まず前提として

労働組合があること自体は、M&Aで不利にはなりません。むしろ次の面もあります。

  • 労働条件が文書化されている
  • 労務管理が一定水準で整備されている
  • 従業員の意向を把握する窓口がある

買い手が懸念するのは組合の有無ではなく、労使関係が安定しているかです。過去に長期の紛争があった、団体交渉が頻繁に紛糾している——こうした状況が確認されると、リスクとして評価されます。

労働協約の確認

組合と締結している労働協約の内容を、まず把握してください。

  • 賃金・労働時間・休日に関する定め
  • 退職金に関する定め
  • 配置転換・出向に関する定め
  • 会社の合併・譲渡に関する事前協議条項
  • 有効期間と更新の方法

特に事前協議条項が重要です。「会社の組織変更にあたっては事前に組合と協議する」といった定めがある場合、それを飛ばして進めるとトラブルになります。

労働協約は就業規則より優先する効力を持つ場合があります。内容を弁護士・社労士に確認してください。

いつ伝えるか

難しい判断です。

事前協議条項がある場合は、その定めに従います。ない場合でも、最終契約の締結前に、秘密保持を前提として説明するという進め方が取られることがあります。

いずれにせよ、仲介・アドバイザーと弁護士に相談してタイミングを決めてください。独断で動かないことです。

組合が関心を持つこと

組合が知りたいのは、ほぼ次に絞られます。

  1. 雇用は維持されるか(人数、拠点)
  2. 労働条件は維持されるか(賃金、休日、退職金)
  3. 労働協約は引き継がれるか
  4. 組合はどうなるか
  5. 買い手はどんな会社か

株式譲渡であれば、会社は変わらないため労働契約も労働協約もそのまま継続するのが原則です。これを明確に伝えることが、不安の大部分を解消します。

事業譲渡や会社分割では扱いが異なります。株式譲渡と事業譲渡の違い会社分割を使う場合の論点をご覧ください。

団体交渉への対応

組合から団体交渉を申し入れられた場合、正当な理由なく拒むことはできません

  • 誠実に対応する(説明を尽くす姿勢)
  • 答えられないことは、理由とともにそう伝える
  • 議事録を残す
  • 弁護士に同席してもらうことも検討する

「まだ決まっていない」と正直に伝えることは、不誠実には当たりません。決まっていないのに確約するほうが、後で問題になります。

合同労組からの申し入れ

社内に組合がなくても、従業員が社外の合同労組(ユニオン)に加入し、そこから団体交渉を申し入れられることがあります。承継やM&Aの情報が漏れた後に起きることもあります。

この場合も、正当な理由なく交渉を拒むことはできません。すぐに弁護士に相談してください。対応を誤ると、事態が長期化します。

統合時の論点

M&A後に複数社を統合する場合、労働条件の差が大きな課題になります。

  • 片方に組合があり、もう片方にない
  • 賃金体系・休日・退職金が違う
  • 労働協約の内容が異なる

統合には時間をかけ、不利益変更にあたる部分は経過措置を含めて設計してください。合併を選ぶときの注意点賃金制度改定の進め方と説明をご覧ください。

買い手に伝えておくこと

組合の存在を隠さないでください。デューデリジェンスで必ず判明します。次を整理して開示してください。

  • 組合の名称、加入人数、上部団体
  • 労働協約の内容と有効期間
  • 直近数年の団体交渉の議題と結果
  • 過去の争議・係争の有無

労使関係が安定していることを示せれば、マイナスにはなりません。表明保証とは何かをご覧ください。

労働協約を読むときの順序

労働協約の内容をまず把握してくださいと書きました。読む順序を示します。

最初に見るのは、有効期間と更新の方法です。今も有効なのか、いつまでか。期限が切れているのか自動で更新されているのかで、扱いが変わります。

次に、事前協議に関する条項を探してください。会社の組織や資本の変更に際して協議を求める定めがあるかどうか。これがあるかないかで、進め方が根本的に変わります。

そして、労働条件に関する定めを、就業規則と並べて確認してください。協約のほうが有利な内容になっている部分がないか。効力の関係は複雑なため、専門家に確認してください。

あわせて、配置転換や出向に関する定めも見てください。統合や再編を検討する場合、ここが制約になることがあります。

そして、協約に付随する覚書や確認書がないかも探してください。本体とは別に、個別の取り決めが残っていることがあります。

交渉の記録を整えておく

直近数年の団体交渉の議題と結果を整理して開示すると書きました。整理の仕方を具体的にします。

まず、開催の日付、議題、参加者、結論を一覧にしてください。議事録が残っているなら、それを並べるだけで足ります。

そのうえで、繰り返し出ている議題を確認してください。同じ論点が毎年上がっているなら、解決していない課題があるということです。買い手もそこを見ます。

そして、合意に至った事項は、書面が残っているかを確認してください。口頭で合意しただけの内容が、後から食い違うことがあります。

紛糾した回があった場合、その経過と、その後どうなったかを説明できるようにしてください。過去に問題があったこと自体より、解決しているかが問われます。

議事録が残っていない期間がある場合は、正直にそう伝えてください。作り直すのではなく、残っていない事実を示すほうが安全です。

伝えるときの内容を準備する

組合が関心を持つことを五つ挙げました。伝える場に向けて、それぞれの答えを準備しておいてください。

雇用については、人数と拠点をどうする方針かを示してください。変更がないなら、はっきり伝えます。曖昧にすると、不安が広がります。

労働条件についても同じです。株式を譲る形であれば、契約はそのまま続くのが原則です。この事実を明確に伝えることが、不安の大部分を解消します。

労働協約の扱いについても、方針を示してください。継続するのか、見直しの協議を行うのか。決まっていないなら、いつ協議するかを示します。

買い手がどんな会社かについては、開示できる範囲を先に決めておいてください。守秘の取り決めがあるため、何を言えるかを相手側とも確認しておく必要があります。

そして、答えられない事項については、答えられない理由を伝えてください。「まだ決まっていない」と正直に伝えることは、不誠実には当たりません。

合同労組から申し入れがあったとき

すぐに弁護士に相談してくださいと書きました。初動で気をつける点を補足します。

まず、申し入れの文書を確認してください。誰が加入し、何を求めているか。要求の内容によって、対応が変わります。

そして、期限が示されていることが多いため、放置しないでください。正当な理由なく応じないと、事態が長期化します。

日程の調整は可能です。準備が必要であれば、そう伝えて日程を相談してください。ただし、引き延ばしと受け取られる形は避けてください。

交渉の場では、必ず記録を残してください。誰が何を言い、どう答えたか。後から食い違いが生じたときに、記録が根拠になります。

そして、その場で確約しないでください。持ち帰って検討すると伝えることは、不誠実ではありません。動揺した状態で答えた内容が、後で拘束することになります。

組合がない会社でも押さえること

社内に組合がなくても申し入れを受けることがあると書きました。組合がない会社が準備しておくべき点を整理します。

まず、従業員の意向を把握する仕組みを持ってください。組合がない会社では、不満が表に出る経路がありません。面談の機会、意見を出せる窓口。何らかの形で声が届く経路があれば、外部に持ち込まれる前に対応できます。

次に、労働条件を文書で整えてください。就業規則、賃金規程、雇用契約書。申し入れがあった場合、まずここが確認されます。整っていなければ、そこ自体が論点になります。

そして、過半数代表者の選出など、必要な手続きが適正に行われているかを確認してください。手続きの不備は、争いの入口になります。

承継やM&Aを検討する時期は、情報の管理にも注意してください。噂が広がったことをきっかけに、申し入れが行われる場面があります。

そして、対応できる専門家を平時から確保しておいてください。申し入れがあってから探すと、初動が遅れます。

統合の場面での進め方

複数社を統合する場合に労働条件の差が課題になると書きました。進め方を補足します。

まず、両社の条件を項目ごとに並べてください。賃金の構成、休日の日数、退職金の有無、労働時間の扱い。差がどこにあるかを一覧にします。

そのうえで、揃える必要があるものと、当面別でよいものを分けてください。同じ職場で働く人の間で差があると不満が生じますが、拠点が分かれているなら、急ぐ必要がない場合もあります。

揃える場合は、どちらに合わせるかを決めます。下がる側が出る場合、不利益な変更として扱われるため、経過措置を含めた設計が必要です。

組合がある側とない側を統合する場合は、扱いがさらに複雑になります。協約の効力、交渉の相手、統合後の位置づけ。ここは専門家と進めてください。

そして、時期を急がないでください。統合の直後は現場が混乱しています。条件の変更を重ねると、離職につながります。いつまでに揃えるかを示したうえで、段階的に進めてください。

労使関係が安定していると示す

労使関係が安定していることを示せればマイナスにはならないと書きました。示し方を具体的にします。

用意するのは、協約の写し、直近数年の交渉の記録、そして争議や係争の有無です。この三つで、状況が伝わります。

あわせて、交渉が定期的に行われている事実も示してください。年に何回、どういう議題で。定例として回っていること自体が、関係の安定を示します。

過去に紛争があった場合は、その経過と解決の内容を示してください。隠して調査で出てくるより、先に説明するほうがはるかに安全です。

そして、組合の側の理解を得ておくことも重要になります。承継の後に、組合との関係が新しい経営者との間で一から始まります。ここまでの経緯を引き継げる形にしておくと、混乱が小さくなります。

買い手にとっては、引き継いだ後に交渉が成り立つかどうかが関心事です。安定した関係が続いていることが示せれば、懸念にはなりません。

伝える順序を決めておく

伝えるタイミングは弁護士・仲介と相談して決めてくださいと書きました。あわせて、社内での順序も設計しておいてください。

組合に伝える前に、社内の誰が知っているかを整理してください。幹部だけが知っている状態で組合に伝えると、他の従業員より組合が先に知ることになります。この順序が問題になる場合があります。

逆に、従業員に先に伝えて組合が後になると、協約に事前協議の定めがある場合に問題が生じます。

だから、誰にいつ伝えるかを、一つの計画として作ってください。組合、幹部、従業員、荷主、金融機関。それぞれの順序と時期を決めます。

そして、伝える内容も相手ごとに準備してください。同じ資料を使い回すと、相手にとって関係のない情報まで出ることになります。

計画は関係者と共有し、勝手に前後させないでください。一人が先に話したことで、全体の段取りが崩れる場面があります。

協約の期限を管理する

有効期間と更新の方法を確認すると書きました。これは日常の管理としても必要です。

まず、期限を予定表に載せてください。他の労使協定と同じ表で管理すれば、まとめて確認できます。

更新の時期が近づいたら、内容の見直しが必要かを検討してください。前回の締結から事業の中身が変わっていれば、条文が実態と合わなくなっていることがあります。

そして、更新の協議は余裕を持って始めてください。期限の直前に始めると、十分な話し合いができません。

あわせて、締結した協約の原本の保管場所も決めてください。過去の分も含めて、どこにあるかが分かる状態にしておく必要があります。

担当が代わるときは、この一連の管理を引き継いでください。協約の存在自体が忘れられている会社が、実際にあります。

まとめ

労働組合の存在自体はM&Aの障害ではなく、労使関係の安定性が問われます。労働協約の事前協議条項を必ず確認し、伝えるタイミングは弁護士・仲介と相談して決めてください。株式譲渡なら労働条件はそのまま継続するという事実を、明確に伝えることが最大の安心材料になります。

※ 本記事は一般的な考え方を整理したものです。労働時間・賃金に関する具体的な取扱いは、法令の改正や個別の労働条件、実際の運用によって異なります。是正を検討される際は、社会保険労務士等の専門家にご確認ください。