よくあるパターン
- 社長個人の乗用車を会社名義で保有し、経費で維持している
- 家族が実態のない役員・従業員として給与を受けている
- 個人の生命保険を会社で契約している
- 自宅の光熱費や通信費が会社経費に混じっている
- 個人所有の土地を会社に貸し、相場と乖離した賃料を受け取っている
- 会社から社長への貸付金が長年残ったままになっている
いずれも中小企業では珍しくありません。問題は違法性ではなく、会社の本当の収益力が読めなくなることです。
なぜ評価が下がるのか
買い手は、公私混同がある決算書を「調整」して見ます。個人的な経費を戻して利益を再計算するわけですが、どこまでが個人的支出か分からない部分は、保守的に扱われます。
つまり、実際には利益が出ているのに、それが評価に反映されない。これが最大の損失です。
加えて、公私混同が多い会社は「管理が緩い」という印象を与え、労務や許認可の管理も疑われます。心証面での影響も無視できません。
解消の手順
- 洗い出す:総勘定元帳を見て、事業に関係のない支出を特定する
- 分類する:すぐ止められるもの、契約変更が必要なもの、時間がかかるものに分ける
- 止める・移す:個人負担に切り替える、または個人へ売却する
- 役員報酬に一本化する:必要な分は報酬として受け取る形に整理する
- 1期分の決算を通す:分離後の数字で1年間の実績をつくる
5が重要です。分離後の決算が1期あるかどうかで、説明のしやすさがまったく違います。
個人所有の車庫・倉庫
運送業では、車庫や倉庫の土地を経営者個人が所有し、会社に貸しているケースがよくあります。この場合、次を整えます。
- 賃貸借契約書を作成し、期間と賃料を明記する
- 賃料を近隣相場と大きく乖離しない水準にする
- 承継後も継続して使えるよう、契約の安定性を確保する
買い手にとって、拠点が使い続けられるかは死活問題です。口約束の使用は必ず論点になります。
社長への貸付金
会社から社長への貸付金が残っていると、買い手はそれを資産として評価しません(回収可能性が読めないため)。承継の前に、返済するか、退職金と相殺するなどの整理を検討します。
金融機関との関係でも効く
公私の分離は、経営者保証の見直しを協議する際の前提条件のひとつでもあります。承継の準備と保証の見直しが、同じ作業で前に進みます。
いつから始めるか
早いほど有利です。直前に慌てて整理すると、その期だけ利益が急増して不自然に見えます。引退の3年前には着手しておきたいところです。
なぜ混ざってしまうのか
公私が混ざるのは、経営者の怠慢というより、中小企業の成り立ちに由来します。自分の資産を投じて始めた事業では、会社と個人の境目がもともと曖昧です。自宅を担保に入れ、個人の預金で運転資金をつなぎ、家族に手伝ってもらう。この延長で何十年も続けば、線が引かれないまま残ります。
だから、整理の作業を「悪いことを正す」という構えで始めると、当事者も家族も身構えます。そうではなく、会社の実力を正しく見えるようにする作業だと位置づけてください。実際、そのとおりです。
もうひとつ理解しておきたいのが、混ざっていることで損をしているのは経営者自身だという点です。実際には利益が出ているのに、決算書からはそう読めない。金融機関の評価も、譲渡の際の評価も、実力より低く出ます。整理は自分のための作業です。
洗い出しは元帳から
手順の最初に総勘定元帳を見ると書きましたが、どこを見ればよいかを具体的にしておきます。
まず、金額の大きい費用の科目から順に開いてください。運送会社であれば、燃料費、修繕費、保険料、地代家賃、旅費交通費、交際費、支払手数料。ここに事業と関係のない支出が紛れていることが多くあります。
次に、頻度で見ます。毎月同じ額が出ている項目は、契約に基づく支出です。その契約が会社のものか個人のものかを確認します。保険、通信、車両のリース、会費。個人の契約が会社から払われていることがあります。
そして、貸借対照表の側も見ます。仮払金、立替金、役員貸付金。何年も動いていない残高があれば、その中身を確認してください。誰も覚えていないという場合もあります。
この作業は顧問税理士と一緒に進めるのが早道です。日常の記帳をしている立場なので、どこに何があるかを把握しています。
すぐ止められるものから片づける
洗い出した項目を三つに分けると書きましたが、それぞれの進め方が違います。
すぐ止められるのは、単純な費用の付け替えです。個人の通信費、自宅の光熱費、私的な会食。来月から個人の負担に切り替えるだけで済みます。金額は小さくても、件数が多いと決算書の見え方が変わります。
契約の変更が要るのは、名義が会社になっているものです。保険、車両、通信の契約。個人に移すか、解約するか、会社の契約として残すかを決め、手続きを進めます。解約のタイミングによっては違約金が出ることもあるので、期限を確認したうえで判断してください。
時間がかかるのは、不動産と貸付金です。どちらも税務の扱いが絡み、金額も大きくなります。税理士と相談しながら、数か月から年単位で進める前提で組み立ててください。
家族の給与をどう整理するか
家族が役員や従業員として給与を受けている場合、扱いが難しくなります。実際に働いている人もいれば、名目だけの人もいるからです。
まず、それぞれが何をしているかを書き出してください。経理、労務、電話対応、来客、書類の作成。実際の業務があるなら、それに見合った報酬に調整します。相場から離れて高すぎる場合も、逆に無償に近い場合も、どちらも整理の対象です。
業務の実態がない場合は、整理せざるを得ません。ここは家族の感情が絡む部分なので、なぜ必要なのかを説明したうえで進めてください。会社の実力を正しく見せるためであり、その結果として評価が上がるという説明です。
あわせて、退職金や社会保険の扱いも確認しておきます。長年在籍していた家族が退く場合、そのときの扱いを設計しておかないと、後で慌てます。
不動産の賃貸借を整える
車庫や倉庫の土地が経営者個人の名義になっているのは、運送会社では珍しくありません。整えるべき点を具体的にしておきます。
まず、契約書を作ることです。当事者、対象となる土地建物、期間、賃料、更新の条件、原状回復の範囲。この程度が書かれていれば足ります。専門家に見てもらうのが望ましいところです。
次に、賃料の水準です。相場から大きく離れていると、税務上の論点にもなりますし、会社の損益も実態から離れます。近隣の相場を確認したうえで、無理のない水準に調整してください。急に大きく変えると別の問題が出るので、段階的に直す方法もあります。
そして、承継後も使い続けられる形にすることです。買い手にとって、拠点が使えるかどうかは事業が続くかどうかそのものです。期間が短く、更新が貸主の判断次第という状態だと、不安が残ります。長期の契約にするか、あるいは不動産ごと譲る形にするか。どちらを選ぶかは、税の扱いも含めて検討してください。
貸付金の整理
会社から経営者への貸付金は、譲渡の場面でとくに扱いにくい項目です。買い手からすれば、回収できるかどうか分からない資産だからです。多くの場合、価値のないものとして扱われます。
整理の方法はいくつかあります。現金で返済する、退職金と相殺する、保有している資産を会社に譲渡して充てる。どれを選ぶかで税の扱いが変わるので、必ず税理士と検討してください。
金額が大きい場合、一度には片づきません。数年かけて減らしていく計画を立て、実際に減っていることを示せる状態にしておくのが現実的です。
逆に、経営者から会社への貸付が残っている場合もあります。この場合は、譲渡の際にどう扱うかを条件として決めることになります。返済を受けるのか、放棄するのか、譲渡の対価に含めるのか。これも早めに整理しておいてください。
一期通すことの意味
分離した後の決算を一期通しておくことが重要だと書きましたが、その理由を補足します。
分離の直前に慌てて整理すると、その期だけ利益が急に増えます。数字としては良く見えますが、説明が難しくなります。なぜ急に増えたのか、来期も続くのか、一時的な要因ではないのか。買い手も金融機関も、そこを問います。
一期分の実績があれば、この説明が要りません。「整理した結果、これが平常時の姿です」と言い切れます。二期分あれば、なお確かです。
だから、着手は早いほうがよいということになります。引退の時期から逆算して、少なくとも三年前には始めておきたいところです。整理そのものに一年、実績を作るのに一年、そこから動き出すのに一年という配分です。
整理が他の準備を動かす
公私の分離が最も費用対効果の高い磨き上げだというのは、この作業が他の準備の土台になるからです。
会社の実際の利益が見えれば、荷主ごとの採算も、車両ごとの収支も、正しく計算できるようになります。どこを改善すべきかが分かります。
金融機関との関係でも効きます。会社と個人が分かれていることは、経営者保証の扱いを協議する際に見られる要素のひとつです。承継の準備と保証の見直しが、同じ作業で前に進みます。
そして、後継者に会社を説明できるようになります。数字が実態を映していなければ、継ぐかどうかの判断材料になりません。継がせる道でも、譲る道でも、続ける道でも、ここから始まります。
整理で手取りが減るわけではない
個人的な支出を会社から出すのをやめると、その分だけ手元の資金が減るように感じます。これが、整理に踏み切れない実務的な理由になっていることがあります。
ただ、必要な分は役員報酬として受け取る形に一本化すれば、生活そのものは変わりません。変わるのは、会社の費用として処理していたものが、個人の所得を経由する形になることです。
税と社会保険の負担は変わりますし、有利不利は金額や状況によります。だからこそ、整理の計画を立てる段階で税理士に試算してもらってください。「整理すると損をする」と感覚で決めつけるのではなく、数字で確かめる。試算してみたら思ったほど変わらなかった、ということも実際にあります。
そして、その負担の差と、会社の評価が上がることを比べてください。譲渡の場面では、調整されずに済んだ利益が価格に反映されます。金融機関の見方も変わります。長い目で見れば、整理したほうが有利になる場合が多くあります。
整理しないまま進めたときに起きること
実際に何が起きるかを具体的にしておきます。まず、調査の場面で必ず指摘されます。元帳を見れば分かることなので、隠しようがありません。
指摘されたときの対応で、その後が変わります。こちらから先に整理して説明していれば、単なる調整項目として処理されます。指摘されてから説明すると、他に何か隠していないかという目で見られます。管理の緩い会社という印象がつくと、労務や許認可の確認も厳しくなります。
数字の面でも不利になります。どこまでが個人的な支出か判別できない部分は、保守的に扱われます。実際には事業に必要な費用でも、説明できなければ個人的なものとして扱われかねません。
そして、交渉の時間が延びます。資料の追加を求められ、説明を重ね、そのたびに日程が後ろにずれる。時間が延びること自体が、情報漏えいの危険を高めます。
混ざらない仕組みを残す
一度整理しても、仕組みがなければ数年で元に戻ります。整理と同時に、これから混ざらない形を作ってください。
基本は、経費の承認を一人で完結させないことです。社長が使った経費を社長が承認する形だと、線は引かれません。金額の小さいものでも、経理の担当者が内容を確認する運用にします。
あわせて、支払いの経路を分けます。会社の口座とカードは会社の支出だけに使い、個人の支出は個人のものから出す。単純ですが、これが徹底されている会社とそうでない会社では、数年後の姿がまったく違います。
そして、年に一度は点検してください。決算のタイミングで、事業に関係のない支出が入っていないかを税理士と一緒に確認する。習慣にしてしまえば、負担にはなりません。
まとめ
公私の分離は、地味ですが最も費用対効果の高い磨き上げです。洗い出して、止めて、報酬に一本化し、1期通す。これだけで会社の見え方が変わります。
顧問税理士と連携しながら進める方法をご提案します。