なぜ食品工場で労務が問題になるのか
次の要素が重なるためです。
- シフト勤務:早朝・深夜の作業がある
- 繁閑差:季節や曜日で作業量が大きく変わる
- パート比率が高い:社会保険の適用判定が発生する
- 準備作業がある:着替え、手洗い、清掃
- 外国人材:在留資格に応じた管理が必要
いずれも他業種にもありますが、食品工場では全部そろうことが多く、論点が増えます。
どの順で点検するか
9項目すべてを同時に見るのは現実的ではありません。金額が大きい順に並べると、優先順位が決まります。
| 点検項目 | 何が問われるか | 見つかったときの影響 | 確認の順序 |
|---|---|---|---|
| 労働時間の把握 | 客観的な記録があるか。記録と実態が合っているか | 未払い賃金の遡及。金額が最も大きくなりやすい | 1番目 |
| 変形労働時間制 | 協定・就業規則の定め、各日の特定、届出 | 要件を欠くと通常の労働時間制で計算し直しになる | 2番目 |
| 社会保険の適用 | パートの加入基準を最新の内容で判定しているか | 遡及加入で会社負担が一時に発生 | 3番目 |
| 割増賃金の計算 | 算定基礎の手当、深夜・休日の重なり、固定残業代 | 計算方法の誤りは全社員に及ぶ | 4番目 |
| 36協定と上限規制 | 協定の有無、特別条項の設計、上限の遵守 | 是正勧告の対象。取引先監査でも見られる | 5番目 |
| 年5日の有給取得 | シフト制での計画的な付与ができているか | 未取得者がいると指摘の対象 | 6番目 |
| 書類の整備 | 就業規則、協定、名簿、賃金台帳、契約書 | 揃っていないこと自体が管理体制の評価を下げる | 7番目 |
1番目と2番目で問題が見つかることが最も多く、金額も大きくなります。この2つは、全社員・全期間に及ぶ性質があるためです。1人あたりは小さくても、人数と月数を掛けると金額になります。
逆に、7番目の書類は、揃えるだけなら短期間で終わります。ただし「揃っている」ことと「実態と合っている」ことは別です。就業規則に書かれた運用と、現場の実際が違っていないかまで確認してください。
1. 労働時間の把握
すべての出発点です。客観的な方法で記録されているかが問われます。
- タイムカードやシステムで記録しているか
- 記録と実態がずれていないか
- 着替えや清掃の時間が含まれているか
- 残業の申請・承認が形骸化していないか
着替え・手洗い・清掃の扱いは食品工場に固有の最重要論点です。着替え・手洗い・清掃の時間はどう扱うかと労働時間の把握をご覧ください。
着替え・清掃の時間が、なぜ大きな金額になるのか
食品工場に固有の論点で、指摘されたときの影響がいちばん大きい部分です。構造を押さえておいてください。
製造の現場では、作業服への着替え、手洗い、エアシャワー、清掃といった準備・後片付けが必ず発生します。これらが労働時間に当たるかどうかは、会社の指揮命令のもとで行われているかで判断されます。所定の場所で、所定の方法で、行うことが義務づけられていれば、労働時間として扱われるのが原則です。
金額が大きくなるのは、次の3つが掛け合わさるためです。
- 全員に及ぶ:一部の従業員ではなく、製造に関わる全員が対象になります
- 毎日発生する:1日あたり十数分でも、月20日、年間では相当な時間になります
- 遡って計算される:指摘されると、過去に遡って精算を求められることがあります
確認のしかたは単純です。タイムカードの打刻時刻と、実際にラインに立った時刻を突き合わせる。打刻が更衣室の外にあり、着替えてから打刻する運用になっていれば、その差が計上されていない時間です。
対応としては、打刻の位置を変える、準備時間を所定労働時間に含める、その分の手当を設けるなど複数の考え方があります。どれを選ぶかは就業規則と賃金の設計に関わるため、社会保険労務士と相談して決めてください。
2. 変形労働時間制
繁閑差のある食品工場では、多くが採用しています。ただし要件を満たしていない運用が見られます。
- 労使協定・就業規則の定めが不足している
- 各日の労働時間を事前に特定していない
- 後からシフトを変更している
- 協定の届出をしていない
要件を満たさない場合、通常の労働時間制として計算し直すことになり、割増賃金の未払いが生じます。変形労働時間制の点検をご覧ください。
3. 割増賃金
- 算定基礎に含めるべき手当が除外されていないか
- 深夜と休日が重なる場合の計算
- 固定残業代が有効に機能しているか
- 月60時間超の割増率
割増賃金の計算と固定残業代の設計と落とし穴をご覧ください。
4. 36協定と上限規制
時間外・休日労働をさせるには36協定が必要です。繁忙期のある食品工場では、特別条項の設計が要点になります。
上限規制の遵守状況も確認されます。36協定の点検をご覧ください。
5. 社会保険
パート・アルバイトの加入基準は改正されてきています。以前の判断のままになっていないか確認してください。
遡っての加入が必要になると、会社負担分が一時に発生します。社会保険の適用をご覧ください。
6. 年次有給休暇
年5日の取得が求められます。シフト制の工場では、計画的な付与の設計が必要です。年5日の年次有給休暇をご覧ください。
7. 書類の整備
- 就業規則(作成・届出・周知)
- 賃金規程、退職金規程
- 労働条件通知書・雇用契約書
- 36協定、変形労働時間制の協定
- 従業員名簿、賃金台帳、出勤簿
買収監査では、これらが揃っているかがまず確認されます。就業規則の見直しと雇用契約書と労働条件通知書の整備をご覧ください。
8. 安全衛生
食品工場では、機械への挟まれ・巻き込まれ、転倒、熱中症、低温環境での作業が典型的なリスクです。労働安全衛生と機械の挟まれ・巻き込まれをご覧ください。
9. 外国人材
在留資格と実際の業務が一致しているか、労働条件が日本人と同等か。是正が難しく、指摘されると取引の前提条件になることがあります。外国人従業員の労務管理をご覧ください。
問題が見つかったときの進め方
自主点検で問題が見つかると、手を止めたくなります。しかし、見つけた側が先に動いたほうが、あらゆる場面で有利になります。
- 範囲を確定する:対象者は誰か、いつからか、金額はいくらか。まず大きさを把握します。
- 仕組みを先に直す:同じことが翌月も起きる状態のままでは、遡及の範囲が増え続けます。運用の変更を先に入れます。
- 精算の方針を決める:遡る範囲、支払いの方法、時期。資金繰りへの影響も含めて計画します。
- 従業員へ説明する:是正であることを伝えます。黙って調整すると、かえって不信を招きます。
- 記録に残す:いつ気付き、何を直し、どう精算したか。この記録が、管理体制がある証拠になります。
承継やM&Aを控えている場合は、先に開示するほうが結果が良くなります。買収監査で発見された問題は「隠していた」と受け取られ、価格の減額だけでなく、他の説明の信頼性まで疑われます。是正済みであれば、体制がある会社という評価に変わります。
繁閑差そのものへの備え
労務の論点の多くは、繁閑差から生まれます。制度で吸収する前に、山と谷そのものを小さくできないかを検討する価値があります。
- 山を平らにする:受注の締切を早める、前倒しで作れる工程を分ける、日持ちする品目を谷の時期に回す。
- 人の融通を効かせる:多能工化を進め、忙しい工程へ移れる人を増やす。誰がどの工程に入れるかを一覧にしておく。
- 時間帯を分散する:早番・遅番の設計を見直し、深夜帯に寄らない形を探す。深夜割増は人件費に直接効きます。
- 外部の手を計画に織り込む:繁忙期だけの応援を、その都度ではなく年間計画として組む。
制度(変形労働時間制や36協定の特別条項)は、残った差を吸収するための手段です。差そのものを小さくしたほうが、割増賃金も、要員の確保も、記録の管理も楽になります。制度の点検と並行して、こちらも検討してください。
監査で最初に求められる書類
買収監査でも取引先の工場監査でも、労務で最初に出すよう求められるのは、ほぼ同じ一式です。まとめて保管しておくと、その都度探さずに済みます。
- 就業規則、賃金規程(届出の控えと、周知の状況が分かるもの)
- 36協定、変形労働時間制の労使協定(届出の控え)
- 従業員名簿、賃金台帳、出勤簿(直近数年分)
- 労働条件通知書・雇用契約書の様式と、直近の締結分
- 社会保険の加入状況が分かる書類
- 安全衛生の記録(教育の実施、健康診断、事故の記録)
揃っているかを確認するだけなら1日で終わります。不足が分かった時点で、揃えるまでの時間が読めるのが大きな違いです。監査の前日に気付くと、間に合いません。
承継・M&Aでどう扱われるか
労務デューデリジェンスで問題が見つかった場合、次のいずれかになります。
- 価格から差し引かれる
- クロージングまでの解消が条件になる
- 補償条項でカバーする
先に開示していれば、交渉の前提になります。備え方は労務デューデリに備えるにまとめました。
何から手をつけるか
- タイムカードと実際の作業開始時刻を突き合わせる(着替えの扱い)
- 変形労働時間制の協定と、実際のシフトを照合する
- パートの労働時間と社会保険の加入状況を照合する
- 就業規則が最新の法令に対応しているか確認する
1と2で問題が見つかることが最も多く、金額も大きくなります。ここから始めてください。
よくある質問
Q. どこから手をつければよいですか。 A. タイムカードの打刻時刻と、実際の作業開始時刻を突き合わせるところからです。着替えや清掃の扱いに問題があるかどうかが、1日で分かります。次に、変形労働時間制の協定と実際のシフトを照合してください。この2つで、金額の大きい問題はほぼ見つかります。
Q. パートが多く、社会保険の判定が追いつきません。 A. 加入の基準は改正されてきているため、以前の判断のままになっていないかを確認してください。労働時間の実績と、契約上の所定時間がずれているケースもよくあります。契約書ではなく実績で判定される点に注意が必要です。
Q. 固定残業代を入れていれば、残業代の心配はありませんか。 A. 有効に機能するには、通常の賃金と区別できること、何時間分かが明示されていること、超えた分は別途支払うことが必要です。要件を欠くと、固定残業代とみなされず、支払った額が算定基礎に含まれてさらに割増賃金が発生することもあります。
Q. 是正すると人件費が上がります。それでも進めるべきですか。 A. 進めてください。是正しなければ人件費が安いのではなく、支払うべきものが未払いのまま積み上がっている状態です。時間が経つほど遡及の範囲は広がり、承継や監査の場面で一度に表面化します。仕組みを直した時点から問題が増えなくなる、という効果のほうが大きくなります。
Q. 労務の整備は、承継の何年前から始めればよいですか。 A. 遡及の範囲が積み上がる性質があるため、早いほど有利です。仕組みを直した時点から、問題は増えなくなります。3年前に着手できていれば、監査の対象になる期間の大半が是正後の運用になります。
Q. 労働時間の記録は、どの方法なら認められますか。 A. 客観的に確認できる方法であることが前提です。タイムカード、ICカード、パソコンの使用記録などが該当します。自己申告のみによる把握は、やむを得ない場合に限られ、実態との乖離が生じていないかの確認が求められます。打刻の位置が実際の作業の開始・終了とずれていないかまで含めて点検してください。
Q. 外国人材の労務で、特に見られるのはどこですか。 A. 在留資格と実際に行っている業務が一致しているか、労働条件が日本人と同等かの2点です。是正が難しく、指摘されると取引の前提条件になることがあります。人材の受け入れを増やす前に、体制を確認しておいてください。
※ 労働関係法令の具体的な取扱いは、改正や個別の事情によって異なります。実行にあたっては、管轄の労働基準監督署および社会保険労務士等の専門家にご確認ください。