まず前提:株式譲渡なら雇用は自動的に続く
株式譲渡の場合、会社そのものは変わりません。したがって雇用契約もそのまま継続します。買い手が株主になっただけで、従業員を解雇できるようになるわけではありません。
解雇には法律上の制約があり、経営者が変わったことは解雇の理由になりません。この点は、まず正しく理解しておいてください。
一方、事業譲渡の場合は転籍となり、従業員一人ひとりの同意が必要です。同意しない従業員をどうするかという問題が生じます。株式譲渡と事業譲渡はどちらを選ぶかを参照してください。
それでも契約に書く意味
法律上の保護があっても、契約に書く意味は3つあります。
- 買い手の方針を明確にできる(曖昧さを残さない)
- 従業員へ説明するときの根拠になる
- 労働条件の維持まで踏み込める(解雇されないことと、条件が変わらないことは別)
3番目が重要です。解雇はされないが給与体系が変わる、賞与がなくなる、勤務地が変わる。これらは雇用の維持だけでは防げません。
契約に入れられる条項
1. 雇用の維持
「クロージング後◯年間、経営上やむを得ない事由がある場合を除き、従業員の雇用を維持する」といった書き方をします。
2. 労働条件の維持
より実効性があるのはこちらです。
- 基本給・諸手当を引き下げないこと
- 賞与の支給水準について、一定の考慮をすること
- 退職金制度を維持すること
- 勤務地を変更しないこと
特に退職金制度は見落とされがちです。長く勤めた従業員にとって影響が大きく、制度が変わると実質的な不利益になります。
3. 工場の継続
「クロージング後◯年間、◯◯工場での生産を継続する」といった条項です。雇用の維持と実質的に連動します。
4. 役員・幹部の処遇
工場長や製造部長など、実務の中核を担う人の処遇を明記します。買い手にとっても、この人たちに残ってもらうことは利益なので、合意しやすい条項です。
条項の限界
正直に申し上げると、これらの条項には限界があります。
- 「経営上やむを得ない事由」の解釈は幅がある
- 期間が終われば効力がなくなる
- 違反があっても、売り手が是正を強制するのは実務的に難しい(損害の算定が困難)
- 従業員自身が契約の当事者ではない(従業員が直接請求できるとは限らない)
つまり、契約は方針を明確にする道具であって、絶対の保証ではありません。
だからこそ、相手選びが重要
条項に限界がある以上、実質的に効くのは買い手が誰かです。トップ面談では、必ず次を確認してください。
- 買収の目的は何か(生産能力か、販路か、人材か)
- 過去に買収した会社で、従業員はどうなったか
- 工場をどう位置づけるつもりか
- 経営陣を送り込むのか、現体制を維持するのか
2番目は遠慮なく聞いてよい質問です。答え方に、その会社の姿勢が表れます。買い手が何を求めているかは買い手は食品工場の何を見ているかもご覧ください。
価格とのトレードオフ
雇用や工場の継続を強く求めると、価格が下がることがあります。買い手にとっては制約が増えるためです。
ここは経営者の価値観による判断になります。「価格を優先するか、条件を優先するか」を先に自分の中で決めておくと、交渉でぶれません。
従業員への伝え方と連動させる
契約で合意した内容は、そのまま従業員への説明の根拠になります。「契約で◯年間の雇用維持と労働条件の維持が定められています」と言えるかどうかで、受け止め方が変わります。
説明の順序とタイミングは従業員への説明はいつ・どう行うかにまとめました。
※ 雇用に関する条項の効力や、労働法上の取扱いは個別の事情によって異なります。実行にあたっては、弁護士・社会保険労務士等の専門家に必ずご確認ください。