まず伝えること
次を率直に伝えてください。
- 引退を考えている時期
- 後継者候補の有無
- M&Aも選択肢に入れているか
- 引退後に必要な生活資金の目安
- 家族の状況
「まだ先の話だから」と言わないでください。 早く伝えるほど、打てる手が増えます。
この五つを伝えにくく感じるのは、引退を口にすることが会社の先行きを疑わせるように思えるからでしょう。しかし、税理士は守秘義務を負う立場であり、こうした相談を受けるのは通常の業務です。伝えたことで何かが動いてしまう性質のものではありません。
むしろ、伝えないことの損失のほうが大きくなります。税理士は日々の申告と決算を見ていますが、社長が何を考えているかは聞かなければわかりません。伝えていなければ、通常の税務の観点だけで判断が進みます。承継を視野に入れた選択肢が提案されないのは、そのためです。
伝えるときは、決まっていなくて構いません。「いつ頃までには考えたい」「後継者はまだ決まっていない」「売却も選択肢として知っておきたい」。この程度でも、税理士の側の見方が変わります。
五つ目の家族の状況は、特に伝えにくく感じる項目かもしれません。しかし、誰が相続人になるか、家族のなかで会社に関わっている人がいるかは、提案の内容を左右します。伝えていないと、実情に合わない案が出てきます。
依頼すべきこと(順序)
第1段階:現状を把握する
- 自社株の評価:今いくらなのか(自社株の評価方法の基本)
- 相続税の試算:今相続が起きたらいくらかかるか
- 手取り額の試算:譲渡した場合、退職金の場合
- 役員退職金の適正水準(退職金の設計と税務)
この4つが出れば、判断の土台ができます。
第2段階:課題を洗い出す
- 公私混同になっている項目(公私混同の解消が最優先である理由)
- 役員貸付・借入の状況
- 事業に関係のない資産(事業に関係のない資産の整理)
- 簿外の負担(退職給付、未払残業代の可能性)
- 保険の状態(保険の活用と解約返戻金)
第3段階:整える
- 決算書の見え方を整える(決算書の見え方を整える)
- 月次試算表を出す体制
- 勘定科目を実態に合わせる
- 公私混同を解消する
「将来の承継や売却も視野に入れているので、実態が見える決算にしたい」と伝えてください。税務上の有利不利と、M&Aでの見え方は必ずしも一致しません。
第4段階:方法を決める
- 親族内承継の場合:贈与・相続の設計、事業承継税制の検討
- M&Aの場合:譲渡代金と退職金の配分、手取りの最大化
- 廃業の場合:清算に伴う税務
第5段階:実行
- デューデリジェンスへの対応(資料の提供)
- 契約内容の税務面のチェック
- 実行後の申告
第1段階の四つが土台になるのは、これがないと何も決められないからです。自分の会社の株がいくらで、相続が起きたらどうなり、譲渡したら手元にいくら残るのか。この数字を知らないまま引退の時期を考えるのは、地図を持たずに歩くようなものです。
依頼するときは、何のために使う数字かを伝えてください。同じ試算でも、税務の申告のためか、承継の判断のためかで、出し方が変わることがあります。判断に使いたいと伝えれば、比べやすい形で出してもらえます。
第2段階の課題の洗い出しは、耳の痛い話が出てくる部分です。公私混同、役員貸付、事業に関係のない資産。指摘されると気分の良いものではありませんが、これらは承継の場面で必ず問題になります。早く知るほど、直す時間が取れます。
第3段階で決算書を整えるときに大事なのは、税務上の有利不利と、外から見たときの見え方が一致しないことがあるという点です。税負担を抑える形が、必ずしも会社の実力を伝える形とは限りません。どちらを優先するかは、時期によって変わります。この点を税理士と共有しておいてください。
M&Aの経験がない場合
顧問税理士にM&Aの実務経験がないことは珍しくありません。その場合の進め方です。
- 役割を分ける:税務は顧問税理士、M&Aの実務は仲介・FA
- 専門家を紹介してもらう:税理士のネットワークを使う
- 顧問税理士にも同席してもらう:会社の数字を知っているため
顧問税理士を外さないでください。 会社の実情を最もよく知っている存在です。誰に相談すべきかをご覧ください。
顧問税理士を外さないほうがよい理由は、会社の数字の経緯を知っているのがその人だけだからです。なぜこの科目にこの金額が入っているのか、この資産はいつ何のために買ったのか。こうした背景は、資料を見ただけではわかりません。
役割を分けるときは、誰が何を担うかを最初にはっきりさせておいてください。曖昧なまま進むと、双方が「相手がやっていると思った」という抜けが生じます。特に、税務の判断が絡む場面で誰に確認するかは決めておく必要があります。
紹介を頼む場合も、顧問税理士に率直に相談するのが早道です。同業のネットワークを持っていることが多く、実務の経験がある人を知っている可能性があります。自分で探すより確実なことがあります。
他の専門家との連携
| 専門家 | 依頼すること |
|---|---|
| 社労士 | 労務の是正、規程整備(労務リスク) |
| 行政書士 | 許認可の手続き、届出と実態の整合 |
| 司法書士 | 登記、株主名簿、定款 |
| 弁護士 | 契約書、法的リスク |
| 仲介・FA | 相手探し、交渉 |
誰が全体を見るのかを決めてください。専門家がバラバラに動くと、情報が分断されます。多くの場合、顧問税理士か仲介が中心になります。
この表で決めておきたいのは、依頼する内容だけでなく、誰がいつ動くかです。たとえば労務の是正は時間がかかるため早く始める必要があり、登記は方針が決まってからでないと動けません。順序を間違えると、手戻りが生じます。
運送業では、この表に挙がっていない相手として運輸支局が加わります。許可や届出の扱いは、承継の手法によって変わり、運用も管轄によって異なります。手法を決める前に確認しておくべき相手です。
秘密保持
M&Aを検討する場合、情報管理が重要になります。
- 専門家との間でも秘密保持を確認する
- 事務所内で誰が知るかを確認する
- 資料のやりとりの方法
秘密保持の実務をご覧ください。
この業界では、会社が売りに出ているという話が広まると、荷主や協力会社の動きに影響することがあります。ドライバーの離職につながることもあります。だから、情報の扱いは慎重にする必要があります。
専門家との間でも、誰まで知るのかを確認しておいてください。事務所の担当者が代わったときにどう引き継がれるのかも、聞いておく価値があります。
費用の考え方
- 通常の顧問料に含まれる範囲を確認する
- 株価評価、相続税試算などは別途費用になることが多い
- 見積りを事前に取る
費用を惜しんで試算をしないのは避けてください。手取り額が分からなければ、引退時期も決められません。
費用を惜しんではいけない理由は、試算がないと時期を決められないからです。引退の時期は、手取り額と生活の見通しから逆算して決めるものです。金額がわからないまま「そろそろ」と考えても、決断には至りません。
見積りを取るときは、何を出してもらうかを具体的に伝えてください。株の評価だけなのか、相続税の試算まで含むのか、複数の前提で出すのか。内容が明確なほど、見積りも正確になります。
税理士を変えるべきか
次の場合、セカンドオピニオンや変更を検討する余地があります。
- 承継の相談に応じてもらえない
- 月次の数字が出てこない
- 質問への回答が遅い
- 「まだ早い」と取り合ってもらえない
ただし、長年の関係と会社の理解は代えがたい資産です。まずは率直に希望を伝えてみてください。
年1回の定例に組み込む
決算の打ち合わせに、承継の議題を毎年入れることをおすすめします。
- 自社株の評価は変わったか
- 手取りの見込みは
- 今年やるべきことは何か
年1回でも継続すれば、準備は確実に進みます。
年に一度でも続けることに意味があるのは、この領域の課題が一度に片づかないからです。株の評価は毎年変わり、家族の状況も変わり、会社の数字も変わる。だから、その都度の確認が必要になります。
議題として入れるときは、前回何を話したかを残しておいてください。「去年はここまで進んだ」という記録があると、続きから話せます。記録がないと、毎年同じところから始めることになります。
三つ目の「今年やるべきことは何か」を毎回決めることも効きます。一年で一つ進めば、五年で五つ進みます。何も決めずに終わると、来年も同じ状態です。
試算の数字をどう読むか
手取り額の試算が出てきたとき、金額だけを見て終わらせないでください。その数字がどういう前提で計算されているかを確認する価値があります。株の評価をいくらとしたのか、退職金をどの水準としたのか、いつの時点を想定したのか。
前提が変われば、結果も変わります。だから、複数の前提で出してもらうと判断に使いやすくなります。今すぐの場合と数年後の場合、株の評価が上がった場合と下がった場合。並べて見ると、時期の判断にもつながります。
数字の意味がわからない部分は、その場で聞いてください。専門用語のまま渡されて、理解しないまま持ち帰るのがいちばんもったいない使い方です。何を聞いても構いません。判断するのは社長自身なので、納得できるまで確認する必要があります。
試算は一度出せば終わりではありません。会社の状況が変われば数字も変わるので、定期的に更新してもらってください。
複数の専門家が関わるときの進め方
承継の場面では、税理士のほかに社会保険労務士、行政書士、司法書士、弁護士が関わります。それぞれが自分の担当だけを見ていると、全体としてつじつまが合わなくなることがあります。
避けるための工夫として、情報を一か所に集める形にしておくやり方があります。誰に何を依頼し、どこまで進んでいるかを一覧にして、関係者が同じものを見る。簡単な表で構いません。
会議の場を設けるのも有効です。全員が集まるのは難しくても、二人ずつでも話す機会があると、前提のずれが早く見つかります。特に、税務と法務が絡む論点では、両方の見方を突き合わせる必要があります。
誰が全体を見るかを決めるとき、社長自身がその役を担うと負担が大きくなります。日々の経営をしながら調整まで抱えるのは現実的ではありません。顧問の税理士か、仲介に入ってもらう相手に、その役を頼むほうが進みます。
相談のタイミングをどう作るか
切り出しにくいと感じる場合、決算の打ち合わせが自然な機会になります。数字を見ながらの話なので、そこから将来の話に移りやすい。「この先どうしていくか考え始めている」という一言から始められます。
もう一つは、会社に変化があったときです。大きな設備を入れる、拠点を増やす、借入を組み直す。こうした判断をするとき、何年先まで会社を続けるつもりかが前提になります。だから、その前提を確認する流れで話が始められます。
年齢や体調の変化も、きっかけになります。周囲に話しにくい内容ですが、税理士は仕事として受け止める立場です。むしろ、こうした事情を知らないまま提案を作るほうが、双方にとって不都合です。
変更を考える前に確かめること
相談に応じてもらえないと感じたとき、すぐに変更を考える前に、伝え方を確かめてみてください。「そのうち考えたい」という曖昧な伝え方だと、相手も「まだ早い」と受け取ります。時期と選択肢を具体的に伝えると、返ってくる反応が変わることがあります。
それでも動かない場合、他の専門家の意見を聞いてみる価値はあります。ただし、変更するとなると、会社の数字を一から説明し直すことになります。この手間と、得られるものを比べて判断してください。
変更するにしても、時期を選ぶ必要があります。承継の話が具体的に動いている最中に替えると、その間の対応が止まります。落ち着いている時期に検討するほうが無理がありません。
いずれにしても、税務の判断は個別の事情で変わります。どの選択が自社に合うかは、実際の数字を見てもらったうえで確認してください。
まとめ
まず引退時期と選択肢を率直に伝えてください。依頼の順序は、現状把握(株価評価・相続税試算・手取り試算・退職金水準)→ 課題の洗い出し → 決算書を整える → 方法の決定 → 実行です。M&Aの経験がなくても外さず、役割を分けて連携してください。年1回の定例に承継の議題を入れることが有効です。