なぜ生前贈与を検討するのか

  • 評価額の上昇を止められる:贈与した時点の評価で確定します
  • 負担を複数年に分散できる
  • 後継者の地位を早く確立できる:議決権の移転
  • 相続時の争いを減らせる:生前に意思を示せます

特に、業績が伸びている会社では、早く移すほど有利になることがあります。

四つのうち、三つ目と四つ目は税の話ではありません。後継者の地位を早く確立することと、生前に意思を示すこと。この二つは、税負担とは別の価値を持ちます。

後継者の地位という点では、株を持っているかどうかで社内外の見え方が変わります。従業員から見ても、荷主や金融機関から見ても、株を持つ人は経営を担う人です。名目だけの役職より、実質が伴います。

意思を示すという点では、贈与という行為そのものが説明になります。相続で初めて分配が明らかになるのと、生前に少しずつ移していくのとでは、家族の受け止め方が違います。何年もかけて移していれば、それが社長の意思だと誰にでもわかります。

二つの課税方式

 暦年課税相続時精算課税
基本年ごとに贈与額に応じて課税一定額まで贈与時は課税されず、相続時に精算
向く場面長期間かけて少しずつまとまった額を一度に
相続時の扱い一定期間内の贈与は相続財産に加算贈与財産を相続財産に加算して精算

制度の内容は改正されており、加算の期間や控除の仕組みも変わっています。 どちらが有利かは、金額・期間・相続財産の全体像によって変わります。必ず税理士に試算してもらってください。

※ 本記事は一般的な考え方を整理したものです。税務の取扱いは、法令の改正や個別の事情によって異なります。実際の判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご確認ください。

この二つは、どちらが優れているという性質のものではありません。移す金額、かける期間、相続財産の全体像、家族の構成。これらの組み合わせで結論が変わります。

しかも、制度の内容は見直されています。数年前に聞いた話が今も同じとは限りません。だから、判断する時点であらためて確認する必要があります。

試算を依頼するときは、複数の想定で出してもらうと比べやすくなります。何年かけて移す場合、一度にまとめて移す場合、移さずに相続を待つ場合。並べて見れば、自社にとって何が違うかが見えます。

一度選ぶと変えられない選択もあります。だから、選ぶ前に十分に確認してください。判断は税理士と一緒に行う領域です。

評価が低い時期を狙う

自社株の評価は毎年変わります。評価が下がったタイミングで贈与するという考え方があります。

評価が下がる要因の例:

  • 役員退職金を支給した年
  • 大きな設備投資をした年
  • 業績が一時的に落ち込んだ年

ただし、贈与のためだけに事業上不合理な行為をするのは避けてください。 事業判断として合理的なことを行った結果、評価が下がるタイミングを活かす——という順序です。

自社株の評価方法の基本をご覧ください。

この考え方を実務に落とすには、評価を毎年把握していることが前提になります。把握していなければ、下がった年に気づけません。だから、年に一度の確認が効いてきます。

気づいたときにすぐ動けるようにするには、事前の準備も要ります。誰に何株渡すかを決めておき、書面の形も用意しておく。準備ができていれば、その年のうちに実行できます。

ただし、実行する前に必ず確認してほしいのは、その年に渡すことが全体の計画に沿っているかです。評価が低いからという理由だけで、まだ意思の固まっていない後継者に渡すのは順序が違います。

贈与の実務

  1. 評価額を算出する:税理士に依頼
  2. 贈与する株数を決める
  3. 贈与契約書を作る:日付、当事者、株数を明記
  4. 株主名簿を書き換える
  5. 譲渡制限がある場合、承認の手続き
  6. 贈与税の申告:翌年の申告期限までに

3と4を怠ると、贈与の事実が認められないことがあります。 書面と名簿は必ず整えてください。株式の移転方法をご覧ください。

三つ目と四つ目を怠ると贈与が認められないことがあるのは、贈与が「渡した」という事実で成り立つからです。書面がなく、名簿も変わっていなければ、渡したことを示す材料がありません。

だから、手順を省かないでください。親子の間だから書面は要らない、と考えると後で困ります。日付を入れた書面を作り、名簿を書き換え、必要なら承認の手続きを踏む。この積み重ねが、贈与の事実を支えます。

五つ目の承認の手続きは、定款に譲渡制限の定めがある場合に必要になります。多くの中小企業には、この定めがあります。自社の定款を確認し、必要な手続きを踏んでください。

六つ目の申告は、贈与を受けた側が行います。だから、後継者にもその責任があることを伝えておく必要があります。申告を忘れると、後から問題になります。

注意すべき点

1. 議決権が移る

株式を贈与すると、議決権も移ります。過半数を超えて渡すと、社長の地位が後継者の意向に左右されることになります。

渡す順序と割合を慎重に設計してください。無議決権株式の活用といった方法もあります(設計は専門家と)。

2. 後継者の意思が固まる前に渡さない

渡した後で「継がない」となると、買い戻す必要が生じます。意思と適性を確認してからにしてください。「とりあえず息子に」で失敗しないためにをご覧ください。

3. 他の相続人への配慮

特定の子だけに贈与すると、相続時に不公平感が生まれます。遺留分という制度もあります。

他の子への説明と、他の資産での調整をセットで考えてください。相続人が複数いる場合の株の分け方をご覧ください。

4. 贈与税の納税資金

贈与された側に、贈与税を払う資金が必要です。株は換金できないため、現金の手当てが要ります。相続税の納税資金をどう用意するかをご覧ください。

5. 名義だけの贈与は認められない

名簿を書き換えただけで、実質的に社長が支配している——という状態は、贈与として認められない可能性があります。

  • 配当を受け取っているか
  • 議決権を行使しているか
  • 本人が贈与を認識しているか

名義株の整理をご覧ください。

五つのうち、一つ目の議決権の移転は、実務でいちばん見落とされます。株を渡すことは、会社の決定権を渡すことです。だから、どこまで渡すかは慎重に決める必要があります。

順序としては、後継者が実際に経営を担えるようになる過程と合わせて移していくのが自然です。まだ判断を任せられない段階で過半数を渡すと、社長自身が動けなくなります。逆に、任せられるようになっても渡さないと、後継者が育ちません。

二つ目の後継者の意思については、確認したつもりで確認できていないことがあります。「継ぐか」と聞かれて「継ぐ」と答えても、その重さがわかっているとは限りません。会社の数字、借入、保証。これらを見せたうえで、あらためて確認してください。

四つ目の納税資金は、渡す側が意識しておくべき点です。株を渡された後継者は、その分の負担を負います。負担を賄う資金がなければ、渡すこと自体が重荷になります。だから、現金も合わせて渡すという設計が必要になることがあります。

事業承継税制との関係

一定の要件を満たす贈与について、贈与税の納税が猶予される制度があります。評価額が高い会社では、検討する価値があります。

ただし、適用後も継続要件を満たし続ける必要があり、満たせなくなると猶予が打ち切られます。事業承継税制を運送業で使うときの注意をご覧ください。

株式以外の贈与

自社株だけでなく、次も検討の対象になります。

  • 会社に貸している不動産
  • 現金(納税資金として)
  • その他の資産

会社が使っている不動産を社長個人が持っている場合、その承継も設計に含めてください。個人所有の車庫を法人へ移す場合をご覧ください。

計画的に進める

  1. 評価額を毎年把握する
  2. 後継者の意思を確認する
  3. 何年かけて、どの割合まで移すかを決める
  4. 毎年実行し、書面と名簿を整える
  5. 他の相続人への説明
  6. 遺言でも意思を明確にする(遺言で決めておくこと

5年、10年という時間軸で考えるものです。だからこそ、早く着手する意味があります。

この六つのうち、二つ目の後継者の意思確認は一度で終わらせないでください。年数をかけて進めるあいだに、本人の考えも変わり得ます。毎年の実行の前に、確認する機会を持つとよいでしょう。

六つ目の遺言についても、贈与と両方を用意しておく意味があります。贈与で移しきれなかった分が相続の対象になるためです。どちらか一方では、意思が完全には反映されません。

五年、十年という時間軸で考えるということは、途中で見直す機会も多いということです。当初の計画に縛られず、状況に合わせて調整してください。

何年かけて、どこまで移すか

計画を立てるには、二つの数字が要ります。移すべき株数と、かけられる年数です。前者は今の持株から決まり、後者は引退の時期から逆算します。

移すべき株数を考えるときは、最終的に後継者にどれだけ持たせるかを先に決めます。経営を安定させるには、一定以上の割合が必要です。具体的な水準は会社法上の決議要件によるため、司法書士や弁護士に確認してください。

年数については、長いほど一年あたりの負担が軽くなります。ただし、社長自身の議決権が早く減るという面もあります。だから、経営の実権をいつ渡すかと合わせて考えることになります。

計画ができたら、毎年の実行として進めます。年に一度、決算の後に評価を確認し、その年の贈与を実行する。この繰り返しです。書面と名簿の更新も、その都度行います。

後継者以外への説明をどうするか

特定の子だけに贈与を続けていると、他の子から見れば「兄だけがもらっている」という状態になります。何も説明がなければ、不公平感だけが積み上がります。

だから、贈与を始める前に説明しておく必要があります。会社を継ぐ人に株を集める理由、株を持つことに伴う負担、他の資産をどう配分するつもりか。この三点を伝えておけば、受け止め方が変わります。

説明のときに効くのは、株が現金と違うことを示すことです。株は売れず、配当も出ず、しかも負担だけが生じる。継ぐ人が有利になるわけではないと理解されれば、話が変わります。

贈与を進めている間も、状況を伝え続けてください。一度説明して終わりにすると、時間が経つうちに記憶が薄れます。年に一度でも家族が集まる場で触れておくと、認識が保たれます。

会社に貸している不動産の扱い

会社が使っている土地や建物を社長個人が持っている場合、この不動産も承継の対象になります。株だけを移しても、不動産が別の人に渡れば会社は困ります。

だから、株と不動産は同じ人に渡す設計が原則になります。贈与で移す場合も、株と合わせて計画に入れてください。

ただし、不動産の贈与には株とは違う費用や税の扱いが伴います。金額も大きくなりがちなので、いつどう移すかは慎重に決める必要があります。移さずに賃貸を続け、相続で渡すという選択もあります。

どちらが自社に合うかは、不動産の評価、会社の資金、家族の構成によって変わります。株の計画と一緒に、税理士に試算してもらってください。

計画が途中で変わったとき

数年かけて進める計画では、途中で状況が変わることがあります。後継者が継がないと言い出す、業績が大きく変わる、家族の事情が変わる。

後継者が継がなくなった場合、すでに渡した株をどうするかが問題になります。買い戻すには資金が要り、税の扱いも生じます。だから、渡す前の意思確認が重要になるわけです。

業績が変わった場合は、評価も変わります。計画していた年数や割合を見直す必要が出てくるかもしれません。年に一度確認していれば、変化に気づいて調整できます。

制度の内容が変わることもあります。適用を受けている制度の条件が見直されると、計画の前提が変わります。だから、毎年の確認のときに、制度の状況も税理士に聞いておいてください。

まとめ

生前贈与は、評価額の上昇を止め、負担を分散する方法です。暦年課税と相続時精算課税があり、どちらが有利かは個別の事情で変わるため税理士に試算を依頼してください。議決権が移ること、後継者の意思確認、他の相続人への配慮、贈与税の納税資金に注意が必要です。