前提:粉飾は絶対にしない
最初に確認しておきます。売上の前倒し計上、費用の先送り、在庫の水増し。こうした操作はデューデリジェンスでほぼ確実に見つかります。見つかれば破談になるだけでなく、表明保証違反として後から責任を問われます。
ここで言う「整える」は、正しい処理に直す・分かるように分ける、という意味です。表明保証とは何かもあわせてご覧ください。
車両台帳を作り直す
運送会社の整理は、ここから始めるのが最も効果的です。
- 車番・年式・車格・所有かリースか
- 簿価と、おおよその市場価値
- リースなら残債と満了時期
- 稼働しているか、休車か
台帳・現物・決算書の三つを一致させます。ここが合っていないと、他のすべての説明が信用されません。
使っていない資産を落とす
廃車・売却したのに帳簿に残っている車両、もう使わない設備。除却して実態に合わせます。同時に、遊休の土地や事業に関係のない資産があれば、切り離すか整理するかを検討します。
資産が減ると純資産も減りますが、実態のない資産は買い手に評価されません。それより、資産の中身が明確なほうが評価されます。
減価償却を適正に戻す
償却を止めている場合は、方針を戻します。一時的に利益が減りますが、買い手はどのみち適正償却後で見ます。直近期だけでも適正な状態にしておくと、説明が楽になります。
役員・オーナー関連を切り分ける
買収後には発生しない費用を、はっきり分かる形にします。
- 役員報酬(本人・家族それぞれの金額と実際の稼働)
- 社長個人が使っている車両の費用
- 役員の生命保険料
- 私的な性格の交際費
- 社長所有の不動産への賃料(相場との差)
これらは正常収益力の調整で足し戻されるため、整理して自分から出すほど有利です。可能なら、決算の段階で科目を分けておくと説明が簡単になります。公私混同の解消が最優先である理由で詳しく述べています。
勘定科目を業界の実態に合わせる
運送業の原価は、燃料費・人件費・修繕費・高速代・傭車費・保険料・リース料が中心です。これらが「雑費」や「その他」にまとめられていると、原価構造が読めません。
主要な費目は独立した科目に分けるだけで、決算書の情報量が大きく増えます。
一過性の損益を分かるようにする
- 車両の売却益・売却損
- 補助金収入
- 保険金の受取
- 大口の一時案件
- 事故による特別な損失
これらが営業損益に混ざっていると、本業の力が見えません。特別損益に整理するか、少なくとも金額と内容を一覧にしておいてください。
月次を出せる体制にする
年1回の決算しか出ていない会社は珍しくありません。しかし買い手は月次試算表を必ず求めます。
月次があると、次のことが説明できます。
- 季節による荷量の波
- 燃料価格の変動が利益に与える影響
- 特定の月に利益が落ちた理由
「説明できる」ことが、そのまま信頼になります。顧問税理士に月次の作成を依頼するか、自社で試算表を出す仕組みを作ってください。
未計上の負担を認識する
退職金規程があるのに引当がない、未払残業代の可能性がある、オフバランスのリースがある。隠さず、金額を見積もることが重要です。
把握していれば交渉の準備ができますが、把握していないとDDで初めて出てきて、そこから価格の議論がやり直しになります。
いつから始めるか
整えた決算書が説得力を持つのは、1期だけでなく複数期そうなっているときです。1期だけ急に科目が変わると、かえって疑問を持たれます。
したがって、売却を考え始めたらすぐ着手し、最低でも2期分を整った状態にするのが理想です。直近3期の数字をどう見せるかもご覧ください。
顧問税理士との共有
これらの作業は税理士の協力なしには進みません。「将来の承継や売却も視野に入れているので、実態が見える決算にしたい」と伝えてください。税務上の有利不利と、M&Aでの見え方は必ずしも一致しないため、方針を共有しておくことが大切です。
※ 本記事は一般的な考え方を整理したものです。税務の取扱いは、法令の改正や個別の事情によって異なります。実際の判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご確認ください。
整えるとは何を指すのか
粉飾をしないという前提を置いたうえで、では何をするのかを整理しておきます。三つの作業に分かれます。
ひとつは、正しい処理に直すことです。廃車したのに帳簿に残っている車両を除却する、償却を止めているなら方針を戻す。実態と帳簿を一致させる作業です。
ふたつめは、分かるように分けることです。雑費にまとめられている費用を科目ごとに分ける、一度きりの損益を営業の損益と切り分ける、経営者個人に紐づく費用を識別できる形にする。金額は変わりませんが、読み取れる情報が増えます。
三つめは、見えていない負担を認識することです。退職金の要支給額、未払いの可能性がある残業代、貸借対照表に載っていないリース。数字にして把握する作業です。
いずれも、会社の実態を良く見せる作業ではありません。実態が正しく読める状態にする作業です。この違いは重要で、前者は必ず見破られますが、後者は評価を押し上げます。
車両台帳から始める理由
整理の出発点として車両台帳を挙げたのは、運送会社では車両が資産の中心だからというだけではありません。この作業をすると、他の課題が芋づる式に見えてくるからです。
台帳を作ると、まず現物との不一致が出てきます。既にない車両が残っている、逆に帳簿にない車両がある。次に、リース契約の所在が分からないものが見つかります。そして、稼働していない車両の存在に気づきます。
さらに、車齢を並べれば更新の山が見え、走行距離を並べれば使い方の偏りが見えます。整備の記録を探せば、記録が残っていない期間が分かります。
つまり、車両台帳を作る作業は、資産・負債・投資計画・管理体制の四つを同時に点検することになります。だから、最初にやる価値があります。
作り方は表計算で足ります。車番、車種、初度登録、走行距離、架装、所有かリースか、簿価、おおよその市場価値、リースなら残債と満了時期、そして稼働の状況。この項目を並べれば、必要な情報は揃います。
実態のない資産を落とす判断
資産を落とせば純資産が減ります。数字が悪くなるので、ためらう気持ちが働きます。
ただ、買い手は実態のない資産を評価しません。帳簿に残っていても、現物がなければゼロとして扱われます。だから、残しておいても得はありません。
むしろ、残っていることのほうが不利になります。台帳と現物が合わない会社という印象がつき、他の資料の信頼度まで下がるからです。
除却には税務の扱いが絡むので、税理士と相談してください。時期によっては、その期の損益への影響が大きくなります。計画的に進めるほうが、決算への影響も抑えられます。
遊休の土地や事業に関係のない資産についても、同じ考え方です。買い手にとって不要なものは評価されませんし、維持の費用がかかっているなら、それは収益力を下げています。
償却を戻すときの影響
償却を止めている会社では、戻すと利益が減ります。金融機関との関係を考えると、踏み切りにくい判断です。
ただ、買い手はどのみち適正な償却をした後の数字で見ます。止めていても、その分は差し引かれるということです。だから、数字上の効果はありません。
むしろ、止めていること自体が説明の対象になります。なぜ止めたのか、いつから止めているのか、戻すとどうなるのか。この説明が必要になるくらいなら、戻しておくほうが話が単純になります。
戻す時期については、税理士と相談してください。一度に戻すと影響が大きい場合、段階的に進める方法もあります。少なくとも直近の一期を適正な状態にしておけば、説明が楽になります。
科目を分けるだけで情報量が変わる
勘定科目を実態に合わせるという作業は、地味ですが効果が大きい部類です。
運送業の原価は、燃料、人件費、修繕、高速代、傭車費、保険、リース料が中心です。これらが雑費やその他にまとめられていると、原価の構造が読めません。読めなければ、買い手は保守的に見ます。
分けることで、たとえば傭車費の比率が見えます。比率が高ければ、自社で運ぶ力より手配する力で成り立っている会社だと分かります。修繕費が高ければ、車齢の問題があるかもしれません。
この作業は、自社の経営にもそのまま効きます。どこに費用がかかっているのかが見えれば、改善の手がかりになります。承継の準備というより、経営の可視化として位置づけてください。
ただし、期の途中で科目を変えると前期との比較ができなくなります。変更する場合は、過去の期についても組み替えた数字を用意しておくと、推移が示せます。
一度きりの損益を切り分ける
車両の売却による損益、補助を受けた収入、保険金の受取、大口の一時案件、事故による特別な損失。これらが営業の損益に混ざっていると、本業の実力が見えません。
切り分けの方法は二つあります。ひとつは、決算の段階で特別損益として整理すること。もうひとつは、混ざったままでも、金額と内容を一覧にしておくことです。
後者でも実務上は足ります。「この期の営業利益には車両の売却益が含まれています」と一覧で示せれば、買い手は調整して見ます。
大事なのは、こちらから示すことです。指摘されてから説明すると、他にも混ざっているのではないかと疑われます。
月次を出せない会社の始め方
年に一度の決算しか出ていない会社は珍しくありません。ただ、買い手は必ず月次を求めます。
いきなり完璧な月次を作る必要はありません。まず、売上と主要な費用だけを月ごとに拾うところから始めてください。売上、燃料費、人件費、傭車費、リース料。この五つが月別に出れば、推移の輪郭は見えます。
そのうえで、顧問税理士に月次の処理を依頼するかを検討します。費用は増えますが、承継の場面だけでなく日常の判断にも効きます。荷主との条件を交渉するにも、月ごとの数字が要ります。
そして、月次の締めがどれくらい遅れるかも把握しておいてください。翌月の何日ごろに数字が固まるのか。相手に伝えるときに、いつ時点の数字かを明示できると、混乱がありません。
二期分そろえる理由
一期だけ急に科目が変わると疑問を持たれるという点を補足します。
買い手からすれば、直前に整えた数字は「見せるために作った数字」に見えます。平常時の姿かどうかが判別できません。
二期分あれば、それが継続している状態だと分かります。三期分あれば、推移として読めます。
だから、着手は早いほど有利です。整理そのものに一年、実績を作るのに一年、そこから動き出すのに一年。引退の時期から逆算すると、少なくとも三年前には始めておきたいところです。
時間が足りない場合でも、着手しないよりは着手したほうが良いことに変わりはありません。「今期から整理を始めており、これが分離後の姿です」という説明ができれば、方向は伝わります。
税理士との方針合わせ
この作業は税理士の協力なしには進みません。ただ、伝え方には少し工夫が要ります。
税務の観点では、利益を抑える処理が選ばれることがあります。一方、譲渡の場面では、実際の収益力が見える形のほうが有利です。この二つは必ずしも一致しません。
だから、方針を先に共有してください。「将来の承継や譲渡も視野に入れているので、実態が見える決算にしたい」。この一言があるかないかで、提案される処理が変わります。
そして、譲渡を検討していることを伏せたい場合は、経営の可視化として伝えれば足ります。数字を正しく把握したい、原価の構造を見えるようにしたい。理由としては十分です。
顧問税理士が譲渡の実務に慣れていない場合もあります。その場合は、詳しい人を紹介してもらうか、別に相談先を持つ形でも構いません。日常の記帳と、譲渡の設計は、別の専門性です。
整えた結果を自分でも使う
ここまでの作業は譲渡の準備として説明してきましたが、出来上がった決算書はまず経営者自身が使うものです。
原価の科目が分かれていれば、どの費用が増えているかが見えます。一度きりの損益が切り分けられていれば、本業の推移が読めます。月次があれば、季節の波と燃料の影響が分かります。
この状態になって初めて、荷主ごとの採算も、車両ごとの収支も、意味のある数字になります。値上げの交渉も、取引の見直しも、ここから始まります。
つまり、決算書を整えることは、経営の道具を作り直す作業です。譲渡を選ばなくても効くというのは、この意味です。