いつ伝えるか

原則は最終契約の締結後、クロージングの直前です。それより前に伝えると、交渉が成立しなかった場合に不安だけが残ります。

ただし例外があります。買収監査の過程で、経理や総務の一部には資料の準備を依頼せざるを得ません。この場合は理由を伏せるより、事情を説明して秘密保持の重要性を共有するほうが、結果的に情報は守られます。

伝える順序

  1. 役員・工場長(最終契約の締結前後)
  2. 製造・品質管理・営業の各リーダー(全体説明の数日前)
  3. 全従業員(クロージング直前)
  4. その日の勤務でない人(別途、個別に)

2番目を飛ばさないでください。全体説明の後、現場では必ず質問が出ます。その場で答えられる人が必要です。リーダー自身が「自分も聞いていない」状態だと、不信感が広がります。

4番目も重要です。食品工場はシフト制のため、全員が同じ日に揃うとは限りません。後から人づてに聞く人を作らないよう、段取りしてください。

説明会で伝える内容と順番

経営者が話したいこと(経緯や思い)と、従業員が知りたいことは違います。知りたいことから先に話してください。

  1. 雇用は継続すること(契約でどう定めたか)
  2. 給与・賞与・退職金は当面変わらないこと
  3. 工場は継続すること、勤務地は変わらないこと
  4. 誰が新しい経営者で、いつからか
  5. 日々の指示系統はどうなるか
  6. 先代(現社長)が今後どう関わるか
  7. なぜこの決断をしたのか(経緯)

7番目を最初に話すと、聞いている側はずっと不安なまま経緯を聞くことになります。

買い手にも話してもらう

可能であれば、説明会に買い手側の代表者に同席してもらい、直接話してもらってください。

  • なぜこの会社を選んだのか
  • この工場をどう位置づけるつもりか
  • 従業員に何を期待しているか

顔が見えるかどうかで、受け止め方はまったく違います。「どこかの会社に売られた」ではなく「この人たちと一緒にやる」という認識に変わります。

実際に聞かれること

  • リストラはあるのか
  • 給与は下がらないのか
  • 賞与や退職金はどうなるのか
  • 勤務地や勤務時間は変わるのか
  • 社名は変わるのか
  • 誰の指示で動けばよいのか
  • 社長(先代)はいなくなるのか
  • 取引先は変わるのか

これらへの回答は、説明会の前に文書にして買い手と合意しておいてください。その場で即答できないと、不安が残ります。

答えられないことの扱い

まだ決まっていないことを、安心させるために断定してしまうのが最も危険です。後で違う結果になれば、信頼を完全に失います。

「これは決まっている」「これはまだ決まっていないが、決まり次第すぐ伝える」と線を引いて話す。そして、実際にすぐ伝える。この誠実さが、人が残るかどうかを分けます。

説明会の後にやること

  • 個別面談の機会を設ける(特にキーパーソン)
  • 質問を受け付ける窓口を明示する
  • 決まったことを、その都度共有する
  • 新経営者が現場に顔を出す

説明会から数週間が、離職が起きやすい時期です。この期間に個別に話を聞くことが、いちばん確実な予防になります。

親族内・社内承継との違い

親族内・社内承継では、後継者を早くから現場に入れることで自然に伝わります。M&Aではその期間がないため、説明の設計がより重要になります。

承継全般での開示の考え方は従業員にいつ伝えるかにまとめています。契約でどこまで雇用を担保できるかは雇用維持を契約に残すをご覧ください。