後継者に現場経験が問われる背景

自動車アフター業界は、技術に支えられた事業です。整備も鈑金も、現場の技術が価値の源泉であるため、「経営者も現場を分かっていなければ」という考えが根強くあります。一方で、経営者の役割は現場の作業とは異なるため、「現場より経営を学ぶべき」という声もあります。

この二つの考えは、どちらも一理あります。重要なのは、どちらか一方に決めつけることではなく、後継者に現場経験を積ませる目的を明確にすることです。目的が定まれば、必要な経験の内容も期間も見えてきます。まずは、なぜ現場を知る必要があるのかを考えてみましょう。

後継者が現場を知る意味

後継者が現場を経験することには、いくつかの意味があります。それは必ずしも一人前の職人になることではなく、経営者として現場を理解することにあります。

  • 現場の作業の流れや大変さを体感できる
  • 技術者である社員の気持ちを理解できる
  • 顧客と接し、現場の実情を肌で知る
  • 現場の課題を経営判断に活かせるようになる

経営者が現場を分かっていれば、社員からの信頼を得やすく、的確な判断も下せます。現場経験は、職人になるためではなく、現場を理解する経営者になるためのものだと捉えると、育成の方向が定まります。

現場経験に求めるレベルを決める

後継者に現場経験を積ませるといっても、どこまでのレベルを求めるかは会社の考え方によります。一人前の技術者を目指すのか、作業を理解できる程度でよいのか、目的に応じて設定します。

すべての作業を自分でこなせる必要はない、という割り切りも一つの考え方です。後継者が経営に専念し、技術は社員に任せる体制なら、現場経験は「理解する」水準で十分かもしれません。逆に、小規模で経営者も現場に立つ会社なら、より深い技術習得が求められます。自社の実情にあわせて、求めるレベルを明確にしましょう。

修行期間の長さをどう考えるか

修行期間の長さに決まった答えはありません。後継者の年齢や経験、会社の状況、引退の時期によって変わります。ただし、期間を漠然と決めると、いつまでも承継が進まなくなる恐れがあります。

引退の時期から逆算し、現場経験にどれだけの期間を充て、その後どのように経営を学ばせるかを計画することが大切です。現場経験に時間をかけすぎて、経営を学ぶ時間が足りなくなっては本末転倒です。限られた時間をどう配分するかという視点で、修行期間を設計しましょう。時間には限りがあることを忘れてはなりません。

現場経験と経営の学びを両立させる

後継者育成では、現場経験と経営の学びをどう両立させるかが課題になります。現場に没頭しすぎると経営の視点が育たず、経営ばかりでは現場の理解が浅くなります。バランスが重要です。

たとえば、現場を経験しながら、並行して数字の見方や経営判断に触れる機会を設ける進め方があります。現場での気づきを経営の視点で捉え直す習慣をつければ、両者は相乗効果を生みます。現場と経営を切り離すのではなく、つなげて学ばせることが、実践的な後継者を育てます。

外部での修行という選択肢

後継者の修行は、自社の現場だけとは限りません。他社や関連業界で経験を積む外部修行という選択肢もあります。外部で揉まれることで、自社では得られない視野や人脈を身につけられます。

外部修行には、他社のやり方を学べる、客観的に自社を見る目が育つといった利点があります。一方で、自社の実情や社員との関係づくりが後回しになる面もあります。自社での修行と外部での修行、それぞれの利点を踏まえ、後継者にとって最適な組み合わせを考えることが有効です。

現場経験を通じて社員の信頼を得る

後継者が現場を経験する大きな意義の一つが、社員の信頼を得ることです。特に技術者の多い職場では、現場を知らない人が上に立つことへの抵抗感が生まれがちです。後継者が現場に立ち、汗を流す姿は、社員との距離を縮めます。

ただし、現場に入るだけで自動的に信頼が得られるわけではありません。謙虚に学ぶ姿勢や、社員への敬意があってこそ、信頼は築かれます。後継者が現場経験を通じて社員との関係を深めることは、承継後の経営を支える土台になります。信頼は、一朝一夕には得られない財産です。

現場経験の後をどう設計するか

現場経験は、後継者育成のゴールではなく通過点です。現場を理解した後、経営者として必要な力をどう育てるかまで見据えて設計することが大切です。現場だけで終われば、経営者は育ちません。

現場経験を経たら、次第に経営判断や組織運営、対外的な関係づくりへと学びの軸を移していきましょう。現場での気づきを経営に活かしながら、経営者としての視野を広げていく——この流れを引退から逆算して描くことが、実効性のある育成計画になります。現場経験を、経営者への階段の一段目と位置づけましょう。

現場経験をめぐるよくある疑問

Q. 後継者が現場作業を嫌がります。——なぜ現場経験が必要かを丁寧に伝えることが第一です。一人前の職人になれということではなく、経営者として現場を理解するためだと分かれば、取り組み方も変わります。目的の共有が意欲を左右します。

Q. 現場に長くいると経営を学ぶ時間がなくなりませんか。——その懸念はもっともです。だからこそ、現場経験の期間と目的をあらかじめ定め、引退から逆算して経営の学びの時間も確保することが重要です。

修行の成果をどう見極めるか

後継者の修行は、期間を決めて漫然と続けるだけでは十分ではありません。何をもって現場経験の成果とするのか、見極める視点を持つことが大切です。成果が見えれば、次の段階へ進む判断もしやすくなります。修行を目的化せず、経営者への成長につなげましょう。

現場経験で身につけたい成果

  • 作業の流れや大変さを体感として理解している
  • 技術者である社員の視点を理解できる
  • 現場の課題を経営の言葉で語れる
  • 社員から一定の信頼を得ている

これらは、資格の有無だけで測れるものではありません。日々の振る舞いや、社員との関係、現場についての語り方から見えてきます。修行を通じて、後継者が経営者としての土台を築けているかを、多面的に確かめることが求められます。

次の段階へ進む判断

現場経験に一定の成果が見えたら、経営を学ぶ段階へと軸を移していきます。次のような点を確認しながら、進め方を判断しましょう。

  1. 現場の理解が経営判断に活きているか
  2. 引退時期から逆算して残る育成期間はどれだけか
  3. 経営を学ぶ機会を並行して設けられているか

修行の成果を見極め、次の段階へ計画的に進めることが、現場を理解した経営者を育てる道です。現場経験はゴールではなく、経営者への階段の一段目だと捉え、その先まで見据えて育成を設計しましょう。

まとめ

後継者に現場経験が必要かという問いに、一律の答えはありません。大切なのは、何のために現場を経験させるのかを明確にすることです。現場経験の意味は、職人になることではなく、現場を理解する経営者になり、社員の信頼を得ることにあります。

求めるレベルと修行期間を、引退から逆算して設計し、現場経験と経営の学びを両立させましょう。外部修行という選択肢も含め、後継者にとって最適な育成の道を描くことが大切です。後継者育成の進め方に迷ったら、業界に詳しい専門家にご相談ください。