引き算の全体像
株式譲渡の場合、おおまかには次の順で引いていきます。
- 譲渡価格
- − 仲介手数料・専門家費用
- − 譲渡益に対する税
- + 役員退職金(会社から受け取る場合)
- − 退職金に対する税
- = 手取り
この計算を、条件が違う複数の提案について並べると、価格の高さだけでは決められないことが分かります。
この引き算を、交渉が始まる前に一度やっておいてください。「いくらで売れたら手元にいくら残るのか」が分かっていないと、提示された金額の良し悪しを判断できません。引退後に必要な金額から逆算しておくと、交渉の軸がぶれなくなります。
仲介手数料と専門家費用
仲介会社を使う場合、成功報酬が発生します。料率の体系や最低報酬額は会社によって異なるため、契約前に必ず確認してください。
加えて、税理士・弁護士への依頼費用、株主名簿の整理などにかかる実費があります。これらも事前に見積もっておきます。
確認しておきたいのは、着手金や中間金があるか、成約に至らなかった場合の負担があるか、最低報酬額はいくらか、という3点です。規模の小さい取引では最低報酬額が実質的な料率を決めるため、ここを聞かずに契約すると想定が外れます。
退職金と譲渡対価の配分
手取りを大きく動かすのがここです。譲渡価格の一部を、株式の対価ではなく役員退職金として受け取る形にできる場合があります。
退職金は、勤続年数などに応じた計算方法が定められており、受け取り方によって税負担が変わります。会社側でも損金として扱える部分があるため、買い手にとっても検討の余地があります。
ただし、金額が不相当に高いと認められない可能性があります。必ず税理士に相談したうえで設計してください。
設計にあたっては、退職金規程の整備状況も関わってきます。規程がない、または実態と合っていない場合は先に整えておく必要があります。譲渡の直前では間に合わないことがあるため、早い段階で税理士に相談してください。
個人保証と借入の扱い
借入が残る会社を譲る場合、次の2点を確認します。
- 借入は買い手が引き継ぐのか、譲渡時に返済するのか
- 経営者の個人保証はいつ、どのように解除されるのか
保証が残ったままだと、手取りがいくらであっても安心して引退できません。解除の時期を契約書に明記してもらうことが重要です。
解除の時期は、クロージングと同時が理想ですが、金融機関の手続き上数か月かかることもあります。その場合は、解除までの間に誰がどう責任を負うのかを契約書で明確にしておいてください。
支払い方法でも実質は変わる
「3,000万円」でも、一括で受け取るのと、業績条件付きで分割されるのとでは意味が違います。
条件付きの部分は、達成されなければ受け取れません。提案を比べるときは、確実に受け取れる金額と条件次第の金額を分けて並べてください。
条件付きの部分がある場合は、達成の判定方法も確認してください。何をもって達成とするのか、誰が判定するのか、争いになったときどうするのか。ここが曖昧だと、受け取れるはずの金額が受け取れません。
比べ方の実際
複数の提案が出たら、次の表を作ってみてください。
| A社 | B社 | |
|---|---|---|
| 確定して受け取る額 | ||
| 条件付きの額 | ||
| 退職金の扱い | ||
| 保証解除の時期 | ||
| 引き継ぎ関与の期間 | ||
| 従業員の処遇 |
価格が低いほうを選ぶ判断も、ここから生まれます。
この表を埋めると、価格の高い提案が必ずしも有利ではないことが見えてきます。確定額が低くても保証解除が早い、関与期間が短い、従業員の処遇が良い——こうした条件は金額に換算しにくいものの、引退後の暮らしに直結します。
手取りを減らす見落としがちな要素
引き算の主要な項目以外にも、手元に残る金額を減らす要素があります。先に確認しておいてください。
- 社長貸付金・仮払金 — 会社が社長に貸している形の資金があると、譲渡時に精算を求められます
- 社長所有物件の賃料 — 相場と大きくずれていると、正常化された前提で利益が計算されます
- 役員保険の解約 — 解約返戻金の受け取り時期によって税負担が変わります
- 退職金の支給時期 — 譲渡と同一年度に重なると負担が集中することがあります
- 株主が複数いる場合の配分 — 名義が分散していると手取りも分散します。事前の整理が必要です
最後の項目は、創業時に親族へ名義を分けた会社で問題になりやすい点です。株主名簿を早めに確認してください。
まとめ
手取りは、価格ではなく条件の組み合わせで決まります。仲介手数料、税、退職金の配分、保証の解除時期。この4つを押さえてください。
提案を受ける前に、一度おおまかな試算をしておくと、話が来たときに落ち着いて判断できます。
おおまかな試算は、決算書と借入の状況が分かれば進められます。話が来る前に一度出しておくと、慌てずに判断できます。試算のしかたからご相談ください。
※ 本記事は一般的な考え方を整理したものです。税務上の取扱いや補助金の対象・要件は、制度の改正や個別の事情によって異なります。実際の判断にあたっては、税理士等の専門家および管轄窓口にご確認ください。