相場の基本的な考え方

中小企業のM&Aでは、時価純資産に営業利益の数年分を加える方法(年買法)が実務の中心です。解体業も例外ではありませんが、この土台に業態固有の調整が大きく乗ります。

重要なのは、帳簿上の純資産をそのまま使うわけではないという点です。土地の含み益、重機の実勢価値、在庫の実際に売れる金額、そして将来発生する原状回復費用。これらを時価に置き直したうえで評価します。

「時価に置き直す」とは何をすることか

年買法の土台になる時価純資産は、決算書の純資産をそのまま使いません。次の項目を実勢に置き直したうえで計算します。

調整する項目帳簿のまま使えない理由確認のしかた
土地取得時の簿価と実勢が離れていることが多い固定資産税の評価、近隣の取引事例、用途の制限
重機・設備減価償却が終わっていても価値が残る/逆に稼働できないものもある年式と稼働時間、整備の履歴、中古市場の相場
中古部品の在庫動いていない部品が簿価のまま残っている滞留期間と、直近で実際に売れた価格
スクラップ在庫相場が下がった素材が高い簿価で残る直近の建値と、手元の数量
原状回復費用簿外だが、将来必ず出ていく賃貸借契約の条項と、撤去の見積もり
未払いの労務費簿外債務として指摘されやすい労働時間の記録と、割増賃金の計算
役員報酬・地代経営者の裁量で決まっており、そのままでは収益力が読めない第三者が同じ立場で受け取る水準に置き直す

この表を自分で埋めておくことに意味があります。買い手は必ずこの作業をします。先に自分の数字を持っていれば、提示額の内訳を検証できます。持っていなければ、示された金額が妥当かどうかを判断する手立てがありません。

特に効くのが、下の3行です。原状回復、未払いの労務費、役員報酬と地代の調整。いずれも帳簿には出てこないため、把握していない売り手が多く、交渉の終盤で持ち出されて驚くことになります。

評価を押し上げる要素

解体業で高く評価されるのは、次のような会社です。

許可が揃っている——解体業・破砕業の許可、引取業・フロン類回収業の登録、産業廃棄物の許可。特に破砕業まで持っていると、処理を内製できるぶん収益性が高く見られます。取得に時間がかかる許可ほど、価値になります。

ヤードが自社所有で広い——保管能力は処理量の上限を決めます。自社所有であれば不動産としての価値も加わります。

仕入れルートが複数ある——ディーラー、整備工場、保険会社、レッカー業者、自治体。特定の1社に依存していないほど、収益の再現性が高いと評価されます。

販路が確立している——中古部品のEC販売、輸出、リビルト向けの供給先。スクラップ相場に左右されにくい収益源があると、評価は安定します。

評価を下げる要素

逆に、次のような状態は減額の対象になります。

保管数量が届出の上限を超えている、油水分離槽や排水設備が基準を満たしていない、周辺から苦情が出ている——法令面の不安は、買い手にとって将来の是正コストです。

在庫が動いていないのも問題です。数年前に外した部品が帳簿価額のまま残っていれば、買い手は実勢価格まで割り引きます。相場が下がった素材を抱えている場合も同様です。

そして、社長個人が仕入れも値付けも一人で回している状態。属人性が高いほど、譲渡後の継続性が疑われます。

のれんは「今の利益」ではなく「続く利益」で見られる

年買法で加算されるのは営業利益の数年分ですが、その営業利益は決算書の数字そのままではありません。買い手は次のように組み替えます。

  1. 経営者の裁量部分を戻す:役員報酬、家族への給与、社宅や車両など個人的な支出。第三者が経営したときの水準に置き直します。
  2. 地代を市場水準にする:ヤードが経営者個人の土地で、地代が相場と離れている場合は調整されます。
  3. 一時的な損益を外す:たまたま出た売却益、保険金、単発の大口取引。
  4. 相場の影響を均す:スクラップ相場が高かった年の利益をそのまま何年分も掛けることは、通常ありません。

この調整後に残るものが「続く利益」です。相場が良い年の数字だけを見せても、評価はそこには寄りません。逆に、相場が悪い年でも、部品販売のように相場連動の弱い収益が積み上がっていれば、そこは評価されます。

つまり、価格を上げたいなら「今期の利益を作る」より「相場に左右されない収益の比率を上げる」ほうが効きます。前者は1年の話ですが、後者は毎年効きます。

同じ利益でも、評価が割れる3つの理由

1. 再現性

その利益が、来年も同じように出るのか。仕入れが特定の1社に依存していれば、その1社が抜けた前提で見積もられます。ルートが複数あり、それぞれの実績が数字で示せる会社は、同じ利益でも高く評価されます。

2. 引き継げるか

社長が値付けも仕入れも一人で回している会社は、社長が抜けた後の利益が読めません。買っているのは会社の将来であって、過去の決算書ではないという視点で見られています。

3. 説明できるか

部門別の採算が出ていない、公私が分かれていない、在庫の実態が分からない。どれも「悪い」わけではありませんが、確かめられないぶんは差し引かれます。ここは費用をかけずに直せる部分です。

原状回復費用という固有の論点

解体業の評価で特徴的なのが、原状回復費用の扱いです。ヤードを賃借している場合、契約終了時に更地に戻す義務があるのが通常で、その費用は数千万円規模になることもあります。

買い手はこの将来費用を織り込んで価格を提示します。売り手が費用の見込みを把握していないと、交渉の終盤で大きく減額されて驚くことになります。早い段階で見積もりを取り、自分で数字を持っておくことをおすすめします。

詳しくはヤードの原状回復にかかる費用で扱っています。

土地の評価をどう見るか

ヤードが自社所有であれば、不動産としての価値が加算されます。ただし、解体業に使ってきた土地は用途が限られるため、周辺の相場がそのまま適用されるとは限りません。

市街化調整区域にあるか、接道条件はどうか、他業種への転用が可能か。こうした条件によって評価は変わります。事業の価値と土地の価値を分けて考え、それぞれどう扱うかを整理しておくと、交渉が明確になります。

誰が買うかで、評価される場所が変わる

「相場」という言葉が当てにならないもうひとつの理由が、これです。同じ会社でも、買い手の狙いによって高く見られる資産が変わります。

買い手の狙い高く見る資産相対的に評価されにくいもの
エリアを広げたい同業許可、立地、仕入れルート重複する設備、遠方の販路
破砕まで内製したい会社破砕業の許可、ヤードの面積と処理能力中古部品の在庫
部品の調達を強化したい販売事業者部品の在庫と品揃え、解体の技術、EC・検索網の実績重機やプレスなど処理側の設備
周辺業種からの参入許可と稼働している体制すべて属人的な運営(引き継げないため)

自社の強みが破砕能力にあるのか、部品の品揃えにあるのか、立地と仕入れにあるのか。それによって、声をかけるべき相手が変わります。相手を選ばずに広く当たると、自社の強みを評価しない相手からの提示が混ざり、相場観がぶれます。

逆に言えば、評価が思ったより低かったときは、金額そのものより「相手の狙いと自社の強みが合っていない」可能性を先に疑ってください。別の性格の買い手に当たれば、同じ会社でも見え方が変わります。

自社で概算を出してみる手順

専門家に依頼する前に、自分で一度計算してみることをおすすめします。金額そのものより、どの数字が出せていないかが分かることに意味があります。

ステップ出す数字材料
① 帳簿の純資産直近期の純資産決算書
② 資産の含み損益土地・重機・在庫の実勢との差額固定資産税評価、中古相場、滞留の状況
③ 簿外の負担原状回復、未払いの労務費、係争賃貸借契約、勤怠記録、見積もり
④ 時価純資産① + ② − ③——
⑤ 正常収益力営業利益 + 経営者の裁量部分 ± 一時的な損益 ± 地代の調整決算書、役員報酬、賃貸借契約
⑥ のれん⑤ の数年分(年数は交渉で動く)——
⑦ 概算④ + ⑥——

やってみると、たいてい②③⑤で手が止まります。土地の実勢が分からない、原状回復の見積もりを取っていない、役員報酬をいくらに置き直せばよいか分からない。止まった場所が、そのまま準備すべきことの一覧になります。

数字が埋まらないまま交渉に入ると、相手が置いた前提で話が進みます。埋めておけば、提示額の内訳について「この部分はどう見ましたか」と聞けます。この違いは、金額そのものより大きく効きます。

なお⑥の年数は、収益の再現性、属人性、業界の状況などによって動きます。ここを「何年分が相場か」と考えるより、⑤の正常収益力をどう高く、安定して見せるかに注力するほうが、結果として効きます。

「相場」の情報をどう読むか

インターネット上には「解体業の売却相場は◯◯万円」といった情報もありますが、そのまま当てはめることはできません。理由は3つあります。

  • 許可の構成が違う:解体業だけの会社と、破砕業まで持つ会社では、処理の内製度合いが違います。
  • ヤードの条件が違う:自社所有か賃借か、面積、接道、用途地域。ここだけで評価は大きく動きます。
  • 在庫と設備の中身が違う:同じ売上でも、動く在庫を持つ会社と、滞留在庫を抱える会社では純資産の実勢が変わります。

相場の情報は「そういう水準の取引もある」という参考に留め、自社の数字で組み立て直すことをおすすめします。決算書3期分と許可関係の書類があれば、考え方と幅は示せます。断定的な金額を先に提示された場合は、その根拠を必ず確認してください。

よくある質問

Q. 赤字ですが、価格はつきますか。 A. つくことがあります。時価純資産がプラスであれば、そこが土台になります。加えて、許可・ヤード・仕入れルートは、買い手が自分で作ると時間がかかるものです。赤字の原因が相場によるものか構造的なものかで、見られ方は変わります。

Q. 土地の値段はそのまま上乗せされますか。 A. 必ずしもそうはなりません。解体業に使ってきた土地は用途が限られ、周辺の相場がそのまま当てはまらないことがあります。また、事業を続ける前提であれば、土地は「使い続けるもの」として評価されます。事業の価値と土地の価値を分けて整理しておくと、交渉が明確になります。

Q. 原状回復費用は、必ず差し引かれるのですか。 A. 賃借地であれば、将来の支出として織り込まれるのが通常です。ただし、金額の見込みを自分で把握し、契約上の範囲を確認していれば、過大に見積もられることは避けられます。見積もりを取っていない状態がいちばん不利です。

Q. 複数の会社に聞けば、いちばん高いところが分かりますか。 A. 相手の狙いによって評価される場所が違うため、複数に当たること自体は有効です。ただし、同業に広く声をかけると噂が広がり、従業員の離職や仕入れの縮小につながります。会社名を伏せた資料で打診し、関心を示した相手とだけ秘密保持契約を結んでから詳細を開示する、という手順を守れる進め方が前提になります。

Q. 評価を上げるために、いま何をすればよいですか。 A. 費用のかからない順に、①在庫の棚卸と滞留の処分、②部門別の採算を出す、③許可の一覧化、④原状回復費用の見積もり取得、⑤仕入れルート別の実績整理です。①〜③は社内で完結します。いずれも数字で示せるようになる作業で、そのまま評価の材料になります。

自社の見立てを知るところから

ここまで挙げた要素は、いずれも会社ごとに事情が異なります。一般的な相場観だけで判断すると、実際の評価と大きくずれることがあります。

決算書3期分と許可関係の書類があれば、おおよその見立てを無料でお伝えできます。売ると決めていなくても構いません。まずは現在地を知るところから始めてみてください。