売却代金の受け取り方は一通りではない
会社の売却代金は、必ず一括で支払われると決まっているわけではありません。取引の形や条件によって、一括で受け取る場合もあれば、複数回に分けて受け取る場合もあります。
どのような受け取り方になるかは、売り手と買い手の合意によって決まります。事前にどんな形があり得るのかを知っておくことで、交渉の場で自分の希望を伝えやすくなります。
まずは、受け取り方にはいくつかのパターンがあり、それぞれに理由があることを理解しておくことが大切です。
誰から誰へ支払われるのかを押さえる
受け取り方を考える前に、そもそも代金が誰から誰へ渡るのかを整理しておく必要があります。ここを取り違えると、手取りの見通しが大きくずれます。
- 株式譲渡:買い手から株主である経営者個人へ支払われる。会社を通さず個人の手元に入る
- 事業譲渡:買い手から会社へ支払われる。個人に移すには役員退職金や配当などの段取りが別に必要
- 会社分割:切り出した事業の対価が会社に入る形が基本で、個人の手取りにするには追加の設計が要る
同じ「会社を売る」でも、手法が違えば資金の流れも税務の扱いも変わります。中小の承継では株式譲渡が選ばれることが多いものの、許認可や不採算事業の切り離しの都合で別の形になることもあります。税務の取り扱いは個別性が高く、制度も年度により異なりますので、必ず税理士など専門家に確認してください。
一括で受け取れる場合
株式譲渡の形で会社を売却する場合、譲渡が実行されるタイミングで代金を一括して受け取るのが、基本的な形の一つです。買い手が資金を用意でき、条件がまとまっていれば、まとまった資金を一度に受け取れます。
一括で受け取れれば、資金計画が立てやすく、引退後の備えにも生かしやすくなります。多くの売り手にとって望ましい形といえますが、必ずしもすべての取引でこうなるわけではありません。
取引の規模や買い手の資金の状況、リスクの分担の考え方によって、分割や条件付きの形が選ばれることもあります。
クロージング当日の資金の流れ
一括で受け取る場合でも、当日は単に振り込まれて終わりではありません。同じ日に複数のことが同時に動きます。
- 前提となる条件(許認可の確認、必要な承諾の取得、保証解除の見込みなど)が満たされたことを確認する
- 株式の譲渡と、株主名簿の書き換えを行う
- 代金が指定の口座へ振り込まれ、着金を双方で確認する
- 役員の変更や、会社の実印・通帳・重要書類の引き渡しを行う
- 金融機関の借入や個人保証について、あらかじめ調整した手続きを実行する
この日程は、金融機関や関係者の都合と合わせて組む必要があります。着金の確認ができてから書類を渡す、といった順序を契約で定めておくことが、売り手にとっての安全策になります。
分割払いになるケース
売却代金が分割で支払われるのは、いくつかの事情が背景にあります。代表的なものを挙げると、次のような場合です。
- 買い手が一度に資金を用意するのが難しい
- 承継後の業績や引き継ぎの状況に応じて支払う取り決めがある
- リスクを分担するために、一部を後払いにする
- 一定の条件を満たした段階で残りを支払う形にする
- 株式を段階的に取得し、経営を見届けながら移行する設計になっている
分割払いには、買い手にとって資金負担を平準化できる利点があります。一方、売り手にとっては、後から受け取る分が予定どおり支払われるかという点に注意が必要です。取り決めの内容をしっかり確認しておくことが欠かせません。
業績に連動した支払いという仕組み
売却代金の一部を、承継後の業績に応じて後から支払う取り決め(アーンアウト)が用いられることがあります。将来の成果に連動させることで、売り手と買い手の見立ての差を埋める狙いがあります。
この仕組みでは、承継後に事業が順調に伸びれば追加の対価を受け取れる可能性があります。ただし、業績が想定に届かなければ受け取れないこともあり、条件の設定が重要になります。
注意したいのは、承継後の経営は買い手が握るという点です。判断の基準となる指標が買い手の裁量で動きやすいものだと、実質的に受け取れない設計になりかねません。何をもって達成とするか、その数値をどう算定するか、算定の根拠資料を売り手が確認できるかまで、契約で定めておく必要があります。税務上の取り扱いも絡むため、詳細は専門家に確認しながら進めてください。
代金の一部を預ける仕組み
取引によっては、売却代金の一部を第三者に一時的に預け、後日精算する仕組み(エスクロー)が使われることがあります。承継後に何か問題が生じた場合に備えて、一定額を確保しておくための取り決めです。
この仕組みは、買い手のリスクを和らげ、取引を安心して進めるために用いられます。売り手にとっては、預けた分がいつ、どのような条件で戻ってくるのかを事前に理解しておくことが大切です。
確認すべきなのは、預ける金額と期間、戻ってくる条件、差し引かれる場合の手続き、そして預けている間の管理者と費用の負担です。こうした仕組みの要否や条件は取引ごとに異なるため、内容を丁寧に確認することをおすすめします。
役員退職慰労金と組み合わせる形
受け取り方を考えるうえで見落とせないのが、株式の対価とは別に、会社から役員退職慰労金を受け取る形です。長年経営してきた経営者が退任する際に、会社から支払われるものです。
この場合、株式の対価と退職慰労金という二つの流れに分かれるため、支払いの主体もタイミングも異なります。株式の対価は買い手から個人へ、退職慰労金は会社から本人へ支払われ、後者は株主総会の決議や規程に基づいて行われます。
金額の妥当性が問われる場面もあり、税務上の取り扱いは形や状況によって異なります。制度や要件は年度により異なりますので、組み立てを検討する際は必ず税理士など専門家に確認してください。
借入と個人保証の解除をどう合わせるか
代金を受け取っても、会社の借入に対する個人保証が残っていては、安心して引退できません。実務では、代金の受け取りと保証の解除を同じタイミングで整えることを目指します。
保証を外すには金融機関の同意が必要です。買い手の信用力や、買い手側で新たに保証を引き受けるかどうかによって扱いが変わるため、クロージングの日程を決める前から金融機関と調整を始めておくことが欠かせません。
解除の見通しが立たないまま実行に進むと、代金は受け取ったのに保証だけが残る、という最も避けたい状態になります。個人保証の扱いは、受け取り方と同じくらい重要な条件だと考えてください。
業態によって受け取り方が変わりやすい場面
自動車アフター業界では、業態ごとの事情が支払いの条件に影響することがあります。
- 整備工場・車検専門店:土地建物を経営者個人が所有している場合、株式の対価と不動産の対価が分かれ、時期がずれることがある
- 鈑金塗装:塗装ブースやフレーム修正機など大型設備の評価が論点になり、実地確認の後に金額が確定することがある
- 中古車販売:在庫車両の実地確認や在庫金融の返済とセットで資金が動き、精算に時間を要することがある
- ガソリンスタンド:地下タンクや土壌に関する調査の結果が出るまで、一部を留保する取り決めが置かれることがある
- 部品商・用品店:実地棚卸の結果で在庫金額を確定させ、その差額で精算する形になりやすい
- 輸入車・二輪:インポーターやメーカーの承認が支払いの前提条件とされ、承認が下りるまで実行されないことがある
いずれも「買い手が支払いを渋っている」のではなく、確認すべき事項が残っているために時期がずれる、という性質のものです。何が確定すれば支払われるのかを、条件として明確にしておくことが重要です。
受け取り方を決めるときの注意点
売却代金の受け取り方を決める際には、目先の金額だけでなく、確実に受け取れるか、いつ手元に入るかといった点を総合的に考える必要があります。次の手順で確認していくと整理しやすくなります。
- 提示された受け取り方の全体像を把握する
- 分割や後払いの条件と時期を確認する
- 後から受け取る分の確実性を見極める
- 税務上の取り扱いを専門家に確認する
- 自分の資金計画に合うかを検討する
一括受け取りが最も分かりやすい一方、分割や条件付きの形にもそれぞれ意味があります。総額が大きくても後払い部分の不確実性が高ければ、実際の手取りは小さくなり得ます。内容を理解したうえで、自分に合った形を選ぶことが大切です。
後払い分の確実性をどう高めるか
分割や条件付きの形を受け入れる場合、後払い部分をどう守るかが交渉の中心になります。契約の書き方で、確実性はかなり変わります。
- 支払いの時期と金額、条件を具体的な文言で特定する
- 支払いが遅れた場合の遅延損害金や、残額を一括請求できる取り決めを置く
- 算定の根拠となる資料を、売り手が確認できるようにしておく
- 担保や保証、あるいは第三者に預ける仕組みを併用する
- 売り手が一定期間残る取り決めがある場合、その条件と報酬を切り分けて定める
「信頼できる相手だから大丈夫」で済ませないことが肝心です。書面で明確にしておくことは、相手を疑うことではなく、双方が後から困らないための備えです。
手数料や諸費用が差し引かれるタイミング
受け取った金額が、そのまま手元に残るわけではありません。支援を依頼した会社への手数料、契約書の作成や登記にかかる費用、そして税金があります。
手数料の体系は依頼先によって異なり、着手金や中間金が発生する形もあれば、成約時にまとめて支払う形もあります。いつ、いくら発生するのかを、契約を結ぶ前に確認しておいてください。金額や体系は依頼先ごとに異なり、一概には言えません。
税金についても、代金を受け取った時期と納付の時期がずれる点に注意が必要です。受け取った資金をすぐに使ってしまい、後から納税資金に困る——という事態は避けたいところです。納税の時期と金額の見通しは、早い段階で税理士に確認しておきましょう。
資金計画と合わせて考える
売却代金の受け取り方は、引退後の資金計画と切り離せません。まとまった資金を一度に必要とするのか、時期を分けて受け取っても支障がないのかによって、望ましい形は変わります。
自分がいつ、どれくらいの資金を必要とするかを整理したうえで交渉に臨むと、希望を伝えやすくなります。受け取り方は買い手との合意で決まるため、自分の事情を明確にしておくことが有利に働きます。
なお、そもそもの売却価格の水準については、時価純資産に営業利益の2〜3年分を加える考え方(時価純資産法)が目安とされますが、実際の金額は交渉で決まります。金額の見通しと受け取り方の設計は、あわせて考えるのが現実的です。
よくある失敗と回避策
受け取り方をめぐって起きやすいつまずきと、その避け方を挙げます。
- 総額の大きさだけで判断し、後払い部分が受け取れなかった → 確実に受け取れる金額を基準に比較する
- 業績連動の基準が曖昧で、達成の判定でもめた → 指標・算定方法・確認手段を契約で特定する
- 個人保証の解除の目処が立たないまま実行してしまった → 金融機関との調整を日程設計の前提に置く
- 納税資金を残さずに使ってしまった → 受け取り直後に納税分を分けて確保する
- 預けた代金が戻る条件を確認していなかった → 期間・条件・費用負担を事前に書面で確認する
いずれも、実行の前に一つずつ確認しておけば防げるものばかりです。急がされていると感じたときこそ、立ち止まって条件を確かめてください。
よくある質問
Q. 必ず一括で受け取りたいのですが可能ですか。A. 取引の条件によりますが、希望として伝えることはできます。買い手の資金状況などで分割になる場合もあるため、交渉の中で調整していきます。
Q. 分割払いだと受け取れないリスクはありますか。A. 後払いの分には確実性の確認が欠かせません。契約で条件を明確にし、専門家のサポートを受けることでリスクを抑えられます。
Q. 受け取り方によって税金は変わりますか。A. 取り扱いは形によって異なり、個別性が高い分野です。制度も年度により異なりますので、詳細は税理士など専門家にご確認ください。
Q. 代金は個人と会社のどちらに入りますか。A. 株式譲渡なら株主である個人へ、事業譲渡なら会社へ入るのが基本です。手法によって、その後の段取りが変わります。
Q. 売却後も社長として残る場合、報酬は代金に含まれますか。A. 通常は別のものです。残る期間の役割と報酬は、売却代金とは切り分けて取り決めるのが分かりやすい形です。
専門家と一緒に条件を見極める
売却代金の受け取り方は、金額そのものと同じくらい重要な条件です。分割や後払い、預ける仕組み、退職慰労金との組み合わせなど、それぞれの意味とリスクを理解したうえで交渉するには、専門家のサポートが役立ちます。
私たち株式会社フォーバル 自動車アフターマーケットチームは、自動車アフター業界に特化してM&Aの相談を全国で承っています。相談は無料で、完全成功報酬・秘密厳守・オンライン面談にも対応しています。売却代金の受け取り方を含め、経営者が納得できる条件づくりを一緒に進めます。
まとめ
会社の売却代金は、一括で受け取れる場合もあれば、分割払いや業績連動、代金の一部を預ける仕組みなど、さまざまな形があり得ます。どの形になるかは、取引の条件や買い手との合意によって決まります。
大切なのは、目先の金額だけでなく、確実に受け取れるか、いつ手元に入るかまで見据えて判断することです。誰から誰へ支払われるのか、個人保証はいつ外れるのか、手数料と税金はいつ差し引かれるのか——この三点を押さえるだけでも、見通しは大きく変わります。
受け取り方は自分の資金計画と密接に関わります。条件やリスク、税務上の取り扱いは個別性が高いため、専門家のサポートを受けながら、納得できる形を選んでいきましょう。