なぜ許可はそのまま残るのか
一般貨物自動車運送事業の許可は、会社(法人)に対して与えられています。株式譲渡で変わるのは株主であって、法人格は同じです。したがって、許可を取り直す必要はありません。
これが、運送業のM&Aで株式譲渡が選ばれる最大の理由です。事業譲渡や会社分割では、許可の承継について個別の手続きが必要になります。運送事業の許可は引き継げるかをご覧ください。
それでも必要になる手続き
1. 役員変更の登記
代表取締役・取締役が交代すれば、法務局への登記が必要です。株主総会・取締役会の議事録を整え、司法書士に依頼するのが一般的です。役員変更の届出で詳しく整理しています。
2. 運送事業に関する届出
役員の変更に伴い、運輸支局への届出が必要になります。提出書類、添付書類、期限は手続きの内容によって異なるため、管轄の運輸支局または行政書士に確認してください。
3. 運行管理者・整備管理者
これらは役員とは別の選任です。人が変わらなければ手続きは不要ですが、交代する場合は選任届が必要になります。
M&Aでは、前社長が運行管理者を兼務していたケースが問題になります。社長が退いた後、誰が運行管理者を担うのかを事前に決めておいてください。運行管理者の選任と役割、整備管理者の要件をご覧ください。
忘れやすい手続き
許認可以外にも、実務上は多くの名義・登録が動きます。一覧にして潰してください。
- 金融機関:代表者変更の届出、印鑑の変更、ネットバンキングの権限
- 取引先:請求書・契約書の代表者名
- 保険:自動車保険、貨物保険、労災上乗せの契約者・代表者
- リース会社:契約上の代表者、保証人
- 社会保険・労働保険:事業主変更の届出
- 税務署・自治体:異動届出
- 各種カード:燃料カード、ETCカード
- Gマーク:認定を受けている場合の扱い(Gマークの取得と承継時の扱い)
- 倉庫業の登録:営業倉庫を持つ場合(倉庫業の登録と承継)
- 利用運送の登録:持っている場合(貨物利用運送事業の登録)
数が多いため、クロージングの1か月前にリストを作ることをおすすめします。
個人保証は自動では外れない
手続きの中で最も重要かつ、最も忘れられがちなのがこれです。社長個人が会社の借入に保証を付けている場合、株式を譲渡しても保証は残ります。金融機関との個別の交渉が必要です。
最終契約に解除の条項を入れるだけでなく、いつまでに、外れなかったらどうするかまで詰めてください。経営者保証は外せるかをご覧ください。
商号を変更する場合
買い手が社名を変える方針であれば、登記のほかに次が必要になります。
- 運送事業に関する変更の手続き
- 車検証の記載変更
- 車両表示(社名)の変更
- 保険・契約類の名義変更
台数が多いほど作業量が増えるため、車検のタイミングに合わせて順次進めるのが一般的です。屋号・社名は残せるかをご覧ください。
譲渡前に確認しておくこと
- 許可証の原本の所在
- 届出上の営業所・車庫と、実際の使用状況が一致しているか
- 運行管理者・整備管理者の選任状況(実態と届出)
- 過去の行政処分・改善指示の履歴
- Gマーク、倉庫業、利用運送など付随する許認可の有無
これらは法務デューデリジェンスで必ず確認されます。法務デューデリジェンスと契約書の棚卸しをご覧ください。
誰がやるかを先に決める
手続きの数が多いこの場面で、最初に決めるべきは分担です。譲る側がやること、譲り受ける側がやること、専門家に任せること。
実行の後は、会社の代表が交代しています。だから、多くの手続きは新しい体制の側が行うことになります。ところが、何がどこにあるのかを知っているのは前の体制の側です。この非対称が、抜けを生みます。
だから、実行の前に一覧を作り、項目ごとに担当を書き込んでください。前の代表が引き継ぎとして関わる部分も明記します。実行の直後は双方が忙しいので、その場で決めようとすると止まります。
そして、それぞれの手続きに必要な資料がどこにあるかも書いておいてください。許可証の原本、届出の控え、契約書、印鑑。探すところから始まると、期限に間に合いません。
許可証と届出の控えを引き渡す
譲渡前に確認しておくこととして許可証の原本の所在を挙げましたが、これは実務では重要な項目です。
長年営業していると、許可証がどこにあるか分からなくなっている会社があります。金庫の奥、書庫の段ボール、あるいは以前の担当者が管理していたまま。
探して出てこない場合、再交付の手続きが必要になることがあります。時間がかかるので、実行の直前に気づくのでは間に合いません。
あわせて、これまでの届出の控えも整理して引き渡してください。営業所と車庫の届出、車両の増減、選任の届出。これらがないと、新しい体制は現状を把握できません。
引き渡すときは、何を渡したかの記録を残してください。後から「聞いていない」となるのを防げます。
運行管理者の交代が最大の論点
前社長が運行管理者を兼務していたケースが問題になる、という点をもう少し掘り下げます。
この場合、社長が退いた瞬間に選任が欠けます。事業の前提が崩れるので、後任を用意しないまま実行はできません。
選択肢は三つです。社内の別の人が資格を取る、外から採用する、あるいは前社長に一定期間残ってもらう。
三つめを選ぶ場合、本人の意向を事前に確認しておく必要があります。譲渡の条件として盛り込むなら、なおさらです。本人が知らないうちに条件になっているという事態は避けてください。
そして、残ってもらう期間中に後任を育てる計画も要ります。期間が終わったときに同じ問題が起きるからです。
整備管理者についても、同じ確認が必要です。こちらも社長が兼ねている会社があります。
名義変更の一覧をどう作るか
実行の一か月前にリストを作ることをおすすめしましたが、作り方を具体的にしておきます。
最も確実なのは、毎月の支払いから洗い出す方法です。口座からの引き落とし、カードでの支払い。それぞれが何の契約かを確かめれば、名義が関わるものが見えてきます。
年に一度しか発生しない支払いもあるので、過去一年分の取引明細も見てください。保険の更新、団体の会費、システムの年間契約。月次だけを見ていると漏れます。
そして、決算書の勘定科目からも拾えます。保険料、支払手数料、リース料、通信費。それぞれの内訳を見れば、契約の存在が分かります。
一覧ができたら、連帯保証が付いているものに印を付けてください。名義だけを変えて保証がそのままになっていないかを、契約書で確かめる必要があります。
個人保証を条件として詰める
株式を譲っても保証は残るという点は、この場面で最も重要な論点です。
最終の契約に解除の条項を入れるだけでは足りません。詰めるべきは、いつまでに外すのか、誰が金融機関と交渉するのか、外れなかった場合にどうするのかの三点です。
金融機関の判断が絡むので、譲渡と同時に自動で外れるとは限りません。買い手の信用力によっては、時間がかかることもあります。
だから、交渉の早い段階から金融機関と対話を始めてください。買い手が決まってから相談するのでは、日程が読めません。
リース契約に付いている保証も忘れないでください。借入の保証は把握していても、リースの保証は意識されていないことがあります。契約書の署名欄を確認すると分かります。
そして、外れるまでの間、前の代表がどんな立場に置かれるのかも整理しておいてください。会社の経営には関与しないのに保証だけが残る期間があるなら、その間の情報提供の取り決めが要ります。
商号を変える場合の作業量
買い手が社名を変える方針であれば、作業量が大きく増えます。台数が多いほど、車両側の作業が重くなります。
車検証の記載を変え、車体の表示を変える。台数分だけ発生するので、一度に処理するのは現実的ではありません。車検の時期に合わせて順次進めるのが一般的です。
その間、旧社名と新社名の車両が混在します。荷主や現場が混乱しないよう、いつからどう変わるのかを事前に周知してください。
あわせて、契約類の名義も変わります。荷主との契約、保険、リース、各種のサービス。名義変更の一覧に商号の変更を加えると、項目がさらに増えます。
だから、商号を変えるかどうかは、条件の交渉の段階で確認しておくべき事項です。譲る側に社名を残したい希望があるなら、早く伝えてください。後から出すと、条件の変更として扱われます。
実態と届出のずれは先に直す
確認しておくこととして届出と実際の使用状況の一致を挙げましたが、これは調査の場面で必ず見られます。
株式を譲る形では許可がそのまま残るので、ずれもそのまま引き継がれます。買い手からすれば、引き継いだ後に是正を求められれば自分の負担になります。
だから、指摘される前に自分で整理しておくほうが、条件の面でも心証の面でも有利になります。ずれがあること自体は珍しくないので、隠すより先に出してください。
確認するのは四点です。営業所と車庫の届出内容と現況、車両の増減が届け出られているか、選任の届出と実際の担当者が一致しているか、そして休憩や睡眠の施設が要件を満たしているか。
是正には時間がかかることがあります。承継の話が具体化する前に着手してください。
付随する許認可を取りこぼさない
忘れやすい手続きの一覧に、倉庫業の登録や利用運送の登録を挙げました。この取りこぼしは実際に起きます。
理由は、根拠となる制度も所管も違うからです。運送事業の手続きを進めているうちに、別の制度のことが意識から外れます。しかも、日常の営業では別々に扱っているので、一体で考える習慣がありません。
だから、保有している許認可の一覧を先に作ってください。運送事業、利用運送、倉庫業、廃棄物の収集運搬、そして自治体ごとの登録。長く営業している会社ほど、本人も把握しきれていないことがあります。
手がかりは、決算書の勘定科目、取引先との契約書、過去の届出の控え、そして更新の通知です。年に一度届く通知から、忘れていた許認可が見つかることがあります。
一覧ができたら、それぞれについて株式を譲る場合の扱いを所管に確認します。多くは届出で足りるはずですが、制度によって異なります。確認せずに進めると、後から手続きの漏れが判明します。
安全性の評価に関する認定の扱い
認定を受けている場合、承継時の扱いを確認しておいてください。荷主との取引条件に関わることがあります。
荷主によっては、この認定を委託先の条件にしている場合があります。認定が失われれば、取引にも影響が出ます。
だから、株式を譲る場合にどうなるのか、商号を変える場合にどうなるのかを、認定の実施機関に確認してください。手続きが必要なら、その期間も日程に織り込みます。
そして、認定を維持するための条件も確認しておいてください。評価の項目には、記録の整備や教育の実施が含まれます。体制が変わることで維持できなくなる項目がないかを見ておくと、後で慌てずに済みます。
実行の後に落ち着くまで
手続きの一覧を作っても、実行の直後は想定外のことが起きます。備えておくべき点を挙げておきます。
まず、支払いが止まることがあります。口座の名義や印鑑の変更が済むまでの間、いつもの手順で払えない場面が出ます。給与、燃料、リース。止まると現場が困るので、切り替えの時期と方法を先に金融機関と詰めておいてください。
次に、問い合わせが増えます。荷主から、協力会社から、そして社内から。誰が答えるのかを決めておかないと、その都度違う答えが返ります。
そして、記録の担当が変わる場合、記録が途切れることがあります。点呼、日報、整備。引き継ぎの前後で様式や運用が変わると、後から見たときに連続性が失われます。
これらは、実行の日を決めるときに繁忙期を避けるだけでも、かなり軽くなります。日程の設計は、認可や登記の期限だけで決めるものではありません。
まとめ
株式譲渡では許可はそのまま残りますが、役員変更に伴う登記と届出、運行管理者・整備管理者の扱い、そして多数の名義変更が発生します。個人保証は自動では外れません。クロージングの1か月前にリストを作り、誰がいつ出すかまで決めておいてください。
※ 本記事は一般的な考え方を整理したものです。許認可の具体的な取扱い・必要書類・審査期間は、法令の改正や管轄行政庁の運用によって異なります。実際の手続きにあたっては、必ず管轄の運輸支局等および専門家にご確認ください。