M&Aは8つの段階でできている
- 準備(資料の整理、自社の評価把握)
- アドバイザーの選定と契約
- 相手探し(ノンネームでの打診)
- 秘密保持契約と、企業概要書の開示
- トップ面談・意向表明
- 基本合意
- 買収監査(デューデリジェンス)
- 最終契約・クロージング
順調で半年〜1年、準備を含めると1〜3年です。段階ごとの目安はM&Aの期間はどれくらいかにまとめました。
段階ごとの期間と、止まりやすい場所
全体像を時間軸で見ると、どこに余裕を持たせるべきかが分かります。
| 段階 | 目安の期間 | 売り手が主にやること | 止まりやすい点 |
|---|---|---|---|
| ① 準備 | 1〜3か月 | 資料を揃える。許可と衛生管理の記録、労務の点検 | 資料が揃わない。特に労務と許可のずれ |
| ② アドバイザー選定 | 2〜4週間 | 仲介かFAか、費用体系を確認する | 1社しか会わずに決めてしまう |
| ③ 相手探し | 1〜6か月 | ノンネームの内容を確認する | 打診先の選定。工場は特定されやすい |
| ④ 秘密保持契約・開示 | 数週間 | 企業概要書の内容を確認する | 出す情報の粒度 |
| ⑤ 面談・意向表明 | 1〜2か月 | 相手の考えを確かめる | 条件面だけで判断してしまう |
| ⑥ 基本合意 | 数週間 | 独占交渉権の範囲と期間を確認 | 期限の設定が緩く、時間だけが過ぎる |
| ⑦ 買収監査 | 1〜2か月 | 資料の提出、現地対応 | 想定外の指摘。ここでの再交渉が最も多い |
| ⑧ 最終契約・引渡 | 1〜2か月 | 表明保証と補償の範囲を詰める | 雇用や関与期間の条件が後回しになる |
止まりやすいのは①と⑦です。どちらも「準備の不足が、後から表に出る」形で起きます。①で揃わなかった資料は、⑦で指摘に変わります。準備に時間をかけた分は、後半で取り戻せると考えてください。
1. 準備でやること
相手を探す前に、次を揃えます。ここが整っている会社ほど、その後が速く、条件もよくなります。
- 直近3期の決算書、試算表、勘定科目内訳明細
- 品目別の売上と粗利
- 取引先の構成比(上位5社で何%か)
- 設備の一覧(導入年・更新見込み)
- 株主名簿、定款、登記事項証明書
- 営業許可の内容、衛生管理計画と記録
- 従業員名簿、就業規則、労働時間の記録
最後の2つが食品製造業で特に効きます。許可と衛生管理は営業許可の承継とHACCPに沿った衛生管理を、労務は労務デューデリに備えるをご覧ください。
2. アドバイザーを選ぶ
ここで大きく2つの立場に分かれます。売り手と買い手の間に立つ仲介と、一方だけにつくFAです。それぞれ向き不向きがあります。FAと仲介の違いと総合仲介と業界特化で比べ方を示しています。
費用の体系も会社によって違い、着手金・月額報酬・中間金・成功報酬の組み合わせがあります。成約しなければ費用が発生しない完全成功報酬という形もあります。M&Aの費用をご確認ください。
費用を比べるときの視点
アドバイザーの費用は会社によって体系が異なり、単純な比較ができません。次の3点で並べると、実質的な負担が見えます。
- 成約しなかった場合、いくら残るか:着手金や月額報酬は、成約に至らなくても支払います。完全成功報酬であれば、この部分はゼロです。検討の初期段階では、ここが最も効きます。
- 何を基準に率を掛けるか:同じ料率でも、株式の対価に掛けるのか、負債を含めた総額に掛けるのかで金額が変わります。率だけでなく、基準になる金額を必ず確認してください。
- 最低金額があるか:多くの体系には最低報酬が設定されています。小規模な譲渡では、この最低金額が実質的な費用になります。
加えて、アドバイザーの費用とは別に、税理士・弁護士への依頼や、必要に応じた調査の費用が発生することがあります。総額でいくらかかるのかを、契約前に一覧で示してもらうのが確実です。
費用の安さだけで選ぶことはおすすめしません。食品工場では、許可・衛生管理・労務・OEM契約といった論点が抜けたまま進むと、買収監査の段階で条件が動きます。そこで失う額のほうが、報酬の差より大きくなることがあります。
3〜4. 相手探しと開示
まず社名を伏せた資料(ノンネームシート)で打診し、関心を示した相手と秘密保持契約を結んでから、詳しい企業概要書を開示します。
ここでの最大の関心事は情報が漏れないかです。従業員や取引先に知られると、動揺や取引の見直しにつながります。打診先の選び方と管理の仕方は買い手はどう探すのかと秘密保持契約で守れること・守れないことで扱っています。
5〜6. 面談から基本合意へ
トップ面談は、条件よりも相手の考え方を確かめる場です。従業員をどうするつもりか、工場を続けるのか、自分はいつまで残るのか。ここで違和感があれば、価格が高くても先に進むべきではありません。
関心が固まると意向表明書が提示され、条件が合えば基本合意に進みます。基本合意では独占交渉権を与えるのが一般的です。意向表明書の読み方と基本合意書で決めることを参照してください。
トップ面談で確かめること
条件は書面で詰められますが、相手の考え方は会わないと分かりません。次の4点は、面談で直接聞いてください。
- 工場をどうするつもりか:稼働を続けるのか、集約する可能性があるのか。設備投資の考え方はどうか。
- 従業員をどう扱うか:雇用と待遇、既存の役職、就業の条件。「変えない」と言うだけでなく、何をどこまで契約に書けるか。
- 商品と取引先をどうするか:既存の品目を続けるのか。自社ブランドを残すのか。
- 自分にいつまで関わってほしいか:引継ぎの期間と役割。報酬の扱い。
ここで違和感があれば、価格が高くても先に進むべきではありません。買い手にとっての工場の位置づけが、譲渡後のすべてを決めます。生産能力を確保したいのか、商品や技術がほしいのか、取引先との関係がほしいのか。狙いが分かると、その後の条件交渉でどこを譲れないかも見えてきます。
情報を出す順序と、工場見学のさばき方
食品工場のM&Aで独特なのが、現地を見せる段階の難しさです。稼働中の工場は人目が多く、外部の見学者は目立ちます。
情報の出し方には段階を作ります。社名を伏せた資料での打診、秘密保持契約、企業概要書、そして現地確認。ここまでは一般的な流れですが、最後の現地確認をどう設計するかで、社内に伝わるかどうかが変わります。
- 名目を決めておく:設備の下見、取引先の監査、原料の商談など、現場に説明できる形にします。
- 時間帯を選ぶ:稼働が止まっている時間や、人の少ない曜日を選びます。
- 案内する範囲を決める:見せる区画と、見せない区画をあらかじめ決めておきます。
- 同行者を絞る:社内で事情を知る人を最小限にします。
- 質問への答えを用意する:現場から聞かれたときに、誰がどう答えるかを決めておきます。
それでも、幹部には早めに伝えておくほうがよい場面があります。現場の中心にいる人が「何かおかしい」と感じたまま推測が広がるより、限定して共有したほうが管理できます。誰にどの段階で伝えるかは、アドバイザーと事前に決めておいてください。
7. 買収監査(デューデリジェンス)
買い手が財務・法務・労務・環境設備の面から会社を調べます。食品工場では次が焦点になります。
ここで想定外の問題が出ると、価格の再交渉や破談につながります。隠さず、先に開示するのが結果的に有利です。
食品工場の買収監査で、実際に出てくる指摘
業種を問わない論点(未払い残業、簿外債務、係争)に加えて、食品製造業では次が焦点になります。あらかじめ自社で確認しておけば、指摘ではなく説明にできます。
許可・認証
- 許可の業種・範囲と、実際の製造品目のずれ
- 施設の変更に対する届出の漏れ
- 取引先の監査での指摘事項と、その後の対応状況
衛生管理
- 衛生管理計画が、自社の工程に合っているか(手引書の丸写しになっていないか)
- 記録が継続して残っているか。空欄や後追いの記入がないか
- 逸脱が起きたときの対応記録があるか
- アレルゲンの管理(表示、交差接触の防止、切り替え時の洗浄)
契約と取引
- OEM・PB契約に、譲渡や支配権の変更に関する条項があるか
- 上位取引先への依存度と、契約期間・更新条件
- 原料の仕入先との取引条件が、書面で確認できるか
設備・環境
- 冷凍機、ボイラー、充填機、検査機の年式と更新の見込み
- 冷媒の種類と、切り替えが必要になる時期
- 排水の処理と、水質に関する記録
- 建屋の老朽化、アスベストの有無
このうち、契約の条項は自分で確認できるのに見落とされやすい項目です。OEM契約に支配権の変更に関する定めがあると、譲渡そのものに取引先の承諾が必要になることがあります。相手探しを始める前に、主要な契約書を読み返してください。
8. 最終契約とクロージング
最終契約では、価格のほか、表明保証、補償、従業員の処遇、先代の関与期間などを定めます。雇用維持を契約に残す方法は雇用維持を契約に残すで扱っています。
その後、資金決済と株式・資産の引き渡しを行います。実務はクロージングでやることにまとめました。
スキームの選択が最初の分岐点
株式譲渡か事業譲渡か。食品製造業では、この選択が営業許可の扱いを左右します。株式譲渡なら会社は同じなので許可は継続しますが、事業譲渡では原則として新たな手続きが必要です。
手続きの空白期間は、そのまま製造の停止を意味します。方式を決める前に株式譲渡と事業譲渡はどちらを選ぶかを必ずご確認ください。
引き渡した後(PMI)
M&Aは契約で終わりません。従業員への説明、取引先への通知、制度の統合。最初の100日の進め方が定着を左右します。PMIの進め方と従業員への説明をご覧ください。
まず何をするか
いきなり相手を探す必要はありません。直近3期の決算書と株主名簿を出して、自社のおおよその評価を知る。ここから始めれば、進めるかどうかも含めて判断できます。食品工場の売却価格はどう決まるのかが出発点になります。
よくある質問
Q. 相談したら、必ず売らなければいけませんか。 A. なりません。自社の評価と選択肢を知ったうえで、いま動かないという結論も当然あります。判断の材料がないまま「まだ早い」と決めるほうが、選べる道を減らします。
Q. 赤字ですが、買い手はつきますか。 A. 直近の損益だけで決まるわけではありません。営業許可、稼働している設備、取引先との関係、衛生管理の実績は、買い手が自分で作ると時間がかかるものです。赤字の原因が一時的なものか構造的なものかで、見られ方は変わります。
Q. 従業員の雇用は守れますか。 A. 交渉の条件として契約に残すことができます。ただし、後から要求するより、面談の段階で希望を伝えておくほうが設計しやすくなります。何をどこまで書けるかは、相手の事情にもよります。
Q. 買収監査では、工場に何日くらい入られますか。 A. 規模と論点によりますが、現地の確認は1〜2日で終わることが多く、その前後に資料のやり取りが続きます。負担が大きいのは資料の準備のほうです。準備の段階で揃えておいた資料がそのまま使えるため、①の準備を丁寧にやるほど、⑦の負担は軽くなります。
Q. 仲介会社は食品業界に詳しくなくても大丈夫ですか。 A. 許可の扱い、衛生管理の記録、アレルゲン管理、OEM契約の条項。これらは業界を知らないと論点として上がってきません。論点が抜けたまま進むと、買収監査の段階で表面化し、条件の見直しにつながります。担当者が業界の実務を分かっているかは、確認しておくとよい点です。
※ 営業許可・税務・労働法令の具体的な取扱いは、法令の改正や個別の事情、管轄行政庁の運用によって異なります。実行にあたっては、管轄の保健所・税務署等および専門家に必ずご確認ください。