工賃が上がらない三つの理由

値上げに踏み切れない背景には、共通する事情があります。

  • 近隣の工場の価格を基準に決めており、自社の原価を計算したことがない
  • 長年の付き合いのある顧客が多く、価格を変えると関係が壊れると感じている
  • 値上げの根拠を説明する材料がなく、聞かれたときに答えられる自信がない

いずれも心情としては理解できますが、共通しているのは根拠を持っていないことです。逆に言えば、根拠さえ用意できれば三つとも解消に向かいます。

他社の価格ではなく、自社の原価から決める

他社の工賃は、その工場の人件費、設備、立地、扱う車種、間接費の構成に基づいて決まっています。自社と条件が違う以上、そのまま真似ても採算は合いません。

価格を決める起点は、自社が一時間の作業を提供するのにいくらかかっているかという事実です。ここが分かっていれば、値上げは決断ではなく計算の結果になります。

レバーレートを計算する

レバーレートは、整備士一人が一時間稼働するために必要な原価です。おおまかには次の考え方で求めます。

  1. 整備部門にかかる年間の総費用を集計する(整備士の人件費、法定福利費、工具・設備の減価償却とリース料、工場の地代家賃、光熱費、保険、システム利用料、間接部門の人件費の按分など)
  2. 整備士の年間実作業可能時間を出す(在籍人数 × 年間就業日数 × 一日の実作業時間)
  3. 総費用 ÷ 実作業可能時間で、一時間あたりの原価を求める
  4. そこに目標とする利益率を上乗せし、必要な工賃単価を算出する
  5. 現在の工賃単価と比較し、差額を確認する

手順二の実作業時間は、就業時間そのままではありません。会議、移動、書類、手待ちを除いた実際に作業している時間で計算する必要があります。ここを厚く見積もると、原価が実態より安く出てしまいます。

なお、費用の按分方法や目標利益率の置き方に業界共通の正解はなく、工場ごとに設定が異なります。自社の実態に合わせてください。

作業区分ごとに単価を分ける

すべての作業を一律の単価で扱うと、難易度の高い作業ほど採算が悪くなります。次のような軸で分けることを検討してください。

  • 一般整備と、電子制御装置の診断・設定を伴う作業
  • 国産車と輸入車、あるいは特殊車両
  • 予約作業と、緊急対応・出張作業
  • 自社で部品を手配する場合と、持ち込み部品を扱う場合
  • 保証・保険が絡む作業と、一般の実費作業

特に診断作業は、時間と設備と技能を要するにもかかわらず、無償や低額で提供されがちな領域です。診断そのものを商品として値付けするだけでも、収益構造は変わります。

見積の出し方を変える

総額だけを提示する見積は、価格の比較対象になりやすくなります。作業内容、所要時間、部品代、技術料を分けて示すと、何に対して支払っているかが顧客に伝わります。

また、今すぐ必要な作業と、次回でよい作業を分けて提示することも重要です。分けて説明する工場は、単価が高くても選ばれ続ける傾向があります。価格の説明ではなく、判断材料の提供と捉えてください。

値上げの手順

一斉に上げるより、影響を抑えながら段階的に進めるほうが実行しやすくなります。

  1. 必要単価を計算し、目標とする水準を確定する
  2. 現行との差が大きい場合は、一度で埋めず複数回に分ける計画を立てる
  3. 新規顧客と新設のメニューから、新しい単価を適用する
  4. 既存顧客には、適用の一定期間前に案内を出す。次回入庫時からの適用とする
  5. 現場の全員に、値上げの理由と説明の仕方を共有する
  6. 適用後の三か月と六か月で、粗利額と離反率を確認する

手順五は見落とされがちですが重要です。受付や整備士が理由を説明できないと、顧客の不安がそのまま不信につながります。

伝え方の要点

値上げの案内で伝えるべきことは、価格そのものより、その裏付けです。

  • 何が上がったのか(部品や材料の仕入価格、設備の更新、資格取得や研修の費用など)を具体的に書く
  • 値上げに伴って提供が変わる点があれば、あわせて示す(点検項目の追加、代車の拡充、記録の提供など)
  • 適用開始の時期を明確にし、いつからかを迷わせない
  • 謝罪の言葉に終始せず、今後も安全に乗り続けてもらうための体制維持であることを説明する

長い付き合いの顧客ほど、丁寧に説明すれば理解を示すことが多いといえます。逆に、黙って上げると気付かれたときの不信が大きくなります。

難色を示されたときの対応

すべての顧客が受け入れるとは限りません。あらかじめ対応方針を決めておきます。

例外を作るかどうか、作るなら誰に対してどの範囲までか。値引きではなくメニューの調整で対応するのか。判断を現場に丸投げすると基準がぶれ、後で収拾がつかなくなります。線引きを文書にして共有してください。

一定数の離反は起こり得ます。それでも粗利額が増えていれば、経営としては前進です。件数ではなく粗利額で評価するという原則を、事前に自分の中で決めておくことが大切です。

値上げ以外に単価を上げる方法

同じ工賃表のままでも、一件あたりの単価を上げる余地はあります。

  • 点検結果を丁寧に説明し、必要な整備を漏れなく提案する
  • 車検と同時にできる作業(タイヤ、バッテリー、ワイパー、エアコン、下回り防錆など)を標準の提案項目にする
  • コーティングや用品など、付帯の商材を用意する
  • 保証や継続契約を組み合わせ、単発の作業で終わらせない
  • 作業時間の短縮によって、同じ時間でより多くの作業を提供する

提案の質は、記録の質に比例します。点検記録簿を顧客に見せながら説明する運用にするだけでも、提案の受け入れ率は変わります。

効果の測り方

値上げの成否は、次の指標で判断します。

  1. 月次の粗利額と粗利率の推移
  2. 一件あたりの平均単価
  3. 整備士一人あたり、リフト一基あたりの時間あたり粗利
  4. 車検継続率と、既存顧客の離反件数
  5. 作業区分ごとの粗利額の変化

三か月では判断が早すぎることもあります。車検は年単位の周期で回るため、継続率への影響は次の満期を迎えるまで確定しません。短期の件数だけで撤回しないよう注意が必要です。

それでも採算が合わないとき

計算した必要単価が、地域の相場から大きく離れてしまい、現実的に設定できないという場合もあります。これは価格の問題というより、固定費の規模と需要が合っていない状態です。

この段階では、設備や人員の構成を見直す、外注の活用範囲を広げる、あるいは購買力や管理機能を共有できる体制に参画するといった選択肢が検討対象になります。第三者への承継は、従業員と顧客を残しながら体制を変える方法の一つです。適否は業績や立地によって大きく異なるため、一概には言えません。

よくある質問

Q. どのくらいの幅で値上げすればよいですか。一律の目安はありません。レバーレートの計算で出た必要単価と現行単価の差が、本来埋めるべき幅です。差が大きい場合は複数回に分けるほうが実行しやすくなります。他社の価格や業界の平均値を基準にすると、自社の原価構造と合わない設定になりかねません。

Q. 値上げの案内はいつ出すのがよいですか。次回入庫の予定がある顧客には、その入庫の前に届くように出すのが基本です。案内なしに請求の段階で伝えると、不信につながりやすくなります。あわせて、店内掲示や自社サイトでも同じ内容を示しておくと、説明の一貫性が保てます。

Q. 診断作業に料金を設定すると、顧客に断られませんか。診断が何をする作業で、どれだけの設備と技能を要するのかを説明できれば、理解は得やすくなります。診断料を修理を受注した場合に整備料金へ充当するといった運用にする工場もあります。いずれにせよ、無償が前提になっている状態を続けるほうが、長期的には収益を圧迫します。

まとめ

工賃単価が上がらない最大の原因は、自社の原価を計算していないことにあります。レバーレートを出せば、必要な単価は決断ではなく計算の結果として決まります。作業区分ごとに分けて値付けし、診断作業を商品として扱うことも収益構造を変えます。

値上げは、根拠を示し、時期を明確にし、現場で説明できる状態を整えてから、段階的に進める。評価は件数ではなく粗利額で行う。この順番を守れば、長年の顧客との関係を保ちながら単価を戻すことは可能です。