よくある不一致のパターン
1. 規程にない手当を払っている
「距離手当」「積込手当」など、実務で必要になって作った手当が、規程に載っていない。金額の根拠も明確でない。
2. 規程にある手当を払っていない
過去に作った規程がそのまま残り、実際には廃止されている手当がある。規程に書いてある以上、請求される可能性があります。
3. 計算方法が違う
規程には「基本給を月平均所定労働時間で除した額」と書いてあるが、実際は別の計算をしている。歩合給の割増計算が規程の記載と違う。
4. 割増賃金の基礎に含める範囲が違う
最も金額に影響する部分です。原則としてすべての手当が割増賃金の基礎に含まれ、除外できるのは法令で限定的に定められたものだけです。
「無事故手当」「皆勤手当」「乗務手当」などを基礎から外していると、割増賃金の単価が過小になり、未払いが発生します。どの手当を除外できるかは判断が難しいため、社労士に確認してください。
5. 固定残業代の扱いが曖昧
規程に定めがない、時間数が書かれていない、超過分の取扱いが不明。固定残業代の設計をご覧ください。
6. そもそも規程がない
就業規則はあるが賃金規程が別立てになっておらず、賃金のルールがどこにも書かれていない、というケースもあります。
ずれていると何が起きるか
- 未払賃金の請求:規程に基づく計算で、追加の支払いが必要になる可能性
- 監督署の指導:臨検で指摘される
- M&Aでの減額:金額が読めないため保守的に見積もられる
- 従業員の不信:説明できない賃金は不満の温床になります
特に最後の点は、日々の運営に効いてきます。「なぜこの金額なのか」を説明できない賃金制度は、離職の原因になります。ドライバーの離職防止をご覧ください。
整合させる手順
ステップ1:現状を並べる
次の三つを横に並べて比較します。
- 賃金規程の記載
- 雇用契約書・労働条件通知書の記載
- 実際の給与明細
この作業だけで、ずれが見えてきます。直近数か月分の給与明細を数名分取り出して比較してください。
ステップ2:割増賃金の単価を検証する
実際に支払っている割増賃金が、正しい単価で計算されているかを確認します。手当の除外範囲がここで効いてきます。単価が過小だと、全時間分の未払いになります。
ステップ3:どちらに合わせるか決める
- 実態に規程を合わせる:実態が適法であれば、規程を実務に合わせて改定する
- 規程に実態を合わせる:規程のほうが適正なら、支払いを直す
- 両方を作り直す:どちらも問題があるなら、制度から設計し直す
判断には法令の理解が必要です。社労士と進めてください。
ステップ4:過去分をどうするか判断する
ずれが未払いを生んでいた場合、過去分の扱いを検討する必要があります。金額の規模と資金余力によって選択肢が変わります。未払残業代の整理の進め方をご覧ください。
ステップ5:改定と周知
- 就業規則・賃金規程を改定する
- 労働基準監督署に届け出る
- 従業員に周知する
- 雇用契約書・労働条件通知書を更新する
不利益変更になる場合は特に慎重に進めてください。賃金制度改定の進め方と説明をご覧ください。
規程に書いておくべきこと
- 賃金の構成(基本給、各手当、歩合給)
- それぞれの金額または算定方法
- 割増賃金の計算方法と、基礎に算入する範囲
- 固定残業代がある場合、その額と対応時間数、超過分の取扱い
- 歩合給の計算方法(何を基準に、どの率で)
- 締日・支払日
- 控除する項目
- 昇給・賞与の取扱い
歩合給の計算方法が最も曖昧になりやすい部分です。「売上に応じて」だけでは、後から争いになります。
M&Aでの確認事項
労務デューデリジェンスでは、規程・契約書・賃金台帳・労働時間の記録の四つが突き合わされます。整合していれば未払いの見積りは小さく、ずれていれば大きくなります。
整備には時間がかかるため、承継・売却を考え始めた時点で着手してください。労務デューデリジェンスで見られる書類、未払残業代が価格に与える影響をご覧ください。
三つを並べる作業をどう進めるか
規程・契約書・給与明細の三つを横に並べて比較すると書きました。実際の進め方を具体的にします。
まず、対象を選んでください。全員分をいきなり並べる必要はありません。働き方の違う数名を選びます。長距離、地場、日勤と夜勤。それぞれ一人ずつ取れば、制度の全体が見えます。
次に、一枚の紙に三列で書き出してください。支給の項目ごとに、規程では何と書かれているか、契約書では何と書かれているか、明細では実際にいくら払われているか。この形にすると、ずれが視覚的に分かります。
ここで多いのが、明細にある項目が規程にないケースです。実務で必要になって作った手当が、そのまま定着している。逆に、規程にあるが明細にない項目も出てきます。
そして、金額そのものだけでなく、算定の方法も並べてください。規程に計算式が書いてあるなら、その式で計算した金額と、実際の支給額が一致するかを確かめます。
この作業は、数名分でも半日ほどかかります。ただし、これをやらずに制度を見直すことはできません。ここが出発点です。
手当の性質を整理する
手当の名称ではなく性質で判断される、という点は繰り返し出てきます。整理の仕方を示しておきます。
手当ごとに、何に対して支払っているかを一行で書いてください。この運行に対して、この資格に対して、この期間の無事故に対して、家族の状況に対して。書けない手当があれば、そこが曖昧だということです。
次に、支給の条件を書いてください。誰に、どういう場合に支払われるか。全員一律なのか、条件を満たした人だけか。条件が明確でない手当は、性質も曖昧になります。
そして、金額の決まり方を書いてください。定額なのか、実績に応じて変わるのか。変わるなら、何を基準にしているか。
この三つを整理した表を作れば、専門家に見てもらうときの資料になります。名称だけを並べても、判断はできません。
そして、整理の過程で、目的が説明できない手当が見つかります。この機会に位置づけを決めるか、他の項目に統合するかを検討してください。曖昧な手当が、計算を複雑にしています。
歩合の計算方法を書き切る
歩合給の計算方法が最も曖昧になりやすいと書きました。規程に書くべき内容を具体的にします。
まず、何を基準にするかです。運行の売上か、走行の距離か、運んだ量か。基準が複数ある場合は、それぞれについて書いてください。
次に、その基準からどう金額を出すかです。率を掛けるのか、単価を掛けるのか。率や単価が段階的に変わるなら、その段階も書いてください。
そして、対象から外れるものを書いてください。傭車に出した分、キャンセルになった運行、他の人と共同で担当した運行。これらの扱いが決まっていないと、そのつど判断することになります。
あわせて、控除する項目があるなら、それも明記してください。実務で慣行的に差し引いているものが、規程に書かれていないことがあります。
そして、締めの期間を明確にしてください。いつからいつまでの実績が、どの月の給与に反映されるか。ここが曖昧だと、本人が計算を確かめられません。
周知が届いているかを確かめる
改定した規程を従業員に周知すると書きました。周知は、置いておくだけでは足りません。
まず、どこにあるかを全員が知っている状態にしてください。事務所のどこ、あるいはどのファイル。知らされていなければ、見られる状態とは言えません。
次に、変更した部分を説明してください。規程の全文を読む人はいません。何がどう変わったのかを、一枚にまとめて配ってください。
そして、自分の給与にどう影響するかを個別に伝えてください。全体の説明だけでは、自分の話として理解されません。
あわせて、雇用契約書や労働条件通知書も更新してください。規程だけを直して契約書が古いままだと、また食い違いが生まれます。
そして、新しく入る人には入社時に説明してください。既存の従業員には説明したが、その後に入った人が知らない。数年経つと、この状態になっています。
説明できる賃金にする
説明できない賃金制度は離職の原因になると書きました。この点を、もう少し具体的にしておきます。
現場で起きるのは、「なぜ先月より少ないのか」という疑問です。答えられなければ、会社が誤魔化していると受け取られます。実際には正しく計算していても、説明できなければ同じことです。
だから、明細を見て本人が辿れる形にしてください。何時間働いて、いくらの単価で、いくらになったか。項目が並んでいて、数字がつながっていれば、自分で確かめられます。
あわせて、問い合わせに答える担当を決めてください。誰に聞けばよいか分からない状態だと、疑問が不満に変わります。
そして、答えられない質問が出たときは、確認して戻してください。推測で答えるのが最も危険です。後で違っていた場合、他の説明まで信用されなくなります。
説明できる制度は、結果として単純な制度になります。項目が多く、条件が複雑な制度は、作った人以外に説明できません。整理する過程で、簡素にできないかも検討してください。
規程がない場合にどう作るか
賃金のルールがどこにも書かれていないというケースにも触れました。ゼロから作る場合の進め方を示します。
まず、現在の支給の実態を書き出してください。誰に、何が、いくら支払われているか。これが出発点になります。新しい制度を先に考えるのではなく、今の姿を文章にすることから始めます。
次に、その実態が説明できるものかを確認してください。支給の条件が人によって違う、金額の根拠がない。こうした部分が見つかったら、整理が必要です。
そして、法令に照らして問題がないかを専門家に見てもらってください。ここは自社だけでは判断できません。
そのうえで、文書にします。最初から精緻なものを目指さず、実態を正確に書くことを優先してください。書けない部分があるなら、そこが決まっていない部分です。
作った後は、届け出と周知の手続きが必要になります。手続きの要否と方法も、あわせて確認してください。
整備の時間をどう見込むか
整備には時間がかかるため承継を考え始めた時点で着手してくださいと書きました。実際にどれくらいかかるかの目安を示します。
現状の突き合わせに、数週間から一か月。対象を絞れば短くできますが、全体を見るならこの程度は必要です。
専門家による確認と、制度の設計に数か月。ここは会社の状況によって幅があります。ずれが小さければ短く、制度から作り直すなら長くかかります。
そして、従業員への説明と移行に、さらに数か月。説明の機会を複数回設け、経過措置を置くなら、その期間も加わります。
運用が定着したと言えるまでには、そこから半年ほど見てください。制度を変えた直後は、記録も計算も揺れます。
合計すると、一年から二年です。承継の話が動き出してから始めるのでは、間に合いません。逆に、早く着手すれば、その間に運用の実績も積み上がります。
契約書の更新を運用に組み込む
雇用契約書や労働条件通知書を更新すると書きました。ここは一度直しても、また古くなる部分です。
賃金が変わるたびに、契約書を更新する手順を決めてください。昇給したとき、手当が変わったとき、制度を改定したとき。そのつど直さないと、数年で実態と離れます。
更新の担当を決めておくことも必要です。給与の計算をする人と、契約書を作る人が別だと、片方だけが更新される状態になります。
そして、更新した契約書は本人に渡してください。会社が保管しているだけでは、条件を知らせたことになりません。控えを渡し、受け取りを確認する形にしてください。
あわせて、過去の契約書も保管してください。いつからどの条件だったかを追えることが、後から必要になります。
この手順を決めておけば、承継の場面で契約書を集める作業が軽くなります。整備されていない会社では、この作業だけで相当な時間がかかります。
まとめ
規程・契約書・給与明細の三つを並べて比較するところから始めてください。特に割増賃金の基礎に含める手当の範囲は、単価を通じて全時間分に影響します。どちらに合わせるかの判断には法令の理解が必要なため、社労士と進めることをおすすめします。
※ 本記事は一般的な考え方を整理したものです。労働時間・賃金に関する具体的な取扱いは、法令の改正や個別の労働条件、実際の運用によって異なります。是正を検討される際は、社会保険労務士等の専門家にご確認ください。