MBOが向く場面
- 親族に後継者がいない
- 幹部に経営能力と意欲がある
- 従業員と荷主に、経営の継続性を示したい
- 外部への譲渡に抵抗がある
「誰が継ぐか分かっている」ことが最大の強みです。M&Aと違い、相手探しが不要で、引き継ぎもスムーズです。社内承継の流れと資金調達をご覧ください。
相手探しが不要という点は、思っている以上に大きな利点です。外部への譲渡では、候補を探し、絞り込み、条件を詰めるまでに時間がかかります。その間、情報が漏れる心配も続きます。
引き継ぎも短く済みます。継ぐ人が会社を知っているため、荷主との関係も、現場の事情も、すでに把握しています。外部の相手なら数か月かかる部分が、ほとんど不要になります。
ただし、向く場面であっても、資金が用意できなければ成立しません。この一点で止まることが多いのが実際です。
資金の選択肢
1. 個人の借入
幹部が個人で借り入れ、株式を取得します。
- 返済原資は役員報酬・配当
- 個人の信用力が問われる
- 金額が大きいと現実的でない
2. 経営承継円滑化法の金融支援
認定を受けることで、融資や信用保証の特例が利用できる場合があります。経営承継円滑化法でできることをご覧ください。
3. 持株会社(SPC)方式
MBOで最もよく使われる手法です。
- 幹部が新会社(持株会社)を設立する
- 持株会社が金融機関から借入をする
- その資金で対象会社の株式を取得する
- 対象会社からの配当や、将来の合併後の利益で返済する
利点
- 個人の借入にならない
- 大きな金額に対応できる
課題
- 設計が複雑(税務・会計・法務)
- 対象会社の収益力が返済に足りるかが前提
- 返済負担が対象会社に及ぶ
- 金融機関の理解が必要
返済計画が現実的かを厳密に検証してください。無理な借入は、承継後の経営を圧迫します。
※ 本記事は一般的な考え方を整理したものです。税務の取扱いは、法令の改正や個別の事情によって異なります。実際の判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご確認ください。
4. 投資ファンドの活用
ファンドが資金を出し、幹部と共同で株式を取得する形です。
- 大きな資金に対応できる
- 経営支援を受けられることがある
- ただし、ファンドはいずれ売却します
中小の運送会社では事例は多くありませんが、規模と収益力によっては選択肢になります。投資ファンドへの譲渡は選択肢になるかをご覧ください。
5. 段階的な取得
数年かけて少しずつ買い取る方法です。負担が分散されますが、支配権の移転が遅れます。
6. 会社による自己株式の取得との組み合わせ
会社が先代から一部を買い取り、残りを幹部が取得する形です。幹部の負担が減ります。会社の資金と財源の余力が前提になります。
六つの選択肢は、どれか一つを選ぶというより、組み合わせて使うものです。個人で借りられる額には限りがあるため、他の方法と合わせて必要額に届かせることになります。
三つ目の形が最もよく使われるのは、大きな金額に対応でき、個人の借入にならないからです。ただし、返済の負担は会社に及びます。
だから、この形を検討するときは、会社の収益力を厳密に見てください。今の利益で返済に耐えられるか、車両の更新も並行してできるか。ここを甘く見積もると、承継の後で苦しくなります。
試算するときは、控えめな前提で作ってください。売上が伸びる前提で組むと、伸びなかったときに行き詰まります。今の水準が続く前提で、それでも返せるかを確かめます。
設計には税務と会計の検討が要ります。形によって扱いが変わるため、税理士と金融機関を交えて進めてください。
複数人で取得する場合
幹部数名で共同して取得することがあります。この場合、設計を誤ると後で揉めます。
- 誰が代表になるかを明確にする
- 代表者に過半数を持たせる:等分は避ける
- 役割分担と決裁権限を書面にする
- 退職時の株式の買取ルールを先に決める
- 意見が割れたときの決め方
兄弟で継ぐ場合の役割分担と株の持ち方と同じ考え方が当てはまります。
この設計を誤ると後で揉めるという点は、実際によく起こります。始めるときは全員が同じ方向を向いていても、数年経てば考えが変わります。
等分を避ける理由は、意見が割れたときに決められなくなるからです。二人で半分ずつなら、対立すれば何も決まりません。三人で三等分でも、二対一の構図が固定されます。
だから、代表になる人に過半数を持たせる形が基本になります。他の人は少数株主として関わることになります。
この構造を、始める前に全員が理解している必要があります。同じ額を出したのに持分が違う、という状態を後から説明するのは難しくなります。
退職するときの扱いも、先に決めておいてください。誰がどういう価格で買い取るのか。決めていないと、その人が辞めるときに株が外に出ます。
これらは株主の間の取り決めとして書面にします。文面の作成は弁護士に依頼してください。
個人保証
MBOでも、個人保証は大きな論点です。
- 株式取得の借入に対する保証
- 会社の既存借入に対する保証
- これが二重になると負担が重い
ガイドラインでは、承継時の二重徴求は原則として行わないとされています。先代の保証が外れることを、金融機関と確認してください。経営者保証に関するガイドラインの使い方をご覧ください。
二重になる負担が重いというのは、株を買うための借入と、会社が元から持っている借入の両方を負う可能性があるという意味です。合わせると、相当な額になります。
だから、検討の早い段階で金融機関に確認してください。先代の分が外れるのか、新しい代表にどこまで求められるのか。この見通しがないと、判断できません。
範囲を限る形での合意も、検討の対象になります。金額の上限を設ける、対象を限る。全部か無かで考えないほうが、話が進みます。
成立させるための条件
- 対象会社に安定した収益力がある:返済の原資
- 幹部に経営能力と意欲がある
- 株価が現実的な水準である
- 金融機関の理解がある
- 先代が受取額で妥協できる
- 他の従業員の理解がある
5番目が実務上の分かれ目になることがあります。第三者に売るより金額が下がることを、先代が受け入れられるかどうかです。
六つの条件は、どれか一つでも欠けると成立しません。だから、検討の初期にこの六つを確認してください。
一つ目の収益力については、返済の原資として足りるかを計算します。利益と減価償却費を足した額から、車両の更新に要る分を引いて、残りで返せるか。
三つ目の株価が現実的かどうかは、評価してみないとわかりません。高すぎれば、どう組んでも返せません。この場合、取得する割合を減らすか、他の道を考えることになります。
六つ目の従業員の理解も、軽く見ないでください。反発があると、人が抜けることがあります。継いだ直後に人が減れば、返済どころではなくなります。
先代が考えるべきこと
MBOでは、第三者へのM&Aより手取りが少なくなることが一般的です。
それでもMBOを選ぶ理由は、次のような点にあります。
- 事業を知る人が継ぐ
- 従業員の雇用と処遇が守られやすい
- 荷主との関係が続く
- 社名・拠点が残る
金額と、それ以外の価値をどう天秤にかけるか——これは経営者の価値観による判断です。条件交渉で譲れない点の決め方をご覧ください。
この天秤は、人によって答えが違います。金額を優先する人もいれば、会社の存続を優先する人もいます。どちらが正しいという話ではありません。
ただし、判断するには両方の金額を知っている必要があります。外部に譲った場合にいくらになりそうか、この形ならいくらか。差がわかって初めて、比べられます。
差が小さいなら、迷う理由はあまりありません。差が大きい場合に、何を優先するかの判断になります。
幹部が考えるべきこと
- 返済に何年かかるか
- 個人保証の範囲
- 会社の実情(借入、労務、荷主構成、車齢)
- 家族の理解
- 経営者としての責任を負う覚悟
「継いでほしい」と言われても、数字を見てから判断してください。
この五つのうち、三つ目の会社の実情を確かめる作業が最も重要です。幹部として見ていた景色と、経営者として負う責任は違います。
確認したいのは、借入とリースの総額、労務の状況、荷主の構成、車両の年式です。日頃の業務では見えない部分が含まれます。
特に、労務に問題があるかどうかは慎重に確認してください。過去の記録がどうなっているか、是正が必要な部分があるか。継いだ後に発覚すると、その負担を負うことになります。
返済の年数も、具体的に計算してください。役員としての報酬がいくらになり、そこから生活費を引いて、いくら返済に回せるか。何年かかるかが見えれば、判断できます。
家族の理解も欠かせません。保証を負うことは、家庭の資産に関わります。本人だけで決められる話ではありません。
専門家の関与
MBOは、資金調達・税務・法務が複雑に絡みます。
- 税理士:株価、税務、返済計画
- 金融機関:融資、保証
- 弁護士:契約、株主間の取り決め
- 認定支援機関:公的支援の活用
誰に相談すべきかをご覧ください。
この四者のうち、誰が全体を見るかを決めておいてください。それぞれが担当だけを見ていると、つじつまが合わなくなります。
先代と幹部の話し合いをどう進めるか
この話は、金額の話に入る前に決めておくべきことがあります。まず、本当に継ぐ意思があるかです。
打診されて断りにくいと感じる幹部もいます。長く世話になった人からの頼みなら、なおさらです。だから、断ってもよいことを最初に伝えてください。
そのうえで、数字を共有します。株価がいくらで、借入がいくらあり、返済に何年かかるか。この情報を渡してから、時間をかけて考えてもらいます。
即答を求めないでください。家族と相談し、数字を確かめ、覚悟を決めるには時間が要ります。
断られた場合も、関係が壊れないようにしておく必要があります。その人は引き続き幹部として会社を支える立場です。断ったことで居づらくなるなら、打診の仕方に問題があったことになります。
他の従業員にどう伝えるか
幹部の一人が経営者になるということは、これまで同僚だった人が上に立つということです。この変化は、社内に影響します。
だから、伝える時期と伝え方に配慮が要ります。決まってから伝えるのが基本ですが、その際に理由も添えてください。なぜその人なのかがわかれば、受け入れられやすくなります。
他の幹部への配慮も要ります。自分ではなかったと感じる人が出るかもしれません。それぞれの役割を明確にし、待遇も含めて話しておく必要があります。
荷主への説明も同じです。長く現場を担ってきた人が継ぐことは、相手にとって安心の材料になります。そう伝えられる形にしてください。
先代がその後どう関わるか
この形では、先代が完全に離れるとは限りません。株を段階的に移す場合や、相談役として残る場合があります。
どう関わるかは、事前に決めておく必要があります。決めずに残ると、新しい代表が動きにくくなります。
決めるべきは、期間と役割と報酬です。何年関わるのか、何をするのか、その対価をどうするのか。書面にしておけば、双方が迷いません。
特に、決裁の権限をどう扱うかは明確にしてください。株の過半数が移っていれば形式的には新しい代表が決められますが、実際には先代の意向が働くことがあります。
関わる期間は、限定するほうが良い結果になることが多いでしょう。永続的に相談役が残ると、いつまでも代が替わりません。
成立しなかった場合に備える
資金が用意できない、金融機関の理解が得られない、幹部が最終的に断る。どれも起こり得ます。
だから、この形だけに絞らず、他の道も並行して考えておく価値があります。外部への譲渡、規模を縮小して続ける、廃業。
並行して検討していれば、成立しなかったときに時間を失わずに済みます。逆に、これ一本で進めて失敗すると、そこから探し直すことになります。
幹部に打診する時点で、他の可能性も含めて考えていることを伝えておくのも一つの方法です。相手にとっても、断りやすくなります。
どの道を選ぶにしても、判断の材料は共通です。会社の数字、人の状況、資産と負債。この整理が済んでいれば、どの方向にも動けます。
まとめ
MBOでは、個人借入・公的支援・持株会社方式・ファンド・段階取得という選択肢があります。持株会社方式が最もよく使われますが、対象会社の収益力が返済に足りるかが前提です。複数人で取得する場合は代表者に過半数を持たせてください。先代は手取りが下がることを受け入れられるかが分かれ目になります。