基本の式
株式の価値 = 時価純資産 + 営業権
二つに分けて考えます。
- 時価純資産:資産と負債を今の実勢価格に直したときの差額。会社の「土台」
- 営業権:帳簿には出ない、稼ぐ力の価値。のれんとも呼ばれます
ステップ1:純資産を時価に直す
決算書の純資産(自己資本)をそのまま使うことはありません。次のように実勢に直します。
車両
帳簿価額と中古市場での価値は、ほとんど一致しません。減価償却が進んで簿価がほぼゼロでも、まだ十分走る車両には価値があります。逆に、簿価が残っていても稼働していない車両は評価されません。車両の評価はどう決まるかをご覧ください。
不動産(車庫・倉庫・事務所)
自社所有なら時価で評価します。取得が古い土地は、簿価より大きく評価が上がることがあります。この差額が、運送会社の価値の大部分を占めることも珍しくありません。
保険積立金
役員の生命保険などで積立がある場合、解約返戻金の額で評価します。
売掛金
回収が難しい先があれば、その分を減額します。
リース残債
オンバランスになっていないリースがあれば、負債として認識します。リース残債が価格に与える影響で整理しています。
未計上の負債
未払残業代、退職給付の見積り、係争中の賠償など、決算書に出ていない負担を負債側に加えます。ここで純資産が大きく減るケースがあります。
ステップ2:営業権を見積もる
営業権は「これから稼ぐ力」に対する評価です。実務では、正常収益力の数年分という形で見積もられることが一般的です。
正常収益力とは、役員報酬の過大分や一過性の損益を調整した後の、継続的に見込める利益のことです。EBITDA倍率で見る運送会社の価値で説明した調整と同じ考え方です。
何年分と見るかは、次のような要素で動きます。
- その利益が今後も続くと信じられるか(荷主の安定性、契約の継続性)
- 社長個人への依存度
- ドライバーの確保状況
- 車両更新の必要額
利益が出ていても、その源泉が社長の人脈だけなら、営業権は小さく見積もられます。
運送業でこの方法が使われやすい理由
1. 資産が重い業種だから
車両・車庫・倉庫という実物資産を持つ会社が多く、土台の評価が意味を持ちます。
2. 利益が変動しやすいから
燃料価格や荷量で利益が上下するため、利益だけで価値を決めるのは不安が残ります。純資産という土台があると、双方が納得しやすくなります。
3. 説明しやすいから
「うちの資産はこれだけ、稼ぐ力の分がこれだけ」という説明は、売り手にも金融機関にも通りやすいものです。
EBITDA倍率との使い分け
| 時価純資産+営業権 | EBITDA倍率 | |
|---|---|---|
| 向いている会社 | 不動産・車両を多く持つ会社、利益が小さめの会社 | 資産が軽く、安定して利益が出ている会社 |
| 強み | 土台が明確で説明しやすい | 収益力を直接反映できる |
| 弱み | 成長性が反映されにくい | 更新投資の重さが見えにくい |
実務では両方で計算して比べるのが普通です。差が大きいときは、その理由(資産が重い/利益が薄い など)そのものが交渉の論点になります。
赤字でも価値はゼロにならない
営業権がゼロでも、時価純資産が残っていれば価値はあります。不動産を持つ会社なら、赤字でも十分な評価になることがあります。赤字の運送会社でも売却できるかをご覧ください。
自社で概算してみる
- 直近決算の純資産額を出す
- 車両の実勢価格と簿価の差、不動産の時価と簿価の差を加減する
- 保険の解約返戻金を足す
- 未払残業代・退職給付・簿外リースを引く
- 正常収益力を出し、その数年分を営業権として足す
細かい精度より、どこに価値があり、どこに減額要因があるかを掴むことが目的です。減額要因の多くは、売却前に手を打てます。
土台と稼ぐ力を分けて考える意味
この方法が使いやすいのは、価値の出どころが二つに分かれて見えるからです。売り手にとっても、自社の何が評価されているのかが分かります。
土台が厚い会社は、古くから土地を持っている会社です。この場合、稼ぐ力が弱くても一定の評価になります。逆に、土台は薄いが利益が出ている会社では、営業権が価値の大半を占めます。
自社がどちらの型かを知っておくと、準備の方向も決まります。土台型なら、不動産の権利関係を整理し、含み益がどれくらいあるかを把握することが先です。稼ぐ力型なら、その利益が社長個人に紐づいていないことを示すのが先になります。
両方とも弱い場合でも、道が閉じるわけではありません。許可と人と荷主が揃っていれば、それ自体を求める買い手はいます。ただ、その場合は金額より条件の交渉が中心になります。
不動産の含み益が価値を決めることがある
取得が古い土地は、簿価より大きく評価が上がることがあります。運送会社では、この差額が価値の大部分を占めることも珍しくありません。
だから、自社所有の土地がある会社では、まず現在の相場を把握してください。近隣の取引事例や公的な指標から、おおよその見当はつきます。正確な鑑定は後で構いませんが、桁が分かっているかどうかで話が変わります。
ただし、含み益が大きいことには別の面もあります。金額が大きくなるほど、買える相手が限られるからです。事業だけを買いたい相手にとっては、不動産の分が負担になります。
そのため、不動産を個人や別会社に残して賃貸するという形が選ばれることがあります。どちらが有利かは税の扱いも含めて変わるので、早い段階で税理士に相談してください。含み益に対する課税の扱いは、判断を大きく左右します。
未計上の負債が純資産を削る
時価に直す作業で、純資産が大きく減るのはたいてい負債側です。決算書に出ていない負担が加わるからです。
運送業で出てくるのは、未払いの残業代、退職給付の要支給額、貸借対照表に載っていないリース債務、そして係争中の案件です。いずれも金額が読みにくく、放置すると保守的に見積もられます。
準備としては、これらを自分で洗い出して金額を出しておくことです。労働時間の記録から未払いの可能性がある範囲を試算し、退職金規程から要支給額を出し、リース契約を一覧にする。
金額を減らせるわけではありませんが、確定させることには意味があります。確定した負担は条件として調整できますが、確定しない負担は案件そのものを止める理由になります。
そして、洗い出しの過程で、実は思っていたより小さかったという結論になることもあります。心配していた項目が数字にしてみると軽かった、という発見も準備の成果です。
車両を時価に直すときの考え方
帳簿価額と実勢が一致しないという点は、両方向に効きます。
償却が進んで簿価がほぼゼロでも、まだ走れる車両には価値があります。整備の記録が残っていれば、その価値が説明できます。記録がなければ、状態が読めないので低く見積もられます。
逆に、簿価が残っていても稼働していない車両は評価されません。維持費だけがかかる資産として扱われます。だから、遊休の車両は承継の前に整理するか、残す理由を説明できるようにしておいてください。
もうひとつ見落とされやすいのが、特殊な設備を積んだ車両です。汎用性の高い架装なら中古で売れますが、特定の荷物のためだけに作った設備は、その仕事が一緒に引き継がれなければ価値になりません。仕事とセットで説明できるかどうかが分かれ目です。
営業権を何年分と見るか
正常収益力の数年分という見積もり方において、その年数を決めるのは事業の安定性への評価です。何が年数を動かすのかを具体的にしておきます。
長めに見られるのは、荷主が分散していて契約が書面になっている会社、直取引の比率が高い会社、人が定着していて有資格者が複数いる会社、そして値上げを実現した実績がある会社です。いずれも、来年も再来年も同じように稼げると判断できる材料です。
短めになるのは、社長への依存が強い会社、荷主が一社に偏っている会社、労務の実態が読めない会社、車両の更新が近い時期に集中している会社です。
とくに社長への依存は、営業権の評価に直接効きます。利益が出ていても、その源泉が社長の人脈だけなら、経営者が代わった瞬間に消える可能性があるからです。だから、権限と関係を社内に移す作業が、そのまま営業権を守る作業になります。
正常収益力に直す作業
営業権の土台になる正常収益力は、決算上の利益とは違います。何をどう調整するのかを補足します。
まず、役員報酬です。相場から離れた水準なら、適正な額に直されます。経営者個人に紐づく費用、たとえば生命保険や個人が使っている車両も除かれます。逆に、無償で働いている家族がいれば、その人件費が足されることもあります。
次に、一時的な要因です。特別に大きな修繕があった年、たまたま高い運賃で受けた案件、一度きりの資産の売却。平常時の姿を出すために除かれます。
この調整は、こちらから先に示すほうが有利です。「この費用は個人的なものなので、実際の収益力はこうなります」と説明できれば、評価が上がる方向に働きます。指摘されてから説明すると、他の項目も疑われます。
二つの方法を並べて見る
実務では両方で計算して比べるのが普通だと書きましたが、差が大きいときの読み方を補足します。
資産から出した数字のほうが大きい場合、資産は厚いが稼げていないということです。この場合、買い手の関心は不動産や車両に向きます。事業を続けるより、資産の活用が目当てということもあり得ます。譲る側としては、事業と雇用を残したいなら、相手の狙いを確かめる必要があります。
逆に、収益から出した数字のほうが大きい場合、資産は薄いが稼いでいるということです。この場合は、その収益力が続くかどうかが交渉の焦点になります。何によって稼げているのかを説明できるかどうかが決め手です。
どちらの場合も、差が出る理由そのものが論点になります。理由を自分で説明できる状態にしておいてください。
自社で概算する意味
細かい精度より、どこに価値があってどこに減額要因があるかを掴むことが目的だと書きました。これは実際にやってみると分かります。
純資産に車両と不動産の差額を加減し、保険の返戻金を足し、未計上の負債を引く。この作業をすると、自社の価値がどの項目で決まっているのかが見えます。不動産で決まっているのか、車両で決まっているのか、それとも負債側で削られているのか。
見えれば、次に何をすべきかも決まります。負債側で大きく削られているなら、そこを確定させる作業が最優先です。営業権が小さいなら、社長への依存を解く作業が効きます。
そして、この概算は年に一度更新してください。手を打った結果が数字に表れます。準備が進んでいることを、自分で確かめられるようになります。
減額要因は先に手を打てる
概算をして減額要因が見えたら、そのいくつかは譲渡の前に手を打てます。何が打てて何が打てないかを整理しておきます。
打てるのは、遊休車両の整理、事業に関係のない資産の切り出し、回収の見込みがない売掛金の処理、そして公私が混ざっている部分の分離です。いずれも数か月から一年で形になります。
時間がかかるのは、労務の是正と、社長への依存の解消です。年単位ですが、着手していること自体が評価に効きます。
打てないのは、退職給付の要支給額そのものです。これは確定した将来の支出なので、金額を減らすことはできません。ただ、把握して示すことで、保守的な見積もりによる過大な減額は防げます。
つまり、概算は「いくらになるか」を知る作業であると同時に、「何をすべきか」を決める作業でもあります。金額に一喜一憂するより、項目ごとに手を打てるかどうかで見ていくほうが実務的です。
金融機関への説明にも使える
この計算は譲渡のためだけのものではありません。会社の実際の姿を把握する作業なので、他の場面でも役に立ちます。
金融機関との対話では、決算書の純資産だけを見られると、実態より小さく評価されることがあります。土地の含み益や、償却が進んだ車両の実勢価値は、帳簿には出てこないからです。
時価に直した数字を自分で示せると、話が変わります。借入の相談でも、保証の見直しの協議でも、材料になります。もちろん、負債側の未計上分も含めて示す必要がありますが、両方を出せること自体が管理の証明です。
後継者に会社を説明するときも同じです。決算書だけを渡しても、何を継ぐことになるのかは伝わりません。土台がいくらで、稼ぐ力がどれだけで、どこに負担があるのか。この形で示せば、判断の材料になります。
まとめ
時価純資産+営業権は、土台と稼ぐ力を分けて考える方法です。運送業のように資産が重く利益が変動しやすい業種と相性がよく、EBITDA倍率と併用して幅を掴むのが実務的です。