全体像
HACCPに沿った衛生管理は、次の3つが回っている状態を指します。
- 計画:一般衛生管理と、重要な工程の管理について文書化する
- 記録:計画どおりに実施したことを記録に残す
- 検証:計画と記録を見直し、必要に応じて改める
多くの工場でつまずくのは、1で止まっていることです。計画があるだけでは、体制があるとは見なされません。
3つの要素は、それぞれ別のものが求められる
「計画・記録・検証」と並べると同じ重さに見えますが、求められるものは違います。
| 3つの要素 | 具体的に何を指すか | 監査・承継で見られる点 |
|---|---|---|
| 計画 | 一般衛生管理の手順書、危害要因分析、重要な工程の管理基準 | 自社の製品と工程に合っているか(手引書の丸写しになっていないか) |
| 記録 | 温度、洗浄、健康管理、逸脱と対応の記録 | 継続して残っているか。何年分あるか。空欄や後追いの記入がないか |
| 検証 | 記録の見直し、基準の妥当性の確認、計画の改訂 | 実施した記録が残っているか。改訂の履歴があるか |
右の列が実際に確認される点です。特に1行目の「丸写しになっていないか」は見られます。手引書は業態ごとの雛形ですから、そのまま使うと自社の工程と合わない箇所が出ます。使っていない設備の記載が残っている、実際には行っていない工程が書かれている。こうしたずれは、記録と突き合わせるとすぐ分かります。
2つの取り組み方
事業者の規模や業態に応じて、次の2つの区分があります。
- HACCPに基づく衛生管理:危害要因分析を行い、重要管理点を定めて管理する
- HACCPの考え方を取り入れた衛生管理:小規模な事業者等を対象に、業界団体が作成した手引書を活用して簡略化した形で行う
自社がどちらに当たるかは、管轄の保健所に確認してください。業界団体の手引書は、業態ごとに用意されています。
ステップ1:一般衛生管理を整理する
まず土台になるのがこちらです。日常的に行っている衛生管理を、文書と記録の形にします。
- 原材料の受入の確認
- 冷蔵・冷凍設備の温度確認
- 交差汚染・二次汚染の防止
- 器具・設備の洗浄・消毒
- トイレの洗浄・消毒
- 従業員の健康管理と衛生教育
- 手洗いの実施
- そ族・昆虫対策
- 使用水の管理
- 廃棄物の取扱い
すでに実施していることがほとんどのはずです。やっていることを書き出すのが出発点です。一般衛生管理プログラムの整理をご覧ください。
ステップ2:重要な工程を特定する
自社の製品と工程について、健康被害につながりうる要因を洗い出します。大きくは次の3つです。
- 生物的:微生物、寄生虫
- 化学的:残留農薬、洗剤、アレルゲン
- 物理的:金属、硬質異物
そのうえで、どの工程でそれを管理するかを決めます。食品工場では次が典型です。
| 工程 | 管理すること |
|---|---|
| 加熱 | 中心温度と時間 |
| 冷却 | 温度が下がるまでの時間 |
| 冷蔵・冷凍保管 | 庫内温度 |
| 金属検出 | 検出感度と作動の確認 |
| 包装・シール | シール状態 |
ステップ3:管理の基準と方法を決める
特定した工程ごとに、次を決めます。
- 基準:何℃で何分、など
- 測り方:誰が、いつ、どうやって
- 基準を外れたときの対応:その製品をどうするか、原因をどう調べるか
- 記録の方法
「基準を外れたときの対応」を決めておくことが特に重要です。ここが曖昧だと、実際に逸脱が起きたときに判断できません。
ステップ4:記録を残す
記録は、実施したことの証明です。承継やM&Aの場面でも、取引先の工場監査でも、必ず確認されます。
続けるコツは、簡単にすることです。項目を増やしすぎると続きません。
- 1枚の帳票に収める
- チェック方式にする
- 異常があったときだけ詳しく書く
- 記録する場所を、作業の動線上に置く
紙とデジタルの使い分けは衛生管理の記録の残し方をご覧ください。
逸脱が起きたときの手順を決めておく
「基準を外れたときの対応」を決めていない状態が、最も危ういところです。実際に起きたとき、現場が判断できません。次の順序を、あらかじめ紙にしておいてください。
- 止める・分ける:該当する製品を特定し、他と混ざらないよう区分します。まずここです。
- 範囲を決める:いつからいつまでの製品が対象か。ロットと時間で区切ります。
- 製品をどうするか判断する:再加熱、再検査、廃棄。誰が判断するかも決めておきます。
- 原因を調べる:設備か、手順か、人か。同じことが再び起きるかを見ます。
- 処置する:設備の修理、手順の変更、教育。
- 記録する:起きたこと、範囲、判断、原因、処置。この5点を1枚に。
- 必要なら報告する:出荷済みの場合や、健康被害のおそれがある場合の連絡先を、あらかじめ決めておきます。
③で迷わないことが大切です。判断する人が不在のときにどうするかまで決めておくと、現場が止まりません。そして⑥の記録は、後から見たときに「対応できる工場だ」と示す材料になります。逸脱が一度も無い記録より、逸脱と対応が残っている記録のほうが、信頼されることもあります。
ステップ5:検証する
最も抜けやすいのがここです。年に一度は、計画そのものを見直してください。
- 記録を通して見て、逸脱の傾向がないか確認する
- 製品や工程が変わっていないか確認する
- 設備を入れ替えていないか確認する
- 基準が実態に合っているか確認する
- クレームや検査結果を反映する
検証を行った記録も残します。検証と見直しを参照してください。
記録が続かない工場に共通すること
計画は作ったが記録が続かない、という相談が最も多くあります。原因はたいてい仕組みの側にあります。
項目が多すぎる
網羅性を求めて項目を増やすと、記入に時間がかかり、やがて後でまとめて書くようになります。後追いで書かれた記録は、記録として意味を持ちません。管理に必要な項目まで絞ってください。
記入する場所が動線から外れている
帳票が事務所にあり、現場から歩いていく必要がある。それだけで記入率は下がります。測る場所のすぐそばに帳票と筆記具を置くだけで、続き方が変わります。
正常時に書くことが多い
毎回すべての数値を書かせるより、チェック方式にして、異常があったときだけ詳しく書く形にすると負担が下がります。基準内であることの確認が目的なので、正常時に長文は要りません。
誰も見ていない
提出した記録に誰も目を通していないと分かると、記入は形だけになります。週に一度でよいので、責任者が確認した印を残してください。見られていることが、精度を保ちます。
逸脱を書くと叱られる
これがいちばん危険です。逸脱を報告した人が責められる文化では、記録は「基準内」だけになります。逸脱の記録があること自体は、管理が機能している証拠です。書いた人ではなく、原因に向き合ってください。
承継の場面でどう見られるか
買い手も取引先も、次を見ています。
- 計画が文書として存在するか
- 記録が継続して残っているか(何年分あるか)
- 逸脱があったとき、対応の記録があるか
- 検証・見直しが実施されているか
2番目が最も重要です。記録は積み上げた期間そのものが価値であり、後から作れません。HACCPに沿った衛生管理は承継でどう見られるかをご覧ください。
取引先の監査と、承継の調査では見る場所が違う
同じ衛生管理でも、見る側の関心は異なります。両方に備えておくと、どちらの場面でも慌てません。
- 取引先の工場監査:いま出荷している製品が安全に作られているか。現場の状態、記録の直近分、逸脱時の対応、従業員の教育。「今」を見ます。
- 承継・M&Aの調査:この体制が引き継げるか。記録が何年分あるか、検証と改訂の履歴があるか、特定の人に依存していないか、行政や取引先からの指摘とその後の対応。「続いてきたこと」と「続くこと」を見ます。
後者で効くのが、記録の継続年数です。これだけは後から作れません。3年分の記録がある工場と、今年始めた工場では、同じ計画書があっても評価が変わります。逆に言えば、承継の予定が決まっていなくても、記録を残し続けること自体が資産になります。
もうひとつは、担当者への依存です。衛生管理が特定の1人の記憶と経験で回っている場合、その人が抜けた後どうなるかが問われます。手順書と記録があれば、依存していないことを示せます。
まず何をするか
すでに実施している衛生管理を書き出し、記録を今日から残し始める。それだけでも、1年後には1年分の記録が積み上がります。
まず1か月でここまで
何から始めるかで迷う場合の、現実的な進め方です。
- 1週目:いま実施している衛生管理を、思いつく限り書き出す。文章にしなくてよい。箇条書きで足りる。
- 2週目:書き出したもののうち、記録が残っているものと残っていないものに分ける。
- 3週目:記録が残っていないもののうち、重要な工程(加熱・冷却・保管の温度、金属検出)から帳票を作り、記入を始める。
- 4週目:1週間運用してみて、書けなかった項目を減らす。動線に合わせて帳票の置き場所を決める。
この1か月で、計画の骨格と記録の運用が立ち上がります。危害要因分析や手引書との突き合わせは、その後で構いません。記録は始めた日から積み上がるので、着手が早いほど有利です。
よくある質問
Q. 自社が「基づく」と「考え方を取り入れた」のどちらに当たるか分かりません。 A. 規模や業態によって区分されます。管轄の保健所にご確認ください。小規模な事業者向けには、業界団体が業態ごとの手引書を用意しています。判断がつかないまま自己流で進めるより、先に確認したほうが早く進みます。
Q. 手引書をそのまま使ってよいですか。 A. 出発点としては有効ですが、そのままでは自社の工程と合わない箇所が出ます。使っていない設備の記載、実際には行っていない工程。自社の製品と工程に合わせて直したうえで使ってください。合っていないことは、記録と突き合わせると分かります。
Q. 記録は何年残せばよいですか。 A. 製品の性質や取引先の要求によって異なります。まずは取引先との取り決めと、業界団体の手引書の記載を確認してください。承継の場面では、残っている年数そのものが評価の材料になるため、決められた期間より長く保管しておく価値があります。
Q. 紙とデジタル、どちらがよいですか。 A. 続くほうが正解です。デジタル化は検索と集計が楽になりますが、入力が現場の動線から外れると記録率が下がります。温度計から自動で取れるものはデジタル、目視の確認は紙、といった使い分けから始めるのが現実的です。
Q. 従業員への教育は、どこまで記録が要りますか。 A. 誰に、いつ、何を教えたかが分かる形で残してください。実施した日、内容、参加者の一覧で足ります。新しく入った人への教育と、定期的な再教育の両方があると、体制として説明できます。教育の記録は、監査でも承継の調査でも必ず確認される項目です。
Q. 設備を入れ替えたときは、何をすればよいですか。 A. 計画の見直しが必要になります。管理する工程や基準が変わっていないか、記録の項目が新しい設備に合っているかを確認してください。設備の更新は、検証を行うきっかけとして最も分かりやすい場面です。入れ替えの前後で計画を改訂し、その履歴を残しておいてください。
Q. 逸脱の記録が残っていると、不利になりませんか。 A. 逆です。逸脱が一度も無い記録のほうが、実態を疑われます。逸脱を検知し、対応し、記録していることが、管理が機能している証拠になります。隠したまま後で発覚するほうが、はるかに不利です。
※ 営業許可・衛生管理・食品表示の具体的な取扱いは、法令の改正や管轄行政庁の運用によって異なります。実行にあたっては、管轄の保健所等および専門家に必ずご確認ください。