整備士不足に王道の解決策はない
整備士の不足は、一つの工場の努力不足ではなく、業界全体が抱える構造的な課題です。若年層そのものが減り、進路の選択肢が広がるなかで、整備の道を選ぶ人は限られます。そこへ他業種との待遇の比較が重なり、人材の取り合いは年々激しさを増しています。一つの施策だけで一気に解決する魔法のような方法は、残念ながら存在しません。
だからこそ大切なのは、複数の打ち手を組み合わせ、自社の状況に応じて優先順位をつけることです。焦って手当たり次第に動くと、費用だけがかさみ、現場は施策疲れを起こします。まず全体を見渡し、どこにテコを入れれば最も効くかを考えることが、結果として近道になります。限られた経営資源をどこに集中させるかの見極めこそが、経営者にしかできない仕事です。
「人が足りない」の中身を分解する
人が足りないと一言で言っても、その中身は会社ごとに違います。頭数そのものが足りないのか、頭数はいても任せられる技術者がいないのか、繁忙期だけ回らないのか。分解して捉えないと、打ち手を選び間違えます。
- 絶対数の不足:受けられるはずの入庫を断っている
- 技術の偏り:特定の作業が一人にしか任せられない
- 時期の偏り:車検の山や年度末だけ回らない
- 定着の問題:採ってはいるが一年以内に抜けていく
- 業務の偏り:整備以外の事務や引き取り納車に時間を取られている
たとえば時期の偏りが主因なら、採用より入庫の平準化や予約管理の見直しのほうが早く効きます。技術の偏りが主因なら、育成と多能工化が本丸です。原因の見立てを誤ると、正しい努力が空回りしてしまいます。
打ち手は大きく三つに整理できる
整備士不足への対策は、突き詰めると次の三つの方向に分けられます。それぞれ性格が異なり、効くまでの時間も、かかる費用も違います。
- 採用:新たに人を確保する。効果は大きいが時間と費用がかかり、他社との競争になる
- 定着:いまいる人に長く働いてもらう。地味だが費用対効果が高い
- 省人化:少ない人数でも回る仕組みをつくる。自社の裁量だけで進められる
多くの工場は採用にばかり目を向けがちですが、実際には定着や省人化のほうが先に効く場合もあります。人を「増やす」発想だけでなく、「辞めさせない」「少人数で回す」という発想を併せ持つことが出発点になります。
採用にばかり頼る危うさ
人が足りないと聞けば、まず採用を強化しようと考えるのが自然です。しかし採用は他社との競争であり、こちらの努力だけでは結果が決まりません。時間も費用もかかるうえ、採っても定着しなければ穴埋めの繰り返しになります。
採用した人がすぐ辞める職場では、いくら採用に力を入れても、穴の空いたバケツに水を注ぐようなものです。採用を強化する前に、辞めない職場になっているかを見直すことが先決な場合は少なくありません。採用にかかる費用だけが上がり続ける状態は、消耗の激しい戦い方です。
なお、求人媒体や人材紹介の費用は年度や地域、職種によって大きく異なり、一概には言えません。他社の水準を気にするより、自社で実際にかかった費用を記録し、採用一人あたりいくらかかったかを把握することから始めてください。
定着に力を入れる意味
いま働いている整備士に長く続けてもらうことは、採用よりも費用対効果が高いことが少なくありません。一人辞めれば、募集の費用だけでなく、引き継ぎ、再教育、周囲の残業増と、見えにくい負担が連鎖するからです。
定着に効く取り組み
- 頑張りが報われる評価と処遇にする
- 新人を放置しない指導体制をつくる
- 工場の暑さ寒さや工具など、日々働く環境を整える
- 休みの取りやすさや勤務時間の柔軟性を高める
- 相談しやすい風通しのよい職場にする
定着策は成果が数字に表れるまで時間がかかりますが、一度効き始めると採用の負担そのものを軽くします。今いる人を大切にすることが、結果として一番の人手不足対策になります。
省人化で人手不足の影響を和らげる
三つ目の打ち手が省人化、つまり少ない人数でも業務が回るようにする工夫です。同じ人数でより多くをこなせれば、不足の影響は確実に和らぎます。
- 段取りの見直し:部品の事前手配、工具や消耗品の定位置管理
- 業務の切り分け:整備士でなくてもできる作業を分担する
- 予約と入庫の平準化:案内の時期をずらして繁忙の山を崩す
- 記録と請求の効率化:手書きや二重入力をやめる
- 設備の見直し:作業時間を短縮できる機器の導入を検討する
人手不足を、業務そのものを見直す機会と捉える発想が有効です。省人化は他社との競争ではなく自社の裁量で進められるため、いちばん着手しやすい打ち手でもあります。なお設備導入を支援する公的な制度は年度により内容や要件が異なりますので、活用を考える場合は最新の情報をご確認ください。
自社の優先順位を見極める手順
三つの打ち手のどこから手をつけるかは、自社の状況によって変わります。次の順で現状を確かめ、一番効きそうなところから着手します。
- 直近数年の入社と退社を書き出し、離職の時期と理由を確認する
- 求人を出したときの応募数と、採用までにかかった労力を把握する
- 作業ごとに誰が対応できるかを一覧にし、属人化の度合いを点検する
- 断った入庫や待たせた日数を記録し、機会損失の大きさを見る
- 一番効きそうな打ち手から着手し、効果を見ながら組み合わせを調整する
多くの場合、まず定着と省人化で足元を固め、そのうえで採用に取り組むという順番が現実的です。土台が崩れたまま採用を急いでも、成果は長続きしません。
判断のよりどころにする数字の見方
感覚だけで判断せず、いくつかの数字を継続して見ると、打ち手の当たり外れが分かります。業界の平均値と比べるより、自社の去年と比べるほうが実用的です。
- 離職率と、入社何年目で辞めているか
- 整備士一人あたりの粗利や整備売上
- 一台あたりの作業時間と、見積との差
- 残業時間の偏り(特定の人に集中していないか)
- 採用一人あたりにかかった費用と、決まるまでの期間
これらの数値の目安は業態や規模、地域によって大きく異なり、一概には言えません。他社比較にこだわるより、自社の推移を見える化し、施策の前と後で変化があったかを追うことをおすすめします。
業態によって効く打ち手は変わる
同じ人手不足でも、業態によって事情はかなり異なります。自社がどの型に近いかを踏まえて優先順位を決めてください。
- 一般整備工場:多能工化と入庫の平準化が効きやすい
- 鈑金塗装:技能の習得に時間がかかるため、育成と定着が中心。設備面の投資も検討対象
- 中古車販売店:整備と販売で求める資質が違う。整備を内製するか外注するかの判断が先
- 車検専門店:作業が標準化しやすく、省人化と分業の効果が大きい
- ガソリンスタンド:シフトの組み方と短時間勤務の活用が鍵。有資格者の確保も課題
- 部品商:配送と在庫管理の効率化が、そのまま人手の余裕を生む
- 輸入車専門:診断機や技術情報を扱う力が要るため、教育への投資が欠かせない
- 二輪:繁閑差が大きく、季節変動を前提とした人員設計が必要
採用を進めるときの実務の順序
採用に踏み切ると決めたら、募集を出す前に整えておくことがあります。求人票は会社の姿を映す鏡です。
- 求める人物像と、任せたい仕事の範囲を言葉にする
- 給与・休日・残業の実態を、社内で正確に確認する
- 見学に来た人に見せられる状態まで、工場と休憩室を整える
- 求人票に仕事の中身と成長の道筋を具体的に書く
- 応募から面接、返答までの期限を決めて素早く動く
- 入社後の受け入れ担当と、初日から一週間の予定を決めておく
応募者への返答が遅い会社は、それだけで選考から外れていきます。採用は早さも競争力だと考えてください。
法令・許認可の面で外せない点
人員計画は、法令上の要件と切り離せません。人が減った結果、必要な要件を満たせなくなる事態は避けなければなりません。
- 認証工場・指定工場には、工員数や整備主任者、自動車検査員などの人的な要件があります
- 電子制御装置の整備を扱うには、特定整備の認証と、対応できる人員の確保が関わります
- 中古車の売買や下取りを行う場合は古物商の許可が関わります
- ガソリンスタンドでは危険物取扱者の配置が求められます
- カーエアコンの整備では、フロン類の取扱いに関する法令上の配慮が必要です
制度の要件は改正されることがあり、業態や地域によっても扱いが異なります。詳細は所管の運輸支局や関係団体、社会保険労務士・行政書士など専門家にご確認ください。
よくある失敗と回避策
打ち手そのものは正しくても、進め方で失敗する例が目立ちます。
- 給与だけを上げて他は変えない:一時的に応募は増えても、職場が変わらなければ再び辞めます
- 施策を一度に詰め込む:現場が疲弊し、どれも中途半端に終わります
- 効果を測らない:やりっぱなしでは次の判断ができません
- 経営者だけで決める:現場の実感と合わない施策は続きません
- 採用した人を先輩任せにする:指導役の負担が増え、二重の離職を招きます
一度に完璧を目指さず、一つずつ、続けられる範囲で積み重ねることが、結局は早道になります。
従業員・顧客・取引先への配慮
人繰りの変化は、社内外に影響します。特に省人化や分業の見直しは、現場から見ると自分の仕事を取り上げられたように受け取られることがあります。何のために変えるのかを、先に丁寧に伝えてください。
顧客に対しては、納期や受付時間が変わる場合に早めに知らせることが信頼につながります。取引先の部品商やディーラー、保険代理店とも、入庫のペースが変わるなら事前に共有しておくと調整が利きます。人の問題は、会社の外にも波及するという前提で進めましょう。
三つの打ち手は組み合わせて効く
採用・定着・省人化は、どれか一つを選ぶものではなく、組み合わせてこそ力を発揮します。定着がよくなれば採用の負担が減り、省人化が進めば一人ひとりに余裕が生まれ、その余裕が新人を教える時間を生み、教える体制が定着を後押しする。この循環が回り始めると、人の問題は少しずつ小さくなっていきます。
逆に、どれか一つだけを続けても循環は生まれません。弱いところから優先して手を打ち、全体を少しずつ底上げしていく姿勢が大切です。
人材の課題は会社の将来にも直結する
整備士不足への対応は、目先の人繰りの問題にとどまりません。人が確保でき、育ち、定着する会社は、将来にわたって事業を続けられる力を持っています。これは承継やM&Aの場面でも、安定した会社として評価される要素です。
逆に、特定の人に依存し、人が定着しない会社は、引き継いだあとに事業が続くかどうかの見通しが立てにくいとみなされがちです。売却価格の考え方としては、時価純資産に営業利益の2〜3年分を加えた水準(時価純資産法)が目安とされますが、実際は交渉で決まります。人材の安定は、その交渉の場で会社の説明力を支える材料になります。
よくある質問
Q. 採用と定着、どちらから手をつけるべきですか。
入社から一年以内の離職が続いているなら、まず定着です。採用しても同じ穴から抜けていくため、費用が積み上がるだけになります。一方、離職はほとんど起きていないのに入庫を断っている状態なら、採用や省人化が先になります。
Q. 未経験者を採用しても戦力になりますか。
育成の体制があるかどうかで結果が分かれます。教える人と教える中身が決まっていない状態で未経験者を迎えると、本人も先輩も疲弊します。受け入れの準備が整ってから踏み切るほうが、結果的に早いことが多いものです。
Q. 給与を上げれば人は集まりますか。
応募は増えやすくなりますが、それだけで定着するとは限りません。給与水準は地域や業態、職責によって大きく異なり、一概には言えません。休日、残業、評価の納得感といった条件と併せて見直すことをおすすめします。
Q. 外国人材の受け入れは選択肢になりますか。
在留資格や受け入れ体制について要件が定められており、制度は改正されることがあります。受け入れる場合は、作業の安全確認や生活面の支援まで含めた準備が必要です。検討にあたっては最新の制度を所管機関や専門家にご確認ください。
Q. 人手不足のまま承継やM&Aに進むことはできますか。
進められないわけではありませんが、人員体制は必ず確認される項目です。特定の人がいなくなると回らない状態は、評価を下げる要因になります。承継を考えているなら、早めに人の仕組みを整えておくことをおすすめします。
まとめ
整備士不足に決定打はありません。しかし、不足の中身を分解したうえで、採用・定着・省人化という三つの打ち手に優先順位をつけて組み合わせれば、確実に前進できます。多くの場合、まず定着と省人化で足元を固め、そのうえで採用に取り組むのが現実的な順序です。
併せて、認証工場・指定工場の人的要件や特定整備への対応など、法令面の確認も欠かせません。人材の課題は会社の将来を左右するテーマであり、自社だけで抱え込むのは大変です。採用や定着、組織づくり、そして将来の承継まで見据えたご相談は、自動車アフター業界に詳しい私たちに、相談無料・秘密厳守でお寄せください。