遺言がないとどうなるか
相続が発生し、遺産分割協議がまとまるまで、自社株は相続人の共有状態になります。
- 議決権の行使に、共有者の合意が必要になる
- 役員の選任ができない
- 決算の承認ができない
- 相続人の間で意見が割れると、何も決まらない
その間も、運行は毎日続きます。 配車も、給与の支払いも、荷主対応も止められません。株式が共有になったときに起きる問題をご覧ください。
この状態の怖さは、外から見て問題がわからないことにあります。運行は続き、給与も払われる。だから、深刻さが社内にも家族にも伝わりにくい。しかし、決めなければならないことが決められない状態は、確実に会社を弱らせます。
運送業では、日々の判断が多いことがこの問題を重くします。車両の入れ替え、荷主との条件の見直し、人の採用。どれも決裁が要ります。決裁できる人がいない期間が続けば、機会を逃し続けることになります。
だから、遺言を作る目的は税負担を減らすことではありません。会社が止まらないようにすることです。この目的を理解しておくと、何を書くべきかも決まります。
遺言で決めておくこと
1. 自社株を誰に渡すか
最も重要です。分散させず、後継者に集中させるのが原則です。
- 後継者に全株を相続させる
- 複数人に渡す場合も、過半数は後継者に
2. 事業用資産の扱い
会社が使っているのに社長個人が所有している資産があれば、その承継先も決めてください。
- 車庫・倉庫の土地建物
- 事務所
- 会社に貸している車両
これらが分散すると、会社が使えなくなる可能性があります。個人所有の車庫を法人へ移す場合をご覧ください。
3. 会社への貸付金
社長が会社に貸しているお金は、相続財産になります。誰が引き継ぐかを決めておいてください。
4. 他の相続人への配分
自社株を後継者に集中させると、他の相続人の取り分が減ります。他の資産で調整してください。
- 預貯金、有価証券
- 事業に使っていない不動産
- 生命保険(受取人を指定できます)
5. 付言事項
法的な効力はありませんが、なぜこう決めたのかを書き残すことができます。
「会社を続けるために株を◯◯に集中させた」「他の子には別の形で配慮した」——こうした説明が、争いを防ぐことがあります。
五つのうち、三つ目の貸付金は見落とされやすい項目です。社長が会社に資金を入れたまま返してもらっていない状態は、中小企業でよくあります。これは財産として相続の対象になり、誰かが引き継ぎます。
引き継いだ人が返済を求めれば、会社は返さなければなりません。会社に資金がなければ困った事態になります。だから、誰が引き継ぐかを決めておくことに意味があります。
五つ目の付言事項は、法的な効力がないぶん軽く見られがちですが、実務では効きます。なぜこう決めたのかが書かれていれば、残された人が理由を推測せずに済みます。理由がわからないと、そこから不信が生まれます。
書くときは、感情も含めて構いません。誰にどういう思いを持っているか、なぜこの配分にしたか。形式ばった文章より、率直な言葉のほうが伝わります。
遺留分への配慮
一定の相続人には、最低限の取り分(遺留分)が認められています。遺言で特定の人に集中させても、他の相続人から請求される可能性があります。
- 自社株の評価が高いほど、遺留分の額も大きくなる
- 請求されると、後継者が現金で支払う必要が生じることがある
- 会社の資金では払えないため、後継者個人の負担になる
これが承継を壊すことがあります。 対策としては次が考えられます。
- 生前に他の相続人と話し合い、理解を得る
- 生命保険で支払い原資を用意する(保険の活用と解約返戻金)
- 民法の特例(除外合意等)の活用を検討する
特例の活用には要件と手続きがあります。弁護士・税理士に相談してください。経営承継円滑化法でできることをご覧ください。
この問題への対策として挙げた三つのうち、最初の話し合いが最も効きます。制度としての権利があっても、行使するかどうかは人の判断だからです。
話し合いで伝えるべきは、会社の実情です。株は売れず、配当も出ず、保証の責任が伴う。だから、株を継ぐ人が得をしているわけではない。この事実が伝わっているかどうかで、受け止め方が変わります。
二つ目の保険を使う方法は、支払いの原資を確保する手段です。ただし、これだけでは根本的な解決になりません。話し合いと合わせて備えることになります。
三つ目の制度上の手当てを使う場合は、関係者の合意と所定の手続きが必要になります。誰か一人でも応じなければ成立しないため、結局は話し合いが前提です。要件と進め方は弁護士に確認してください。
遺言の方式
| 方式 | 特徴 |
|---|---|
| 自筆証書遺言 | 自分で書く。費用が小さいが、方式の不備で無効になるリスク |
| 公正証書遺言 | 公証人が作成。確実性が高い。費用と手間はかかる |
自社株のように金額が大きく、争いになりやすい財産を扱う場合、公正証書遺言をおすすめします。
自筆証書遺言については、法務局での保管制度もあります。方式の要件は法改正で変わることがあるため、最新の内容を確認してください。
公正証書での作成をすすめる理由は、確実さにあります。方式の不備で無効になる心配がなく、原本が公証役場に残るため、紛失や改ざんの懸念もありません。争いが予想される場面では、この確実さが効きます。
作成の流れとしては、内容を決め、必要な書類を揃え、公証人と打ち合わせをして、証人の立ち会いのもとで作成することになります。何度か足を運ぶ必要があるため、時間に余裕を持って進めてください。
費用は財産の額によって変わります。手間と費用はかかりますが、後の争いを防げると考えれば、割に合う支出でしょう。手続きの詳細は、公証役場や弁護士に確認してください。
遺言執行者を決める
遺言の内容を実行する人です。指定しておくと、手続きが円滑になります。
- 相続人の一人
- 弁護士・税理士などの専門家
相続人間で対立が予想される場合は、専門家を指定するほうが確実です。
執行者を決めておくと手続きが円滑になるのは、その人が単独で動けるからです。決めていないと、相続人がそれぞれ手続きに関わることになり、時間がかかります。
相続人の一人を指定する場合、他の相続人との関係が良好であることが前提になります。対立が予想されるなら、専門家に頼むほうが揉めません。
専門家に頼む場合は、報酬が発生します。金額の目安は事案によるため、依頼する段階で確認してください。
定期的に見直す
遺言は、作って終わりではありません。
- 後継者が変わった
- 株式を生前贈与した
- 資産の構成が変わった
- 家族の状況が変わった
数年ごとに見直してください。 古い遺言が、かえって混乱を招くことがあります。
古い遺言が混乱を招くのは、書かれた内容と現在の状況が合わなくなるからです。すでに贈与した株が遺言にも書かれている、渡すつもりだった資産がもうない。こうしたずれが、解釈の争いを生みます。
だから、大きな変化があったときには必ず見直してください。株を移した、不動産を処分した、後継者が変わった、家族に変化があった。どれか一つでも起これば、内容を確認する機会です。
見直すときは、専門家に相談しながら進めるのが確実です。一部だけ書き換えるつもりが、全体の解釈に影響することがあります。
変化がなくても、数年に一度は読み返してください。書いたときの考えが今も同じかを確かめる機会になります。
遺言以外の備え
遺言だけでは足りません。次も並行して進めてください。
- 生前贈与:計画的に移す(生前贈与の使い方)
- 納税資金の準備(相続税の納税資金をどう用意するか)
- 名義株の整理(名義株の整理)
- 定款の確認:譲渡制限、相続人への売渡請求
- 緊急時の備え(社長が突然倒れたら)
- 家族への説明(家族への切り出し方)
最後の項目が最も効きます。 遺言の内容を生前に説明しておけば、争いの多くは防げます。
M&Aを選ぶ場合
生前に株式を譲渡すれば、相続財産は現金になります。分割も納税も容易になり、遺言の重要性は下がります。
「会社を残す」ことにこだわった結果、家族が争うという事態は避けたいところです。会社を残すか畳むかをご覧ください。
遺言の内容を家族に伝えるかどうか
遺言は、内容を秘密にしたまま作ることができます。しかし、承継の場面では、伝えておくほうが良い結果になることが多いでしょう。
伝えておけば、相続が起きたときに驚きがありません。驚きがなければ、感情的な反発も起きにくい。しかも、生前に不満が出れば、こちらで調整する余地があります。
逆に、伝えずにおくと、相続の場で初めて内容が明らかになります。そこで不満が生じても、決めた本人はもういません。説明する人がいない状態で、内容だけが残ります。
すべてを細かく伝える必要はありません。株は後継者に集めること、他の資産で配分を調整すること、その理由。この三点が伝わっていれば十分でしょう。細かい金額まで話すと、そこで議論が始まってしまうこともあります。
後継者に伝えておくこと
遺言の内容を後継者に伝えるときは、渡すものだけでなく、伴う責任も一緒に伝えてください。株を受け取ることは、会社を背負うことです。
伝えるべきは、会社の借入と個人保証の状況です。株を継ぐということは、いずれ保証も引き受けることになります。この点を知らないまま受け取ると、後で驚くことになります。
納税の負担についても説明が要ります。株を受け取れば、それに応じた負担が生じます。備えがどれだけあり、足りない分をどうするつもりか。見通しを共有しておいてください。
そのうえで、あらためて継ぐ意思を確認してください。ここで迷いがあるなら、別の道も含めて考え直す機会になります。遺言を書いてからでも、書き直せます。
事業用資産をどう書くか
会社が使っている資産が社長個人の名義になっている場合、その承継先を明確に書く必要があります。書き方が曖昧だと、後で解釈の争いになります。
特に注意したいのは、土地の一部だけを会社が使っている場合です。どこまでが対象かがわからないと、分けようがありません。図面を添える、地番を明記するといった工夫が要ります。
会社に貸している車両や設備がある場合も、書いておいてください。細かい資産まで書くのは手間ですが、書いていないものは一般の相続財産として扱われます。
書き方については、司法書士や弁護士に確認しながら進めてください。表現があいまいだと、意図した通りに実現しないことがあります。
遺言だけでは足りない理由
遺言は強力な手段ですが、それだけですべてが解決するわけではありません。いくつかの限界があります。
一つは、遺留分の問題が残ることです。遺言で集中させても、請求される可能性は消えません。だから、話し合いと他の資産での調整が必要になります。
二つ目は、納税の問題が残ることです。誰が何を受け取るかが決まっても、納める資金は別に用意する必要があります。遺言と並行して、備えを進めることになります。
三つ目は、名義株や定款といった会社側の問題が残ることです。株主が誰かが確定していなければ、遺言で渡す株の範囲もはっきりしません。会社側の整理も同時に進める必要があります。
だから、遺言は備えの一部と考えてください。他の準備と組み合わせて、初めて機能します。どれから手をつけるべきかは、自社の状況によります。専門家に全体を見てもらったうえで、順序を決めてください。
まとめ
遺言がないと自社株が共有になり、会社の意思決定が止まります。自社株の承継先、事業用資産、貸付金、他の相続人への配分を決めてください。遺留分への配慮が承継の成否を左右します。公正証書遺言をおすすめします。そして、生前に家族へ説明することが最も効果的な備えです。
よくある質問
Q. 事業承継税制は使えますか。 A. 一定の要件を満たす非上場株式の承継について、贈与税・相続税の納税を猶予する制度です。適用には計画の提出や雇用・事業継続の要件があり、期限も設けられています。要件と期限は改正で動くため、適用できるかどうかは必ず顧問税理士と管轄の窓口に確認してください。
Q. 納税猶予を使うと、その後に制約は残りますか。 A. 猶予はあくまで猶予で、要件を満たさなくなると納付が必要になります。株式を手放す、事業をやめるといった判断が制約を受ける場面があるため、将来M&Aの可能性も残しておきたい場合は、適用前に選択肢全体を見比べておくことをおすすめします。