人手不足が特に深刻になる理由
鈑金塗装は、整備の中でも人材確保が難しい分野とされています。理由は複数あります。
- 技能の習得に時間がかかり、採用しても即戦力にならない
- 粉塵、塗料の臭い、防護具の着用、夏場の熱といった作業環境の負荷が大きい
- 職業としての認知が低く、養成校でも鈑金塗装を志望する学生の割合が限られる
- 職人が高齢化しており、技術の受け渡しが間に合っていない
- 一件あたりの作業に幅があり、工程を細かく管理しにくい
整備工場一般の人手不足に、技能習得の長さと環境負荷が上乗せされている状態と捉えると理解しやすくなります。
属人化が経営リスクになる
鈑金も塗装も、仕上がりが作業者の腕に左右されます。そのため特定の職人に依存しやすく、依存が深いほど経営が不安定になります。
その職人が体調を崩せば納期が崩れ、辞めれば受注そのものを絞らざるを得ません。加えて、依存されている職人自身も休めず、断れず、負荷が集中します。属人化はリスク管理の問題であると同時に、当人の労働環境の問題でもあります。
まず現状を数字で把握する
改善の前に、どこにどれだけ時間がかかっているかを掴みます。
- 一件あたりの実作業時間を、鈑金・下地・塗装・組付け・仕上げの工程別に記録する
- 各工程を担当できる人を一覧にし、一人しか対応できない工程を洗い出す
- 塗装ブースの稼働時間と、待ちが発生している時間を分ける
- 着工から納車までの日数と、そのうち実作業に費やされた日数
- 手直し・再作業の発生件数と、その工程
工程別に記録すると、人が足りないのではなく、特定の工程で滞留していただけという実態が見えることがあります。
工程を分けて、担える人を増やす
一人が最初から最後まで担当する方式は、技能の伝承には向きますが、人手不足には弱くなります。工程を分けると、それぞれに必要な習熟度が変わり、担い手を増やせます。
- 分解・組付け。工具の扱いに慣れれば比較的早く担える
- 下地処理(パテ研ぎ、足付け、マスキング)。作業量が多く、分業の効果が出やすい
- 調色と塗装。最も習熟を要する工程で、ここに職人を集中させる
- 磨き・仕上げ・洗車。分離しやすい工程
- 受付、見積作成、保険会社とのやり取り、部品手配などの事務
特に下地処理と事務を切り出すだけで、職人が塗装に充てられる時間は大きく増えます。整備士資格を必要としない工程も多く、採用の難度も下がります。
設備で人手の総量を減らす
人を増やせないなら、必要な人手そのものを減らす方向を検討します。鈑金塗装では設備の効果が出やすい領域があります。
- 調色システムやカラーマッチングの機器。調色にかかる時間と職人の負荷を下げる
- 塗装ブースの更新や乾燥設備の導入。乾燥待ちの時間を短縮し、回転を上げる
- 水性塗料や高効率のスプレーガンなど、材料と機器の見直し
- 鈑金用の測定・矯正機器。作業の再現性を高める
- 工程管理システム。進捗と滞留を見える化する
投資判断は、削減できる時間と、それによって増える処理台数から回収期間を試算します。補助金や税制優遇が利用できる場合もありますが、制度の内容や採択の可否は年度により異なるため、補助金を前提にした計画は避けたほうが安全です。
新しい素材と先進安全装備への対応
アルミや高張力鋼板といった素材、そして先進運転支援装置を搭載した車両の増加により、鈑金塗装に求められる技能と設備は変わりつつあります。センサーやカメラを含む部位の修理では、作業後の調整や確認が必要になる場合があります。
対応できる工場とできない工場で、扱える車両の範囲が分かれていきます。人手不足の話と別に見えますが、対応範囲が狭まれば受注が減り、収益が落ち、人材への投資もできなくなるという形でつながっています。制度上の要件は改正により変わるため、所管の機関や振興会の最新情報をご確認ください。
外注と協業を組み込む
すべてを内製する前提を外すと、選択肢が広がります。塗装だけを外に出す、逆に近隣工場の塗装を引き受ける、大がかりな修理は設備の整った工場と連携する、といった形です。
同業との協業は競合意識から避けられがちですが、得意な工程が違えば補完関係が成立します。繁忙期の相互応援を取り決めておくだけでも、納期の安定に効きます。
採用の入口を広げる
経験者だけを対象にすると母集団が極端に狭くなります。工程を分けた体制にしていれば、未経験者を下地処理や組付けから受け入れることができます。
- 求人票に、担当してもらう工程と作業内容を具体的に書く
- 作業環境(換気、空調、防護具の支給、休憩スペース)を写真で示す
- 習得の段階と、それぞれで任される作業を示す
- 見学の受け入れ枠を用意し、応募前に現場を見てもらう
- 近隣の工業高校や専門学校との接点をつくる
鈑金塗装は職業としての認知が低いため、仕事の中身が伝わるだけで関心を持つ人がいます。何をする仕事なのかを説明することから始めてください。
技能を記録して残す
職人の技能は、見て覚えるものとされてきました。しかし人手が限られる状況では、それだけに頼ると伝承が間に合いません。
- 作業を動画で撮り、要点を短くまとめて共有する
- 調色のデータや配合の記録をシステムに残し、個人の記憶に依存させない
- 使用する材料と塗り重ねの条件を標準化する
- 手直しが発生した事例を記録し、原因と対策を残す
- 工程ごとの判断基準(どこまでを修理し、どこから交換とするか)を文章にする
教えることを職人の評価に組み込むことも重要です。教えても待遇が変わらなければ、技術は個人に留まったままになります。
環境改善は定着に直結する
粉塵、臭い、熱、防護具の負担といった要素は、離職の直接的な理由になります。換気設備の見直し、夏場の空調、集塵機の更新、防護具の質を上げる、休憩スペースを確保するといった対応は、比較的短期間で着手できます。
採用のための費用より、今いる人が辞めない環境をつくるほうが、効果が早く現れることが多いといえます。
単独で維持できないと感じたとき
職人の高齢化、後継者の不在、設備更新の必要性、素材と装備の変化。これらが同時に押し寄せると、単独での事業継続が難しくなることがあります。
その場合でも、廃業だけが結論ではありません。設備や人材を共有できるグループへの参画や、第三者への承継によって、職人の雇用と技術、顧客との関係を残すという道があります。鈑金塗装は設備と技能の両方を要する事業であり、引き継ぎ手にとって価値を持ち得る領域です。
ただし、条件や評価は工場の規模、設備の状態、業績、立地によって大きく異なり、一概には言えません。判断の前に情報を集め、比較できる状態にしておくことをおすすめします。
よくある質問
Q. 工程を分けると、職人の技能が育たなくなりませんか。分業と育成は両立できます。分業で日々の生産性を確保しつつ、育成の時間を別に設けて、担当外の工程を経験させる運用にすれば問題はありません。むしろ、一人がすべてを抱えている状態のほうが、教える余裕が生まれにくいといえます。
Q. 未経験者を採用しても、鈑金塗装は務まりますか。工程を分けていれば、下地処理や組付けから受け入れることができます。逆に、最初から一台を任せる体制では未経験者は続きません。受け入れの前提として、工程の切り分けと教育担当の設定を整えておく必要があります。
Q. 設備投資と人材採用のどちらを優先すべきですか。工程別の実作業時間を記録し、どこで滞留しているかを確認してから判断してください。特定の工程で待ちが生じているなら設備、全工程で手が足りないなら人材という切り分けが目安になります。記録がないまま投資すると、効果の出ない支出になりかねません。
まとめ
鈑金塗装の人手不足は、技能習得の長さと作業環境の負荷という業界特有の事情によって深刻化します。だからこそ、採用に頼る前に、工程を分けて担い手を増やし、設備で人手の総量を減らし、外注と協業で処理能力を確保するという順番が有効です。
技能は記録して残し、教えることを評価に組み込む。環境改善は定着に直結します。それでも単独での維持が難しいときには、設備と人材を共有できる体制に加わるという選択肢も検討できます。