退職金が持つ意味
- 社長にとって:引退後の生活資金(引退後の生活資金の考え方)
- 会社にとって:損金として計上できる(要件を満たす場合)
- M&Aにおいて:譲渡代金との配分で手取りが変わる
- 承継において:先代への報酬であり、区切りでもある
この四つのうち、社長本人にとっての意味がいちばん実感しやすいでしょう。引退後の生活は、この退職金と年金、そして個人の資産で支えることになります。だから、金額を決めるときは税務の話より先に、いくら必要かを考える必要があります。
必要額を出すには、引退後の生活費を月あたりで見積もり、それが何年続くかを掛けます。そこに、住まいの修繕や医療の費用といった大きな支出を足す。おおまかで構いませんが、この数字がないと退職金の水準も決められません。
区切りとしての意味も、軽く見ないほうがよいでしょう。退職金を受け取るということは、経営から手を引くということです。金額の話だけでなく、いつ渡し、いつ引くのかを合わせて決めることに意味があります。
金額の考え方
実務では、次のような考え方が用いられることがあります。
最終報酬月額 × 在任年数 × 功績倍率
- 最終報酬月額:退任時の役員報酬
- 在任年数:役員として在任した期間
- 功績倍率:役職や貢献度に応じた係数
倍率の水準は、会社の規模・業種・役職によって判断されます。 具体的な数値は個別の判断になるため、必ず税理士に確認してください。
この式を使うときに気をつけたいのは、最終報酬月額が実態に見合っていることです。長年低い報酬で来た会社が、退職の前に急に上げると、その部分が問題になり得ます。だから、報酬の水準は普段から実態に合わせておく必要があります。
在任年数については、いつから役員だったかを書類で示せるようにしておいてください。登記の記録があれば確認できますが、途中で役職が変わっている場合は経緯も整理しておくと確実です。
倍率の水準は個別の判断になるため、ここで数字を挙げることはできません。自社の場合にどう考えるかは、会社の規模と社長の役割を踏まえて、税理士に確認してください。
「不相当に高額」とされないために
退職金が過大と判断されると、その部分は損金に算入できません。判断の材料は次のような点です。
- 在任年数
- 退職の事情
- 同規模・同業他社の水準
- 最終報酬月額が実態に見合っているか
退職の直前に役員報酬を大幅に引き上げると、問題になることがあります。設計は数年前から考えてください。
数年前から考えるべき理由は、報酬の水準を実態に合わせるのに時間がかかるからです。急に上げれば不自然に見えますが、数年かけて職務に見合った水準にしていけば、経緯として説明できます。
あわせて、その間の職務の記録も残しておく価値があります。どういう役割を担い、どういう判断をしてきたか。役員としての貢献を説明できる材料があると、金額の根拠も強くなります。
他社の水準との比較については、自社で調べるのは難しい部分です。税理士は同業や同規模の事例を見ている立場なので、自社の水準がどう見えるかを聞いてみてください。
手続き
- 退職金規程を確認する:役員退職慰労金規程があるか
- 株主総会の決議:金額または算定基準を決議する
- 取締役会等での決定:具体的な金額・時期・方法
- 議事録を残す
- 支給
規程がない場合、この機会に整備することも検討してください。規程があると、算定の根拠が明確になります。
議事録を残すことは、形式のようでいて実務上の意味があります。後から支給の経緯を確認されたとき、示せるのは議事録だけです。日付、出席者、決議の内容。これが揃っていなければ、正しく手続きしたことを説明できません。
あわせて、決議の前提となった資料も残しておいてください。算定の根拠となる計算、規程の該当箇所。これらが揃っていると、後から見たときに経緯がたどれます。
支給の時期
M&Aの場合、クロージング前に支給するか、後にするかが論点になります。
| 時期 | 特徴 |
|---|---|
| クロージング前 | 会社の資金で支給。純資産が減るため、価格に影響する |
| クロージング後 | 買い手の同意が必要。最終契約に定める |
いずれにせよ、最終契約で明確に定めてください。 口約束のままだと、後で支給されないことがあります。最終契約書の主要条項、条件交渉で譲れない点の決め方をご覧ください。
この論点が難しいのは、支給の時期によって会社の純資産が変わり、それが譲渡の価格に影響するからです。前に支給すれば会社の資金が減り、その分だけ会社の価値も下がります。だから、価格の交渉と切り離せません。
売り手としては、総額でいくら手元に残るかで判断することになります。譲渡代金が高くても退職金がなければ、手取りは変わらないかもしれません。両方を合わせた総額と、そこから引かれる税負担を並べて見る必要があります。
後に支給する場合は、買い手の同意が前提になります。会社の資金から支払うことになるため、買い手にとっては買った後の会社から出ていく金額です。だから、契約の段階で明確に定めておかないと、後で支給されないことがあります。
口約束は避けてください。承継の場面では、話した相手が後に会社にいないこともあります。書面に残すことが、確実に受け取るための条件です。
譲渡代金との配分
社長が会社から受け取る総額を、株式譲渡代金と退職金にどう配分するかで手取りが変わります。
- それぞれ課税の仕組みが異なる
- 退職金は会社の損金になるため、会社側の税負担にも影響する
- 買い手にとっても関心事になる
複数のパターンで試算してもらってください。手取りを最大化するための順序、株式譲渡益課税の基本をご覧ください。
※ 本記事は一般的な考え方を整理したものです。税務の取扱いは、法令の改正や個別の事情によって異なります。実際の判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご確認ください。
会社の資金
退職金を支給するには、会社に資金が必要です。
- 手元資金で払えるか
- 保険の解約返戻金を充てるか(保険の活用と解約返戻金)
- 分割支給にするか
- 借入で賄うか
資金の手当てを先に確認してください。「規程では◯円だが、払える資金がない」という事態は実際にあります。
保険の活用
役員向けの保険を退職金の原資として積み立てている会社があります。
- 解約返戻金の額と、ピークの時期
- 解約のタイミングと退職金の支給時期を合わせる
- 税務上の取扱い
保険の設計は数年前から考える必要があります。保険の活用と解約返戻金をご覧ください。
親族内承継の場合
株式を渡すため、譲渡代金は入りません。退職金が主な収入源になります。
- 会社に支給できる資金があるか
- 支給後の会社の財務が悪化しないか
- 後継者の負担にならないか
会社の体力を超えた退職金は、後継者を苦しめます。 分割支給や、金額の調整も検討してください。
この場面でいちばん多い誤りは、規程にある金額をそのまま支給しようとすることです。規程は退職金を計算する基準であって、会社の支払い能力を保証するものではありません。
だから、支給する前に会社の資金繰りを確認してください。支給した後に、運転資金がどれだけ残るか。車両の更新や借入の返済に支障が出ないか。この確認をせずに支給すると、後継者が資金繰りに苦しむことになります。
分割して支給する方法もあります。一度に払えなくても、数年かけて払えば会社の負担は分散します。ただし、分割の場合は税務上の扱いが変わることがあるため、税理士に確認したうえで設計してください。
金額を抑えるという判断もあり得ます。先代の生活が個人の資産で成り立つなら、会社から取る金額を減らすことで後継者の負担が軽くなります。会社を残すことを優先するなら、この選択も検討する価値があります。
配偶者・役員親族の退職金
配偶者や親族が役員になっている場合、その退職金も設計に含められます。
- 実際の職務内容に見合った水準か
- 在任年数
- 名目だけの役員でないか
配偶者が役員の場合の承継設計をご覧ください。
ここで問われるのは、実際に職務を担っていたかどうかです。名目だけの役員に支給すると、その部分が問題になり得ます。逆に、実際に経理や労務を担ってきたのであれば、それに見合った支給には根拠があります。
だから、日頃から職務の実態を記録しておく価値があります。どういう業務を担い、どれだけの時間を使っていたか。改まった記録でなくても、業務の分担がわかる資料があれば材料になります。
相続との関係
社長が在任中に亡くなった場合、死亡退職金が支給されることがあります。相続税の扱いが異なるため、税理士に確認してください。
また、規程がないと支給の根拠が曖昧になります。規程の整備は、相続への備えでもあります。相続・自社株対策の完全ガイドをご覧ください。
規程がない会社はどうするか
役員の退職金についての規程がない会社は珍しくありません。作らないまま来て、いざ退職の話になって困るという流れです。
規程がないと、支給の根拠が曖昧になります。株主総会の決議だけで決めることもできますが、金額の妥当性を説明する材料が弱くなります。特に、社長が在任中に亡くなった場合、規程がなければ支給するかどうかから議論になります。
だから、退職の予定がなくても整備しておく価値があります。作るときは、算定の考え方、対象となる役員の範囲、支給の時期と方法を定めることになります。文面の作成は、税理士と社会保険労務士に確認しながら進めてください。
すでに退職の話が具体化している段階で作ると、その退職のために作ったと見られる可能性があります。だから、時期としても早いほうが無難です。
支給資金をどう確保するか
「規程では計算できるが、払える資金がない」という状態は実際に起こります。だから、金額を決める前に資金の見通しを確認する必要があります。
確認するのは三点です。今の手元資金でいくら払えるか。保険などの積み立てからいくら出せるか。残りを分割や借入で賄えるか。この三つを足して、必要な金額に届くかを見ます。
足りない場合、金額を調整するか、時期をずらすか、分割にするかの判断になります。どれを選ぶにしても、早く気づけば選択肢があります。退職の直前に気づくと、選べません。
保険を原資にする場合は、解約の時期と支給の時期を合わせる必要があります。ずれると、受け取った資金が別の用途に消えたり、税務上の扱いが想定と変わったりします。契約の内容と時期は、代理店と税理士の両方に確認してください。
先代が退いた後の関わり方
退職金を受け取ることは、経営から退くことを意味します。しかし実際には、退いた後も会社に関わり続ける例が多くあります。荷主との関係、金融機関との関係、現場の相談。
この関わり方をどうするかは、退職金の話と一緒に決めておくべきです。何の役職も持たずに口を出す状態が続くと、後継者が動けなくなります。逆に、まったく関わらないと、引き継ぎが不十分なまま終わります。
実務的には、期間と役割を決める形が取られます。一定期間は相談役として関わり、その後は完全に退く。関わる範囲も、荷主への同行までとするなど具体的に決めておくと、双方が迷いません。
報酬を伴う形で残る場合は、退職金の扱いに影響することがあります。実質的に退職したと言えるかどうかが問われるためです。この点は税理士に確認してから決めてください。
設計を始める時期
ここまで見てきたとおり、退職金の設計には数年が要ります。報酬の水準を整えるのに時間がかかり、資金を積むのにも時間がかかり、規程を整えるのにも準備が要ります。
だから、引退の時期が決まっていなくても、検討は始められます。むしろ、決まっていない段階で選択肢を作っておくほうが、後の判断が自由になります。
始め方としては、税理士に現状での試算を依頼するところからです。今の報酬と在任年数で計算するとどうなるか、会社の資金でいくら払えるか。この二つがわかれば、何が足りないかが見えます。
税務の取扱いは改正されることがあり、判断も個別の事情によって変わります。定期的に確認しながら、少しずつ整えていってください。
まとめ
役員退職金は、最終報酬月額 × 在任年数 × 功績倍率という考え方で設計されます。退職直前の報酬引き上げは問題になり得るため、数年前から検討してください。M&Aでは譲渡代金との配分で手取りが変わるので、複数パターンで試算を。会社の支給資金の手当ても先に確認してください。