「利益が出ていない=売れない」ではない
決算書の利益がわずかだと、多くの経営者は、こんな会社に価値はないと考えがちです。しかし、買い手が見ているのは直近の利益の額だけではありません。事業の土台、これから先も続いていく見込み、そして引き継いだ後に改善できる余地まで含めて、総合的に価値を判断しています。
現に利益が出ていなくても、しっかりした固定客や技術、立地、許認可を持つ工場は、買い手にとって魅力的に映ることがあります。とくに人手の確保が難しい業界では、整備士が働いている工場そのものに価値を見いだす買い手も少なくありません。
まずは、利益が少ない=無価値という思い込みを外すことから始めましょう。思い込みのまま何もしないでいると、減っていくのは選択肢と時間のほうです。
買い手は何を見て価値を判断するか
買い手が低収益の会社を評価するとき、注目するポイントはいくつもあります。代表的なものを挙げます。
- 安定した固定客の数と、地域での信用の厚さ
- 整備士の技術力、有資格者の在籍、現場を支える人材の年齢構成
- 立地や設備といった、簡単には得られない資産
- 認証や指定といった許認可、取引先や保険会社との関係
- 車検や定期点検のように、繰り返し入庫が見込める仕事の割合
- 改善すれば収益が伸びる余地があるかどうか
これらは決算書の利益の数字には直接表れません。しかし、事業を続けていくうえで欠かせない価値であり、買い手はここに着目します。自社にどんな強みがあるかを、改めて見つめ直してみましょう。
なぜ利益が少ないのかを整理する
低収益の会社を評価する際、買い手はなぜ利益が出ていないのかという理由を重視します。同じ低収益でも、その背景によって受け止め方はまったく異なるからです。
たとえば、役員報酬を厚く取っている、社長の家族に給与を出している、一時的な設備投資や修繕が重なっている、事業に使っていない資産の維持費がかかっているといった事情で利益が圧縮されている場合、実態としての稼ぐ力はもっと高いと評価されることがあります。
一方、工賃単価が長年据え置きのまま原価だけが上がっている、ピットが埋まっていないといった構造的な問題であれば、その原因と改善の道筋を示す必要があります。理由を説明できるかどうかが、評価を大きく左右します。
実質的な稼ぐ力を見立て直す
買い手は、決算書の営業利益をそのまま受け取るのではなく、経営者が代わった場合にどれだけの利益が残るかを見積もり直します。この作業を自社でも先にやっておくと、話が早くなります。
- 役員報酬を、同じ仕事を任せる人に払う水準に置き換えるといくらになるか
- 事業に関係のない費用を除くと、利益はいくら変わるか
- その期だけの特別な支出や、逆に一時的な収入はいくらあったか
- 使っていない資産にかかっている維持費はいくらか
- 逆に、承継後に必要となる費用で、いまは計上していないものはないか
これらを整理すると、決算書の表面とは違う姿が見えてくることがあります。大切なのは、都合よく数字を膨らませないことです。根拠のある調整だけを、資料で裏づけられる形で示す。この誠実さが、結果的に信頼につながります。
業態によって利益が出ない理由は違う
低収益の原因には、業態ごとの典型的な形があります。自社に近いものを手がかりに、原因を絞り込んでみてください。
- 整備工場。ピットの稼働率が低い、工賃単価が長年据え置き、部品の粗利が薄い
- 鈑金塗装。入庫台数の減少、外注比率の高さ、設備投資の負担
- 中古車販売。在庫の回転が遅く、長期在庫の値下げで粗利が消えていく
- 車検専門店。集客費用が重い、追加整備の提案が弱く客単価が伸びない
- ガソリンスタンド。燃料の利幅が薄く、洗車や整備などの油外収益が育っていない
- 部品商。死蔵在庫と配送コストの負担、値引き競争による粗利の低下
- 輸入車専門店。設備と技術習得への投資が先行し、台数がまだ追いついていない
- 二輪店。季節変動が大きく、閑散期の固定費を吸収しきれていない
原因が構造的なものであっても、それが分かっていること自体が価値になります。買い手が最も嫌うのは、原因の説明がつかない低収益です。
売却価格はどう考えるか
会社の価値を見立てる際は、時価純資産に営業利益の2〜3年分を加える時価純資産法が目安として使われることが多く、実際の金額は交渉で決まります。
利益が少ない会社では、この式のうち営業利益から生まれる部分が小さくなります。しかし、時価純資産の部分はそのまま残ります。土地や設備を保有している工場では、こちらが評価の中心になることもあります。
だからこそ、資産の実態を整えておくことが効いてきます。実態のない在庫や回収見込みの薄い売掛金は評価を下げ、逆に含み益のある不動産は評価を押し上げます。評価は個別性が高く一概には言えないため、自社の状況に即した見立てを専門家と行ってください。
数字に表れない価値を言語化する
低収益の会社ほど、数字に表れない価値をきちんと伝えることが重要になります。長年通ってくれる常連客との関係、地域での評判、職人の腕、立地の良さ。こうした強みは、放っておいても買い手には伝わりません。
大切なのは、印象ではなく事実で示すことです。何年通っている顧客が何名いるのか、車検の入庫がどれだけ繰り返されているのか、この地域で同じ設備を備えた工場が何軒あるのか。自社の記録から拾える事実を並べるだけで、説得力は大きく変わります。
経営者にとっては当たり前のことでも、外から見れば貴重な強みであることが多いものです。第三者の視点で強みを整理し直すと、思わぬ価値が見えてきます。
許認可と有資格者は数字に出ない資産
自動車アフター業界では、許認可と資格が事業の前提になります。これらは決算書に載りませんが、買い手にとっては新規に取得する手間と時間を省ける、実質的な資産です。
- 分解整備を行うための認証、指定自動車整備事業の指定の有無
- 整備主任者や自動車検査員の在籍状況と、後任の育成の進み具合
- 中古車を扱う場合の古物商許可
- フロン類の取り扱いや、危険物を保管する施設に関する届出の状況
- 保険会社や車両の販売元との取引関係
承継の際にこれらがどう扱われるかは、承継の方法によって異なります。株式を引き継ぐ場合と、事業だけを引き継ぐ場合とでは、必要な手続きが変わります。制度の詳細は年度により異なることがあるため、所管の窓口や専門家への確認が欠かせません。
改善の余地は「伸びしろ」になる
利益が出ていないことは、見方を変えれば、改善すれば伸びる余地があるということでもあります。買い手の中には、自社の経営ノウハウ、仕入れの力、集客の仕組みを持ち込めば収益を改善できると考え、そこに価値を見いだす相手もいます。
たとえば、複数拠点を持つ相手なら部品の仕入条件を統一できます。集客に強い相手なら、空いているピットを埋められます。人材に余裕のある相手なら、これまで断っていた仕事を受けられるようになります。
現状の利益の少なさを嘆くより、どこに伸びしろがあり、それを埋めるには何が必要かを示すほうが、前向きな評価につながります。自社では手が届かなかった一手こそ、相手にとっての価値です。
買い手のタイプによって評価は変わる
同じ会社でも、誰が見るかによって評価は変わります。低収益であればなおさら、相手選びが結果を左右します。
- 近隣の同業者。人材と入庫を取り込みたい。距離が近いほど相乗効果を読みやすい
- 隣接エリアへ広げたい同業者。拠点と許認可、そして地域での信用を評価する
- 異業種や周辺業種。顧客基盤や立地に着目する
- 販売系の会社。整備の受け皿を確保したい
- 従業員や親族への承継。数字よりも、事業を続けられる体制と資金の手当てが論点になる
一社と話して条件が折り合わなかったからといって、価値がないと決めつける必要はありません。相手によって見え方が変わることこそ、複数の可能性を並べて検討する理由です。
赤字や債務超過の場合はどう考えるか
利益が少ないという状態と、赤字が続いている、あるいは債務超過であるという状態は、区別して考える必要があります。後者になると、評価の考え方も話の進め方も変わります。
それでも、道がなくなるわけではありません。事業そのものに価値があれば、会社の株式ではなく事業だけを引き継ぐ形など、複数の手法が検討されます。借入金の扱いをどうするか、経営者の個人保証をどう解除するかは、金融機関を交えた協議が必要になります。
状況が厳しいほど、時間が選択肢を削ります。資金繰りに不安が出てから動くのではなく、まだ余力があるうちに相談を始めることが何より大切です。
売却前に整えておきたいこと
低収益の会社が売却を目指すとき、事前に整えておくと評価が伝わりやすくなる点があります。
- 決算や資産の状況を整理し、利益が少ない理由を説明できるようにする
- 固定客、技術、立地、許認可といった強みを一覧に書き出す
- 事業と関係のない費用や資産を切り分ける
- 在庫や売掛金を実態に合わせ、貸借対照表の信頼性を上げる
- 収益改善の余地がある部分を、根拠とともに具体的に示せるようにする
- 就業規則や雇用契約、残業時間の管理といった労務面を整える
- 第三者の視点で自社の価値を整理してもらう
これらは時間をかけて取り組むほど効果が高まります。話が具体化する前から準備しておくことで、買い手に自社の価値を堂々と示せるようになります。
準備の進め方と相談する順番
何から始めればよいか迷ったときは、次の順で進めると全体が動き出します。
- 直近数期の決算書と試算表を手元にそろえ、利益が少ない理由を自分の言葉で書き出す
- 役員報酬や事業外の費用を調整した、実質的な利益の姿を整理する
- 顧客数、入庫台数、有資格者、設備、許認可といった数字に表れない強みを一覧にする
- 業界に詳しい専門家に、秘密保持の取り決めを交わしたうえで見立てを依頼する
- 承継の方法と時期の選択肢を並べ、家族と方針を共有する
- 準備すべき点が見えたら、優先順位を決めて着手する
顧問税理士には早めに相談しておくと、決算の組み立てから協力を得やすくなります。ただし承継やM&Aの実務は専門性が異なるため、業界に詳しい専門家と役割を分けて考えるのが現実的です。
よくある失敗と回避策
低収益を理由にした失敗には、共通の型があります。
- 自己判断であきらめ、何も動かないまま時間だけが過ぎる。まずは見立てだけでも取ってみます
- 数字を良く見せようと一時的に経費を絞り、現場が荒れて実力まで落ちる
- 実態と異なる説明をして、調査の段階で露見し信頼を失う
- 相手を一社しか見ずに、条件の良し悪しを判断してしまう
- 情報管理が甘く、検討段階で噂が広がって従業員が動揺する
- 体調を崩してから慌てて動き、時間が足りず条件を選べなくなる
従業員・お客様への配慮と秘密保持
承継の検討は、まとまるまで関係者を限るのが原則です。早い段階で話が漏れると、従業員の不安、取引先の様子見、顧客の離反を招き、結果として会社の価値そのものを損ないます。
相談する専門家とは秘密保持の取り決めを交わし、社内で共有する範囲も最小限に絞ります。資料のやり取りの方法や、外部の人が来社する際の説明の仕方まで、あらかじめ決めておくと安心です。
相手が決まり条件が固まった段階では、伝え方が肝心です。従業員にとっての最大の関心は、雇用と処遇がどうなるかです。お客様にとっては、これまでどおり車を見てもらえるかどうかです。その問いに正面から答える準備をしたうえで、順序を決めて伝えていきます。
よくある疑問
Q. 利益が少ないと、売却価格もほとんどつかないのではありませんか。A. 営業利益から生まれる部分は小さくなりますが、時価純資産の部分は残ります。土地や設備を保有していれば、そちらが評価の中心になることもあります。実際の金額は個別性が高く、交渉で決まります。
Q. 何期も利益が少ない状態が続いています。それでも相手は見つかりますか。A. 可能性はあります。買い手は自社の強みを持ち込んで改善できるかを見ているため、原因が説明でき、改善の道筋が描けるほど話は進みやすくなります。ただし結果を保証することはできません。
Q. 節税のために利益を抑えてきました。不利になりますか。A. 理由が説明でき、資料で裏づけられるなら、実質的な利益として考慮されることがあります。逆に説明できなければ、そのまま低収益と受け取られます。数期かけて実態が見える決算に整えていくことをおすすめします。
Q. 従業員に知られずに検討を進められますか。A. 秘密保持の取り決めを交わし、共有範囲を絞れば、まとまるまで社内に知られずに進めるのが一般的です。ただし外部との接触が増える段階では配慮が必要です。伝える時期と内容は、専門家と相談して決めてください。
Q. まず何から始めればよいですか。A. 自社の価値を客観的に見立ててもらうことをおすすめします。自分では気づかない強みが見つかることも多く、それが選択肢を大きく広げます。相談したからといって、売却を決めなければならないわけではありません。
まとめ
利益がほとんど出ていない工場でも、承継や売却の可能性は十分にあります。買い手は直近の利益だけでなく、固定客、技術、立地、許認可、人材、そして改善の余地までを含めて価値を判断するからです。
大切なのは、利益が少ない理由を整理して説明できるようにすること、役員報酬や事業外の費用を調整した実質的な稼ぐ力を示すこと、そして数字に表れない強みを事実で言語化することです。会社の値段は、時価純資産に営業利益の2〜3年分を加える時価純資産法が目安とされ、実際は交渉で決まります。
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