承継には意外とお金がかかる
事業承継というと、経営の引き継ぎや人心掌握に目が向きがちですが、実際にはお金の問題が最も大きな壁になることがあります。会社をそのまま無償で引き継げるとは限らないのです。
特に、先代が保有していた自社株を後継者が買い取る場合や、承継を機に老朽化した設備を刷新する場合には、まとまった資金が必要になります。この資金の見通しがないまま話を進めると、関係者の合意ができた後になって計画が止まります。承継の話が進んでから資金の壁に気づくと、それまでの準備が無駄になりかねません。
承継で必要になるお金の種類
まずは、承継にあたってどんなお金がかかるのかを整理しておきましょう。会社の状況と承継の形によって、必要な資金は変わってきます。
- 自社株や事業用資産の取得資金
- 相続や贈与に伴う税金の納税資金
- 老朽化した設備の更新・投資資金
- 当面の運転資金の確保
- 個人保証や借入の引き継ぎに伴う備え
- 先代への退職金の原資
- 専門家への報酬や登記など、手続きに伴う諸費用
これらすべてが必要になるとは限りません。大切なのは、自社ではどれが該当し、どれが該当しないのかを早めに見極めることです。必要な資金の全体像が見えて初めて、工面の計画が立てられます。
必要額の見積もりはどう立てるか
全体像をつかむには、金額の大きいものから順に当たりをつけるのが実務的です。多くの場合、最も大きいのは株式の取得資金で、その水準は自社株の評価に左右されます。評価の概算は顧問税理士に確認できます。次に大きくなりやすいのが設備更新で、リフトや検査機器、塗装ブースなど、更新時期が近い設備を洗い出して見積もりを取るのが確実です。
見落とされやすいのが運転資金です。承継の前後は、取引先への説明や体制の切り替えで一時的に売上が揺れることがあります。数か月分の固定費を賄える余裕があるかを、必ず確認しておいてください。なお具体的な金額は会社ごとの個別性が高く、一概には言えません。
資金調達の主な選択肢
必要な資金をどう工面するかには、いくつかの道があります。それぞれに特徴があり、組み合わせて考えることもできます。
- 金融機関からの借入を活用する
- 公的な金融機関の事業承継に関する融資を検討する
- 信用保証や公的支援の仕組みが使えるかを確認する
- 会社の利益や保有資産を計画的に充てる
- 先代と分割払いなど支払い方法を話し合う
- 贈与や納税に関する税制上の仕組みが使えるかを確認する
- 持株会社を用いるなど、承継のスキーム自体を工夫する
どれを選ぶにも、後継者個人の負担と会社の資金繰りへの影響を見極める必要があります。一つの方法に頼りきらず、全体で無理のない形を組み立てる発想が求められます。制度を用いる場合、要件や内容は年度により異なりますので、必ず最新の情報をご確認ください。
金融機関は何を見て判断するのか
借入で資金を賄う場合、審査で問われるのは承継後にその返済を続けられるかという一点に集約されます。過去の決算内容はもちろんですが、それ以上に重視されるのは、後継者が事業をどう続けるかという見通しです。
自動車アフター業界であれば、車検や整備の入庫台数がどこから来ているのか、ディーラーや保険会社、リース会社との取引が承継後も続く見込みがあるのか、整備主任者や自動車検査員といった有資格者が残るのか。こうした事業の中身が説明できるかどうかで、話の進み方が変わります。数字だけでなく、事業の続く理由を言葉にできる準備をしておいてください。
公的な支援制度も視野に入れる
国や自治体には、事業承継を後押しする融資や保証、税負担を軽くするための仕組みが用意されています。公的な金融機関による承継向けの融資、信用保証の枠を広げる仕組み、承継に伴う税の取り扱いに関する制度などが代表的です。
ただし、こうした制度は対象や要件、手続きが細かく定められており、内容は年度により異なります。使えるかどうか、どう使うのが有利かは個別の状況で変わるため、金額や条件を思い込みで判断せず、最新の情報を金融機関や専門家にご確認ください。制度は使えれば心強い一方、要件を満たさなければ絵に描いた餅になります。
株式を一度に買い取らない考え方
資金の壁が高く見える最大の理由は、株式をまとめて一度に動かそうとするからです。実務では、負担を時間で分散する発想が有効な場合があります。
たとえば、経営権に必要な割合をまず移し、残りは時間をかけて段階的に移していく。あるいは、先代への退職金の支給と株式の移転の時期を組み合わせて、会社と個人それぞれの資金の流れを整える。持株会社を用いて会社の資金で株式を取得する形が検討されることもあります。いずれも税務・法務の影響が大きく、個別性が高い領域です。手法から入らず、自社の資金の流れから逆算することを原則にしてください。
業態によって資金の重さは変わる
必要な資金の中身は、事業の型によってかなり異なります。自社に近いものを目安にしてください。
- 整備工場:工場用地と建物を自社所有していると株式評価が上がりやすく、株式取得資金が重くなりがち
- 鈑金塗装:塗装ブースや調色設備の更新が高額になりやすく、設備資金の比重が大きい
- 中古車販売:在庫を仕入れ続けるための運転資金が常に必要で、資金繰りの余裕が生命線
- 車検専門店:設備負担は比較的軽い一方、集客の仕組みを維持する費用の継続が問われる
- ガソリンスタンド:地下タンクや設備の更新、環境面の対応に大きな資金が必要になる場合がある
- 部品商:在庫と売掛金に資金が固定されやすく、運転資金の手当てが論点になりやすい
- 輸入車専門店:在庫車が高額で、専用診断機や工具の維持費も見込む必要がある
- 二輪販売・整備:一件あたりの金額は小さいが、季節による資金繰りの波を見ておく必要がある
同じ承継資金という言葉でも、株式取得が重い会社と、設備更新が重い会社、運転資金が重い会社では、選ぶべき調達手段が変わります。
資金計画を立てる手順
資金の工面は、行き当たりばったりでは失敗します。承継の全体像を描きながら、順序立てて計画することが大切です。
- 承継に必要な資金の種類と概算を洗い出す
- 後継者が自力で用意できる範囲を確認する
- 不足分をどの手段で補うかを検討する
- 返済や税負担の見通しを、承継後の利益計画と突き合わせる
- 承継の時期から逆算して、手続きに要する期間を織り込む
- 専門家と金融機関を交えて計画を固める
早い段階で計画の骨格をつくっておくことで、承継の話し合いも具体的に進めやすくなります。お金の見通しが立てば、後継者も安心して覚悟を固められます。
誰に、どの順番で相談するか
相談相手を間違えると、話が回り道をします。実務では、次の順番が動きやすいでしょう。
- 顧問税理士に、自社株の評価水準と税負担の見込みを確認する
- 承継の方向(親族・従業員・第三者)を家族と後継者候補で共有する
- 取引金融機関に、借入と個人保証の引き継ぎについて相談する
- 公的な金融機関や支援機関に、使える制度がないか確認する
- 法務が絡む論点は弁護士・司法書士に、許認可は所管の窓口に確認する
- 全体の設計に迷いがあれば、事業承継の支援者に整理を依頼する
特に取引金融機関への相談は、遅らせるほど不利になりがちです。噂で知られるより、こちらから方針を説明したほうが、協力を得やすくなります。
後継者に過度な負担を残さない工夫
承継資金の問題で気をつけたいのは、後継者に過大な借金や負担を背負わせないことです。重い返済を抱えたままのスタートは、設備投資も採用もできない、身動きの取れない経営につながります。
先代が早めに株の移転を計画したり、遊休資産を整理して財務を軽くしたり、会社の借入を整えて調達しやすい状態にしたりと、送り出す側の準備が後継者の負担を大きく左右します。承継は、渡す側と受け取る側が一緒に備えるものです。渡す側の心がけ次第で、後継者のスタートは大きく変わります。
個人保証の引き継ぎをどう扱うか
資金の話と切り離せないのが、経営者の個人保証です。会社の借入に先代が個人保証を付けている場合、承継にあたってその保証をどう扱うかが必ず論点になります。後継者が新たに保証を求められるのか、先代の保証が外れるのか、二重に保証が残ることはないのか。ここが曖昧なまま進むと、後になって家族を巻き込むトラブルになります。
保証の取り扱いについては、事業承継の際の考え方を示した指針や、保証に依存しない融資を促す取り組みがあります。適用の可否や具体的な条件は金融機関ごと、案件ごとに異なりますので、早い段階で取引金融機関に直接ご確認ください。
よくある失敗と回避策
承継資金でつまずく会社には、共通した型があります。
- 株式の評価を確認せずに話を進め、想定を大きく超える資金が必要と後から判明した
- 後継者の返済負担を会社の利益と突き合わせず、承継後に資金繰りが逼迫した
- 設備の更新時期を織り込まず、承継直後に大きな出費が重なった
- 制度が使えると思い込んで計画を組んだが、要件を満たさず調達計画が崩れた
- 金融機関への相談が遅れ、承継の直前に条件の交渉余地がなくなっていた
- 個人保証の扱いを詰めないまま代表を交代し、先代の保証が残り続けた
どれも、早い段階で数字を突き合わせておけば防げたものばかりです。承継資金の検討は、後継者が決まってからではなく、方向を考え始めた時点で着手するのが理想です。
許認可と手続きが資金に与える影響
自動車アフター業界では、事業の継続そのものが許認可に支えられています。分解整備を行う認証工場や指定工場の要件、整備主任者や自動車検査員の配置、中古車を扱う際の古物商許可、ガソリンスタンドの危険物に関する届出、エアコン整備に関わるフロン類の登録などが代表的です。
代表者の交代や会社の形態を変える場合、届出や再取得が必要になることがあり、その手続き期間中は事業に制約が生じる可能性もあります。手続きに伴う費用や、期間中の資金の余裕も計画に織り込んでおくと安心です。要件は制度改正により変わることがありますので、所管の窓口や専門家にご確認ください。
従業員・取引先への配慮
資金計画は数字の話ですが、その裏側には必ず人がいます。承継の資金調達で会社の借入が増えれば、従業員の待遇や設備投資に影響が出ることもあります。整備士や板金職人の確保が難しい状況が続くなか、人への投資を削る計画は、結果として会社の力を削ぐことになりかねません。
取引先やディーラー、保険会社、リース会社に対しては、承継後も取引が続く見通しを示せることが重要です。資金計画そのものを開示する必要はありませんが、体制が維持されることを適切な時期に伝えられるよう、社内で伝え方を決めておきましょう。
資金の壁が越えられないときの選択肢
どうしても承継資金の目処が立たない、あるいは後継者にそこまでの負担をかけたくない。そうした場合には、第三者への会社売却という選択肢があります。売却であれば、後継者が資金を用意して株を買い取る必要はありません。
むしろ売却では、これまで会社を築いてきた経営者側に対価が入ります。価格の目安は、時価純資産に営業利益の2〜3年分を加えた時価純資産法とされますが、実際の価格は交渉で決まります。身内での承継にこだわって資金の壁に苦しむより、事業を続けてくれる相手に託すほうが、従業員にとっても取引先にとっても良い結果になることがあります。承継と売却を並べて比べる視点を、早い段階で持っておきましょう。
よくあるご質問
Q. 後継者に自己資金がほとんどありません。承継は無理でしょうか。A. 自己資金が少なくても、借入や制度の活用、株式を段階的に移す設計などで道が開ける場合があります。ただし返済は後継者と会社に残りますので、承継後の利益で無理なく返せるかを必ず先に確認してください。
Q. 会社のお金で自社株を買い取ることはできますか。A. 会社が自社の株式を取得する方法や、持株会社を用いる方法が検討されることはありますが、財源や手続きに法令上の定めがあり、税務上の影響も生じます。個別性が高い領域ですので、税理士や弁護士にご確認ください。
Q. 借入で株式を買うと、返済は誰がするのですか。A. 後継者個人が借りれば個人の負担、会社が借りれば会社の負担になります。どちらの形にするかで、税務の扱いも資金繰りへの影響も変わります。返済原資をどこから出すのかを、契約の形を決める前に整理してください。
Q. 設備更新と株式取得のどちらを優先すべきですか。A. 一般論では、事業の稼働を止めない投資が優先されます。リフトや検査機器が止まれば売上そのものが止まるためです。ただし株式の移転にも適切な時期があり、両立の設計が必要です。金融機関と専門家を交えて順序を決めてください。
Q. 資金の相談はいつから始めるべきですか。A. 承継の時期が具体的に見えていなくても、方向を考え始めた段階で着手して構いません。評価の把握や財務の整備は効果が出るまでに時間がかかるため、早いほど選べる手が増えます。
まとめ
事業承継には、自社株の取得や設備更新、納税、運転資金でまとまった資金が必要になることがあります。まずは必要なお金の種類と概算を把握し、借入や公的支援、株式を段階的に移す設計などを組み合わせて、後継者に無理のない資金計画を立てることが基本です。業態によって重くなる費目が違う点も押さえておきましょう。
承継資金や公的制度は個別性が高く、内容も年度により異なります。金額や要件は断定せず、金融機関や税理士など専門家に確認しながら進めてください。承継と売却のどちらが自社に合うかを含め、資金の悩みは自動車アフター業界に詳しい私たちに、相談無料・秘密厳守でご相談ください。