繰越欠損金とは何か

繰越欠損金とは、過去の事業年度に生じた税務上の赤字を、一定期間にわたって将来の黒字と相殺できる仕組みです。相殺できればその分だけ将来の法人税等の負担が軽くなるため、会社にとって価値のある要素といえます。

注意したいのは、これが会計上の赤字とは別物だという点です。税務上の所得計算の結果として生じた欠損金であり、決算書の繰越利益剰余金のマイナスと必ずしも一致しません。実際の残高は法人税の申告書の別表で確認します。

承継やM&Aの場面では、この繰越欠損金を引き継げるかどうかが論点になります。引き継げる場合と制限される場合があるため、仕組みを理解しておくことが大切です。

整備業で欠損金が生まれやすい場面

自動車アフター業界では、次のような場面で欠損金が生じることがあります。

  • 整備工場…リフトやテスター、電子制御装置整備に対応する設備の一括更新
  • 鈑金塗装…塗装ブースや水性塗料対応設備への切り替え、工場の建て替え
  • 車検専門店…新規出店に伴う初期費用と、立ち上がりまでの赤字
  • 中古車販売…在庫の相場下落に伴う評価減、販売不振期の在庫処分
  • ガソリンスタンド(SS)…地下タンクの改修や設備更新、燃料価格の変動による利益の振れ
  • 部品商…滞留在庫の処分、物流拠点の集約に伴う費用
  • 輸入車・二輪…仕入条件の変動、専用工具や診断機への投資

いずれも事業の将来を見据えた投資が原因であることが多く、赤字そのものが会社の弱さを意味するとは限りません。この点は買い手に説明するうえでも重要な視点になります。

承継の形によって扱いが変わる

繰越欠損金を引き継げるかどうかは、承継をどのような形で行うかによって大きく変わります。会社の株式をそのまま引き継ぐのか、事業だけを切り出して移すのか、合併や会社分割といった組織再編を使うのかで、結論が異なります。

ただし中小企業の承継では、この選択を税負担だけで決めることはできません。許認可の引き継ぎ、契約の巻き直し、従業員の雇用、そして買い手の希望も絡みます。繰越欠損金は判断材料の一つと位置づけるのが現実的です。

以下、代表的な三つの形に分けて考え方を整理します。

株式を承継する場合

株式の譲渡や贈与、相続によって会社そのものを引き継ぐ場合、法人格は変わりません。したがって繰越欠損金は原則としてその会社に残り、承継後も使用できるのが基本です。許認可や契約もそのまま続くため、整備業では選ばれやすい方式です。

ただし、支配株主が変わったうえで事業の内容を大きく変えたり、休業状態の会社を取得して別の事業に使ったりする場合には、欠損金の使用が制限される規定があります。欠損金だけを目的とした取得を防ぐための仕組みです。

通常の事業承継、つまり整備工場を整備工場として続ける形であれば、こうした制限が問題になる場面は限られます。とはいえ判断は個別性が高く一概には言えないため、税理士にご確認ください。

事業譲渡の場合

事業譲渡は、会社の資産・負債・契約を個別に選んで移す方法です。この場合、繰越欠損金は移転元の会社に残り、譲り受けた側には引き継がれないのが基本です。買い手が簿外債務のリスクを避けたいときに選ばれますが、欠損金の観点では不利になります。

一方で、移転元に残った欠損金は、譲渡によって生じた利益と相殺できる可能性があります。含み益のある不動産や設備を譲渡する場合、この相殺があるかないかで手取りが変わることもあります。

事業譲渡では、認証工場・指定工場の認証や古物商許可、危険物施設の許可などを譲受側で取り直す必要が生じます。税務だけでなく許認可の観点からも、方式の選択は慎重に検討してください。

組織再編に伴う引継ぎと制限

合併や会社分割といった組織再編を行う場合、一定の要件を満たせば繰越欠損金を引き継げることがあります。逆に、要件を満たさない場合には引継ぎができない、あるいは引き継いだ後の使用が制限されることがあります。

基本的な考え方は、実態を伴う再編であることが求められるという点にあります。支配関係が継続しているか、事業が引き続き営まれるか、従業員が引き続き従事するか、といった観点が問われます。

組織再編税制は制度の中でもとくに複雑な分野で、改正されることもあります。ここでは考え方の枠組みを押さえていただき、実行の可否は必ず専門家の確認を得てください。

引継ぎで確認したい主なポイント

検討にあたって押さえておきたい点を整理すると次のようになります。

  • 承継の方式(株式承継か、事業譲渡か、組織再編か)
  • 支配関係が継続しているか、いつから継続しているか
  • 承継後も同じ事業が継続される見込みか
  • 従業員の相当数が引き続き従事するか
  • 繰り越せる期間の残りがどれだけあるか
  • 欠損金の発生原因と、その裏付け資料が残っているか

これらによって、繰越欠損金を使えるかどうか、使えるとしてどの範囲かが変わります。承継の入口の段階で確認しておくことが有効です。

使用にあたっての実務上の注意

繰越欠損金には繰り越せる期間の上限があり、期限を過ぎたものは使えなくなります。古い年度のものから順に失効していくため、残高だけでなく発生年度ごとの内訳を把握しておく必要があります。期間は制度で定められ、年度により異なります。

また、会社の資本金の規模などによって、一事業年度に使用できる金額に上限が設けられている場合があります。中小企業向けの取扱いもありますが、要件は制度で定められています。一度にすべてを相殺できるとは限らない点に留意してください。

使用の前提として、欠損金が生じた年度から連続して確定申告を行っていることなどの要件があります。申告を出していない年度があると使えなくなるおそれがあるため、過去の申告状況もあわせて確認しておきましょう。

決算書と申告書のどこを見るか

繰越欠損金の実際の残高は、法人税の申告書に添付される別表のうち、欠損金の繰越しに関する明細で確認できます。発生年度ごとの金額、すでに使用した金額、残っている金額が記載されています。

決算書だけを見ても正確な残高は分かりません。顧問税理士から申告書一式を受け取り、直近数期分の別表を並べて確認するのが確実です。M&Aの場面では、買い手からこの資料の提出を求められます。

あわせて、繰延税金資産を計上しているかどうかも確認しておきましょう。将来の使用可能性の見込みが変われば、決算の数字にも影響します。

買い手にとっての繰越欠損金の見方

M&Aで会社を譲り受ける買い手にとって、繰越欠損金は承継後の税負担を抑える要素になり得ます。事業譲渡ではなく株式取得を選ぶ動機の一つになることもあります。

ただし、買い手も制限規定を理解しています。実態を伴わない承継では狙った効果が得られないため、欠損金の存在が単純に価格の上乗せにつながるとは限りません。過度な期待は避けたほうがよいでしょう。

むしろ買い手が重視するのは、欠損金が生じた原因です。設備投資による一時的な赤字なのか、構造的な収益力の低下なのかで評価は変わります。原因を説明できる資料を整えておくことが、交渉では効いてきます。

赤字であることと企業価値の関係

赤字が続いていると値段はつかないと考える経営者は少なくありません。しかし実際には、車検の入庫台数、リピート顧客、認証・指定の資格、熟練した整備士、立地といった、数字に表れにくい強みが評価されることがあります。

譲渡価格の考え方としては、時価純資産+営業利益の2〜3年分(時価純資産法)が目安とされますが、実際は交渉で決まります。営業利益が乏しい場合でも、純資産や事業基盤の評価によって価格がつくことはあります。

繰越欠損金は、この評価とは別の軸で買い手のメリットになり得る要素です。両方をあわせて整理しておくと、交渉の材料が増えます。

業態ごとの見え方の違い

同じ欠損金でも、業態によって買い手の受け止め方は変わります。

  • 整備工場・車検専門店…設備投資に由来する欠損は前向きに評価されやすい
  • 鈑金塗装…保険会社や指定工場との関係が続いていれば、収益回復の見通しを説明しやすい
  • 中古車販売…在庫評価に起因する欠損は、在庫の実地確認とセットで見られる
  • SS…設備更新の負担と将来の投資予定が同時に見られるため、設備の残存年数の説明が重要
  • 部品商…滞留在庫の処分による欠損は、在庫管理の改善状況とあわせて評価される

いずれの場合も、欠損の原因と回復の道筋をセットで説明できるかどうかが分かれ目になります。資料の準備は早いほど有利です。

よくある失敗と回避策

  • 期限が迫った欠損金があることに気づかず失効させる…発生年度ごとの残高を毎期確認する
  • 事業譲渡を選んだ結果、欠損金を活かせなかった…方式の決定前に税務の影響を試算する
  • 申告を出していない年度があり、使用の要件を満たさなくなる…過去の申告状況を点検する
  • 欠損金があるからと価格交渉で強気に出て、話がまとまらない…評価の中心は事業の稼ぐ力だと理解しておく
  • 節税だけを目的に再編を組み、要件を満たさず制限を受ける…事業上の目的を明確にして設計する

多くは、承継の方式を決める前に確認しておけば避けられるものです。決めてしまってから税務の検討を始めると、選び直しがきかなくなります。

承継準備でできること

  1. 直近数期分の申告書別表から、繰越欠損金の残高と発生年度を洗い出す
  2. 期限までに使い切れる見込みかどうかを、事業計画とあわせて確認する
  3. 欠損の発生原因を説明できる資料(設備投資の内容、在庫処分の経緯など)を整える
  4. 想定する承継方式ごとに、欠損金の扱いがどうなるかを税理士と確認する
  5. 支配関係や事業継続の要件を意識して、全体の設計を組み立てる

早い段階でこれらを押さえておくと、承継方式を選ぶ際に繰越欠損金を無駄にしにくくなります。せっかくの資産を失効させないためにも、確認は前倒しで行いましょう。

専門家との連携の進め方

繰越欠損金の判断には、法人税だけでなく組織再編税制の知識が必要です。顧問税理士に加えて、M&Aや再編の経験がある専門家の意見を聞くと、選択肢が広がることがあります。

相談の際は、直近数期分の申告書一式、株主名簿、主要な設備の一覧、借入金の返済予定表を用意しておくと話が早く進みます。資料が揃っているほど、具体的な検討ができます。

制度は改正されることがあり、年度により異なります。以前に聞いた話が今も通用するとは限らないため、実行の前に改めて税理士にご確認ください。

よくある質問

Q. 赤字の会社は承継で不利ですか。一概には言えません。繰越欠損金は承継後に活用できる場合があり、事業基盤が評価されることもあります。赤字が必ずしもマイナス評価だけになるとは限りません。

Q. 事業譲渡でも欠損金を引き継げますか。事業だけを移す事業譲渡では、繰越欠損金は原則として移転元に残り、引き継がれないのが基本です。承継方式による違いに注意してください。

Q. 繰り越せる期間はどれくらいですか。制度上の上限が定められており、改正されることもあります。年度により異なりますので、残りの期間は申告書の別表で確認したうえで、税理士にご確認ください。

Q. 一度に全額を相殺できますか。会社の規模などによって、一事業年度に使用できる金額に上限が設けられている場合があります。使用の計画は事業計画とあわせて立てるのが実務的です。

Q. 欠損金があることを買い手に伝えるべきですか。買収監査で必ず確認される項目です。隠す意味はありません。発生原因とあわせて早い段階で開示するほうが、信頼につながります。

まとめ

繰越欠損金は、過去の赤字を将来の黒字と相殺できる、決算書に表れにくい価値ある要素です。承継後も活用できるかどうかは承継方式によって変わり、株式承継では原則として会社に残る一方、事業譲渡では引き継がれないのが基本です。

組織再編での引継ぎには実態を伴う再編であることなどの要件があり、使用できる期間や金額にも制限があります。まずは申告書の別表で残高と発生年度を把握するところから始めてください。

制度は年度により異なり、判断も個別性が高く一概には言えません。せっかくの欠損金を失効させないためにも、承継の方式を決める前に税理士にご確認のうえ進めましょう。