なぜ3期分なのか
運送業の利益は、燃料価格・荷量・大口案件の有無で年ごとに動きます。1期だけを見ても、それが実力なのか一時的なものか分かりません。
3期並べることで、買い手は次を読み取ります。
- 売上と利益の方向(伸びているか、横ばいか、落ちているか)
- 変動の幅(どれくらい振れる事業か)
- 荷主構成の変化(増えた・減った先)
- 費用構造の変化(人件費率、燃料費率の推移)
最低限そろえる資料
- 直近3期の決算書一式(勘定科目内訳書を含む)
- 直近3期の税務申告書
- 月次試算表(直近2期分)
- 荷主別売上の推移(3期分)
- 車両台帳と車齢構成
- 借入金一覧とリース一覧
- 従業員名簿(人数・年齢・在籍年数、氏名は伏せて可)
これらはデューデリジェンスの準備で必要になる資料と重なります。早い段階で揃えておけば、後の作業が楽になります。
推移表は1枚にまとめる
決算書を3冊渡すより、1枚の推移表があるほうが伝わります。次の項目を横に3期並べてください。
- 売上高(できれば輸送・倉庫・その他に分けて)
- 営業利益・経常利益
- 減価償却費
- EBITDA(営業利益+減価償却費)
- 人件費と人件費率
- 燃料費と燃料費率
- 傭車費
- 期末の車両台数・従業員数
- 借入金残高・現預金
この1枚で、買い手は事業の輪郭をつかめます。EBITDA倍率で見る運送会社の価値もご覧ください。
荷主別の推移が最も見られる
売上総額より重視されるのが荷主別の内訳です。3期分を並べ、次が分かるようにします。
- 上位荷主それぞれの売上と構成比
- 取引開始年
- 直取引か元請経由か
- この3年で増えた先・減った先・失った先
荷主名を伏せる必要がある段階では、A社・B社と記号にして構いません。構成比と継続年数が分かれば十分です。荷主分散が価値に効く理由で背景を整理しています。
変動には必ず説明を付ける
数字が動いた期には、必ず理由を1〜2行で添えてください。
- 「◯期は大口の一時案件があり、売上が一時的に増加」
- 「◯期は燃料高騰の影響で利益率が低下。翌期に運賃改定で回復」
- 「◯期は車両を◯台更新したため、償却が増加」
- 「◯期にA社との取引が終了。B社・C社の増加で概ね補填」
説明があるかないかで、印象はまったく違います。説明できる経営者は、管理ができている経営者と受け取られます。
悪い期があるときの伝え方
赤字の期や、大きく落ちた期を隠す必要はありません。むしろ次の三点をセットで伝えます。
- 何が起きたか(事実)
- 何をしたか(対応)
- その後どうなったか(結果)
例えば「主力荷主の物量減で赤字 → 新規2社を開拓し不採算路線を撤退 → 翌期に黒字化」という流れが示せれば、赤字の期はむしろ危機対応力の証明になります。赤字の運送会社でも売却できるかもご覧ください。
やってはいけないこと
- 都合の悪い期を飛ばして提示する
- 試算表と決算書で数字が食い違う資料を出す
- 荷主別の内訳を「出せない」と拒む(記号化すれば出せます)
- 説明を求められてその場で作った推測を答える
いずれも信頼を失います。分からないことは「確認して回答します」で構いません。
直近期の途中でも数字を出せるように
交渉が進むと、進行期の月次実績を求められます。決算後半年以上たっていれば、直近月までの試算表が必要です。ここで数字が出せないと、交渉が止まります。M&Aが途中で止まる理由で挙げた典型例のひとつです。
月次が作れていない会社はどうするか
推移表を作るには月次の数字が要りますが、月次を締めていない会社は実際にあります。年に一度、決算のときにまとめて処理しているという形です。
この状態だと、交渉が進んだときに困ります。進行期の実績を求められても出せませんし、荷主別の推移も年単位でしか作れません。数字が出せないことが理由で話が止まることは、珍しくありません。
すぐに完璧な月次を作る必要はありません。まず、売上と主要な費用だけを月ごとに拾うところから始めてください。売上、燃料費、人件費、傭車費、リース料。この五つが月別に出れば、推移の輪郭は見えます。
そのうえで、顧問税理士に月次の処理を依頼するかどうかを検討します。費用は増えますが、承継の場面だけでなく、日常の経営判断にも効きます。荷主との条件を交渉するにも、月ごとの数字が要ります。
誰が作るのか
推移表を作る作業は、経理の担当者に任せるのが自然ですが、荷主別の内訳は営業や配車の情報が要ります。一人では作れません。
実務的には、経理が決算と試算表から数字を出し、配車の担当が荷主別の実績を出し、それを突き合わせる形になります。突き合わせると数字が合わないことがあり、その原因を追うところから始まることもあります。
作業を始める前に、誰が何を出すかを決めておいてください。そして、いつまでに揃えるかも決める。決めないと、日常の業務に押されて進みません。
作った表は、承継の準備としてだけでなく、社内の共有資料としても使えます。月に一度この表を見る会議を設けると、更新が習慣になります。
数字を分けて出すことの意味
売上を輸送、倉庫、その他に分けると書きましたが、これは事業の中身を伝えるためです。合算した数字だけを見せると、何で稼いでいる会社なのかが読めません。
運送と倉庫を兼業している会社では、とくに重要になります。買い手の関心が片方に偏ることがあり、その場合は部門別の数字が交渉の前提になるからです。合算のままだと、片方が実質的にもう片方を支えている構造も見えません。
費用も同じです。人件費と燃料費と傭車費を分けて出せば、収益の構造が見えます。傭車費の比率が高い会社は、自社で運ぶ力より手配する力で成り立っているということです。それ自体は悪いことではありませんが、評価の見方は変わります。
分ける粒度は、細かすぎても伝わりません。まずは事業の別と、主要な費用の別。この二つで足ります。
荷主別の内訳をどこまで出すか
荷主別の推移が最も見られるという点は、もう少し補足に値します。買い手が読み取ろうとしているのは、収益の源がどれだけ安定しているかです。
だから、構成比と継続年数に加えて、その取引の中身も添えると伝わります。どの方面を運んでいるのか、何を運んでいるのか、契約書があるのか、こちらの窓口が何人いるのか。
とくに、こちらの窓口が社長一人という取引は、比率が低くても代替わりで揺れます。買い手が最も警戒するのはここです。逆に、複数名で対応していて、相手の複数の部署とつながっている取引は、一社依存でも安定して見えます。
荷主名を伏せる段階では記号で構いませんが、業種は書いてください。三社に分散していても全部が同じ業界なら、需要が落ちるときは同時に落ちます。業種が分かれば、その点が読み取れます。
増えた先・減った先の見せ方
三期の推移で最も情報量が多いのが、荷主の入れ替わりです。ここに会社の営業力が表れます。
示したいのは、失った取引をどう埋めたかです。「A社との取引が終了したが、B社とC社の増加で概ね補った」という形が示せれば、取引を失っても立て直せる会社だということが伝わります。
逆に、失ったまま埋まっていない場合も、隠す必要はありません。なぜ埋まっていないのか、埋めるために何をしているのかを添えてください。車両が余っている状態なら、それは伸びしろでもあります。
新しく増えた取引については、どうやって獲得したかを書いておくと効きます。紹介なのか、既存の荷主の別部署からなのか、営業をかけたのか。獲得の経路が説明できる会社は、これからも増やせる会社と見られます。
説明を先に用意しておく
数字が動いた期に理由を添えるという点は、実際には準備の作業です。その場で説明しようとすると、記憶が曖昧になります。
推移表を作る段階で、各期の欄に一行ずつメモを入れてください。大口の案件があった、車両を何台更新した、燃料が上がった、荷主を失った、運賃を改定した。事実だけで構いません。
このメモがあると、質問されたときに即答できます。即答できることは、それ自体が管理の証明になります。逆に、調べてから回答しますが続くと、数字を把握していない印象になります。
もちろん、分からないことは無理に答えないでください。推測を答えて後で訂正するほうが、はるかに印象を悪くします。「確認して回答します」で構いません。
悪い期の説明を組み立てる
事実・対応・結果の順で伝えるという形は、実際に組み立ててみると難しいところがあります。とくに、結果がまだ出ていない場合です。
その場合は、対応の途中経過を示してください。「主力荷主の物量が減った。新規の開拓に動き、今期は二社と取引が始まった。まだ埋め切れていないが、方向は見えている」。この形なら、把握して動いていることが伝わります。
避けたいのは、原因を外部だけに求めることです。燃料が上がった、荷量が減った、業界全体が厳しい。事実であっても、それだけでは何もしていないように聞こえます。同じ環境で対応している会社もあるからです。
自社の判断の誤りが原因だった場合も、正直に言うほうが評価されます。何を誤り、どう気づき、どう直したか。この流れが説明できる経営者は、信頼されます。
進行期の数字を出せる体制
交渉が進むと、進行期の月次実績を求められます。決算から半年以上たっていれば、直近月までの試算表が必要です。
ここで数字が出せないと、交渉が止まります。相手からすれば、直近の状態が分からないまま判断できないからです。しかも、出せない理由が「月次を締めていないから」だと、管理の程度まで疑われます。
だから、月次を締める体制は、承継の準備というより前提です。締められていない会社は、そこから始めてください。
あわせて、月次の締めがどれくらい遅れるかも把握しておいてください。翌月の何日ごろに数字が固まるのか。相手に伝えるときに、いつの時点の数字かを明示できると、混乱がありません。
見せる相手によって粒度を変える
資料は一度作れば使い回せますが、見せる相手によって出す範囲は変えてください。
秘密保持の契約を結ぶ前の段階では、会社が特定されない粒度にとどめます。売上の規模、台数、地域、事業の内訳。荷主名も、業種だけにします。
契約を結んだ後は、荷主別の内訳、車両の一覧、人員の構成まで開示します。ここで出し惜しみをすると、交渉が長引くだけです。
調査の段階では、元帳、契約書の原本、労働時間の記録まで求められます。この段階で初めて資料を作り始めると、日程が延びます。日程が延びること自体が、情報漏えいの危険を高めます。
だから、段階ごとに何を出すかを先に決めて、それぞれの資料を用意しておくのが効率的です。作る手間は一度きりで、その後は更新するだけです。
数字の食い違いをなくしておく
やってはいけないことに、試算表と決算書で数字が食い違う資料を出す、という項目を挙げました。これは意図的にごまかしているというより、作った時期や集計の方法が違うために起きます。
よくあるのが、決算の際に税理士が入れた修正が月次に反映されていないという食い違いです。月次を締めた後に決算整理があると、両者がずれます。荷主別の売上を配車のシステムから拾い、総額を会計から拾った場合も、集計の基準が違えば合いません。
資料を出す前に、必ず突き合わせてください。合わない場合は、なぜ合わないのかを説明できる状態にします。「配車システムの数字は運賃のみで、附帯作業料は含んでいない」といった説明があれば、食い違いではなく定義の違いとして扱われます。
この突き合わせは、社内の管理を見直す機会にもなります。二つの数字が長年ずれていたことに、この作業で初めて気づく会社もあります。
資料は承継のためだけではない
ここまで挙げた資料は、揃えるのに手間がかかります。ただ、一度作れば使い回せますし、承継の場面以外でも役に立ちます。
推移表があれば、金融機関への説明が楽になります。決算書を渡して説明するより、一枚の表で事業の輪郭を示せるほうが、相手も理解が早くなります。借入の相談でも、設備投資の相談でも同じです。
荷主別の推移は、営業の判断にそのまま使えます。どの取引が伸びていて、どこが減っているのか。減っている先に何が起きているのかを早めに把握できれば、手を打つ時間が残ります。
そして、後継者に会社を説明する材料にもなります。数字が実態を映していなければ、継ぐかどうかの判断ができません。売る道でも継がせる道でも続ける道でも、同じ資料を使います。作る価値は、そこにあります。
まとめ
3期の推移を1枚にまとめ、荷主別の内訳を添え、変動には理由を書く。悪い期は事実・対応・結果の順で説明する。この形が整っていれば、買い手は正しく評価でき、交渉も速く進みます。