なぜ将来性が不安に見えるのか
多くの鈑金塗装工場が不安を感じる直接の理由は、入庫台数の減少です。衝突被害軽減ブレーキや駐車支援などの予防安全装備が標準化し、軽微な接触事故そのものが起きにくくなりました。事故が減ることは社会にとって望ましい変化ですが、事故車を直すことで成り立ってきた事業にとっては、需要母数が細るという意味を持ちます。
さらに、保有台数の伸びが頭打ちになり、若年層の車離れや保険の等級を気にして自費修理を避ける動きも重なります。台数が減っているのに、工場数はそれほど減っていないという状態が続けば、一台の取り合いになるのは避けられません。
一方で一台あたりの作業は重くなっている
同時に起きているのがADAS対応です。バンパーやフロントガラスの中にセンサーやカメラが組み込まれ、外板を交換しただけでは終わらなくなりました。エーミング(校正)作業が必要になり、専用の機器やスペース、メーカーごとの手順書、そして知識を持った人が求められます。
つまり、台数は減っても一台あたりの作業単価は上げられる余地があるということです。将来性の議論は「事故が減るから終わり」ではなく、「単価を取れる工場と、取れない工場に分かれる」という話として考えるほうが実態に近くなります。
まず自社の現在地を数字で確認する
将来を考える前に、いまどこに立っているかを数字にします。感覚で議論すると必ず不安が先に立つため、最低限この項目を出してください。
- 月間入庫台数と、そのうち保険修理と自費修理の比率
- 一台あたりの平均売上と平均粗利
- 指数(作業時間)に対する実作業時間のズレ
- 塗料・材料費が売上に占める比率
- エーミングを外注している台数と、その外注費
- ブース・フレーム修正機の稼働率
この六つを三か月分並べるだけで、伸ばすべき方向はかなり見えてきます。台数が落ちているのか、単価が落ちているのか、それとも原価が膨らんでいるのかで、打つ手はまったく変わります。
打ち手その一:ADAS対応を内製化するか判断する
エーミングを外注に出している場合、その分の粗利は外へ流れています。内製化すれば単価は上がりますが、機器と場所と教育に投資が必要です。判断は感覚ではなく、回収台数で行ってください。
- 直近一年でエーミングが必要だった台数を数える
- 一台あたりの外注費と、内製化した場合に取れる単価を並べる
- 投資額を、一台あたりの差額で割って必要台数を出す
- その台数が今の入庫で無理なく届くかを確認する
- 届かないなら、近隣工場からの受託まで含めて考える
自社の台数だけで回収できない場合でも、地域の同業から作業を受ける前提なら成り立つことがあります。設備投資は「自社の台数」ではなく「機器が回る台数」で考えるのが基本です。なお、設備投資に使える補助金は年度により制度も要件も異なりますので、検討時点の最新の公募要領を必ず確認してください。
打ち手その二:保険依存から自費修理へ比率を寄せる
保険修理は台数が読める代わりに、協定によって単価と作業範囲が決まります。ここだけに依存していると、事故が減った瞬間に売上がそのまま落ちます。自費修理や、保険を使わない小さな傷の修理、コーティング、内装リペアなどは、自社で価格を決められる領域です。
いきなり比率を大きく変えるのは難しいので、まずは今いる顧客に、保険を使わない選択肢を提示するところから始めます。見積時に保険を使う場合と使わない場合の両方を出すだけでも、自費の比率は動きます。
打ち手その三:職人技を工程に分解する
鈑金塗装の将来不安の半分は、技術者の高齢化です。一人の職人が板金から塗装、仕上げまで通しで担当する体制は、その人が抜けた瞬間に生産量が落ちます。将来性を確保するとは、その属人性を薄めることでもあります。
- 分解・組付けを別担当に切り出す
- 調色と塗装を分ける
- 磨き・仕上げをパート人材でも担える手順書にする
- 見積と保険会社対応を事務側へ移す
- 写真の撮り方と記録の残し方を統一する
全部をいきなり分けようとすると現場が混乱します。まずは資格や経験がなくても担える工程を一つ切り出し、そこに人を充てるところから試してください。
打ち手その四:指数と実時間のズレを潰す
収益が合わない工場では、協定で認められた指数と、実際にかかった時間の乖離が慢性化していることがよくあります。乖離があること自体は珍しくありませんが、把握していないのが問題です。
作業ごとに実時間を記録し、どの作業で何時間ずれているかを見えるようにします。ずれが大きい作業は、段取りの問題か、技術の問題か、そもそも見積の出し方の問題かに分かれます。記録が三か月たまれば、協定交渉の場で示せる材料にもなります。
打ち手その五:入庫の入口を保険会社以外にも作る
紹介元が保険代理店とディーラーだけ、という状態は将来のリスクです。整備工場、中古車販売店、レンタカー会社、法人の社用車管理部門など、車が集まる場所は地域に必ずあります。事故車だけでなく、日常のキズヘコミ需要を持つ相手を増やしてください。
この開拓は営業らしい営業をしなくても進みます。仕上がり写真を定期的に届ける、繁忙期の受け入れ余力を伝える、といった地味な接点の積み重ねが効きます。
設備投資を判断するときの考え方
塗装ブースの更新、水性塗料への切り替え、フレーム修正機、エーミング機器と、鈑金塗装は投資が重い業種です。判断に迷ったときは、次の順で考えると整理しやすくなります。
- その投資がないと受けられなくなる仕事があるか
- あるなら、その仕事は年間何台で、粗利はいくらか
- 投資額をその粗利で割って、何年で戻るか
- 戻るまでの年数、自分がその事業を続ける意思があるか
- 続ける意思が固まらないなら、投資より先に承継の方針を決める
四番目と五番目が抜けたまま設備を入れてしまい、返済だけが残るという相談は少なくありません。投資は経営を続ける意思とセットで判断するものです。
続ける前提が揺らいでいるなら
ここまでの打ち手を読んで、実行する体力が自社に残っていないと感じたなら、それも一つの答えです。後継者が決まっておらず、投資の判断もできず、職人の高齢化も進んでいる。この三つが揃っている場合、無理に単独で続けるよりも、第三者への承継やグループ入りを検討したほうが、従業員と顧客を守れることがあります。
鈑金塗装は設備と技術者を持つ業種であり、拠点網を広げたい同業や、修理部門を持ちたい販売会社にとって価値のある事業です。ただし条件や評価は個別性が高く一概には言えませんので、判断材料を揃えたうえで、複数の専門家の見方を聞くことをおすすめします。急いで決める必要はなく、選択肢として持っておくだけでも経営の余裕が変わります。
よくある質問
Q. 事故が減り続けるなら、いずれ鈑金塗装はなくなりますか。ゼロにはなりませんが、需要の質は変わります。大きな損傷は減り、センサーやライト類を含む部品交換と校正作業の比重が増えていく方向です。作業内容の変化に合わせて技術と設備を更新できるかが分かれ目になります。
Q. エーミング機器は入れるべきでしょうか。自社の対象台数と近隣からの受託見込みを合算して、投資回収の目安が立つかで判断してください。台数が足りないなら、当面は外注を使いながら、地域の工場と共同で持つ形を検討する方法もあります。制度を使った支援の可否は年度により異なります。
Q. 職人が高齢で、若手が育ちません。どこから手をつけますか。まず一人が通しで担っている作業を工程に分け、未経験者でも担える部分を切り出してください。全工程を覚えさせる前提だと入口が狭くなり、採用そのものが難しくなります。工程を分けることが、育成の速度を上げる近道になります。
まとめ
鈑金塗装の将来性は、業界全体で一律に語れるものではありません。事故が減るという逆風は事実ですが、一台あたりの作業は複雑になり、対応できる工場には単価を取る余地が生まれています。まずは入庫台数・単価・原価・稼働率を数字で押さえ、ADAS対応、自費修理の比率、工程の分業という三つの軸で手を打ってください。
そのうえで、投資も育成も自社だけでは背負いきれないと感じたときは、承継やグループ入りを含めて考えても構いません。大事なのは、選択肢を知らないまま時間だけが過ぎることを避けることです。判断材料を早めに揃えておけば、どの道を選ぶにしても打てる手は増えます。