どういう形か
工場の土地建物を売り手(経営者個人または資産管理会社)が保有したまま、事業を譲り受けた側に賃貸する形です。譲渡の対象は事業のみで、不動産は含めません。
すでに不動産が経営者個人の名義になっている食品工場では、実質的にこの形になっていることが多いのが実情です。会社が個人から借りている状態のまま、株式だけが移ります。
売り手にとっての利点
1. 安定収入になる
毎月の賃料が、引退後の生活資金の柱になります。退職金や譲渡対価が一時金であるのに対し、賃料は継続します。引退後の生活資金をどう作るかで扱っています。
2. 資産を手放さずに済む
先祖から受け継いだ土地である、地域との関係がある、といった事情がある場合、資産として残せます。
3. 譲渡価格が下がる分、買い手が見つかりやすいことがある
不動産を含めない分、必要な資金が小さくなります。買い手の資金調達が容易になり、候補が広がる場合があります。
買い手にとっての見え方
一方で、買い手から見ると次の懸念が生じます。
- 賃料が固定費として乗る(収益性が下がって見える)
- 賃貸借契約が終了したらどうなるか(事業の継続性への不安)
- 設備投資や増改築を自由にできるか
- 将来、不動産を取得できるのか
特に2番目が重要です。食品工場は移転が極めて難しく、その場所で操業できなくなれば事業そのものが立ち行きません。買い手はここを強く気にします。
賃貸借契約で決めておくこと
- 期間:長期(20年程度など)で設定するか、更新の条件を明確にする
- 賃料:相場に照らして適正な水準にする
- 賃料の改定:どういう場合に、どう見直すか
- 修繕の負担:建物の躯体・屋根・設備、それぞれ誰が負担するか
- 増改築の可否:買い手が設備を入れ替えるときの手続き
- 解約の条件:貸主から解約できる場合を限定する
- 相続が発生した場合の取扱い
- 将来の売買の取り決め(優先交渉権など)
4番目は食品工場で特に揉めやすい項目です。排水設備、床、断熱、電気容量。どこまでが建物でどこからが設備かを明確にしておいてください。
7番目も重要です。貸主に相続が発生すると、複数の相続人が共有する事態になりえます。買い手にとっては大きな不安要素です。工場用地の相続をご覧ください。
賃料の水準に注意
相場から離れた賃料は、双方にとってリスクになります。
- 高すぎる:買い手の収益を圧迫し、譲渡価格の引き下げにつながる
- 安すぎる:税務上、適正な賃料との差額が問題になる可能性がある
近隣の相場や、不動産の評価をもとに設定してください。工場の土地・建物の評価を参照してください。
スキームとの関係
不動産が会社名義になっている場合、分離するには一手間かかります。
- 会社から個人(または資産管理会社)へ売却する
- 会社分割で、不動産を持つ会社と事業会社に分ける
いずれも税務上の検討が必要です。売却であれば譲渡益への課税、分割であれば要件の判定が問題になります。会社分割を使う整理をご覧ください。
不動産がすでに個人名義の場合は、賃貸借契約を整えるだけで済むことが多くなります。ただし、契約書が存在しない、賃料が実態と合っていない、というケースが多いので確認が必要です。個人名義の設備・車両・土地をどう整理するかを参照してください。
この形が向かない場合
- 買い手が工場の建て替えや大規模な増築を計画している
- 相続人が複数いて、将来の共有が避けられない
- 不動産に担保が設定されており、解除の見通しが立たない
- 売り手が管理の手間を負いたくない
これらに当てはまる場合は、不動産も含めて譲渡するほうが結果的に円滑です。手取り総額は一時に大きくなり、その後の管理も不要になります。
判断の順番
- 引退後に必要な収入を試算する(一時金で足りるか、継続収入が要るか)
- 不動産を含めた場合と含めない場合の、手取り総額を比べる
- 相続の見通しを確認する
- そのうえで決める
※ 不動産の分離や賃貸借に関する税務・法務の取扱いは、個別の事情によって異なります。実行にあたっては、税理士・弁護士等の専門家に必ずご確認ください。