なぜ「見て覚えろ」が通用しなくなったのか
かつては、同じ人が同じ工場に20年30年といました。だから時間をかけて覚えることができました。
いま、その前提が崩れています。人材の流動性が上がり、外国人材や短時間勤務の方が現場を支える割合も増えました。10年かけて覚える方式では、覚え終わる前に人が入れ替わります。だから言語化が要るのです。
手順1:何が暗黙知かを特定する
最初にやるのは、リストアップです。「この判断は◯◯さんにしかできない」というものを、工程ごとに書き出します。
典型的には次のようなものです。
- 原料の状態を見て配合や条件を微調整する判断
- 加熱・発酵・熟成の見極め
- 生地・液体の粘度や状態の判断
- 設備の音や振動から異常を察知すること
- 季節や天候に応じた調整
手順2:判断の「きっかけ」を聞き出す
ここが核心です。熟練者に「どう判断しているのか」と聞いても、「なんとなく」「見れば分かる」と返ってきます。本人も意識していないからです。
効果的なのは、具体的な場面を再現して聞く方法です。
- 「今日はいつもと何か違いましたか」
- 「なぜこのタイミングで止めたのですか」
- 「もし止めなかったら、どうなっていましたか」
- 「失敗するときは、どんな兆候がありますか」
特に最後の質問が有効です。失敗の記憶は具体的に語られるため、そこから判断基準が引き出せます。
手順3:数値と五感を対応させる
聞き出した判断を、可能な範囲で数値に置き換えます。
例えば「生地がまとまってきたら」という判断であれば、そのタイミングでミキサーの負荷電流を測る、時間を計る、温度を測る。何回か記録すると、おおよその範囲が見えてきます。
すべてが数値化できるわけではありません。それでも、「5〜7分、生地温度26〜28℃、そのうえで表面のツヤを見る」という形にできれば、経験の浅い人でも近づけます。数値の記録は生産実績の自動収集の仕組みがあると格段に楽になります。
手順4:写真・動画で「正解」を残す
数値にできない部分は、映像で残します。良い状態と悪い状態を並べて撮るのがポイントです。
- 「これがちょうどよい状態」
- 「これは早すぎる」
- 「これは行きすぎ」
3枚並べるだけで、言葉の何倍も伝わります。手元にあるスマートフォンで十分です。
引き継ぐ相手を先に決める
文書や映像を作っても、受け取る人が決まっていなければ技能は移りません。誰が誰から引き継ぐかを名指しで決めることが必要です。
1つの技能に対して2人以上を割り当てるのが理想です。1人だと、その人が辞めたときに元に戻ります。多能工化とスキルマップで、割り当ての管理方法を扱っています。
熟練者の協力をどう得るか
「技を取られる」と感じさせると、協力は得られません。実際、そう感じる方は少なくありません。
有効なのは、教える役割を正式な仕事として位置づけることです。指導手当を付ける、肩書きを与える、勤務時間内に指導の時間を確保する。「技を渡すことが評価される」構造を作れば、進み方が変わります。
定年後の再雇用で指導役として残ってもらうのも、現実的な選択肢です。高齢従業員の活かし方をご覧ください。