承継後に従業員が抱く不安
事業承継やM&Aの話が伝わると、従業員はさまざまな不安を抱きます。経営者が代わることで、働き方や待遇が変わるのではないか、自分の居場所は残るのか、これまでのやり方が否定されるのではないか。こうした不安は、口に出されないまま心の中でふくらみやすいものです。
不安を抱えたまま働き続けると、次第に意欲が下がり、他に移ることを考え始めます。承継そのものがうまくいっても、こうした従業員の心の動きに目を向けなければ、大切な人材を失いかねません。まずは不安があって当然だと受け止めることが出発点です。
まず不安を払拭する
従業員の不安を和らげるには、変わらないことと変わることを、できるだけ早く率直に伝えることが大切です。雇用が続くこと、これまでの働き方が急に大きく変わるわけではないことが分かると、多くの不安は軽くなります。情報が伝わらないまま憶測が広がると、かえって不安が増幅します。
伝える際は、一方的な通知ではなく、疑問に答える姿勢を大切にしたいところです。従業員が知りたいのは、自分の日々の暮らしや将来がどうなるかという、身近な事柄です。その目線に立って、丁寧に説明することが信頼につながります。
処遇への配慮を示す
承継後の定着を左右する大きな要素が、処遇への配慮です。これまで積み重ねてきた経験や貢献が正当に扱われること、待遇が理由もなく引き下げられないことは、従業員にとって重大な関心事です。処遇が軽んじられると受け取られれば、意欲の低下や離職に直結します。
もちろん、承継を機に制度を見直す場面もあります。その際も、変更の理由を丁寧に説明し、一方的に押しつけない姿勢が欠かせません。従業員の納得を得ながら進めることが、長く働いてもらうための土台になります。
処遇について伝えるときは、「当面は変わりません」と言えるならそう言い、変わる予定があるなら曖昧にしないでください。後で変わったときに「話が違う」となるほうが、最初から伝えるより大きな不信を招きます。
また、雇用の契約や勤務の条件をどう引き継ぐかは、承継の方法によって扱いが異なります。何が自動的に引き継がれ、何に手続が必要かは、社会保険労務士と弁護士にご確認のうえ進めてください。ここを誤ると、善意で進めたことが後から問題になります。
丁寧な対話を重ねる
不安の払拭も処遇への配慮も、その根底にあるのは対話です。承継の前後を通じて、従業員一人ひとりの声に耳を傾け、疑問や不満を受け止める場を設けることが、定着を大きく左右します。対話は一度きりではなく、折に触れて重ねていくことに意味があります。
特に、現場を支えてきたベテランや、周囲に影響力のある人との対話は大切です。こうした人が前向きに受け止めてくれると、その姿勢が周囲にも伝わり、職場全体の安心につながります。誰と、どのように対話するかを意識して進めたいものです。
対話で大切なのは、話す量より聞いた内容にその後どう応じたかです。面談で出た要望に対して何も動きがなければ、次からは誰も本音を言わなくなります。すべてに応じる必要はありませんが、応じられないものは理由を添えて返してください。
そして、一度きりで終えないことです。承継の直後は誰もが構えており、本音は出てきません。数か月後、半年後と間隔を置いて機会を持つと、そのときになって初めて話されることがあります。
新しい経営者と旧経営者の橋渡し
承継直後は、従業員にとって新しい経営者はまだ見知らぬ存在です。この時期に旧経営者が一定の期間関わり、橋渡し役を担うことは、従業員の安心につながります。長年の信頼を寄せてきた旧経営者の言葉は、従業員の不安を和らげる大きな力を持ちます。
橋渡しの期間をどう設けるかは、承継の条件を話し合う段階から考えておくとよいでしょう。急に経営者が入れ替わるよりも、緩やかに移行していくほうが、従業員も新しい体制になじみやすくなります。丁寧な移行が、人材の流出を防ぐ支えになります。
人材の定着が承継の価値を守る
承継後に従業員が長く働いてくれることは、引き継いだ事業の価値を守ることそのものです。現場を支える人が残れば、サービスの質も顧客との関係も保たれ、事業は安定して続いていきます。逆に人材が流出すれば、せっかく引き継いだ価値が目減りしてしまいます。だからこそ、人の定着は承継の要なのです。
私たち株式会社フォーバル 自動車アフターマーケットチームは、ガソリンスタンド(SS)業界に特化し、承継の実務だけでなく、その後の人材の定着まで見据えてご支援しています。引き継ぎの不安から承継後の体制づくりまで、相談無料・秘密厳守で伴走します。
いつ、誰に、どの順で伝えるか
承継後の定着は、伝え方の段階で半分決まります。順序を誤ると、後から何を言っても取り戻せません。
- まず、影響の大きい古参の方に個別に伝える
- 次に、全体に伝える
- その後、個別の面談で一人ずつ話す
- 取引先や関係先には、社内が落ち着いてから
一つ目を飛ばして全体発表に進むと、長く支えてきた方が「聞いていない」と感じます。その方が動揺すれば、周りにも波及します。順序を守ることは、内容を丁寧にすること以上に効きます。
三つ目については、全体に伝えた後が肝心です。全体の場では、誰も本音を言いません。一人ずつ話す機会をつくって初めて、何を不安に思っているかが分かります。この面談は、新しい経営者が行ってください。
従業員が実際に気にしていること
不安といっても漠然としています。実際に聞かれるのは、次のようなことです。
- 雇用は続くのか
- 給与や待遇は変わるのか
- 働く場所や時間は変わるのか
- 誰の指示で動くことになるのか
- 前の社長は、いつまでいるのか
- 店の名前ややり方は変わるのか
四つ目は、実務に直結する切実な問いです。指揮系統が曖昧な期間があると、現場は動けません。誰に報告し、誰が判断するのかを、承継の日から明確にしてください。
五つ目については、はっきり答えてください。「しばらくは」という曖昧な答えは、かえって不安を残します。期間が決まっているならその期間を、決まっていないならそう伝えたうえで、いつまでに決めるかを示してください。
そして、答えられないことは「まだ決まっていない」と正直に言ってください。その場を取り繕った答えが後で覆ると、それ以降の言葉が信じられなくなります。
最初の数か月で、変えることと変えないこと
新しい経営者が陥りやすいのが、早く自分の色を出そうとして次々と変えてしまうことです。次のように分けてください。
- すぐ変えないほうがよい … 長年の習慣、呼び方、人の配置、取引先との関係
- 早めに整えるべき … 指揮系統、報告の相手、判断の線引き
- 変えるなら説明を尽くす … 待遇、勤務の形、評価の仕方
- 放置してはいけない … 法令に関わること、安全に関わること
一つ目については、変える理由が本人にとって明確でも、周りには「前を否定された」と映ります。急がなくてよいことは、信頼が積み上がってからにしてください。
四つ目だけは例外です。安全や法令に関わることは、前からそうだったという理由で続けられません。ここは早く手を入れる必要がありますが、その際も「前が悪かった」という言い方は避け、これからどうするかを示してください。
前の経営者の関わり方
承継後しばらく前の経営者が残る形は多くありますが、ここが曖昧だと現場が混乱します。
- どの範囲について、意見を言う立場なのか
- 指示を出してよいのか、そうでないのか
- 従業員から相談された場合、どう対応するのか
- いつまで関わるのか
- 意見が食い違ったとき、どちらに従うのか
五つ目を決めておかないと、現場は二人の顔色を見ることになり、判断が止まります。そして、たいていは以前から知っている前の経営者に従います。これが続くと、新しい経営者はいつまでも認められません。
三つ目については、前の経営者の側に自制が求められます。頼られると応じたくなりますが、そこで答えてしまうと指揮系統が崩れます。「今はこちらに聞いてください」と返せるかどうか。ここは事前に本人と話しておく必要があります。
離職は、いつ起きやすいか
承継後の離職は、発表の直後より少し後に起きる傾向があります。時期ごとに、備えるべきことが違います。
- 発表の直後 … 動揺による、感情的な申し出
- 数か月後 … 新しいやり方が見えてきて、合わないと判断した場合
- 半年から一年 … 待遇や役割の変化が実際に効いてきたとき
- 前の経営者が完全に退いたとき … 最後の区切りとして
四つ目は、見落とされやすい時期です。「社長がいる間は」と考えていた方が、その区切りで判断します。前の経営者が退く時期が近づいたら、改めて個別に話す機会を持ってください。
いずれの時期でも、辞める意思を示された方の話は、まず聞いてください。引き止められるかどうかとは別に、その理由には他の方も同じように感じている何かが含まれています。正社員が定着する店の共通点もあわせてご覧ください。
承継の前からできること
定着の取り組みは、承継が決まってから始めるのでは遅い部分があります。前からできることがあります。
- 社長個人ではなく、店として仕事が回る形にしておく
- 誰が何を担当しているかを、書き出して共有しておく
- 手順や記録を、人の頭の中から出しておく
- 従業員が、社長以外にも相談できる相手を持っている状態にする
- 待遇や評価の基準を、説明できる形にしておく
一つ目が、最も効きます。社長に依存した状態のまま承継すると、社長が退いた瞬間に運営が揺らぎます。そして揺らげば、従業員は将来を不安に思います。社長依存の解消で扱っている取り組みが、そのまま承継後の定着に効きます。
五つ目については、基準が曖昧なままだと、承継後に「前は違った」という話が出ます。前から明文化されていれば、新しい経営者もそれを引き継げます。評価制度づくりもあわせてご覧ください。
買い手や後継者から見た「人が残るか」
従業員が残るかどうかは、承継の相手にとっても大きな関心事です。とくにこの業種では、次の理由から重視されます。
- 資格を持った人がいなければ、成り立たない業務がある
- 地域のお客様との関係が、人に紐づいている
- 設備や現場の癖を知っている人が要る
- 採用が難しく、抜けた分をすぐには埋められない
一つ目は決定的です。資格者が一人しかいない状態は、その一人が残るかどうかに事業の継続がかかることを意味します。承継を考えるなら、その前に人数を増やしておくことが最も確実な備えになります。
四つ目については、この業種の採用の難しさは相手も分かっています。だからこそ、人が定着している状態そのものが評価されます。逆に、直近で人が続けて辞めている状態は、必ず理由を尋ねられます。
これらは、条件の交渉にも影響します。人が残る見込みを示せるかどうかが、そのまま条件に反映されることがあります。売ると決める前にできる準備もあわせてご覧ください。
まとめ
承継後もガソリンスタンドの従業員に長く働いてもらうには、不安を率直に払拭し、処遇に配慮し、丁寧な対話を重ねることが欠かせません。旧経営者による橋渡しも、円滑な移行を支えます。
人材の定着は、引き継いだ価値を守る要です。承継を検討する早い段階から、その後の人の動きまで見据えて備えることが大切です。一人で抱え込まず、必要に応じて専門家の視点も交えながら進めていきましょう。