役員登用は「試す」ための段階
社内承継の打診でよくある失敗は、いきなり「会社を継いでほしい」と切り出すことです。相手からすれば、経営の実態も分からないまま数千万円の話をされることになります。
役員登用は、その前段として機能します。会社の全体像を見せ、経営の判断を経験させ、そのうえでお互いに適性を確かめる。この期間があると、後の話が具体的になります。
役員に上げると何が変わるのか
見える情報が変わる
取締役になると、決算の全体、借入の状況、役員報酬、取引先ごとの採算といった情報に触れることになります。これまで製造だけを見ていた人が、初めて会社全体を見ることになります。
ここで「思っていたより厳しい」と感じる人もいれば、「自分ならこう変える」と考える人もいます。どちらの反応が出るかが、そのまま適性の判断材料になります。
責任の重さが変わる
取締役は会社に対して善管注意義務を負い、従業員とは法的な立場が異なります。労働者としての保護も原則として外れます。ここは本人に正確に説明しておく必要があります。
社内での見え方が変わる
同僚だった人が役員になることで、他の従業員の見方が変わります。これは良い面と難しい面の両方があります。将来の承継を見据えるなら、早めにこの段階を通しておくほうが摩擦は小さくなります。
誰を上げるか
食品工場で候補になりやすいのは、工場長、製造部長、品質管理責任者、営業責任者です。判断の材料は次のとおりです。
- 自分の担当外の数字にも関心を持っているか
- 都合の悪い報告を自分から上げてくるか
- 部下に任せられるか(自分で抱え込まないか)
- 取引先に対して「できません」と言えるか
製造の腕と経営の適性は別物です。いちばん腕のよい職人が、いちばんよい経営者とは限りません。判断の観点は後継者を誰にするかで詳しく扱っています。
複数人を上げるという選択
候補が1人に絞れない場合、2〜3人を同時に役員に上げるという方法があります。全員に経営の数字を見せ、判断を経験させたうえで選ぶ形です。
ただし、選ばれなかった人への処遇を先に考えておく必要があります。ここを準備せずに進めると、選定後に離職を招きます。役員として残ってもらう、担当領域の責任者として処遇する、株式の一部を持ってもらうなど、複数の形があります。
役員に上げるときの実務
- 株主総会の決議と、就任の登記が必要です
- 雇用保険の被保険者資格など、社会保険の扱いが変わる場合があります(使用人兼務役員となる場合は取扱いが異なります)
- 役員報酬は定期同額給与などの要件を満たさないと損金算入できません
- 就業規則の適用外となるため、労働条件に関する整理が必要です
特に2番目と3番目は、本人の手取りに直接影響します。事前に説明しておかないと、就任後に不満が出ます。
この段階のあとに
役員として1〜3年経験させたうえで、正式に承継の打診をします。このとき、資金と保証の設計案を作ってから持ちかけてください。「あなたの負担はこれ、返済はこう、保証はこうする」という具体案があって初めて、相手は検討できます。
設計の方法は社内承継(MBO)の設計にまとめています。
※ 役員登用に伴う社会保険・税務・労働法上の取扱いは、使用人兼務役員に該当するかなど個別の事情によって異なります。実行にあたっては、社会保険労務士・税理士等の専門家にご確認ください。