際の運用によって異なります。是正を検討される際は、社会保険労務士等の専門家にご確認ください。