何に対して課税されるか
課税の対象は、受け取った金額の全額ではありません。もうけの部分だけです。
譲渡所得 = 譲渡価額 - 取得費 - 譲渡費用
この譲渡所得に対して課税されます。三つの要素を順に見ていきます。
譲渡価額
株式を売って実際に受け取る金額です。分割払いや後払い(アーンアウト)がある場合、いつの時点でいくら認識するかが論点になります。契約の設計段階で税理士に確認してください。
取得費
その株式を手に入れるために支払った金額です。ここが中小の運送会社では最大の実務課題になります。
創業者の場合
設立時に払い込んだ資本金の額が基本です。ただし数十年前の設立で、当時の資本金が少額という会社が多くあります。その場合、取得費はごく小さく、譲渡益はほぼ譲渡価額そのものになります。
相続や贈与で取得した場合
前の所有者(親など)の取得費を引き継ぐのが原則です。父が設立した会社を相続した場合、父が払い込んだ額が取得費になります。
他の株主から買い集めた場合
実際に支払った額が取得費です。少数株主から買い取った分は、その取引価格が加算されます。
資料が見つからないとき
設立時の書類や増資の記録が残っていない会社は珍しくありません。取得費が証明できない場合の取扱いには一定のルールがありますが、証明できるほうが有利になることが多いのが実情です。
次の資料を探してください。
- 設立時の定款、登記事項証明書
- 増資時の議事録、払込金保管証明
- 過去の株式売買の契約書・領収書
- 相続時の申告書(自社株の評価額が記載されています)
売却を考え始めたら、まずこれを探すことをおすすめします。
譲渡費用
売却のために直接かかった費用です。
- M&A仲介手数料・FA報酬
- 売却に関して依頼した弁護士・税理士の費用
- 必要な鑑定・調査の費用
ただし、どこまでが「譲渡のために直接必要な費用」に当たるかは判断を要します。領収書と契約書を必ず保管し、税理士に確認してください。
他の所得と分けて計算される
株式の譲渡所得は、給与や事業の所得とは分けて計算されます(申告分離課税)。役員報酬がいくらであっても、譲渡益にかかる税率がそれで変わることはありません。
逆に言えば、他の所得で赤字が出ていても、原則として譲渡益と相殺できません。ここは誤解の多い点です。
役員退職金との配分
社長が会社から受け取る総額は、次の二つに分けられます。
- 株式譲渡代金:譲渡所得として分離課税
- 役員退職金:退職所得として、これも他の所得と分けて計算される
それぞれ計算の仕組みが違うため、配分によって手取り額が変わります。また、退職金は会社の損金になるため、会社側の税負担にも影響し、買い手にとっても関心事になります。
どう配分するのが有利かは、金額・在任年数・会社の状況で変わります。手取りを最大化するための順序で考え方を整理しています。
いつ申告するか
譲渡した年の翌年に確定申告を行います。納税資金を使ってしまわないよう、受け取った代金のうち納税分を確保しておいてください。売却の翌年に慌てる、という話は実際にあります。
売却前に確認すべきこと
- 取得費を証明できるか:設立・増資・買取の資料を探す
- 株式の名義:社長個人か、家族か、法人か。誰が売主かで課税関係がまったく変わります
- 名義株の有無:形式上の株主と実質の株主が違う場合、整理が必要です(株式の移転方法)
- 法人が株主の場合:個人とは課税の仕組みが異なります
- 手取りの試算:交渉に入る前に、税理士に概算してもらう
額面ではなく手取りで判断する
交渉では譲渡価額が話題の中心になりますが、社長の生活に関係するのは手取り額です。価格が同じでも、譲渡代金と退職金の配分が違えば手取りは変わります。
だからこそ、譲れない条件を決める段階で、必要な手取り額を先に把握しておくことが重要です。
※ 本記事は一般的な考え方を整理したものです。税務の取扱いは、法令の改正や個別の事情によって異なります。実際の判断にあたっては、必ず税理士等の専門家にご確認ください。
取得費探しが最初の実務になる理由
課税されるのは差額の部分だけ、と聞くと救いがあるように感じます。ところが中小の運送会社では、この差額がほぼ全額になることが多いのが実際です。
理由は単純で、設立時の払込額が今の会社の価値と比べて小さいからです。何十年も前に少額で始めた会社が、車両を増やし、人を雇い、荷主を増やしてきた。その積み上げがすべて差額になります。
だから、取得費を少しでも積み上げられるかどうかが、手取りに直接効きます。増資をしていれば、その払込額も加わります。他の株主から買い取っていれば、その支払額も加わります。
これらの記録が残っているかどうかで、税の負担が変わるということです。売却を考え始めたら、まず資料を探すことをおすすめするのは、この理由からです。
資料をどこから探すか
設立が古い会社では、書類の所在そのものが分からなくなっています。探す順序を決めておくと効率的です。
まず、会社の書庫にある古い書類の箱です。設立時の定款、登記に関する書類、株主総会の議事録。まとめて保管されていることが多いはずです。
次に、顧問税理士の事務所です。長い付き合いの税理士なら、過去の申告書を保管しています。申告書に添付される別表には、資本金の額や株主の情報が載っています。
三つめが、取引のある金融機関です。融資の際に提出した書類の控えが残っていることがあります。
四つめが、法務局です。設立時の書類は一定期間保管されており、閲覧できる場合があります。
相続で取得した株式については、相続時の申告書が手がかりになります。自社株の評価額が記載されているはずです。この書類は、他の場面でも使えるので、探しておく価値があります。
誰が売主かで扱いが変わる
株式の名義が誰になっているかは、課税の仕組みそのものを左右します。
社長個人が持っている場合と、家族が持っている場合では、それぞれが売主になります。取得の経緯が違えば、取得費も違います。同じ株数でも、手取りは同じになりません。
法人が株主になっている場合は、扱いがまったく違います。個人の譲渡所得ではなく、法人の益金として扱われるからです。持株会社を作っている会社では、この点を先に確認してください。
だから、準備の最初にやるべきは株主名簿の確認です。誰が何株持っていて、いつどうやって取得したのか。この一覧がないと、手取りの試算もできません。
そして、名簿が実態と合っているかも確かめてください。古い会社では、設立時に名義を借りた人がそのまま残っていることがあります。
名義株が残っている場合
形式上の株主と実質の株主が違う状態は、譲渡の場面で必ず論点になります。
放置したまま進めると、誰から株式を買うのかが確定しません。名義人が既に亡くなっていれば、その相続人が権利を主張する可能性もあります。取引そのものが成立しなくなるおそれがあるということです。
整理には時間がかかります。事情を説明して名義を戻してもらう、あるいは買い取る。相手の理解が得られなければ、法的な手続きになることもあります。
そして、税務の扱いも絡みます。当事者だけで名義を書き換えると、別の問題が生じかねません。専門家を交えて進めてください。
この作業は、譲渡の話が具体化する前に着手しておくべきものです。相手を探し始めてから発覚すると、そこで数か月から年単位の停滞になります。
分けて計算されることの意味
株式の譲渡による所得が他の所得と分けて計算されるという点は、二つの意味を持ちます。
ひとつは、役員報酬の水準に関係なく税率が決まるということです。報酬が高いから譲渡益の税負担も重くなる、ということはありません。
もうひとつは、他の所得の赤字と相殺できないということです。会社が赤字でも、個人に他の損失があっても、原則として譲渡益から差し引けません。ここは誤解が多い部分です。
この仕組みを理解していないと、手取りの見積もりが狂います。「今期は赤字だから税金は軽いだろう」という感覚は、この場面では通用しません。
配分の設計は契約前にしかできない
譲渡代金と役員退職金の配分によって手取りが変わるという点は、繰り返し強調される論点です。理由は、後から変えられないからです。
契約を結んだ後で「やはり退職金の割合を増やしたい」と言っても、買い手にとっては条件の変更です。会社の資金が減るということは、株式の価値が下がるという計算になるので、簡単には応じられません。
だから、条件の交渉に入る前に試算を持っておいてください。想定される価格の幅で、いくつかの配分を試算する。上限と下限で計算しておけば、実際の提示がどこに入っても対応できます。
試算には、在任年数と直近の役員報酬の水準が要ります。退職金の妥当性を説明する材料にもなるので、あわせて整理しておいてください。
そして、配分は買い手との交渉の対象です。こちらの都合だけでは決まりません。だからこそ、優先順位を決めておく必要があります。金額の総額を優先するのか、手取りを優先するのか。
納税資金を確保する
申告が翌年になるという点は、実務では見落とされやすい落とし穴です。
代金を受け取ってから申告まで、一年近い間があります。その間に資金を使ってしまうと、納税の時期に慌てることになります。実際にそういう話は珍しくありません。
対処は単純で、受け取った時点で納税分を分けておくことです。おおよその額は、譲渡の前に税理士に試算してもらえば分かります。別の口座に移しておけば、間違って使うこともありません。
あわせて、翌年の住民税や社会保険の負担がどうなるかも確認しておいてください。所得が大きく増えることで、翌年の負担が変わる部分があります。
そして、退いた後の生活資金の計画も、この時点で立てておくべきです。まとまった資金が入ると、判断が緩みがちになります。毎年いくら必要かを先に出しておけば、余裕のある範囲が見えます。
額面ではなく手取りで決める
交渉の場では譲渡価額が話題の中心になりますが、生活に関係するのは手元に残る額です。
比べるべきものは三つあります。確実に受け取れる額、条件付きで受け取る可能性がある額、そしてそこから引かれる税と手数料。後払いの部分は、受け取れるとは限らないので分けて見てください。
そのうえで、譲渡後に残る義務も考慮に入れます。個人保証がいつ外れるのか、表明した内容についての責任がどこまで及ぶのか、一定期間は同業をしない約束があるのか。金額に換算されないぶん、軽く扱われがちな項目です。
だから、譲れない条件を決める段階で、必要な手取り額を先に把握しておいてください。この額が分かっていれば、提示された条件が受け入れられるかどうかを、その場で判断できます。
費用として認められる範囲
譲渡のためにかかった費用は差し引けますが、どこまでが対象になるかは判断を要します。
仲介や助言に対する報酬、譲渡に関して依頼した弁護士や税理士の費用、必要な鑑定や調査の費用。これらは譲渡のために直接かかったものとして整理されるのが一般的です。
一方で、譲渡の前に会社を整えるためにかけた費用、たとえば労務の是正に伴う費用や、資料を整備するためにかけた費用は、性質が違います。会社の費用であって、個人の譲渡に直接かかった費用ではないからです。
判断が分かれる部分があるので、領収書と契約書は必ず保管してください。何のための費用かが分かる形で残しておけば、後から整理できます。
そして、費用が発生する前に税理士に確認しておくのが確実です。契約の書き方によって扱いが変わることもあります。
試算はいつやるか
手取りの試算を交渉の前にと書きましたが、実際にはもっと早くて構いません。相手を探し始める前でも意味があります。
理由は、選択肢を比べるためです。譲る場合の手取り、継がせる場合に受け取れるもの、続ける場合の見通し、廃業する場合の費用。これらを並べて比べるには、それぞれの数字が要ります。
試算には、想定される価格の幅があれば足ります。正確な金額でなくても、上限と下限で計算すればおおよその姿は見えます。
そして、その数字を見て「やはり続ける」と判断することもあり得ます。それは立派な結論です。数字を知らないまま決めるより、はるかに納得のいく判断になります。
まとめ
課税されるのは「譲渡価額 - 取得費 - 譲渡費用」の部分です。中小の運送会社では取得費が小さいことが多く、その証明資料を探すことが最初の実務になります。他の所得とは分けて計算されるため相殺はできず、役員退職金との配分が手取りを左右します。交渉前の試算を必ず行ってください。