社内承継が止まる2つの理由
幹部に承継の話をすると、断られることがあります。理由はほぼ2つに集約されます。
- 株を買う資金がない
- 個人保証を負うのが怖い
能力や意欲の問題ではありません。この2つが解ければ、答えが変わることが多いのです。逆に言えば、この2つを設計せずに打診しても、断られて当然です。
資金の設計:4つの方法
方法1:後継者が個人で借りる
最もシンプルですが、金額が大きいと現実的ではありません。役員報酬から返済できる範囲を超えると成立しません。
方法2:持株会社を作って借りる
後継者が新しく会社を作り、その会社が金融機関から借り入れて株式を買い取る形です。返済原資は、買収した会社からの配当や、将来的な合併後の利益になります。
個人の返済能力ではなく会社の収益力で返す形になるため、まとまった金額でも組みやすくなります。ただし設計が複雑になり、税務・会社法の検討が必要です。持株会社を使う承継で扱っています。
方法3:分割して少しずつ移す
数年かけて、毎年少しずつ株式を譲渡していく形です。後継者の負担は軽くなりますが、移し終わるまで時間がかかります。その間に先代に相続が発生すると、残った株が他の相続人に渡るリスクがあります。
方法4:役員退職金と組み合わせる
先代への役員退職金を支払うことで会社の純資産が減り、結果として株式の評価が下がります。後継者はその下がった評価で買い取る、という組み合わせです。
退職金の額には妥当性の考え方があり、無理をすると税務上認められません。役員退職金の税務上の注意を参照してください。
4つの方法を比べる
| 資金の方法 | 向いている場面 | 注意する点 |
|---|---|---|
| 後継者が個人で借りる | 株価が小さく、役員報酬から返済できる範囲 | 返済が長期にわたると生活を圧迫する |
| 持株会社を作って借りる | まとまった金額が必要な場合 | 設計が複雑。税務・会社法の検討が要る |
| 分割して少しずつ移す | 時間に余裕がある場合 | 移し終わる前に相続が起きると、残りが分散する |
| 役員退職金と組み合わせる | 先代の退職と時期を合わせられる場合 | 退職金の額には妥当性の考え方がある |
実務では、これらを組み合わせることが多くなります。退職金で評価を下げ、残りを分割で移し、一部は持株会社でといった形です。どの組み合わせが適切かは、株価、後継者の資力、先代の引退時期、金融機関の姿勢によって変わります。
いずれの場合も、先に決めるべきは「いつまでに、何%を移すか」です。ここが決まると、逆算して手段が絞られます。手段から入ると、話が抽象的なまま進みません。
保証の設計
資金以上に心理的な壁になるのが、個人保証です。「自分の家まで担保に入るのか」と考えると、多くの人は踏みとどまります。
ここで知っておきたいのが、経営者保証に関するガイドラインです。一定の要件(法人と個人の資産・経理が明確に分離されている、財務基盤が十分である、金融機関への情報開示が適切であるなど)を満たす場合、保証を求めない、あるいは解除する取り扱いが広がっています。
要件を満たすには時間がかかるので、承継の数年前から準備するのが有効です。経営者保証に関するガイドラインの使い方と個人保証を外すにはをご覧ください。
保証の解除に向けて、先に整えること
経営者保証に関するガイドラインで求められる考え方に沿って、次の3点を整えておくと、金融機関との協議が進みやすくなります。いずれも時間がかかるため、承継の数年前から着手する価値があります。
- 法人と個人を分ける:会社と経営者個人の資金のやり取りをなくす。個人名義の工場や土地を会社が使っている場合は、賃貸借契約を結び、相場に沿った地代にする。個人的な支出を経費に混ぜない。
- 財務の基盤を示す:借入の返済が利益とキャッシュフローの範囲で回っていることを、数字で説明できるようにする。品目別の採算が出ていると、説明の質が上がります。
- 情報を継続して開示する:決算だけでなく、試算表や資金繰りの見通しを定期的に金融機関へ提供する。求められてから出すのではなく、こちらから出す形にします。
この3つは、保証の話がなくても会社にとって良い状態です。承継の準備が、そのまま金融機関との関係改善になります。
食品製造業ならではの注意点
社内承継では会社そのものは変わらないため、営業許可は継続します。ただし代表者の変更と食品衛生責任者の届出は必要になる場合があります。代表交代の手続きで確認してください。
もう1つ、社内承継の後継者は「製造出身」であることが多く、営業や資金繰りの経験が浅い傾向があります。ここは先代が意識して引き継ぐ必要があります。
打診のときに用意しておく資料
正式に打診する段階では、口頭ではなく紙で示してください。後継者候補は、家族に相談したうえで判断します。持ち帰れる形になっていることが大切です。
- 買い取る株式の数と、想定される金額(算定の考え方もあわせて)
- 資金の調達方法と、返済の計画(月々いくら、何年で)
- 個人保証の扱い(引き受けるのか、解除に向けて協議するのか、時期はいつか)
- 代表交代の時期と、それまでの役割
- 先代が引退後どう関わるか(期間、範囲、処遇)
- 会社の現状(直近3期の数字、借入残高、設備の更新見込み)
最後の項目を入れることに意味があります。良い面だけを見せて引き受けてもらうと、後で信頼を失います。課題も含めて示したうえで受けてもらうほうが、承継後の関係が続きます。
打診の順番
いきなり「株を買ってほしい」と切り出すと、相手は身構えます。順番としては、次の流れが現実的です。
- 役員に登用し、経営の数字を共有する
- 金融機関との面談に同席させる
- 資金と保証の設計案を作ってから、正式に打診する
「あなたが負担する金額はこれ、返済はこう、保証はこうする」という具体案があって初めて、相手は検討できます。段取りは幹部を役員に上げるかにまとめました。
よくある質問
Q. 幹部に買い取り資金がまったくありません。承継は無理でしょうか。 A. 個人の資力だけで判断しないでください。持株会社を使う形では、返済の原資は会社の収益力になります。まずは金融機関に、その形が組めるかを相談してください。株価を下げる設計(退職金との組み合わせ)と併用することもあります。
Q. 保証を外せるかどうかは、いつ分かりますか。 A. 金融機関との協議次第ですが、法人と個人の分離、財務の状況、情報開示の3点が整っているほど話が進みます。承継の直前に相談しても間に合いません。数年前から、経営者保証の扱いについて金融機関と話をしておいてください。
Q. 株式を分割して移す場合、途中で相続が起きたらどうなりますか。 A. 移し終えていない株式は相続の対象になり、他の相続人に分散する可能性があります。遺言や、承継に関する取り決めをあわせて準備しておくことが必要です。分割移転を選ぶ場合は、この点を必ず設計に含めてください。
Q. 社内承継の後継者は、何を苦手にしがちですか。 A. 製造出身の場合、資金繰り、金融機関との折衝、価格交渉の経験が浅いことが多くあります。代表交代の前に、金融機関との面談へ同席させ、価格改定の交渉に立ち会わせてください。引き継ぐべきは株式と役職だけではありません。
※ 融資・保証・税務の取扱いは、金融機関や個別の事情、法令の改正によって異なります。実行にあたっては、取引金融機関および顧問税理士等の専門家に必ずご確認ください。