表明保証の仕組み
買い手は、会社の中身を完全には調べきれません。デューデリジェンスにも時間と範囲の限界があります。そこで、調べきれない部分は売り手の言葉を信じる代わりに、それが嘘だったら補償してもらう、という約束をします。これが表明保証です。
「保証」という言葉が付きますが、事業の将来を保証するものではありません。契約時点の事実についての表明です。売却後に業績が落ちても、それ自体は表明保証違反にはなりません。
典型的な表明保証の項目
- 会社が適法に設立され、存続していること
- 株式が売り手のもので、担保などが付いていないこと
- 計算書類が実態を正しく表していること
- 開示した以外に簿外債務がないこと
- 重要な契約に違反していないこと
- 法令を遵守していること
- 係争・紛争が開示したもの以外にないこと
- 労務に関する未払いがないこと
運送会社で問題になりやすい項目
1. 未払残業代
最も多い論点です。労働時間の記録が不十分な会社では、後から請求が出る可能性が残ります。DDの段階で判明していれば価格に織り込めますが、隠していた場合は表明保証違反になります。
2. 車両・許認可の実態との乖離
届出上の営業所・車庫と実際の使用場所が違う、選任している運行管理者が実際には常駐していない。こうした状態は「法令遵守」の表明に触れます。
3. 事故と保険
処理中の事故、保険でカバーされない賠償。開示漏れが起きやすい領域です。
4. 荷主との条件
契約書にない口頭の約束(一定量の保証、値引きの継続など)。書面がないぶん、後から出てくると問題になります。
5. 名義株・株式の帰属
株式に関する表明は最も重い部類です。買った株が本当に売り手のものでなければ、取引の前提が崩れます。
違反したらどうなるか
買い手は補償請求を行います。実務上は次の形が一般的です。
- 金銭で損害を補填する
- 売買代金の一部を一定期間預け(エスクロー)、そこから充当する
- 代金の一部を後払いにし、相殺する
売り手にとっては、受け取ったはずのお金が後から減るということです。だからこそ、範囲と期間の交渉が重要になります。
売り手が交渉すべき四つの点
1. 補償の上限
無制限ではなく、譲渡代金の一定割合を上限とするのが一般的です。上限がない契約は避けてください。
2. 補償の期間
いつまで責任を負うか。項目ごとに期間を分けることもあります(税務・労務は長め、その他は短めなど)。
3. 下限(デミニマス)
少額の指摘まで請求されないよう、一定額以下は対象外とする定めを入れます。
4. 「知る限り」の限定
「売り手の知る限り」という限定を付けられれば、知らなかった事実についての責任を外せます。ただし買い手は嫌がる条件なので、項目を絞って交渉します。
最大の防御は「先に出す」こと
表明保証には、開示した事項は対象外という扱いが伴うのが通常です。つまり、問題を先に伝えて契約書の別紙(ディスクロージャー・スケジュール)に書いておけば、その点で後から責任を問われません。
「言わないほうが得」ではなく、「言ったほうが安全」という構造になっています。未払残業代も、事故も、荷主との口頭の約束も、価格交渉で不利になっても開示してください。M&Aが途中で止まる理由で触れたとおり、後出しは破談の主因でもあります。
表明保証保険
近年は、表明保証違反の補償を保険でカバーする商品もあります。ただし一定以上の規模の案件で使われるもので、中小の運送会社では対象になりにくいのが実情です。仲介・アドバイザーに、案件規模で使えるかを確認してください。
なぜこの条項があるのか
買い手は、限られた期間の調査で会社のすべてを把握することはできません。書類を見て、質問をして、現地を確認しても、見えない部分は残ります。その見えない部分について、売り手に「間違いない」と言ってもらう。これが表明保証の役割です。
言い換えれば、調査で確かめきれないリスクを、売り手と買い手のどちらが負うのかを決める条項です。範囲が広ければ売り手が多くを負い、狭ければ買い手が負います。交渉の余地があるのは、この配分だからです。
したがって、この条項を「疑われている」と受け取る必要はありません。どの案件にも入る標準的な仕組みであり、問題は中身の範囲です。
「知る限り」という限定の意味
表明保証の条項には、「売り手の知る限り」という限定が付くものと付かないものがあります。この一言があるかないかで、負担はまったく違います。
限定がなければ、売り手が知らなかった事実についても責任を負います。たとえば、前任の担当者の時代に交わされた契約に問題があった場合、社長が知らなくても違反になり得ます。限定があれば、知っていたかどうかが問われます。
すべての条項に限定を付けられるわけではありません。株式が自分のものであることや、会社が適法に存続していることは、知る知らないの問題ではないからです。一方、他社との契約に違反がないこと、係争がないことといった項目については、限定を求める余地があります。
契約書を読むときは、どの条項に限定が付いているかを一覧にしてみてください。付いていない条項が、そのまま自分の負うリスクの範囲になります。
運送会社で焦点になる項目
業種によって、問題になりやすい項目は変わります。運送会社では、次の三つに集中します。
一つ目は、労務に関する未払いがないことです。労働時間の記録に不備がある会社で、この項目に無条件で保証すると、後から請求が来たときに補償の対象になります。是正の状況と影響額の見通しを開示し、その範囲を除外する形にしておくのが現実的です。
二つ目は、許可が有効に維持され、取消しの事由がないことです。営業所や車庫の届出と実態が食い違っている、運行管理者の選任が届出どおりでない。こうした点は、調査で確認されますが、細部まで見切れないことがあります。
三つ目は、簿外債務がないことです。リースの残債、個人保証、退職金の引当不足。決算書に載っていないものを、自分で洗い出して開示しておく必要があります。
開示が防御になる仕組み
表明保証には、「開示した事項を除く」という扱いが付くのが一般的です。開示の内容は、別紙として契約書に添付されます。この別紙に書いてある事項については、後から違反を問われません。
つまり、把握している課題を書き出して別紙に載せることが、そのまま自分を守ることになります。隠しておいて後から発覚すれば、補償の対象になるだけでなく、信頼そのものを失います。
別紙に書く内容は、具体的であるほど効果があります。「労務に関して一部不備がある」では、どこまでが除外されるのか不明確です。「営業所ごとに労働時間の記録方法が異なり、統一に着手している。対象は◯名、期間は◯年から」というところまで書けば、範囲がはっきりします。
書き出す作業は手間ですが、調査の過程で明らかになった事項をそのまま整理すれば足ります。調査に対応しながら、並行して別紙の材料を作っていくのが効率的です。
補償の条件を数字で押さえる
違反があった場合にどう埋め合わせるかは、補償条項で定めます。売り手として確認すべきは三つの数字です。
上限額は、譲渡代金の一定割合とするのが一般的です。無制限とされている場合、受け取った金額を超えて支払う可能性が残ります。少なくとも代金の範囲内に収めることを求めてください。
期間は、いつまで責任を負うかです。一般的な事項と、税務や労務に関する事項とで期間を分けることもあります。長期の設定は、引退した後も気を抜けない状態が続くことを意味します。
免責額は、一定額以下の損害については請求しないという定めです。これがないと、少額の指摘でも請求の対象になり、実務が煩雑になります。
請求が来たときにどうなるか
実際に違反が判明した場合、まず買い手から通知が届きます。何が違反にあたるのか、損害はいくらか、根拠は何か。ここから協議が始まります。
売り手として確認すべきは、その事実が本当に表明保証の対象なのか、開示していた事項に含まれないか、損害の算定は妥当か、期間内の請求か、という点です。通知が来たからといって、そのまま支払う必要はありません。
この段階では、自社の側の弁護士に相談してください。契約書の条項の解釈が争点になるため、専門的な判断が要ります。譲渡から時間が経っていても、対応できる体制を残しておくことが大切です。
売却後に備えておくこと
表明保証の期間中は、いつ請求が来ても対応できるようにしておく必要があります。契約書の写し、開示した別紙、調査で提出した資料。これらを手元に残しておいてください。
会社を離れると、社内の記録には触れられなくなります。「そのときの資料を見たい」と思っても、既に他人の会社です。譲渡の前に、自分の手元に必要な写しを取っておくことを忘れないでください。
また、譲渡代金の一部が留保されている場合、その期間と精算の条件も把握しておきます。期間が過ぎたら精算されるはずのものが、放置されていることもあります。
交渉できる余地はどこにあるか
表明保証の条項は買い手側が用意しますが、そのまま受け入れる必要はありません。売り手として主張できる点は、主に四つです。
一つ目は、「知る限り」という限定を付けることです。調べようのない事項について、無条件の保証を負うのは過大です。二つ目は、開示による除外を明確にすることです。別紙に記載した事項が確実に除外される書き方になっているかを確認します。
三つ目は、補償の上限と期間です。譲渡代金の範囲内に収め、期間も現実的な長さにとどめる。四つ目は、免責額の設定です。少額の指摘まで請求の対象になると、実務が煩雑になります。
これらを主張することは、相手の心証を害する行為ではありません。買い手も自社の弁護士を立てて交渉しています。売り手も、自分の側の専門家を通じて主張してください。
調査との関係
調査で確認された事項は、買い手が把握している内容です。把握していることについて、後から「知らなかった」と言われる筋合いはありません。調査が丁寧であるほど、表明保証で残るリスクは小さくなります。
したがって、調査に対して非協力的な態度を取ると、自分の首を絞めることになります。資料を出し渋れば、買い手は確認できなかった部分を表明保証で埋めようとします。範囲が広がるということです。
逆に、積極的に資料を出し、質問に丁寧に答えれば、買い手は自分で確かめた範囲が広がります。調査への協力は、そのまま自分のリスクを減らす行為だと考えてください。
保険という選択肢
表明保証違反による損害を対象とする保険があります。買い手が加入する形が一般的ですが、売り手側で加入する形もあります。保険があれば、違反が判明した場合の負担を保険でまかなえます。
ただし、対象になる範囲には制約があり、既に判明している事項や、開示済みの事項は対象外となるのが通常です。中小規模の案件では費用の面で見合わないこともあり、実際に使われる場面は限られます。
買い手から提案があった場合は、費用を誰が負担するのか、対象となる範囲はどこまでか、保険があることで補償の上限や期間が緩和されるのかを確認してください。
この条項を怖がりすぎない
表明保証と補償の説明を読むと、譲渡した後も長く責任が残るように感じます。実際、範囲によってはそのとおりです。しかし、実務では請求に至る例が多いわけではありません。
請求が起きるのは、開示されていなかった重大な事実が後から出てきた場合です。逆に言えば、把握していることを丁寧に開示し、調査に協力しておけば、後から問題になる余地は大きく減ります。
怖がって隠すのではなく、出し切ることで身を守る。この条項の性質は、そこにあります。
まとめ
表明保証は、売り手が契約時点の事実を保証する条項です。運送業では未払残業代・許認可の実態・事故・株式の帰属が焦点になります。上限・期間・下限を交渉しつつ、知っている問題はすべて開示する。これが最も確実な守り方です。